《参照:安部公房が発表詩の署名を消した時代、羽田は軍事基地だった
 1960年~1966年までの文芸同人誌の解題で構成されている。幾つか紹介しよう。
【同人誌「文学地図」解題】
 発行は大田文学懇談会。1960年に今井誉次郎、久保田正文、西郷信綱、中村新太郎、埴原一亟の諸氏と日本文学協会京浜支部が呼びかけとなって設立された。内容は課題掌編作品とか創作研究会の企画。研究会作品の第1回は「キリコの踊り」小関智弘、第2回「松風」佐藤勇一、第3回「半獣」城戸昇、第4回「ある画家」佐藤勇一であった。
 そこに興味深いエピソードを見た。3号で久保田正文が「キリコの踊り」について、長所と欠点を指摘したところ、同人の大山翠が4号で「自分は『キリコの踊り』をまだ読んでいないが、玄人批評家の“卑怯”なやり方………」と久保田への批判文を掲載。久保田は反論文と脱会届けを出して騒動になったという。そこに、後に「大田文学地図」を著作した染谷孝哉が久保田の脱会を収め、大山が脱会するという経過が記されている。
 文芸同人誌には、読まずして作品論評する人や、プロになった人への反感とかで、メチャクチャな論理を振り回し、それが文学的心情だと勘違いする人は少なくない。
久保田正文氏をしても、心ならずして文芸活動の泥濘のようなものに足をとられてしまうものなのか、と驚きを禁じえない。
【機関紙「けむりと音と」解題】
 1962年に京浜文学の会機関誌として創刊された。大田区の蒲田診療所の事務長であった刈米正夫が中心となった。刈米は1937年同人誌「次元」が弾圧され、治安維持法、出版法違反で同人全員が逮捕された時の当事者。創刊号には作家の松田解子、伊藤桂一、清水三郎らが感想を寄せ、第2号には元衆議院議員だった伊藤憲一が「民族運動と労働運動」を載せている。売れる雑誌を目指して、2千部、3千部を刷ったという話もあるが、定かでないという。
発行所=146-0082東京都大田区池上1-3-6、東京南部文学運動研究会。浜賀知彦。
 「文芸研究月報」2005年9月号(通巻56号)