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 「グループ桂」68号の作品内容紹介=(承前)「望郷」には、」さらに福島の被災住民の悲劇が語られています。そこには、92歳の老人が、娘夫婦と暮らしていたが、娘が家出をして、孤独していた。仮設住宅は畑で声をかけあう、そんな光景を喪失させた。隣人の孤独死すら気づかないほど、意思疎通をなくしていく――。

「おととい隣の爺さんが孤独死してショックなんです。なぜ、気づいてあげられなかったのか、と」
和美の顔は自分を責める暗い表情になった。
92歳の老人は、娘夫婦と三人暮らしだった。ところが娘夫婦はこちらに挨拶もせず、夜逃げのように消えていた。だから、1週間も気づかなかったのだという。
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―― さらに、原発が爆発した後、避難所で、東電に働いていた経験者たちにかり出す、恐怖の人狩りがあったーーという事態も。
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 東電の大型車が次々にやって来る。防護服をきた男が何人も現れた。体育館のなかを動き回っている。東電関係の会社従業員を見つけると、「緊急事態だから、現場に来てください」と引き立てる。
「ちょっと待ってください。家族で話し合わせてください」
 孫請けの会社の作業員は拒絶の態度を示す。
「猶予がない。大惨事なんですよ」
 防護服の男は険しい顔で、怒鳴りつける口調だった。
町の住人は顔見知りで、だれが原発作業員か、あるいは下請、関連会社か、どう繋がっているか、およそのところ知っている。友だちの兄弟も、どんな職業か知っている。次はあの人が引き立てられる、と思うと、予想があり、防護服の男は迷わず近づいていく。そして、声がけをしている。
 体育館の駐車場には、またしても東電の大型車が入ってきた。下請け、孫請、誰かまわず、東電がらみの人は連れて行こうとする。
「別れだ。もう会えないな」
 そばの男性が涙声でいう。家族全員が泣いている。20代から40代の男性が次つぎに連行されていく。まさに強制連行だった。
「きょうは非番だから、行かない」
「緊急事態です、人手が足りない。行ってもらわないと困る」
 そう声をかけられてしまうと、男たちはもうなにも言えない。連行させられる男は目に涙をため、娘や息子の頭を撫でている。妻が泣き崩れる。これは男狩りだ。行ったら、無事に戻って来られないだろう。(男なら、中学生まで動員されるのではないか)
 和美はそんな空気すら感じた。ここは夫を待つよりも、息子を隠すべきではないか。またしても窓の外に東電関連の車が入ってきた。同時に、町の最終バスが現れ、夫が下りてきた。
「あなた」
 和美は夫に抱きついた。涙が止まらなかった。
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〜「グループ桂」同人のための伊藤桂一氏近況から〜
130530 008<第32回新田次郎文学賞の授賞式」での風景〜表彰状の読みあげのチェックを終え式典を待つ伊藤桂一氏(2013年5月31日、東京會館)。

<東京會館で休息を兼ねて、同人誌「グループ桂」の有志たちと、68号の発行の打ち合わせをする伊藤桂一氏と千代美夫人。5月31日、東京にて>
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