P6070003<「私小説千年史」出版記念祝賀会で、私(わたくし)小説論のさらなる展開を語る勝又浩氏。(6月7日、江戸川区にて。)同氏プロフィール=1938年横浜市生まれ。文芸評論家。法政大学文学職部名誉教授。『文学界』『季刊文科』『三田文学』などで同人雑誌を担当してきた。「我を求めて――中島敦による私小説論の試み」で第17回群像新人文学賞評論部門、『中島敦の遍歴』で第13回やまなし文学賞研究・評論部門を受賞。著書に、『引用する精神』(筑摩書房、2003)、『「鐘の鳴る丘」世代とアメリカ』(白水社、2012)など多数。>
P6070004_1P6070007_1P6070008_1<勝又氏と雑誌「文學界」の同人誌評を担当していた時期のグループ員で、その後も雑誌「季刊文科」の編集にたずさわる評論家・松本徹氏(左)と松本道介氏(中)、作家の佐藤洋二郎氏が、挨拶をする>
  勝又浩著「私小説千年史」(勉誠出版)がこのほど刊行された。早くも、私小説論の新説が登場したと、低迷気味の文芸評論界に話題を提供している。その著者の勝又浩氏を囲んで6月7日、都内でその出版記念会が開催され、その快挙を祝した。
P6070020<勝又浩氏の活動の広さをうかがわせていた「勝又浩氏出版記念会」>
 出版業界の不振のなかで、文芸雑誌や純文学作品が低迷、日本文学が国民文化の本流から、商業的なサブカルチャーのコンテンツの一部という支流に細る傾向にある。
 しかし、文芸愛好家による日記体や随筆などの文芸同人誌や大学発行の文芸誌は、商業主義の流れをよそに独自の活動を展開してきている。それらを含めて日本文学の基盤をなしてきた流れを総括し、日本語の特性がつくり上げた日記文学、和歌や俳句、随筆を経て、私小説という表現手法が生まれた道筋、その生い立ちを浮かび上がらせる評論として「私小説千年史」が注目されている。
 その目次は、菊本語にとって「私小説」とは何か/序、随筆とエッセー/一、日記の国/二、歌の国/三、日本語としての「私」。
 供峪筺廚砲箸辰鴇説とは何か/一、語り部の資格と日本の「小説道」――伊藤桂一と志賀直哉/二、小説と随筆の境界――志賀直哉『沓掛にて』/三、書くことへの自意識――辻潤『小説』/四、生きる「私」と書く「私」――小島信夫の現在進行形小説――。
 ここには日本の古典的日記文学から、「私(わたくし)小説」における自己認識と西洋哲学における自己認識の在り方の比較まで、幅広い視野からの文学芸術の本質が追及されている。
今回の出版記念会は、勝又氏が指導講演している文芸同人誌「季刊遠近」の主催で、講評会のあとの延長上の企画であったという。
 その状況を反映して、出席者たちの立場も多彩。勝又人脈の披露の様子を呈していた。そこに集ったのが、雑誌では「季刊文科」、「三田文学」、「まくた」などの関係者。人では、松本徹氏、松本道介氏、佐藤洋二郎氏、山崎徳子氏、山口洋氏、藤田愛子氏等々、そこで何が語られたかは、またの機会にするとしても、出席者の個性のなかに、現代日本文学の一端が見えるような気がしたものだ。