IMG_20160929_0001_1<文芸同人誌「澪」第8号(横浜市)。表紙写真:鈴木清美>
  文芸同人誌「澪」第8号(2016年9月)には、石渡均「クラシック日本映画選2『東京裁判』」】が掲載されている。
 「東京裁判」は、小林正樹監督のドキュメンタリー映画で、1983年に製作された。作品は、ネット動画でも見ることができる。それだけに、政治的な主張や国民感情への関心の多様性を示している。
 そのなかで、この作品概要を改めてまとめ、さらに戦争と裁判の歴史について批評をすることは、その歴史的な意味性への問いかけとして意義があると考える。
 「東京裁判」は正式には、「極東軍事裁判」といわれる。1946年、原告は太平洋戦争で日本軍と戦い勝利した連合国。アメリカ、ソ連邦、フランス、中国、オランダ、オーストラリア、フィリピン、インドの11カ国である。この国連軍と戦った国は、現在も国連において敵国条項に日本は該当している。理論的には日本は、国連の敵国として加盟しているのである。茶番としか見えない。
 また、その条項の削除に反対する中国は、南沙諸島の領有権に関する国際法は、ただの紙切れだと言明している。それは東京裁判も含まれるという意味ではないだろう。
 ちなみに、朝鮮半島は日本に支配された国の立場で、連合軍と戦ったとして、参加していない。裁判は、戦後すぐ行われ、それが済んだ後、朝鮮戦争がおこり、韓国と北朝鮮に分離された。
 この記録映画では、主にA級戦争犯罪人とされた28人の審議されている。裁判はこのほかB・C級戦犯(捕虜、一般人の殺害、虐待などの罪)の裁判は連合国各地で実施され、5702人が告訴され、最終的に948人が死刑になった。この中には、朝鮮、台湾など日本の統治下にあって、天皇陛下の養子として日本軍に加わった人々も関連していたと思われる。ドラマ「私は貝になりたい」のようなものもTV放映され、映画化もされた。
 「東京裁判」は、A級戦犯の裁判を東京で実施したため、その名称が一般的になったのであろう。
 評論では、戦争犯罪人として起訴事実を次の3点に集約している。
 1、 平和に対する罪=日本の指導者たちは、共謀して侵略戦争を行い、世界の平和を撹乱した。
 2、 「殺人の罪」=各国と結んだ条約違反について、主に真珠湾攻撃の奇襲戦法、つまり戦線を布告せずに行った殺傷は、戦争でなく、殺人行為として裁く。これはニュルンベルグ裁判条例にも存在しない独自の制定である。 
 3、 「通常の戦争犯罪および人道に対する罪」=非戦闘員に対して加えられた大量殺戮、俘虜の虐待、酷遇など。これは、ナチ・ドイツが行ったユダヤ人大量殺戮(400万人)を罰するためのニュルンベルグ裁判に倣って制定したもの。
 以上の要点を、見ただけでも、これは戦勝国の都合による裁判形式のイベントであると考えざるを得ない。石渡氏が「世界史の汚点」と評しているように、このような国際的裁判は、今後二度と起こり得ないものと考えられる。現代国際社会において、そもそも戦争を前提としたルールが存在しているのか、そのことが問題である。
 この記録映画では、監督や編集協力の意図を反映して、ニュルンベルグ裁判を取り上げ、その後の朝鮮戦争、スエズ動乱、ベトナム戦争、キューバ危機、中東動乱、チェコチェコ事件などの記録もあり、歴史的な戦争裁判への問題提起をしていることになる。
 本評論でも、映画作品の意図と同じ方向での現象批判が行われている。したがって、本稿が現代に問題を投げかける本質に触っていないと、しても歴史的事実の確認として意義はある。
 ただ、現代国際紛争の軸となっているのが人間のナショナリズムである。この世界各国のナショナリズム感情の調和に向けてどような道があるのかを、探る時代ではないか、と考えるのである。