IMG_20161031_0001_1<文芸同人誌「「駱駝の瘤」通信12号。表紙絵・木村実穂、デザイン・山田礼二>
――福島県在住者の文芸同人誌「「駱駝の瘤」通信12号(〒960−8157福島市蓬莱町1−9−20、木村方。「ゆきのした文庫」)には、連載で、秋沢陽吉「これは人間の国か、フクシマの明日住民の被曝防護は切り捨てられた」がある。
 移り気なメディアは、オリンピックに膨大な金をつぎ込みながら、国策の犠牲になった福島の放射能汚染のことは忘れたがっている。ここには、そうはいかない福島の現場からの怒りの情況が伝えられている。
 なかに国会事故調の報告書を資料にして、政府機関の現地での不合理性を指摘している。(国会事故調では、事故の原因追求に到達していないのでさらなる調査が必要としているが、実施されていない。事故原子炉のメルトダウンに至る過程はまだ不明である)。
 情報は東京でも、ある程度伝わってくるが、ここでは、当時の現地に起きた政府機関の動きとメディアの関係に注目する。
 本論では、3・11以後、同月19日に「県災害対策本部は放射能健康被害に関する世界的権威の二人山下俊一、高村昇に放射線管理アドバイザーに委嘱した。」これと保安院が、放射能は安全だと、解説したとある。
 私が入手した「福島民報」の記録誌「5年のドキュメント2011〜2016」によると、同日の20時に記者会見し、「放射能の影響はない」と強調、とある。
 さらに飯館村の長谷川健一氏は、「避難用の車のガソリン券を渡ししていながら、山下、高村の両氏が村人約500人を集めて、「ここは大丈夫だ。安全だ」という解説を行った。ガソリン券をもらって避難したひとと、専門家の「安全だ、大丈夫」という講演を聞いて、避難しないで残った村民がいたことを「原発にふるさとを奪われて」に書いている。
 しかし、山下氏が「ミスター100ミリシーベルト」と村で言われるほど主張した安全論が東京ではまったく、TVなどメディアでの報道にさらされることがなかった。
 では何故、政府はこのような「全国民に公表しない特別なこと」を行ったのか。理由は、世界各国でおきている放射能被曝被害の矮小化政策である。ソ連邦時代のチェルノブイル原発事故や米国ネバダ州核実験場の風下地帯の事例がみられる。
 また、「心配ない。安全」を明言するのは、放射能被曝による被害が、甲状腺がん、白血病、糖尿病、心臓病などとして表れるので、それは放射能のせいであると証明することが難しい(ように見せかけるとも言える)ので、因果関係を否定すれば良いからである。
 本誌にはほかに、鈴木二郎「<棄民>についてー」も、福島県住民の立場を、マスコミの風評被害の視点でなく、原発事故被害者の立場を説く。そのなかで「水俣病」との対比を論じている。「水俣病」は、「チッソ」という一企業の排水が原因という事実がわかってから、政府がその因果関係を認めるに20年もかかっている。原発の場合、独占企業の電力会社が相手である。文学的な想像力を働かせれば、現存の人間が死に絶えた時代に、負の遺産の継承者たちの闘争が続くのか、おそらく他の、多くの原発の事故の多発のなかに埋もれていくのかも知れない。