IMG_0204IMG_0189_1IMG_0181「第38回 大田平和のための戦争資料展」の会場。大田区民プラザにて。8月19日。>
  連日、世界的規模での武力攻撃や核攻撃の威嚇と誇示のニュースが飛び交い、日本の防衛論議の高まりと非現実的な戦争準備論が当然のごとく、話題にされている。そうしたなか、東京・大田区で2017年「第38回 大田平和のための戦争資料展」が8月18日〜20日まで大田区民プラザ地下展示場で開催されている。
IMG_0201<大田南部合唱団による、戦時中の子ども達に兵士の賛美に歌詞をさらに変えられた「お山の杉の子」の元歌や原爆の被災地「長崎の歌」などが唄われた。>
  会場では、戦争時の体験者が少なくなるなか、戦時下の日本では国家総動員法のもと、人的・物的資源の統制、軍需優先の論理が当然され、日用品の配給や防空演習、勤労奉仕など国威高揚の国策強制された資料が、区民から提供されたり、平和のための団体からの資料が展示された。
  会期中は、国策紙芝居「フクちゃんの貯金箱」他(中野登美さん)。講演「平和 いま思うこと」疎開、空襲、戦争体験を語る(漆原智良さん)。 朗読「平和という名の土地で」(涼子&幸江)。合唱「平和のために戦争を歌う」(南部合唱団) 。紙芝居「もういや 私が見た東京大空襲」(迫田典子さん)。講演・紙芝居・映像「戦争にまみれた89年の人生と小生の提案」(森下直路さん) 。朗読「終わらない冬」〜慰安婦のはなし(みのり朗読の会)。模擬授業「修身」(国民学校一年生の会 有志の皆さん) 。 講演「子どものころはずっと戦争」〜小・中学生向けに戦争体験を語る〜(高橋栄さん) などの催しが、行われた。
IMG_0177IMG_0178IMG_0176<忠君愛国。みじめな生活を強いられても、軍部が天皇陛下を神とし、従わないものは非国民、不忠者と誹謗した。天皇の名において国民の多くの戦死させられた兵士。その指導命令責任者は、現在も同じ神社に祀らている。政治家はそれに参拝をする。まるで兵士は喜んで死んでいったかのように。日本ならではの不可思議な現象である>
  IMG_0187<恨みは深し。これが、焼夷弾。>
  昭和20年3月10日の大空襲では、B-29の無差別爆撃により、死者約11万人、罹災者300万人をこえた。大田区域でも、19年12月を皮切りに、複数回の空襲被害を受けた。その中でも最大の被害が出たのは20年4月15・16 日の空襲で、15日の午後10時15分より約3時間にわたり波状攻撃が行われた。その結果、大森・蒲田両区を中心とする城南地域は大きな被害を受けた。米国空軍は、日本人を徹底的に滅亡させる威力をB29がもっていることを米国軍部に証明するために、群に無関係な片田舎の民衆まで殺傷した。《参照:戦争は国内事情が適合した時、敵国攻撃をする=NHKBSドキュメンタリーより
IMG_0194<有名な「焼き場の少年」の写真。米軍撮影者のジョー・オダネル氏は、長崎での焼き場の少年を見た。「焼き場のふちに5分か10分も立っていたのでしょうか。白いマスクの男たちがおもむろに近づき、ゆっくりと葬るように、焼き場の熱い灰の上に横たえました。 まず幼い肉体が火に溶けるジューという音がしました。それからまばゆい程の炎がさっと舞い立ちました。真っ赤な夕日のような炎は、直立不動の少年のまだあどけない頬を赤く照らしました。その時です。炎を食い入るように見つめる少年の唇に血がにじんでいるのに気づいたのは、少年があまりキツくかみ締めているため、唇の血は流れることもなく、ただ少年の下唇に赤くにじんでいました。夕日のような炎が静まると、少年はくるりときびすを返し、沈黙のまま焼き場を去って行きました 」と述べる。大日本帝国の国家の姿を見るような、見るたびに複雑な感情を呼び起こす>
IMG_0185IMG_0186IMG_0191<勝ってくるぞ勇ましく、加害の歴史も作った>
  その他、空爆焼死者の写真絵画が沢山展示されていた。ここでは、沖縄の犠牲の報道の記録にとどめておこう>IMG_0190IMG_0192
■関連情報=第36回「大田平和のための戦争資料展」