IMG_20170820_0005_1_1IMG_20170820_0003_1IMG_20170820_0001_1<雑誌「中部ぺん」(表紙画・中村賢三)と、中のグラビア今後の活動予告など、豪華な誌面になっている。>
  ペンクラブといえば日本ペンクラブが著名である。しかし、ペンクラブそのものは、日本ペンクラブと関連性を切り離した立場で、各地に存在している。地域性を反映したもののなかでは、「中部ペンクラブ」(三田村博史会長)は、会員の多さと活動の活発さでは、一番といってもよいであろう。機関誌として雑誌「中部ぺん」を発行し、中部ペンクラブ文学賞の選定もある。《サイト:あいちウェブ文学館・中部ペンクラブ
 「中部ぺん」24号には、第30回中部ペンクラブ文学賞受賞作の山口馨「砂の本ー駑馬ー」が掲載されている。その他、総会における公開文学講座として作家・辻原登の「文学は必要か? ない。そして…やはりない。−誰のものでもない悲しみについてー」の談話録などがある。
IMG_20170821_0001_1IMG_20170821_0003IMG_20170821_0004<グラビアには参加者のグループ別の記念カラー写真なども多数あり、会員の参加性重視したものになっている。>
 また、文学賞の選考委員には、作家・吉田知子も参加しており、参加者たちは、みな粒よりの水準の高い同人誌作家たちである。
 現代は国内中央文壇を形成する作家の拡散が進み、求心力が失われているなかで、地域文壇の形成の可能性を示すのが「中部ペンクラブ」と言えるであろう。
 かつて、文芸同人誌といえば、いわゆる職業作家の登竜門へ向けての道につながることを目標としていたが、現代では、作家への道はその他の多岐にわたる通信技術のなかに開かれている。問題は商業的に成立するだけの読者の獲得があるかどうかになっている。著名な文学賞を獲得することと、安定した職業作家になることにつながらない。
 文学的な芸術性と、商業的な成功とは別の次元になってきているのではないか。しかしながら地域性のあるペンクラブの役割は、今後大きくなっていくであろう。
 ただし、散文芸術が表現芸術の時代のなかの大通りを歩く時代は去った。それは過去に着物文化が、繊維産業の基軸を成していたのが、洋服から化学繊維へ事業転換し、さらに新しい化学物質産業に展開しているように、社会の変化における質的な転換に変化してるのに似ていいる。
 具体的に、株式市場における「クラボー」や「東洋紡」が手堅く時代に対応していても、衰退産業の活性化にすぎないことと似ている。
  しかし、その存在は消失するわけではない。映像化の原作として、コミック界への物語創出の源泉として残るであろう。
 そうした方向性を示す意見が雑誌「中部ペン」の随所に発見できる。
 今回の「中部ペンクラブ文学賞」の選評にあたって、吉田知子はいみじくもこう述べている。「ああ、つまらない」。もっと破天荒なものはないないのか。ありますよ。「千と千尋の神隠し」、新世紀エヴェンゲリオン」、「進撃の巨人」、「シンゴジラ」。残念ながらジャンルが異なるのです。
 また、「中部ペン」には座談会「中部ペ作家の三つの作品から」には、長年の修練により、自己に見合った個性的なスタイル打ち立てたと思われる朝岡明美、堀井清の作家が、マンネリ風を指摘されて、共に、自らの生活世界の平穏さのなかに、劇的なドラマは生まれようがない、という趣旨の発言をしている。まさに、文芸同人誌の作家たちの生活主義のなかでは、実に説得力をもつ。
 ここでは「中部ペンクラブ」の運営幹部の努力と手腕の優れた成果を紹介しているつもりだが、その背後には日本の文学の未来への展望のヒントも多くある。