北原武夫【昭和32年】「伊藤整『氾濫』をめぐって」(北原文学全集・第五巻収録より)
(承前) では、伊藤氏の試みた、その小説造型上の新しい手法とは何か。手っ取り早くその点を説明するために八月号の中からその例を引いてみる。この作者は、作中人物のある心理を描くのに、例えば次のような手法を用いるのである。

 妻子を疎開地へやっている間に、幸子とのつながりができた時、彼ははじめて本当に女に触れたことを実感した。幸子が彼に与えた女というものは、孤立した純粋な女であって、妻や主婦としての文子から感じる女とはまったく違っていた。その女は、彼の持ち帰る収入で絶えず家計の辻褄を合せようとする主婦でもなく、子供のオムツを洗い、子供の教育や将来の生活のために貯金を考える母親でもなく、また、私はあなたの妻で、あなたはあなたの子の母親でもある私を死ぬまで安らかに暮らさせる義務があるのですよ、という雰囲気を絶えず彼の前に漂わせて鼻先に坐っている生涯の伴侶でもなかった。その頃の幸子は、ほっそりした男のような感じのする処女がそのまま教師の型になりかかったような二十八歳の女であり、女性の優しさや柔軟さというものは、むしろ乏しかった。しかしその女は、彼の性によって目覚まされた感覚を、その乳房に、その両脚の間の軟かな秘密の場所に持っていて、それ故に、離れていても、絶えず彼の全存在を意識し、彼を純粋に男性として待ち受けているところの、混り気のない女牲そのものであった。その意識が彼を幸子に夢中にさせたのだった。……

 これだけの文体の中でも、一読して明瞭なのは、感覚と感情と意識とを一緒くたにして、あるいは打って一丸として、描写していた従来のリアリズム的手法が、きれいサッパリと言っていい位、見事に払拭されていることだ。古女房の文子という女と、処女としては少しとうの立った、男のような硬さを持った幸子という女との差は、真田佐平(彼)という男にとっては、主としてその肉体上の鮮度にあり、従って男の心理の上に立ってそれを描写する際、従来の小説的手法によると、その鮮度にリアリティを与えて読老を納得させる必要上、どうしても官能や感覚に訴える言葉が選ばれ、それの言葉の有機的結合による描写法が採られるのが普通だが、そういう手法は、ここでは、慎重な作者の計算によって、一切排除されている。強いて探せば、そういう要素をもった表現は、わずかに「女性の優しさや柔軟さ」という数語に過ぎない。他は悉く或る事態やシチュエイションについての説明である。全く、悉くが説明だ。「説明」というものを極度に嫌い、あるいは恐れた、いわゆる描写という従来の小説概念からいうと、これほど小説的手法から遠ざかり、これほど小説的手法を無視した手法はあるまい。が、それにもかかわらず、すべてが説明から成ったこの文体が、従来のリアリズム的手法から成った小説に比べて、読者の頭に、より明快な、より明晰な小説的映像を与えるのは、何故なのだろう。官能描写や感覚描写が少しも用いられていないにも拘らず、小説としての明確な造型感を、読者の頭にはっきりと与えるのは、何故なのだろう。