北原武夫は、伊藤整が「氾濫」という作品を書くにあたって、次のように考えていたのであろう、と推測している。 
――俺は他の日本の小説家のように、直接感覚や官能に訴える描写は不得手だから、まったく違った方面から読老に造型感を与える別種の方法を案出してやろうという、自己についてのある明晰な自覚から、来ているのだと思う。――
そういう眼でこの小説を読み直すと、この文「氾濫」をめぐって体の構造は誰の眼にも明らかだが、この作者の用いている説明的文体は、単なる心理の説明ではなく、悉くがそういう心理や感清の分析的説明なのだ。
 つまり、ある心理が人間のうちに生起する基盤である、日常生活上の根本的なシチュエイションや事態についての、分析的説明なのである。
 たとえば、今挙げた個所でいえば、「彼の持ち帰る収入で絶えず家計の辻褄を合せようとする主婦」とか、「子供のオムツを洗い、子供の教育や将来の生活のために貯金を考える母親」とかいう文子に関する説明的な個所は、従来のリアリズム手法による作家だったら、「世帯の垢が身についた妻」とか、「すっかり世帯じみてしまった妻」とかというふうに、もっと簡潔な手法で、簡単に描写し去ったであろう。
 が、この作家は、そういう感覚的、あるいは感情的描写はすべて注意深く取り除け、一切を、感情のともなわない、理知的判断による、冷静な分析的説明で行ない、そしてその説明を、
「私はあなたの妻で、あなたはあなたの子の母親でもある私を死ぬまで安らかに暮らさせる義務があるのですよ、という雰囲気を絶えず彼の前に漂わせて鼻先に坐っている生活の伴侶」
というところまで、徹底的に理性的に追究する。
 そして、もう一人の二十八歳の幸子という女の方は、「しかし彼女との問には、世帯臭の臭わない新鮮な肉の歓びがあり、それが彼には魅力だった」と、従来のリアリズム作家なら当然そういう感覚的手法で綜合的に描いてしまうところを、
「しかしその女は、彼の性によって目覚まされた感覚を、その乳房に、その両脚の問の軟かな秘密の場所に持っていて」
という風に、何処までも分析的な説明で解明し、
「それの故に、離れていても、絶えず彼の全存在を意識し、彼を純粋の男性として待ち受けているところの、混り気のない女性そのものであった」従って、「その意識が、彼を幸子に夢中にさせたのだった」と、
 人間の心理や感情が、ある事態の与える意識の積み重ねによって形成される、その意識の一つ一つを追って、細かく解明している。
 つまり、ここには、いわゆる描写というものは、一つもないのである。悉くが、ある心理の起る原因の説明か、あるいは一つの心理の原因である意識の追究であり、それらの分析的説明が重なり合って、ある小説的造型を造り上げているのだ。
 もっと詳しく言えぱ、従来のリアリズム小説が官能や感覚、あるいは感情に直接訴えるのをその描写の目的としたのに反し、ここでは、すべての言葉のつながりが、つまり文体が、悉く、人間の知性や判断力に直接訴えるのを目的としているのだ。
 作中諸人物の姿が、眼に見えるような姿で迫って来ない代り、その諸人物の存在感(妙な言い方だが)が意識の上で明瞭に刻印されるのは、そのためであり、小説上の造型のための努力が、ここでは一切、眼に見えるように描くためにではなく、考えさせるように描くためにのみ、払われているのである。この何処から何処まで意識的な方法こそ、小説造型の方法として、少くとも日本文学にあっては、まったく新しい手法ではないのだろうか。<北原武夫【昭和32年】「伊藤整『氾濫』をめぐって」(北原文学全集・第五巻収録より)>