この意識的な手法は、男女間の最もあらわで切迫した場面、即ち閨房の場面などでも、今までの単に感覚的なリアリズム手法によるものよりももっと切実な、異様な効果を上げている。例えば、次のような個所をみ給え。

 「君は美しい、君の身体は美しい」といって、真田佐平は、その脚を、太腿を、尻のふくらみを、それから胴を、肩をやさしく撫でた。彼は性の慾求を果たす機会を得たことよりも、幸子が彼の眼にその全身を露(あら)し、彼女の女の身体を彼にゆだねているその姿に、戦くような感動を味わった。そこに今、彼のための女が美しく、そして確実に実在していた。しかし、その女は、彼がセックスで触れて行き、セックスで責めて、彼女も彼も疲労してしまったあとになっても、なおそこに残っていた。それを滅してしまうことも、消してしまうこともできなかった。彼女はしばらく休むと、また彼の支配し得ない女として、身を起し、身じまいし、彼の手を借りて、下着から順に服を身につけていった。服が身についてゆくに従って幸子は、彼の征服慾や占有慾から逃れて行った。彼女はふたたび独立した、遠々しい、捕捉しがたい他人という女になって、彼から離れてしまった。真田佐平は、幸子に置き去られたように、自分の服を身につけて行った。そして彼はすごすごと退いて、淋しい、頼りない、五十男の自分の姿の中に、再び入って行き、彼女から突き離されてしまったのを感じた。」
 
 この個所は(中略)、文体が、人間の官能や感覚にではなく、すべて人間の判断力に、もっと正確にいえば人間の悟性的認識に、直接訴えるように書かれているからだ。ここでの造型力は、官能や感覚を通さず、人間のもつ悟性的認識に、謂わぽ垂直に結びついているのだ。この小説のもつリアリティの新しさはそこにある。(中略)
 ここに、「散文とは判断の芸術である」というアランの意味するところの、まったく斬新で魅力的な散文芸術の一典型が、ようやく日本の分壇にも生まれたのだと僕は思う。(以下略)−−<北原武夫【昭和32年】「伊藤整『氾濫』をめぐって」(北原文学全集・第五巻収録より)>