読書のこの秋、私は心を励ますものはないかと手にしたものが、好きな作家、吉村昭の「闇を裂く道」であった。読み始めて2ヶ月、本は私の心を掴んで離さなかった。
  静岡県出身の吉村昭は、墓参の後、普通電車で熱海に向う途中、トンネル殉難者、67名の慰霊碑を瞬間的に眼で捉えたとき創作意欲がわいたと言う。
  明治から大正、昭和初期にかけての山国日本のトンネル開発はすさまじいものがあった。その中心になる東海道を、短距離で結ぶ必然性があり、国鉄省は優先的に熱海と三島を結ぶ丹那トンネルの工事に着工した。この工事は、富士火山帯を貫くと言う世界でも屈指の難工事であった。
  大正7年に起工し16年を費やして完工した旧丹那トンネルは、昭和9年12月1日開通した。鉄道省によるとこの期間は15年11ヶ月10日の日数を経て2千5百万円の工事費と、作業員の延べ人数は250万人に達した、と公表している。
  読書の醍醐味とは、このようなことをいうのかと思えるほど、私は、作品に引き込まれた。小説のジャンルは吉村特有の記録文学と言えようが、内容は主人公のない歴史小説である。吉村は膨大な資料を読み込み、トンネル工事労働者に命を吹き込み、岩盤に閉じ込められた遭難者の救出、緑豊かな丹那盆地の渇水に晒らされた農民の怒りまで書きこんでいる。その背景には鉄道省の政治生命と日本の未来を見据えた指導力、使命感を持った工事関係者、多くの市民農民の犠牲心の上に立ったトンネル開通、16年に渉る歴史に、私は小説を通して感動を味わった。どんな時代がこようとも一冊の本は、読者が求めれば手届く財産。大きなテーマに挑み、多くの作品を残してくれた吉村昭(平成18年7月死去)作家に礼を言いたい。
  私も、長年、読者が付かなくても選に入らずとも書いてきた。書く自分を否定することは、人生を否定することに繋がる。食べることよりも、本が読みたい自分、読むよりも書きたい自分をないがしろにしていいのか、と自問自答しながら過ごした秋である。「闇を裂く道」などと比べ、万分の一にも書けていないが、書きたいものがあるうちは書いて生きていたいと思っている。
  「夢半ば」4巻は、男中心社会の時代雰囲気のなかで、事あるごとに無意識的にも意識的にも見えざる圧力に戦う事情が読み取れる。今日的な意味で、働く女性史として、私は残すべき価値があったと、出版した今年を振り返っている。
(29・11・29)
☆〜〜著書「夢半ば」と作家・小野友貴枝(おのゆきえ) プロフィール〜〜☆
PC100003_1<1巻 女の約束は〜思春期日記(14歳から25歳まで)/2巻 女の一念は〜青年期日記(26歳から55歳まで)/3巻 女の仕事は〜壮年期日記(56歳から65歳まで)/4巻 女のストリーは〜成人日記(66歳から75歳まで)>
 神奈川県秦野市在住。1939年、9人兄弟の五女として栃木県に生まれる。1962年、神奈川県立公衆衛生看護学院を卒業し、保健婦の国家資格取得。神奈川県職員となる。主に保健福祉分野に従事。1964年に結婚。3人の子どもを育てながら勤めを続ける。2000年、平塚保健福祉事務所保健福祉部長として定年退職。
IMG_20170123_084313_1<神奈川県の「タウンニュース」1月21日号掲載の「人物風土記・小野友貴枝」の誌面より>
 同年6月、日本看護協会常任理事に着任。2004年、秦野市社会福祉協議会会長、国立東京第一病院附属高等看護学院の「東一同窓会」会長などを務める。
 文学活動にも精力的に取り組み、秦野文学同人会代表、日本ペンクラブ会員。主な著書に『秘恋の詩』(叢文社、2001年)、『秘恋竹取ものがたり』(同、2003年)、「那珂川慕情』(同、2006年)、『恋愛不全症』(同、2008年)、「秘恋』(同、2010年)、「愛の輪郭(短編・掌編)』(日本文学館、2012年〉、銀華文学賞入選作を収めた『65歳ビューポイント』(同、2013年)がある。               
■関連情報=☆小野友貴枝さんが出版体験を講演=女性の日記から学ぶ会(千葉)
「風恋洞」44号を発行 | 秦野 | タウンニュース
タウンニュース・人物風土記
私という存在は、肉体より日記の中にあった