文芸同人誌「」(横浜市)は、記者の発想にある市民文芸のあるべき姿をもち、その可能性を期待して、一部をピックアップし紹介してきた。その「澪」第17号が刊行されている。ここには、前号に掲載された映像作家・渡辺均による黒澤明監督「七人の侍」論の後編がある。前編は第16号にある本欄も紹介している。《参照:石渡均の黒澤明とつげ義春の芸術比較論=「澪」誌(横浜)
 前回も記したが、映画監督の黒澤明と作品「七人の侍」の評論は多いが、その関係づけに漫画家のつげ義春論を用いているのは、他に例がないように思う。
 そこで、どのような発想でマンガのつげ義春の作品と関連づけたか、そのポイントの一部を紹介しておこう。本論によると、つげのマンガは、欧州を中心とした海外でも、注目され評価が上がっているそうである。自分もつげ作品を多く見てないので、大変参考になったところである。
 この「クラシック日本映画選(12)七人の侍(後編)」には、映像作家の視点から、構成やカメラアングルを加えた編集技術と作品の粗筋が記される。素人では気付かない見逃しがちな場面にも鋭い指摘があり、説得力がある。
その後の、つげ義春論に触れた部分の一部を抜粋する。
ー(前略)−−まず前提として『七人の侍』は映.画用のカメラを用いて撮影された写実性をベースにした脚分間の劇映画である。
  一方の『ねじ式』は読み込む時間の個人差はあると思うが、10分もあれば読了してしまう。さらにこの作品は非写実性をベースにした非常にシュールな世界観を有している。従って、.両者を同じ基準だけで比較することは適当でないことは百も承知の上で、根底に存在する表現へのモチベーシヨンを捜しつつ述べていきたい。
ーー『ねじ式』を中心に。
  ープロローグ・主人公の出自と過去の原体験ーー
  海辺に来た主人公の若者(男子)は海中でメメクラゲに左腕をかまれてしまった。最初のコマの上空にB29を連想させる機体のシルエットが、主人公に重くのしかかっているように見える。つげは昭和20年時、葛飾区内に住む8歳の少年だった。国民学校に入学後、度重なる空襲を体験している。東京大空襲は334機のB29の無差別絨毬爆撃により下町は焼け野原となり、10万人の命を奪った。つげはその後、兄に続いて新潟県赤倉温泉に学童疎開したが、集団生活になじめず赤面恐怖症になる。前号でも紹介したが、明治43年生まれの黒澤も関東大震災後の東京の無残極まる光景を兄の丙午〔へいご)と目撃し、強烈な衝撃を受けたと自伝の中で述べている。『七人の侍』中、百姓に生まれた三船が武士の地位を得ようと志村に対して.彼なりに懸命の努力をする件は時間を割いているし、百姓の娘の津島も自分たちの出自がゆえに愛し合えない痛恨の宿命を武士の木村にぶつけている。
ーー2、不条理の中で彷径する。
  クラゲにかまれた主人公は命の危険を感じ、医者を捜して見知らぬ漁村を彷徨い歩く。漁村の家には国家の祝日を表す日章旗が掲げられている。医者のいる場所を人々に尋ね歩くが、冷たくあしらわれてしまう。その途中にスパナを持っているアイヌ人の知里高央(ちりたかなか)がなぜか登場する。知里は幌別の教育者であり、カメラ愛好者であったつげは写真家・木村伊兵衛の写真集に影響を受け、そこにスナップされた知里を引用したつげの研究者たちは分析している。
  『七人の侍』も野党化した野武士の集団が百姓の村を襲い、悪事の限りを尽くすという不条理であり、百姓たち.は不安に駆られ自衛のために町へ出て助けを求める。侍たちも浪人の身分であり、将来の不安を抱え仕官を求めてさまよっていたのだ。ーー以下略。
  このように、戦争空襲の体験を共通項として、つげの「ねじ式」作品のマンガ場面と黒澤の「七人の侍」のエピソードを対比させて論を進める。
  この論の前提に、黒澤明の「七人の侍」の論理性の整合性と、つげの「ねじ式」の物語の非論理的なミステリアスな展開の差を指摘している。
 「ねじ式」の物語の説明のなかに、「なぜか」という話の連続性から飛躍してる状況説明で、それが理解出来るであろう。 
  たしかに、つげ義春のマンガには、シュールで多義性がある。また、黒澤明監督の晩年の作品では、ストーリー性を捨て形式美に向かわざるを得ない映画芸術の枠を感じさせるものがある。
 自分には、「ねじ式」代表作と思わず、「山椒魚」の社会の閉鎖性とそこでの妥協をせざるを得ない状況を読み取った記憶がある。そして、人間の内部に存在する原初の、夢のような感覚を表現しているように思う。
 ここでの論者は、写真の静止的意味性に対応するマンガの多彩な意味性の豊かさに視点を寄せているのではないか。異色の比較芸術論に読めた。それぞれの立場からの多様な比較芸術論の一端を垣間見せていることに注目したい。
 ■関連情報=放射能汚染と野鳥の生態を自然公園に観る=鈴木清美氏
■関連情報=「澪 MIO」の同人展を1/6−9日まで開催=横浜市