難聴になったので、過去の出会いで、詩人・坂上清が難聴であったことを思い起こしたのである。彼は故人となったが、なぜか、自分も遠くなく故人になる段階を歩んでいることへの実感がでてきたわけである。
坂上さんは、ある時、「コスモス」忌の集まりがあることを教えてくれた。さらに「たしか、長谷川龍生氏が大阪からくるときいたな」という。
アナーキズム精神の詩人・秋山清「コスモス忌」には、さざまな縁にふれた詩人・評論家がコスモスの季節がくると、この詩人を偲んで集うのである。
龍生氏には、新日本文学の講師をしていたとき、自分は受講生だった。当然ながら、小野十三郎の話が出た。その話がききたくて、受講生になったのである。その後、当然ながら「長谷川龍生・詩集」も読んだ。その時期の龍生氏は学校の校長をしているとかで、知人が多く大変にぎやだったという記憶がある。そこから「コスモス忌」という集いに参加するようになった。
なにしろ、時代が進むので、みな老いていく。かつて参加者が、次々と故人となっていく過程でもある。
■2011年「第23回コスモス忌」で、佐々木幹郎氏の話を聴く: 文芸同志会通信
■2013年「第25回コスモス忌」小沢信男氏が秋山清を語る : 「詩人回廊」
■2017年バー「風紋」の林聖子氏が森まゆみ氏に父と文壇人を語る(上)
■バー「風紋」の林聖子氏が森まゆみ氏に父と文壇人を語る(中)
■バー「風紋」の林聖子氏が森まゆみ氏に父と文壇人を語る(下)
今年は、それが休むことになったそうである。 -----
~~じつは、文芸同志会では、先日、郵便振込口座と銀行口座を止めました。活動機能の低下によるものです。
坂上さんは、ある時、「コスモス」忌の集まりがあることを教えてくれた。さらに「たしか、長谷川龍生氏が大阪からくるときいたな」という。
アナーキズム精神の詩人・秋山清「コスモス忌」には、さざまな縁にふれた詩人・評論家がコスモスの季節がくると、この詩人を偲んで集うのである。
龍生氏には、新日本文学の講師をしていたとき、自分は受講生だった。当然ながら、小野十三郎の話が出た。その話がききたくて、受講生になったのである。その後、当然ながら「長谷川龍生・詩集」も読んだ。その時期の龍生氏は学校の校長をしているとかで、知人が多く大変にぎやだったという記憶がある。そこから「コスモス忌」という集いに参加するようになった。
なにしろ、時代が進むので、みな老いていく。かつて参加者が、次々と故人となっていく過程でもある。
■2011年「第23回コスモス忌」で、佐々木幹郎氏の話を聴く: 文芸同志会通信
■2013年「第25回コスモス忌」小沢信男氏が秋山清を語る : 「詩人回廊」
■2017年バー「風紋」の林聖子氏が森まゆみ氏に父と文壇人を語る(上)
■バー「風紋」の林聖子氏が森まゆみ氏に父と文壇人を語る(中)
■バー「風紋」の林聖子氏が森まゆみ氏に父と文壇人を語る(下)
今年は、それが休むことになったそうである。 -----
~~じつは、文芸同志会では、先日、郵便振込口座と銀行口座を止めました。活動機能の低下によるものです。