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伊藤昭一ジャーナル★運営「文芸同志会」の郵便振替口座=00190−5-14856★「文芸同志会通信」&「詩人回廊」運営。  

作家・外狩雅巳のひろば

20周年を前に「相模文芸クラブ」の継続理由=外狩雅巳

IMG_20190131_0001_1_1<2020年には創刊20周年になる「相模文芸」の第37号。表紙イラスト、五十嵐ユキ子。一遍上人ゆかりの古刹ー当麻山無量光寺高麗門>
 前回で文芸同人誌「相模文芸」について書いたのは、小野友貴枝氏が掲載した同人誌の衰退についての一文への関連で発言したかったからです。《参照:文学同人誌の衰退とその影響=小野友貴枝
 小野さんは自身の経験から高齢化社会の現実を見ています。高齢者の趣味としての親睦団体化しいく傾向を言い当てていると思います。そして、そこに文芸同人会の活路もあると言っています。
 なので相模文芸クラブの経験と現況から切り込んでみました。三十人ほどの会員を組織出来ているのはなぜかと考えました。年二回の同人誌発行と月二回の合評会開催。そして地元での活動だと思います。
 相模原市限定で駅前公民館利用と言う地域限定活動は近所の高齢者が集いをすることに好条件でだと思います。
 さらに、女性会員が多く活発に編集や会計の任務をこなしてくれます。これも会員増加の条件です。
 月に二回の集会もおしゃべり好きな高齢者に高感度で迎えられています。会合後はお茶で二次会です。
 作品も身辺雑を記書く会員が多く半数以上の人がそれです。ペットの話などは好感を持って読まれました。
 書きたい、読みたい、話したい。この要求に応えての盛況なのです。多人数なので会費も多額に集まります。
 数十万円の残金を蓄えた相模文芸クラブ。今後も趣味で楽しむ会として盛況に運営して行く事でしょう。
■関連情報= 詩人回廊「外狩雅巳の庭」
北一郎「外狩雅巳『二十八歳の頃』の読み方」抄録
穂高健一ワールド・サイト「寄稿・あなたの作品」コーナー(9月1日付)
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 外狩A 外狩雅巳(とがり まさみ)=1942年、旧満州生まれ。仙台で中学卒業後、商店住み込み店員となる。その後、単身上京。工場労働者として労働運動に力を入れる。同人雑誌を中心に地域の市民文芸文化振興と小説執筆での作家活動を行う。
(著書参照:「この路地抜けられます」「十坪のるつぼ」) 

20周年を前に記念企画の「相模文芸クラブ」=外狩雅巳

IMG_20190131_0001_1_1<2020年には創刊20周年になる「相模文芸」の第37号。表紙イラスト、五十嵐ユキ子。一遍上人ゆかりの古刹ー当麻山無量光寺高麗門>
 2000年の3月1日に「相模文芸」創刊号を発行した「相模文芸クラブ」「は来年で二十周年となります。
 記念企画の実行委員になりましたので早速準備に取り掛かります。会員の高齢化が進む中で次世代への移行による継続を確実に行えることを最大のテーマにしたいものです。
 文芸同人誌という固い名称よりも文芸サークル誌を念頭に設立され相模原市の市民文芸に寄与してきました。
 設立までの一年余は紆余曲折の連続でした。
 私は20代の頃より仲間とサークル誌を発行しています。
 労働組合運動に入り中央労働学院と言う労働学校で学びました。詩を書く学友に誘われ設立したのが《未知の会》です。年長なので代表になり未知という雑誌を年6回の発行で学内に配布していました。
 中年の頃に、再度旧友を中心に広く全国に仲間を集め活動を再開しました。《慧》と言う名の雑誌を40号まで発行しましたが定年退職を機に相模原市だけの活動に狭めました。
 公民館等で仲間を集めている人と知り合い、会結成の準備に入りました。これが「相模文芸クラブ」の出発でした。
 慧の会を解散し会員7名を「相模文芸クラブ」に誘いました。
 共同設立者の長澤氏も友人など4名を誘ってくれました。
 こうして一年間の準備の末、2000年3月に創刊号を発行しましたが50頁足らずの薄い冊子です。私は「いずみ野物語」という小説と「別れの九月」という詩を掲載しました。
 長澤氏が会長で私が事務局長となり月例会を続けました。
 しかし彼は病に伏し退会し、二代目会長は彼の友人の芦沢氏が引き継ぎました。しかし長澤氏の病没のすぐ後に芦沢氏も病没し、植木氏が三代目会長になり、コンピでの会運営が長く続きました。市内外に公告し図書館などに陳列して会員募集を行い多くの書き手が集まりました。雑誌「新日本文学」入選作者の松井氏が特に多くの作品を掲載してくれました。
■関連情報= 詩人回廊「外狩雅巳の庭」
北一郎「外狩雅巳『二十八歳の頃』の読み方」抄録
穂高健一ワールド・サイト「寄稿・あなたの作品」コーナー(9月1日付)
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 外狩A 外狩雅巳(とがり まさみ)=1942年、旧満州生まれ。仙台で中学卒業後、商店住み込み店員となる。その後、単身上京。工場労働者として労働運動に力を入れる。同人雑誌を中心に地域の市民文芸文化振興と小説執筆での作家活動を行う。
(著書参照:「この路地抜けられます」「十坪のるつぼ」) 
 

NHKドラマ「西郷どん」は安倍政権の近代史=外刈雅巳

オリンピック開催前に、世論統制に向け動きが早まっている
近代日本史の書き換えを行う大河ドラマに抗議したい。
昨年暮れNHKの大河ドラマ「西郷どん」が終わった。国民的ドラマだ。
西南戦争の原因は士族の不満を反映したと断じている。
士族不満を台湾征伐に転ずる西郷の征韓論を軽んじている。
国力充実前の侵略戦争を先延ばしにした事を隠している。
歴史を見ればわかる。台湾征伐も行い,日清戦争も行った。
アジアの覇権を視野に入れた戦略は、国家のプロジェクトだ
NHK大河ドラマの西郷観は安倍政権の近代史だとおもう。
その延長にはアジア平和のためを大義とした日露戦争がある。
明治天皇の時代に、世界強国にのし上がった。
列強の軍事協定に加わり五大国に列し傲慢になった。
その歴史を正しいとする史観が甦ってきたのだ。
アジアの強国日本を憎む中国と韓国、北朝鮮等々。
新たな緊張に対応した国民史観を創ろうとしている。
今年は大変な一年となるだろう。
《参照:「赤松小三郎ともう一つの明治維新」を関教授が語る(3)》
■関連情報= 詩人回廊「外狩雅巳の庭」
北一郎「外狩雅巳『二十八歳の頃』の読み方」抄録
穂高健一ワールド・サイト「寄稿・あなたの作品」コーナー(9月1日付)
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 外狩A 外狩雅巳(とがり まさみ)=1942年、旧満州生まれ。仙台で中学卒業後、商店住み込み店員となる。その後、単身上京。工場労働者として労働運動に力を入れる。同人雑誌を中心に地域の市民文芸文化振興と小説執筆での作家活動を行う。
(著書参照:「この路地抜けられます」「十坪のるつぼ」) 
 

文芸交流会より“謹賀新年”   外狩雅巳

 新しい年が始まりました。閲覧して頂いた皆様とともに喜びと決意を新たにしたいと思います。
 文芸交流会はいよいよ六年目を歩き始めます。新春の決意と抱負を述べさせて頂きます。
 七つの会の有志が集まる交流会は今年も月例会を継続する予定です。毎月各会の作品を合評してゆきます。
 年末に発行された「群系」、「文芸多摩」、「相模文芸」、「白雲」、「グループ桂」の五同人誌は既に届いています。
 さらに、新春には「みなせ文芸の会」や小野由紀枝さん・朱鳥草さん等の発行も続きます。
 1月30日、2月25日と会合日場所も決まりました。その間には各会の合評会も組み込まれています。
 多忙な一年が始まります。作品を書き掲載し発行し配布送付し会合で作品合評会を行う一年です。
 各会の会合、特に「相模文芸クラブ」では毎月二回の合評会を行っています。他の会も頻繁に行っています。
 その間を縫って文芸交流会の月例会を設定しています。参加者は多忙な毎日だと思います。
 しかし、この同人誌交流合評会は全国にも希少な集まりとして多くの注目を集めています。
 書きっぱなしで合評を行わない会は多くあります。「群系」は発行後に一度だけ行っています。
 作者は感想が聞きたいのです。「文芸思潮」誌、「民主文学」誌は同人誌優秀作品評しか掲載していません。
 全作品を合評するのは大変な手間が必要です。交流会は出席すれば当人の作品合評を行います。
 それが交流会の魅力だと信じて、今年も困難な道を歩き続ける決意です。どうぞよろしく。
☆町田文芸交流会事務局担当・住所〒252−0235神奈川県相模原市相生2-6-15、外狩雅巳方。
■関連情報= 詩人回廊「外狩雅巳の庭」
北一郎「外狩雅巳『二十八歳の頃』の読み方」抄録
穂高健一ワールド・サイト「寄稿・あなたの作品」コーナー(9月1日付)
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 外狩A 外狩雅巳(とがり まさみ)=1942年、旧満州生まれ。仙台で中学卒業後、商店住み込み店員となる。その後、単身上京。工場労働者として労働運動に力を入れる。同人雑誌を中心に地域の市民文芸文化振興と小説執筆での作家活動を行う。
(著書参照:「この路地抜けられます」
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地域活動での市民文芸の普及に力入れ  外狩雅巳

 相模原市には市民活動を支援するNPOがある。「さがみはら市民活動サポートセンター」の名称である。
 「相模文芸クラブ」を設立した三年後にこのサポートセンターが出来て現在まで活動している。
 資金面などで行政の支援を受けて市役所そばのけやき会館と言う施設内に事務所を置いている。
 設立以来、地域文芸同人誌「相模文芸」の展示依頼や座談会等で頻繁に通ってきた。事務局員とは旧知のなかである。
 昨日の16日にも活動紹介の会合があり自費出版の書籍などを宣伝しに参加して来た。
 茶菓子とコーヒー等もあるという20人ほどの集まりで市民活動相互の情報交換・宣伝会合である。
 高齢社会で多くの集団があるがボランティア団体・スポーツ団体・国際交流団体などさまざまである。
 文化団体もあるが歌や踊り会が等であり文芸は少ない。それも詩歌主体で小説・評論は皆無である。
 十数年間も通い書籍陳列等に尽くしてきたが、参加者には全く知られていなかった。残念である。
 順にアピールできるので読み書きの趣味を持つ人は居ないのかと詩集等提示して宣伝した。
 結構興味を引いた。図書館が少ないどこで読めるのか。自分史を書きたい。私の詩集が欲しい等々。
 以前、「文芸同志会」から「外狩雅巳の世界ガイド」としてパンフを出版した際に「市民文芸」の名を使った。
 帯文には伊藤昭一氏が市民文芸の現場記録と書いてくれた。宣伝になるよう期待していた。
 しかし、いまだに多くの高齢者は文芸趣味の世界を知らない。宣伝方法を考えたい。
 交流会参加の「文芸多摩」誌なども数人での活動である。千万人の高齢社会に大々的に宣伝しよう。
☆町田文芸交流会事務局担当・住所〒252−0235神奈川県相模原市相生2-6-15、外狩雅巳方。
■関連情報= 詩人回廊「外狩雅巳の庭」
北一郎「外狩雅巳『二十八歳の頃』の読み方」抄録
穂高健一ワールド・サイト「寄稿・あなたの作品」コーナー(9月1日付)
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 外狩A 外狩雅巳(とがり まさみ)=1942年、旧満州生まれ。仙台で中学卒業後、商店住み込み店員となる。その後、単身上京。工場労働者として労働運動に力を入れる。同人雑誌を中心に地域の市民文芸文化振興と小説執筆での作家活動を行う。
(著書参照:「この路地抜けられます」
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町田文芸交流会の会場さがしから五年の歩み=外狩雅巳

140205 交流会<その時々で、会場を変えていた町田文芸交流会。2014年2月>《参照:町田の第8回文芸交流会で、愛好者の参加拡大へ
 町田文芸交流会は来年から六年目の活動に入ります。
 参加メンバーの多様化と確定性をもってきました。活動方針検討の機運もあります。そこで2014年からの五年間を纏めてみました。
 発足は2014年です。伊藤昭一さんや小野光子さんと喫茶店で情報交換等の会合を続けだしたのが当初の方法でした。
 その後、落ち着いて会話をしたいので公民館を借りる事にしました。
 数人が集まれる部屋になりメンバーを増やしました。
 「群系」誌へ執筆者の荻野さんや「町田詩人会」の人が集まってくれました。
 当時の会合の様子は2014年〜2015年には文芸同志会の伊藤さんがネットに掲載してくれています。
P2240005P2240003<「文芸同志会」「みなせ文芸」「民主文学」町田支部「普恋洞」「相模文芸」の各会員たちが意見を述べた。2014年8月の町田文芸交流会の風景。撮影:伊藤昭一>《参照:文芸交流会は五つの文芸同人会の方が参加
 さらに、2016年になると「みなせ文芸の会」の岡森さんや「文芸多摩」の大川口さんも常連になりました。
 「文芸多摩」は民主文学町田支部が発行する同人雑誌です。
 支部長の大川口さんが熱心なので矢嶋さん等の支部員も参加して交流会の主力メンバーになります。大川口さんが病気で参加できなくなり矢嶋さんが引っ越ししてもあとを継ぐ支部員が交流会の常連として会合を盛り上げています。
 2017年には展示会を行い全国の同人誌を並べました。
 そして今年はさらに多くの常連が会合に集まっています。
 八王子市で「はがき通信」を発行する朱鳥草さんは二月から、横浜の同人誌白雲の岡本さん、群系会員の澤田さんは夏頃からのメンバーです。年末現在は13名の名簿となりましたので組織的な運営の必要性も考えています。
 12月には「文芸多摩」第11号と「相模文芸」第37号が発行されます。
 一月には「白雲」第47号も発行予定です。そして「文芸多摩」11号と「白雲」37号には町田文芸交流会の宣伝の紹介記事も掲載されます。これで数百人の読者の目に触れる事になります。
 交流会への関心が集まり広まり全国から注目されます。
 来年はこの五年間の成果をどう展開するかが問われます。
 全国でも珍しい定例の文芸同人会の交流が定着しました。
☆町田文芸交流会事務局担当・住所〒252−0235神奈川県相模原市相生2-6-15、外狩雅巳方。
■関連情報= 詩人回廊「外狩雅巳の庭」
北一郎「外狩雅巳『二十八歳の頃』の読み方」抄録
穂高健一ワールド・サイト「寄稿・あなたの作品」コーナー(9月1日付)
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 外狩A 外狩雅巳(とがり まさみ)=1942年、旧満州生まれ。仙台で中学卒業後、商店住み込み店員となる。その後、単身上京。工場労働者として労働運動に力を入れる。同人雑誌を中心に地域の市民文芸文化振興と小説執筆での作家活動を行う。
(著書参照:「この路地抜けられます」「十坪のるつぼ」

町田文芸交流会の11月集会は賑やかに=外狩雅巳

   文芸交流会の11月例会を11月25日、町田公民館で行いました。参加者は7名でした。
   「群系」会員・澤田さん。「白雲の会」代表・岡本さん。「はがき通信」・朱鳥さん。「文芸多摩」の原さんと佐藤さん。
   「みなせ文芸の会」編集長・岡森さん。それに「相模文芸クラブ」会員の外狩が出席しました。
  みなせ80号の岡森作品を巡りにぎやかに合評等をしました。話題が多く論議が尽きませんでした。
  岡森さんはペンネームの盛岡を使い分けて三作品を掲載しています。60頁で全体の三分の一を占めます。
  ルポルタージュ・小説・ニュース解説的な三作品はいずれも似たような作風で文学性を問われました。
  しかし、注目され読まれる点では雑誌を牛耳っていて、評価される面もあるとの意見もありました。
  また、複写機を使い安価に製作し年間四回の発行は運営面でも注目に値するとも言われました。
  新聞記事からの引用は一紙ではなく広く各紙からの方がよいだろうとか会話文の安易性も指摘されました。
  しかし作品内容は注目され関連話題が続出し、時間いっぱいの討論から二次会にまで盛り上がりました。
  「文芸同志会」の伊藤さん等四名の欠席は日曜日の会合を設定した為です。今後は日を選びます。
  各詩の現状は。群系41号と相模文芸37号さらに白雲47号・文芸多摩11号が来月中に続々と発行されます。
  「白雲」第46号には文芸交流会のあり方という宣伝記事が掲載されます。ーー文芸仲間が町田に結集!ーーのサブタイトルで岡本さんが一頁全面広告的紹介記事に仕立ててくれました。感謝しています。
  また、全国の同人会から選んだ数十誌に交流会広告を送った結果、現在までに三誌から交流会宛名で雑誌が届きました。大阪府の「メタセコイア」第15号・三重県の「海」第98号・大田区の「空想カフェ」第26号です。特に、大田区の堀内みちこさんの空想カフェには出席も要請していました。交流会で回覧しました。
☆町田文芸交流会事務局担当・住所〒252−0235神奈川県相模原市相生2-6-15、外狩雅巳方。
■関連情報= 詩人回廊「外狩雅巳の庭」
北一郎「外狩雅巳『二十八歳の頃』の読み方」抄録
穂高健一ワールド・サイト「寄稿・あなたの作品」コーナー(9月1日付)
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 外狩A 外狩雅巳(とがり まさみ)=1942年、旧満州生まれ。仙台で中学卒業後、商店住み込み店員となる。その後、単身上京。工場労働者として労働運動に力を入れる。同人雑誌を中心に地域の市民文芸文化振興と小説執筆での作家活動を行う。
(著書参照:「この路地抜けられます」「十坪のるつぼ」

顔を合わせ語り合う「町田文芸交流会」の現況=外狩雅巳

 文芸同人誌を発行しても作品合評会をしない処もあります。せっかく書いたのだから多くの読者を得たいと思います。
 さらには同人会内だけの感想ではなく広く外部評も欲しい。
 そこで他流試合的な同人雑誌交流会を始めました。
 町田文芸交流会は八つの文芸会が参加して月例会を続行中です。
 それを全国に宣伝しています。同人雑誌が送られて来れば必ず作品感想の交流を行っている現状を報告して合評の大切さを訴えています。
 「日曜作家」と言う同人雑誌が送られてきましたので合評会を勧めてみました。しばらくしたら返信が来ました。
 合評の必要は認めながらも困難な実情が書かれています。しかし、読んでほしい、作品評は欲しいとあります。
 「文芸同志会通信」からの批評はうれしいが誤字もあり、直して「日曜作家」に掲載しているそうです。
 合評会を試みたこともあるが会合運営がうまくゆかない、労多くして功少なしでしたと過去を報告しています。
 この会はちまちまとした同人誌ではなく、文芸誌としての方向性を定め行動しているそうです。そのためにも同人会連合の必要性を求めています。
 高い目標を説くお便りは熱気にあふれています。
 とは言え、運営に汗を流す人材が見つからず合評会を開催出来ない実態を様々に書き送ってくれるのを読むにつけ苦労の一端が見えてきます。一人で会の全般を運営しているそうです。年四回の発行に張り切っている様子がよくわかります。
 町田文芸交流会に参加しているみなせ文芸の会を想像させられました。しかし、みなせ文芸の会の岡森編集長は交流会で作品を合評されています。「日曜作家」も近隣の同人会と懇意になり交流するように返信してみます。
☆町田文芸交流会事務局担当・住所〒252−0235神奈川県相模原市相生2-6-15、外狩雅巳方。
■関連情報= 詩人回廊「外狩雅巳の庭」
北一郎「外狩雅巳『二十八歳の頃』の読み方」抄録
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 外狩A 外狩雅巳(とがり まさみ)=1942年、旧満州生まれ。仙台で中学卒業後、商店住み込み店員となる。その後、単身上京。工場労働者として労働運動に力を入れる。同人雑誌を中心に地域の市民文芸文化振興と小説執筆での作家活動を行う。
(著書参照:「この路地抜けられます」「十坪のるつぼ」) 

文芸交流会10月で、文芸の境界について討議=外狩雅巳

  町田文芸交流会は月例会を継続中です。10月31日に町田公民館で行いました。7つの文芸会と個人参加一人です。「文芸同志会」、「みなせ文芸の会」、「秦野文学同人会」、「相模文芸クラブ」、「民主文学」町田支部、「白雲の会」、「群系の会」から一人づつとハガキ通信主催者の合計8名が出席しました。
  今回は群系の会の会員の澤田繁晴さんの断片的なもと、掌編小説的な作品を合評しました。澤田家の人々を母親を中心に様々に書き込んでいます。
  家族語りが文学になる要素を話し合いました。これは単なる自己表現であるのか、文芸作品として書かれたあるのか、その境界について話題になりました。同人会の垣根を超えて普遍的な文学価値を討議にまで進展しました。作者の話では、ほとんどが事実に沿った断片であるが、なかに視覚に訴えるような、具体的な場面を意識的に挿入してある、という内訳話で、それなら文芸作品であろう、ということになりました。そして、作品のどれにも文学的なセンスが生かされており、自己表現を超えたものになる作品を期待するという結論になりました。
 みなせ文芸の会より新規発行「みなせ」誌80号が配布されました。次回は編集長の岡森利幸氏の作品を予定しています。岡森さんは筆名の盛岡と合わせて三作品を掲載しています。みなせ文芸の会の実質的な推進者です。
  はがき通信の朱鳥草さんの詩作品等の朗読も行いました。
  その後、「白雲の会」の岡本たかしさんが、茨城県の「牛久へ」というタイトルで、短歌の推敲中のものを発表。参加者の反応と意見を参考に、さらに推敲し「白雲」誌に発表するとのことでした。
 これからも町田文芸交流会に出席すれば、多様な文芸潮流を見聞出来て友人も出来る事を、広めて行きたいと思っています。11月25日の次回会合も内実ある討議になるでしょう。
☆町田文芸交流会事務局担当・住所〒252−0235神奈川県相模原市相生2-6-15、外狩雅巳方。
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価値観の並行する文芸交流会の5月会合報告=外狩雅巳

 町田公民館を拠点としている、文芸交流会は、今年の上半期において順調に進んでいます。新しく朱鳥草さんが月例会参加回数が増えました。
 上期の成果も広がっています。先月の会合では、同人誌に掲載されたジャンルの評論、エッセイ、小説の在り方について、突っ込んだ話し合いが、行われました。何を書くべきかという意欲と、その価値観についての違いが明らかになり、参加者それぞれの主張は平行線に終わりました。今後も並行した価値観で交流が継続しそうです。
 文芸同志の伊藤昭一さんが『文学が人生に役立つとき』を発行しました。発行日は3月1日です。菊池寛を研究分析し紹介した120頁の小冊子です。
 さらに、朱鳥さんはこれまでの創作を交流会に披露しています。はがき短詩通信は80号となり、ツイッターでも毎週短詩投稿を発表中です。そして毎月発行の『詩的芸能小屋・ほのか座』も印刷配布してくれました。交流会という作品検討会の場を得て他者作品への鑑賞・評価も活発に発言しています。《参照:詩人回廊」》
  岡森さんは三月に「みなせ」78号を発行し、六月には79号を発行する超スピードで同人雑誌運営を継続中です。毎号百枚以上の作品掲載でみなせ文芸の会を盛り上げています。
 特に活躍中なのは小野友貴枝さんです。著書の発行と発表の両輪で大奮闘しています。。《参照:小野友貴枝のひろば
 昨年は『夢半ば』と言う四巻本を発行し、今年は姉の短歌集の編集発行に取り組んでいます。
 そして発表では二つの雑誌に掲載しました。まず文芸思潮誌の68号に応募当選しました。
 『魂を奪われて』と言う作品がが第12回文芸思潮エッセイ賞で佳作入選しました。日記集発行の体験など綴ったさくひんです。又、評論同人誌・群系40号にも作品掲載を行いました。
 六月にはこの小野友貴枝作品の感想会を行う予定です。
☆町田文芸交流会事務局担当・住所〒252−0235神奈川県相模原市相生2-6-15、外狩雅巳方。
■関連情報= 詩人回廊「外狩雅巳の庭」
北一郎「外狩雅巳『二十八歳の頃』の読み方」抄録
穂高健一ワールド・サイト「寄稿・あなたの作品」コーナー(9月1日付)
――――――――――― ☆ ――――――――――
 外狩A 外狩雅巳(とがり まさみ)=1942年、旧満州生まれ。仙台で中学卒業後、商店住み込み店員となる。その後、単身上京。工場労働者として労働運動に力を入れる。同人雑誌を中心に地域の市民文芸文化振興と小説執筆での作家活動を行う。
(著書参照:「この路地抜けられます」「十坪のるつぼ」) 
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