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伊藤昭一ジャーナル★運営「文芸同志会」★郵便振替口座=00190−5-14856★「文芸同志会通信」&「詩人回廊」運営。  

作家・外狩雅巳のひろば

文芸同人誌展示会(町田文芸交流会主催)の現況=外狩雅巳

IMG_0054IMG_0090DSC02393_1IMG_0091_1<町田文芸交流会の主催で、広域な内容の「文芸同人雑誌展示会」が開催されている町田中央公民館の生涯学習センター・ミニギャラリー。7月20日>
 文芸交流会(町田)が、町田公民館生涯教育センター7階にて、7月29日まで開催の「文芸同人雑誌展示会」には、地元の町田市地域関係だけでなく、全国の文芸同人誌が閲覧できるようになっています。
IMG_0089IMG_0087<文芸交流会に常連参加の民主主義文学会・町田支部誌の「文芸多摩」や秦野市の同人誌「みなせ」などもバックナンバーを展示>
 交流会に毎月の会合に集まる五つの団体のコーナーを設けました。送られてくる詩誌コーナーもあります。
 限られた場所ですが展示すれば閲覧者もあり、持ち帰りの人たちもいて、補充にも追われている現状です。
 まず、地元の・民主文学町田支部の「多摩文芸」をはじめ、近隣地域から、「みなせ文学の会」や「秦野文学同人会」などもコーナーを設けています。
IMG_0067IMG_0094IMG_0056_1<持ち帰られた本のあとの空は、追加して並べ替えをする>
   五つの会が集まり三年間にわたり月例会を続けた成果がここに総結集しています。
 交流会に送付されて入手した同人誌のなかには、福島県の「駱駝の瘤通信」13号、伊東市の「岩礁」25号・浜松市の「白雲」44号、いなべ市の「海」95号」、九州・大宰府の「海」等が並びました。
 相模文芸クラブのコーナーにも同人誌のバックナンバーを並べました。外狩雅巳のコーナーも作りました。
IMG_0093<外狩雅巳のコーナーでは、公営住宅の管理人の仕事ぶりを描いた「十坪のるつぼ」多く持ち帰りされるので、補充が多い>
「この路地抜けられます」、「十坪のるつぼ」、「ギフト」等の小説集・詩集などを並べて、興味ある方には進呈しました。
 二日目には何冊かの小説集がなくなり補充に追われています。閲覧者が多いので満足しています。
 文芸芸同志会のコーナーには、昨年99歳で亡くなった伊藤桂一氏(詩人・直木賞作家)の指導雑誌「グループ桂」や群馬県の「誌的現代」17号、川崎市の「回転木馬25号」、杉並区の「トンボ」第4号などもならんでいます。
 全国から寄せられる同人誌は期間中なら順次追加してゆきます。今日も「仙台文学」90号が届きました。
 すでに多くの全国同人雑誌が持ち帰られていてすべての詩誌を羅列できません。
 文芸同志会協賛で、各地から送られてきた同人誌はこうして無駄なく一般人や文芸愛好家に閲覧され持ち帰られている事を報告します。
☆町田文芸交流会事務局担当・住所〒252−0235神奈川県相模原市相生2-6-15、外狩雅巳方。
■関連情報= 詩人回廊「外狩雅巳の庭」
北一郎「外狩雅巳『二十八歳の頃』の読み方」抄録
穂高健一ワールド・サイト「寄稿・あなたの作品」コーナー(9月1日付)
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 外狩A 外狩雅巳(とがり まさみ)=1942年、旧満州生まれ。仙台で中学卒業後、商店住み込み店員となる。その後、単身上京。工場労働者として労働運動に力を入れる。同人雑誌を中心に地域の市民文芸文化振興と小説執筆での作家活動を行う。
(著書参照:「この路地抜けられます」「十坪のるつぼ」) 

「同志」の名が革新を意味した時代と今の世代=外狩雅巳

 先日の交流会で『文芸同志会』を取り上げ討論しました。代表の伊藤さんが答えてくれました。
 社会変革を志す仲間達が、結束するために使用した用語「同志」を意識しての命名だと言いました。
 私も労働組合運動の中でこの用語に出会いました。70年安保で揺れる政治の時代でした。
 60年安保闘争の挫折で、反体制活動組織は分裂し国民的盛り上がりが出来ず現在に至るのでした。
 ベルテックというカーステレオ製造会社での組合づくりが発展せず転職した頃です。
 国学院大学の夜間部に通う中で「民主青年同盟」という政治組織に勧誘されました。
 労働者の団結で社会を変える力を作るというのです。その団結の核になるのが『共産党』だと聞きました。
 民主青年同盟の学内組織は「学生班」と言っていました。指導部は全員が共産党員でした。
 勧誘され入党すると「学内細胞」という党員の組織の一員となります。仲間を同志と呼び合いました。
 文芸同志会の名称にはこんな懐かしい過去が呼び起こされる体験があります。
 それなので「工場と時計と細胞」という作品も文芸同志会の「詩人回廊」サイトに掲載させてもらいました。
 しかし、小説と事実とは別です。作品では掘り下げなかった政治での翻弄体験があります。
  当時の国学院学生自治会は、民青とは別の政治運動のメンバーが牛耳っていました。
 クラス委員として学生総会に参加して決議した街頭行動は大変に過激なものでした。
 多くの知人が出来ました。彼らは民青を批判し過激行動へ勧誘します。
 革マル派の仲間たちと行う街頭行動は、デモ行進というより機動隊との闘争です。
 私の小説作品「この路地抜けられます」は闘争からの逃亡を主題にした逃亡小説です。
 確信が揺らいだら、次々に運動から逃亡したり転職したりの連続の人生となりました。
 大企業のセガエンタープライゼス社での労組づくりも、孤立しての転職となりました。
 学生運動での同志的結合の細胞仲間が、恋愛や就職で離脱する事に不信感が募りました。
 その後市民運動と出会い「べ平連」活動に触れました。組織に群れない活動だと理解しました。
 個別に並んで同時に撃て!という主張に賛同し無原則的な反政府運動にも参加しました。
 現在、共産党が野党共闘・一点共闘を掲げるのを知り理解できず不信感もで沸きます。
 「べ平連」等の市民活動を非難し協同を拒否した過去は過去はどう総括されているのでしょう。
 無職になり売血する日々の中で、私も簡単に思想を捨てて流される人生を送りました。
 同志と呼び合った仲間たちとも音信不通となり半世紀が過ぎています。
 文芸同志会の命名経過説明を聞きながらされどわれらが日々だと感無量です。
■関連情報= 詩人回廊「外狩雅巳の庭」
北一郎「外狩雅巳『二十八歳の頃』の読み方」抄録
穂高健一ワールド・サイト「寄稿・あなたの作品」コーナー(9月1日付)
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 外狩A 外狩雅巳(とがり まさみ)=1942年、旧満州生まれ。仙台で中学卒業後、商店住み込み店員となる。その後、単身上京。工場労働者として労働運動に力を入れる。同人雑誌を中心に地域の市民文芸文化振興と小説執筆での作家活動を行う。
(著書参照:「この路地抜けられます」「十坪のるつぼ」) 

文芸同志会って何? 文芸交流会6月会合で研究=外狩雅巳

 町田文学館で23日に月例会を行いました。五つの会から五人が参加しました。
 最初に文芸同志会代表の伊藤昭一さんを囲み同志会説明と彼の最新作品感想を行いました。
 故・伊籐桂一氏(詩人・直木賞作家)の講義テキストでもある作品集「グループ桂」に掲載された北一郎(伊藤昭一)さんの作品「萩原朔太郎詩集考ランダム」の感想です。
 その作品感想や質問に答える形で伊藤昭一さんが多くの事を話してくれました。
 さらに、個人的に始めた情報紙『文芸研究月報』(国会図書館データ)から文芸同志会までの歩みも詳しく説明しました。
 「文芸研究月報」の評判が広がり公的機関や固定読者対策として会を名乗り会費を決めて来たそうです。
 文学以外の情報や研究調査などにも及ぶ広範な対象をカテゴリー別に分けて把握しています。
 会員になると文芸同志会ネットでの発信も出来ます。私や小野友貴枝さん等が行っています。
 長い経過の説明なので話もあちらこちらに飛びます。作家・評論家との交わりも多く話してくれました。その多様性は、経済学と政策に関する、社会活動の一環としての文学活動ということがわかりました。《参照: 「文芸研究月報」のはじまりから
 後半は、参加各会の現状や今後の交流方法等を討論・相談しました。
 次回の7月例会は評論同人誌「群系」38号の小野友貴枝さんの作品「会長ファイル5」を中心に行います。
 ※小野さんの作品に関して群系会員から「群系掲示板」に土倉ヒロ子さんより提案がありました。「夢半ば」感想などです。
 小野さんが文学賞を追う事に言及して「群系の会」で小野作品合評会を行えばと提案しています。
 時を同じくして小野作品合評が交流会と群系の会で行われたら成果も大きいと思います。
■関連情報= 詩人回廊「外狩雅巳の庭」
北一郎「外狩雅巳『二十八歳の頃』の読み方」抄録
穂高健一ワールド・サイト「寄稿・あなたの作品」コーナー(9月1日付)
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 外狩A 外狩雅巳(とがり まさみ)=1942年、旧満州生まれ。仙台で中学卒業後、商店住み込み店員となる。その後、単身上京。工場労働者として労働運動に力を入れる。同人雑誌を中心に地域の市民文芸文化振興と小説執筆での作家活動を行う。
(著書参照:「この路地抜けられます」「十坪のるつぼ」) 

雑誌「民主文学」7月号に係る経緯と想い=外狩雅巳

町田文芸交流会には日本民主主義文学会の「民主文学」町田支部会員が常連として参加しています。私は「民主文学」とは長い縁があります。
青年期に労組運動を行い労働学校にも通いました。小牧近江創設の中央労働学院で数年間学びました。
文芸科の講師は雑誌「民主文学」に執筆掲載する人が多いので、入学後すぐから定期購読を行いました。
一時期の同級生の一人が仙洞田一彦氏です。職探し中だったので私の職場を紹介しました。
東京都大田区羽田にあるセガ・エンタープライぜス社で、共に働きながら労働学校へ夜間通学を行いました。
  ここで労組づくりを行いました。個人加盟の労組である全国金属地域支部傘下の分会を結成しました。
  私が書記長で仙洞田氏が情宣部部長だったこともあります。思い出の多い職場を題材にして作品化しました。
  私の場合は「相模文芸」33号に、「工場と時計と細胞」を短編として寄稿しました。労働組合のない職場に、組合を結成した時の体験を基にしています。
  仙洞田氏は現在、「民主文学」誌上に長編として連載中です。タイトルは「忘れ火」です。7月号で第七回目です。主人公は合理化で排除され隔離部屋に配転される労働者の立場から書いています。
  社名は変えていますがどちらの作品もかってのあの職場だと推測できます。
  私が離職した後も残り、粘り強く労組運動を継続した仙洞田氏の面目発揮の内容になっています。
  私は現在の政治情勢への発信として書きましたが、意図が読者に届かないらしい不備な作品になってしまいました。
  仙洞田氏の作品も、現在の社会と政治情勢への発信だと思いながら読んでいます。
  労働学校では、社会変革は職場を変えることだと学んで実践運動に飛び込んだ私です。
  その労組運動の現場に踏みとどまり、長い闘いを行った仙洞田氏の作品として読んでいます。
日本の革新運動を担う共産党は、長く職場の労働者の結集を呼び掛けてきました。
  しかし現在、野党共闘だ市民とともにだと宣伝しています。労働者・労組を重視していないようです。
  そのことを指摘し是正してもらいたくて書いた私ですが、仙洞田氏の作品こそ正解だと思います。
  声高に政治の声で叫ぶのではなく、作品の中に粘り強く戦う労働者群像を描写することでしょう。
  とはいえ、現在の文学状況・作品状況を眺めるとそのような小説も少なく読者も少ないと思います。
  流行の小説は数十万部も売れていますが、「民主文学」誌は千部程度の売り上げで低迷中です。
  多くの国民は雑誌「民主文学」の存在も知らないでしょう。そこを打破することが最初だと思います。
  ヴ・ナロードと叫び、民衆の中に革命運動を持ち込んだナロード二キ以来の歴史を読みました。
  「民主文学」の運動も国民の中に飛び込むことでしょう。町田支部は、町田文芸交流会へ率先して参加しました。
  五月の「民主文学第27回大会」に町田支部代表として参加した佐久さんが交流の実態と意義を発表しました。
  大会記録を読むと掲載されていますよ。全国仲間に向けての発信だと思います。町田交流会事務局へ全国から同人誌が届きます。民主主義文学会代々木支部の雑誌「クラルテ」も毎号送られてきます。
  町田支部の「文芸多摩」誌と共に文芸同志会内で手分けして作品紹介や批評を行っています。
  今後は民主文学の本誌へも読み込みを強めて仙洞田氏作品なども参考にしてゆきます。
  少人数の交流会ですが雑誌「民主文学」の皆様との窓口にもなっています。
■関連情報= 詩人回廊「外狩雅巳の庭」
北一郎「外狩雅巳『二十八歳の頃』の読み方」抄録
穂高健一ワールド・サイト「寄稿・あなたの作品」コーナー(9月1日付)
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 外狩A 外狩雅巳(とがり まさみ)=1942年、旧満州生まれ。仙台で中学卒業後、商店住み込み店員となる。その後、単身上京。工場労働者として労働運動に力を入れる。同人雑誌を中心に地域の市民文芸文化振興と小説執筆での作家活動を行う。
(著書参照:「この路地抜けられます」「十坪のるつぼ」) 
 

文芸交流会で文芸同志会研究を6月の企画に=外狩雅巳

 様々な文芸団体の交流を目指して三年間にわたり月例会を継続してきまた町田文芸交流会。常連もできました。これまでは同人雑誌や個人出版を取り上げて感想や活動内容を質疑してきました。
 題材の討議方法も慣れてきました。他の会を覗き分析し評価したり学んだりも上手くなりました。
 以前に行われていた「関東文芸同人誌交流会」の中断を受けて近郊の同人会に呼びかけたのが始まりです。
 文芸同人会の内部だけの合評会を超えた文学的価値や運営方法を討論し披露しあってきました。
 同人雑誌「みなせ」「風恋洞」「文芸多摩」「相模文芸」などの作品や組織運営の実態も理解できました。
 そんななか、5月29日に例会が町田公民館で行われました。出席者は「みなせ」の岡森利幸氏、「風恋洞」の小野友貴枝氏、「文芸多摩」の佐久健氏、「文芸同志会」の伊藤昭一氏、外狩の常連たちでした。
 主なテーマは「みなせ」74号の岡森利幸氏の「オブジェクション」シリーズと小説「退位したかった天皇」(盛丘由樹年)でした。
 とくに「退位したかった天皇」は、最新の話題性をふまえて、天皇の立場からの独白体表現で、公的な立場の不自由さと、人間的な自由を考えるもので、リアルな表現をさけて、明確なフィクションとわかる手法での是非が議論されました。そこから話は、今上天皇の平和を希求する精神と現代の世相における皇室と国民の関係についてまで、議論が発展しました。
 さらに、次回は「文芸同志会」を研究議題にしたいと思っています。同会の伊藤昭一代表の同席のもとで行うう予定です。
 外狩が「関東同人雑誌交流会」で知り合った「文芸同志会」の伊藤代表とは、それ以来の常連で、同人雑誌作品の解説や評論の深さでは定評があります。
 他の同人会への発言ばかりだったので、今度は自身の団体へ切り込む討論へ立ち会ってもらいたいと思います。
 現在6月の23日に町田市民文学館を確保しています。「文芸同志会通信」サイトで作品評価を受けた近隣の文芸同人会へも参加案内を行う予定です。インターネットでしか知らなかった文芸同志会代表との顔の見える会合を企画しています。
<文芸同志会とは何か>
 文芸同人誌を発行する会では知れ渡っているネットでの同人誌作品紹介批評を行う会です。
 しかし、この文芸同志会の通信には文学以外の多様な紹介記事が掲載されています。
 その采配を振るうのが伊藤代表です。カメラ持参で各方面への取材に駆けまわっています。
 その多忙な中で町田の「文芸交流会」に興味を持ち取材を超えた参加を続けてくれました。
 二次会にも同席し私生活も披露してくれました。全国の取材先の話題も話しました。
 それでも文芸同志会全体はよくわかりません。伊藤氏は「みなせ」74号には長編小説も掲載しています。
 文学と報道。執筆と評論。同人誌の歴史と意義。いろいろと答えてもらいたいと思っています。
 文芸同志会とは組織なのかメディアなのか? 文芸同志会を丸裸にする意気込みで討議したいと思います。
■関連情報= 詩人回廊「外狩雅巳の庭」
北一郎「外狩雅巳『二十八歳の頃』の読み方」抄録
穂高健一ワールド・サイト「寄稿・あなたの作品」コーナー(9月1日付)
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 外狩A 外狩雅巳(とがり まさみ)=1942年、旧満州生まれ。仙台で中学卒業後、商店住み込み店員となる。その後、単身上京。工場労働者として労働運動に力を入れる。同人雑誌を中心に地域の市民文芸文化振興と小説執筆での作家活動を行う。
(著書参照:「この路地抜けられます」「十坪のるつぼ」) 
 

自由で多様な意見交換できた文芸交流会=4月例会報告

 四月の交流会は22日に町田公民館で行いました。五つの会より六人が出席しました。
 前半は日本民主主義文学会町田支部発行の『文芸多摩通信No.13』をめぐる討議です。
 この会では文芸同人誌として『文芸多摩』を年一度発行しています。
 通信も毎年一度発行し簡易印刷手製の大判の冊子で20ページ前後になっています。
No.13は三月に発行されエッセイ二編・旅行記二編・大会レポート二編が収録されています。
半ば内部連絡報的な性格も有する文芸同人誌としての編集を外部から眺めた討議になりました。
独特の冊子からはこの会の一面を覗けて感想と質問も多く盛り上がりました。短い断章の集合体の作品や、テーマをもった海外紀行文、子どもからの感謝の心で欧州旅行をプレゼントされた趣味の旅行など、のほかサークル連絡事項などの混在した編集に、自由で多様な見解が出されました。
  編集後記の著者からの説明もあり一般の文芸同人会との温度差も解明されました。
   コラムを設けて文芸交流会を取り上げています。交流会説明や意義などを記しています。作品合評と共に他会の内部説明や質問なども行えるのも交流会の特徴です。
  後半は小野由貴枝さんの日記集『夢半ば』の反響をめぐって話し合いました。
40名も集まった講演会の報告も詳細まで行いました。《参照:小野友貴枝さんが出版体験を講演=女性の日記から学ぶ会(千葉)》250組も実売されているとの事です。
神奈川県の公衆衛生行政をリードした事や、創作苦心の事などに関心が集まりました。
  講演会用のパワーポイント台本も配られ盛況だった当日の様子もよくわかりました。
日記も文学だと語り合いました。交流会では個人出版本も対象にして討議します。
  個別の同人会での会合とは一味違った面を持たせようと工夫しています。
 次回は五月29日です。みなせ文芸の会発行の『みなせ74号』を取り上げて討議します。
■関連情報= 詩人回廊「外狩雅巳の庭」
北一郎「外狩雅巳『二十八歳の頃』の読み方」抄録
穂高健一ワールド・サイト「寄稿・あなたの作品」コーナー(9月1日付)
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 外狩A 外狩雅巳(とがり まさみ)=1942年、旧満州生まれ。仙台で中学卒業後、商店住み込み店員となる。その後、単身上京。工場労働者として労働運動に力を入れる。同人雑誌を中心に地域の市民文芸文化振興と小説執筆での作家活動を行う。
(著書参照:「この路地抜けられます」「十坪のるつぼ」) 

生きがいともなる「文芸交流会」の3月例会報告=外狩雅巳

IMG_20170401_0001_1_1<「文芸多摩通信」最新号。表紙絵は、多摩森林科学園の小菅盛平氏。日本民主主義文学会の町田支部では文芸誌「文芸多摩」を発行している。さらに冊子「文芸多摩通信」を発行し、民主文学会の全国研究集会や東京文学研究集会のレポートなどを行っている。エッセイや旅行記なども掲載、きめ細かい情報交流をしている。>
 文芸交流会が3月29日に町田公民館で行われました。五つの会の六名が出席。「みなせ」73号(みなせ文芸の会発行)を合評しました。
 構成員も性格も違う文芸同人会の交流なので作品感想も各会の文学的立場も引き合いにしながら討議しました。
 他会の同人誌掲載作品を読み自分たちの会なら掲載するかしないか、編集処理はどうするか等と討論しました。
 この中で同人会内部の認識から飛び出して広く他の会や外部の人たちの事を知ることができる場です。
 三年にわたり月例会を続けたので常連メンバーは胸を開いて話し合える仲になっています。
 文芸潮流や文学認識。そして作品評価の異なる団体からの集まりだからこそ深められる討論になりました。
 特に民主文学会の町田支部は大川口支部長が当初より出席され熱心に交流会を支えてくれています。大川口氏が病床の中で今回も2人の支部会員が出席し真剣に作品討議に参加してくれました。
 今回は持参した「文芸多摩通信」13号を配布してくれました。この中で佐久編集長が文芸交流会を紹介しています。
 「支部での合評とは一味違った感想や批評を聞くことができ今後の創作の参考になります」と紹介。さらに「全国でも珍しい交流です。地域で相互の文学の発展に寄与するものです」と評価してくれました。
 民主主義文学会という全国組織の一支部ながら進んで外部交流の場に参加する姿勢にとても感謝しています。大川口支部長が快癒し交流会に復帰する日が待ち遠しい限りです。
 交流会参加の文芸同人会はまだまだ少ない現状です。しかし会合は少人数だからこその論議も進みます。
 私の加入している「相模文芸クラブ」は30数名の会員なので合評会でも感想発言は原則一回だけです。
 問題点での論争などは行えません。徹底討論が可能な文芸交流会なら深く追求し反論をかわせます。
 それぞれの会での会合や同人誌発行など多忙な中でも文芸交流会へ参加してくる熱意に応えたいと思います。
 その一つとしてこうして全国に存在と内実をアピールしています。全国で交流会が発足する事を願っています。
 高齢化社会です。生きがいサークルとしての文芸の集いは地域で支持され増加することでしょう。交流会参加の各同人会が大いに発展することを願っています。
 4月会合は4月22日を予定しています。参加者の自費出版をめぐる議題と「多摩通信」の合評を予定しています。
■関連情報= 詩人回廊「外狩雅巳の庭」
北一郎「外狩雅巳『二十八歳の頃』の読み方」抄録
穂高健一ワールド・サイト「寄稿・あなたの作品」コーナー(9月1日付)
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 外狩A 外狩雅巳(とがり まさみ)=1942年、旧満州生まれ。仙台で中学卒業後、商店住み込み店員となる。その後、単身上京。工場労働者として労働運動に力を入れる。同人雑誌を中心に地域の市民文芸文化振興と小説執筆での作家活動を行う。
(著書参照:「この路地抜けられます」「十坪のるつぼ」) 

文芸交流会の二月例会は「家庭」を描くことで熱論=外狩雅巳

 文芸交流会は2月20日に、町田中央公民館で8人の参加で行いました。相模文芸クラブ会員3人「民主文学」町田支部より2人、 みなせ文芸の会と秦野文学同人会からそれぞれ1人。さらに文芸同志会の伊藤昭一さんが出席しました。
 前半は「相模文芸」33号の外狩雅巳「工場と時計と細胞」作品と、諸井淳「しみ」作品を対象に作者の心境を聴き、感想をまじえた創作論を議論しました。
 後半は「風恋洞」44号の小野友貴枝 「兄の葬式」、「久美子の家族」の2作品と盛丘由樹年「息子と私」作品を巡り、同人誌編集におけるテーマ設定の巧さや、作品の隠れた部分の読み取り方などを語り合いました。
 作者の作品に込めた真意や作品の技巧を巡る討論が深まった三時間でした。同人会内部での会合とは一味もふた味も違う切り口での徹底討議が出来る交流会を目指して問題提起や信条吐露の場となるよう工夫します。
 交流会は常連の11名を基盤として月例会を行い。毎回の出席者から会場費として集める五百円を活用しています。昨年末に三同人誌が完成した時には合同発送を外部20の個人や団体に送り存在を知らせました。
 多数の感想などが来ましたので【反響集】に纏めました。全国に宣伝出来て良かったと思っています。
 全国各地に文芸同人会の交流を提起した事も大きな成果だと思います。
 このほど、「みなせ文芸の会」同人誌「みなせ」73号が完成しましたので三月例会はその作品感想を予定しています。
☆町田文芸交流会事務局担当・住所〒252−0235神奈川県相模原市相生2-6-15、外狩雅巳方。
■関連情報= 詩人回廊「外狩雅巳の庭」
北一郎「外狩雅巳『二十八歳の頃』の読み方」抄録
穂高健一ワールド・サイト「寄稿・あなたの作品」コーナー(9月1日付)
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 外狩A 外狩雅巳(とがり まさみ)=1942年、旧満州生まれ。仙台で中学卒業後、商店住み込み店員となる。その後、単身上京。工場労働者として労働運動に力を入れる。同人雑誌を中心に地域の市民文芸文化振興と小説執筆での作家活動を行う。
(著書参照:「この路地抜けられます」「十坪のるつぼ」) 

「文芸多摩」の町田文芸交流会での感想が活発に=外狩雅巳

町田文芸交流会の2017年は、1月15日の会合で「文芸多摩」9号の読書感想会は、タイミングが良く同誌にとって躍進のスタートに成ると思われます。
   本誌は2016年11月・第9号と表紙に提示した日本民主主義文学会・東京町田支部の年に一度発行する支部誌です。
 同誌の同人である作者三人が出席し「相模文芸クラブ」「文芸同志会」「みなせ文芸の会」「秦野文学同人」会員が感想を語り合いました。
  特に原秋子作品「メイコの選択」は好評で二次会でも作者を囲み創作談義が弾みました。
  そして、全国文芸誌「民主文学」三月号の同人誌評にも取り上げられました。評者のかなれ佳織氏は「原秋子「メイコの選択」(『文芸多摩』9号、民主文学会東京・町田支部、東京都町田)は支部誌に初提出とある意欲的な作品」とし、細部に渡り具体的に評価しています。
  その評の内容を以下に一部抜粋します。
  『原秋子「メイコの選択」は、支部誌に初提出とある意欲的な作品。主人公のメイコ(小学四年生)が、突然学校に行かないと宣言した五月から、六月の運動会に参加するまでを書いている。メイコが語る内容に悲壮感がないのは、彼女が芯のある子として描かれ、人間的自立へ踏みだす結末が用意されているからだろうか。
  パパに誘われメイコは高原の民宿とパパの実家で過ごしたのち帰宅して学校に行きたくない理由を話す。国語や道徳の問の答や考え方は決まっていないのに、一つの正しい答を期待され、仕方なく答えるのが嫌、苦しい、ガマンがならない。仲間はずれになっていないが「悪口言った相手と手をつないだりする子もいたり」するグループには入りたくない、と言うのだ。メイコは友達にリレーに出ろと言われ選考会に参加。リレー選手として練習をするうちにクラスの子と話せるようになる。授業に出るかどうかは別として「いやいや正解と思われる答えはやめよう」「違う考え方もあるということをはっきり言えるようになるつもり」と決心する。
  この決意には、学びの本質や、人が自己を確立し成長していく姿が示されている。その問題提起は十分伝わり主題は明快だが小説としてそれでいいかというとそうでもない。メイコの変化が何によってもたらされたかや、作者が探求した軌跡がどう描かれたかが大事だ。(中略)
  自分がいい気持ちになった文章はダメ"とは、ある作家の言葉。作者の関心、問題意識が心に染みるとき、作者の存在は消え、読む者は登場人物に心を重ねる、といった意味と思う。メイコを通し作者が考えようとしたことは、彼女を通過させた思索の言葉や、彼女の態度、仕草、行動に表れる。とことんメイコに寄り添い、同時に突き放すことが必要となるだろう。さて「学校行かないで何するんだ」と言うパパがいい味を出している。個性的なパパとメイコとの関わりがもっと出てくると、父子の世界が広がり読者は惹きつけられるだろう。パパ、ママらに愛されるメイコの成長過程は読者の大きな関心事になった。深い愛情で結ばれている一家の物語に、じっくり取り組んでほしい。』
     文芸同人会は内部での評価や友好的運営を大切にして閉鎖的な面が有り対外交流は難しい傾向にあります。
  交流会への参加は日程的にも困難で月例会は五六名の出席に留まっていますが辛抱強く継続しています。町田市周辺の文芸愛好家や同人会が参加する事を願って今年も毎月行って行きます。
  2月は20日に行います。「風恋洞」44号と「相模文芸」33号を取り上げます。
☆町田文芸交流会事務局担当・住所〒252−0235神奈川県相模原市相生2-6-15、外狩雅巳方。
■関連情報= 詩人回廊「外狩雅巳の庭」
北一郎「外狩雅巳『二十八歳の頃』の読み方」抄録
穂高健一ワールド・サイト「寄稿・あなたの作品」コーナー(9月1日付)
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 外狩A 外狩雅巳(とがり まさみ)=1942年、旧満州生まれ。仙台で中学卒業後、商店住み込み店員となる。その後、単身上京。工場労働者として労働運動に力を入れる。同人雑誌を中心に地域の市民文芸文化振興と小説執筆での作家活動を行う。
(著書参照:「この路地抜けられます」「十坪のるつぼ」) 

町田文芸交流会で、活動への「反響集」も配布=外狩雅巳

IMG_20170117_0001<町田文芸交流会の参加者の同人誌などを、送付したことで送られてきた感想文などを抜粋して「反響集」を作成。部分抜粋をすると−−昨日は新刊のご配慮を賜り有難く重ねて厚く御礼申し上げます。いつもながら、労働と汗、生と人情、人とは何かの機微を執筆され、幾重の感動をもって拝読させて頂きました。常に、働く者の心情と社会状況を踏まえ、切なさと意義の狭間を追及されていられることに尊敬を表します。 文脈の流れは清らかに読みやすく、情景描写にも余念がありません。今後も文学を牽引されますこと、心より念願しております。また、複数の同人会が集まり、文学活動を深めていらっしゃることを拝見し、変わらぬ意欲と果敢な行動に改めて敬意 を申し上げたいと存じます。――などが収録されています>
 町田文芸交流会2017年の例会は1月15日にの初会合を行いました。五つの会から出席して来た7人で「文芸多摩」9号(町田市)の感想を話し合いました。、
 事前にインターネットの「文芸同志会通信」(評者・北一郎氏)や「関東同人雑誌交流会掲示板」(評者・根保孝栄・石塚邦男氏)で作品紹介が行われていました。なかには、出席者の一人も、感想文書を作成し配布してくれました。その上での感想なので焦点も絞れ集中した話し合いになりました。
 昨年末に全国の同人会や知人等20名に3誌を送付したので現在続々と作品感想等がとどいています。こうした地域外の読者感想の返信やネット掲載されたものの「反響集」を編集作成して、交流会参加の皆さんに配布に配布、議論の資料にしました。
 月に一度の会合なので、出来るだけ事前準備を整える事で短時間の集中した話し合いに成るよう努めています。
  組織形態も雑誌発行頻度や文学観や会員構成等特徴の異なる五つの会が集まり同じ作品を巡り語り合います。
 今回は「文芸多摩」9号の掲載の三作品を二時間にわたり全員が、感想と評をを述べ、最後に作者の意見で締めくくりました。さらに、各会の現状報告等の情報交換も行い今年の健闘を共有しました。
☆町田文芸交流会事務局担当・住所〒252−0235神奈川県相模原市相生2-6-15、外狩雅巳方。
■関連情報= 詩人回廊「外狩雅巳の庭」
北一郎「外狩雅巳『二十八歳の頃』の読み方」抄録
穂高健一ワールド・サイト「寄稿・あなたの作品」コーナー(9月1日付)
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 外狩A 外狩雅巳(とがり まさみ)=1942年、旧満州生まれ。仙台で中学卒業後、商店住み込み店員となる。その後、単身上京。工場労働者として労働運動に力を入れる。同人雑誌を中心に地域の市民文芸文化振興と小説執筆での作家活動を行う。
(著書参照:「この路地抜けられます」「十坪のるつぼ」) 
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