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伊藤昭一ジャーナル★運営「文芸同志会」の郵便振替口座=00190−5-14856★「文芸同志会通信」&「詩人回廊」運営。  

カテゴリ: 作家・外狩雅巳のひろば

  コロナ過に加え、湿潤な夏の終わり。町田公民館で八月会合を31日に実施しました。常連の一人はコロナで自宅待機中。もう一人は家族に外出を止められている。文芸同志会の伊藤さんも電車を避けているため欠席です。
  それでも、参加への意欲でマスクの息苦しさにめげず、耐えて集った五人の出席で「みなせ」91号の作品合評ができた。
  力作が多く、四作品で三時間かけて討論に集中した。
  みなせ文芸の会から三名、群系の会から一名、それに「相模文芸」の外狩が参加した。また、文芸同志会の伊藤氏の感想文が送られてきたので討論の中で披露された。
  みなせ文芸の会は旺盛な活動が続いている。年間四回の雑誌発行なので、交流会で取り上げるのも最多である。
  毎号200ページ近い分量なので作品も充実している。
  今回も、「戦争遺跡訪問記」など、写真もある作品には全員が意義を認めて深く討論を行った。月例会を欠かさず行うことでメンバーの友情も深まっている。九月例会も9月28日を確保している。コロナが収まる日のためにも交流会の体力を保っておくことが大切です。
 ☆町田文芸交流会事務局担当・住所〒252−0235神奈川県相模原市相生2-6-15、外狩雅巳方。
■関連情報= 詩人回廊「外狩雅巳の庭」
北一郎「外狩雅巳『二十八歳の頃』の読み方」抄録
穂高健一ワールド・サイト「寄稿・あなたの作品」コーナー(9月1日付)
――――――――――― ☆ ――――――――――
外狩A 外狩雅巳(とがり まさみ)=1942年、旧満州生まれ。仙台で中学卒業後、商店住み込み店員となる。その後、単身上京。工場労働者として労働運動に力を入れる。同人雑誌を中心に地域の市民文芸文化振興と小説執筆での作家活動を行う。
(著書参照:「この路地抜けられます」「十坪のるつぼ」

 コロナ拡大で顔の見える会合が困難になっている。緊急事態で外出自粛期間は、電車に乗らないので不参加という会員もいる。それでも、町田公民館での文芸交流会の8月31日会合は実施する予定である。
 8月に「みなせ文芸の会」が同人誌「みなせ」第91号を発行し交流会参加各員に送付し、熟読を依頼してある。同会では同人会員内での合評会をおこなっている。
 しかし、このような同人会員の読みによる理解と別々の文芸同人会に所属する外部の読者の読み方と、どう異なるのか、意見を交わす交流会を毎月実施しているのは全国で当交流会だけであろう。
 その意義を認めた雑誌「文芸思潮」編集長の五十嵐勉さんが6月の会合に来賓して参加者との討論を行ってくれた。
 このように交流会メンバー以外にも数名の臨時参加者もいて、毎回新鮮な雰囲気を作ることができている。コロナで当面は多数の会合は密になることから制限中であるが、事態が落ち着いたらまた多くの参加を呼びかけて、様々な文芸同人会の注目を集めたいと考えている。そのためにも困難な時も継続する必要がある。
 ☆町田文芸交流会事務局担当・住所〒252−0235神奈川県相模原市相生2-6-15、外狩雅巳方。
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北一郎「外狩雅巳『二十八歳の頃』の読み方」抄録
穂高健一ワールド・サイト「寄稿・あなたの作品」コーナー(9月1日付)
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外狩A 外狩雅巳(とがり まさみ)=1942年、旧満州生まれ。仙台で中学卒業後、商店住み込み店員となる。その後、単身上京。工場労働者として労働運動に力を入れる。同人雑誌を中心に地域の市民文芸文化振興と小説執筆での作家活動を行う。
(著書参照:「この路地抜けられます」「十坪のるつぼ」

 町田文芸交流会の六月末会合で参加した五十嵐勉さんが、全国同人雑誌協会の説明と勧誘の話をされた。
 交流会参加の各同人会のメンバーは、その場で加入書を受け取り内部検討中である。
 個人加入の意向もあった人たちのなかには、その後交流会事務局に取り消しの連絡がきた人もいる。団体加入で済むのなら費用負担などの煩わしさも無く全国と結びつくことが出来ると判断したのだろう。
 その後、五十嵐さんと連絡し、結びつきの方法を検討中であるが協会の勧誘にも不備がありそうだ。
 私は長らく「文芸思潮」誌の購読者である。「文芸思潮」主催の文学賞で受賞し、22号の巻頭に無料掲載されたこともある。しかし協会加入すると雑誌を購読しなければならない。読者と協会の個人加入が混乱している。
 五十嵐編集長と連絡しあい、読者を脱退し協会加入するかを協議中である。これは、多くの読者に共通する不備と課題である。
 来訪当日に、五十嵐勉さんは交流会が関東支部になることも言及している。団体加入して支部と認定されるのも選択肢の一つである。しかし、支部活動と交流会独自活動の峻別は難しいことである。
 民主主義文学会(かっての新日本文学会の流れ)の町田支部も交流会構成団体である。相模文芸クラブは独自活動主体で全国組織には非協力的である。このような全国の文芸同人会活動と協会をつなぐ具体策が機能するのかが問われている。
 ☆町田文芸交流会事務局担当・住所〒252−0235神奈川県相模原市相生2-6-15、外狩雅巳方。
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北一郎「外狩雅巳『二十八歳の頃』の読み方」抄録
穂高健一ワールド・サイト「寄稿・あなたの作品」コーナー(9月1日付)
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外狩A 外狩雅巳(とがり まさみ)=1942年、旧満州生まれ。仙台で中学卒業後、商店住み込み店員となる。その後、単身上京。工場労働者として労働運動に力を入れる。同人雑誌を中心に地域の市民文芸文化振興と小説執筆での作家活動を行う。
(著書参照:「この路地抜けられます」「十坪のるつぼ」

 コロナ拡大で公民館会場閉鎖もあり昨年は、「町田文芸文芸交流会」の活動が途切れ途切れになっていた。
 さらに昨年度は居住地での町内会役員輪番が回ってきて広報副部長になり行政の広報誌などの配布で地域を駆け回っていた。
 四月からは年度が替わり文芸同人誌活動に復帰できるようになった。久しぶりにこの欄で報告したい。
 町田中央公民館も毎月使用が可能になり月例会も行い、各会の同人雑誌なども発行が続き合評も確実にこなせている。二月会合は「文芸多摩」13号。三月会合は「みなせ」89号。四月会合は「群系」45号から交流会参加者の作品を中心にじっくりと討論ができた。五月には「みなせ」90号が完成し、早速その合評を行った。
 そして、先日6月29日の六月会合には「全国同人雑誌協会」の五十嵐勉代表理事(雑誌「文芸思潮」編集長)が応援参加してくれた。的確な作品評で、同席参加者が納得させられた。
 男女各3名の異なる同人会より参加してきた六人が出席し小野作品と澤田作品の合評後に五十嵐氏の説明を聞き交流会として団体参加を行うことにした。全国各地の文芸同人会など続々と入会しているので秋の第一回総会は成功しそうだ。
 そのためには各地の地域交流が大切になると思っている。町田文芸交流会のような複数の同人会の集まりを作る努力が必要だろう。
 ☆町田文芸交流会事務局担当・住所〒252−0235神奈川県相模原市相生2-6-15、外狩雅巳方。
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北一郎「外狩雅巳『二十八歳の頃』の読み方」抄録
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外狩A 外狩雅巳(とがり まさみ)=1942年、旧満州生まれ。仙台で中学卒業後、商店住み込み店員となる。その後、単身上京。工場労働者として労働運動に力を入れる。同人雑誌を中心に地域の市民文芸文化振興と小説執筆での作家活動を行う。
(著書参照:「この路地抜けられます」「十坪のるつぼ」

  雑誌「文芸思潮」編集長の五十嵐勉さんから連絡がきた。「文芸思潮」第77号が届き、連絡文も同封されてもいた。
   年内に「全国同人雑誌協会」という組織を立ち上げるつもりなのでよろしくと書いてある。
   同人雑誌とその作品を支援してきた実績があ、り実行力のある人なので今回の行動も可能性が大きい。
   私が昨年の全国大会に出席して町田交流会を紹介し、全国に広げてほしいと発言した事は、この欄にも掲載した。
   五十嵐さんの方針は、各種の文学賞を設立し、応募者を増やすことで、文芸愛好家を励まし育てることである。
  私は大会で、どんな作品も顔の見える場所で、感想や批評をからい、交流をすることをを目指しているのだとを宣伝した。
  従来のシステムであ、 作者が望んでも入賞しなければ作品評が受け取れないし、面談での意見交換も出来ない事への対抗策である。
  たとえ一ページの作品でも読んで欲しい、感想が聞きたいのが作者の本心だから、その場所を作ろうとしている。
   全国各地に文芸交流会が出来て、その全国連絡事務所的な役割を、五十嵐さんに願う気持ちでの発言でした。
  しかし、それが叶わずば、次善の案としてそれぞれの方針を認め合い文芸向上の役割分担にしたかったのです。
  会場での他の意見としては全国組織が出来ても、下部組織がないと運営は困難だろうという人もいた。
   今回の連絡の返事として「町田交流会」が下部組織の一つとして機能できるよう工夫を求めてゆくつもりだ。
   同人会内部の感想だけでなく他の会の人が集まり感想が聞ける場としての「町田文芸交流会」。
   同人会に入らずに、個人として作品を書く人も参加した場所として朱鳥さんを紹介したのも昨年のことです。
   月例会を継続している事も売りの一つだと宣伝しました。五十嵐さんと合意出来れば大満足である。
  全国同人雑誌協会が発足しその会議で意見を深め合える日を心待ちにしている。
 ☆町田文芸交流会事務局担当・住所〒252−0235神奈川県相模原市相生2-6-15、外狩雅巳方。
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北一郎「外狩雅巳『二十八歳の頃』の読み方」抄録
穂高健一ワールド・サイト「寄稿・あなたの作品」コーナー(9月1日付)
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外狩A 外狩雅巳(とがり まさみ)=1942年、旧満州生まれ。仙台で中学卒業後、商店住み込み店員となる。その後、単身上京。工場労働者として労働運動に力を入れる。同人雑誌を中心に地域の市民文芸文化振興と小説執筆での作家活動を行う。
(著書参照:「この路地抜けられます」「十坪のるつぼ」

  文芸同人誌の活動は、本来なら顔の見える作品討論会などは、文芸愛好家の意欲を盛り上げる大きな要素である。
  地域の文化運動を支援する自治体や公民館・図書館などの活用で交流会を周知させようと考えている。
  高齢化社会では、読書と執筆を趣味にする人口がますます増加する可能性を前提に、地域社会に宣伝活動を行う予定である。
  文芸創作をした作者は多くの感想と助言を求めている。が、それを受け入れるには文芸同人会加入しかないのが実情である。
  しかし、同人会の合評は会員しか集まらない。外部評価は応募や文芸誌の同人誌作品評でしかできない。
  少人数の同人会や個人で書く愛好家には多数の感想を求める場所がないのが現状である。
  そこで考えたのが地域社会での文化活動網の活用である。公民館などでの文化調査したら市民活動サポートセンターというのが全国にあり多くの文化活動団体・個人を網羅している。
  そこに文芸活動を参入させることである。他県では文化活動連合に同人会が参加しているところもある。
  町田文芸交流会の各団体・個人も関東地方の文化交流の中での周知と仲間集めを行うことである。そうした活動に興味を持つ人を探そうと、調べても問い合わせても前例がない。なので、自力で構築してゆくことにした。
  月例会を宣伝するために市民活動応援センターに行くことにした。同人誌・個人出版本を見本に持参する。
それらを地域全体に周知させる手法を学んで実践する。多くの地域住民の興味のを呼び込もうと思っている。
  町内会報・地域新聞・文化周知広報などにも宣伝掲載を行える手法を学ぶつもりである。もし、宣伝の結果として多数の見学者が来た時のための会合見学開放を会内で討議もしてゆくつもりである。
  そのためには、市民活動の枠に文芸活動が認知されるようにする必要がる、関連機関に連絡中である。
  民主主義文学会にも「町田支部」や矢島さんが交流会参加なので断りの電話連絡は行っておいた。
  市民活動の応援を行うところを調べながら順次に連絡または訪問を行い地域連絡網を構築中である。 まずは、相模原市民活動サポートセンターへこれまでの連絡支援に感謝と全県への訪問を通告しておいた。
  先日は、横浜駅に神奈川県市民活動サポートセンターを訪問した。県庁へも電話連絡をしておいた。 係員と面会し趣旨を話すとよくわかってくれた。全県レベルでの文芸愛好家網羅の困難も話し合った。全県公設ボランタリー活動支援施設一覧をもらう。ここで全県内市民活動網羅が行われているということだ。
  ただし、文芸愛好家活動は把握しているか疑問である。同人雑誌や自費出版本などを見本に置いてきた。
  コロナ拡大で読書家は増え、図書館利用者は急増し読みたい本も順番待ちである。チャンスでもある。
   文芸交流会が市民の中に浸透する条件はある。書きたい、読みたい、合評したい。同人会組織を超えたい。 地域の文芸同人会・愛好家・作品出版者等々へ交流会宣伝が浸透する手法を駆使してゆく。
   市民活動の範疇に文芸活動を認めてもらい、さらに市民活動組織一覧をもとに活動参加と交流会宣伝を行う。神奈川県の担当者は良く理解してくれて健闘を祈ると励ましてくれた。小さな一歩が踏み出せた。
 ☆町田文芸交流会事務局担当・住所〒252−0235神奈川県相模原市相生2-6-15、外狩雅巳方。
■関連情報= 詩人回廊「外狩雅巳の庭」
北一郎「外狩雅巳『二十八歳の頃』の読み方」抄録
穂高健一ワールド・サイト「寄稿・あなたの作品」コーナー(9月1日付)
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外狩A 外狩雅巳(とがり まさみ)=1942年、旧満州生まれ。仙台で中学卒業後、商店住み込み店員となる。その後、単身上京。工場労働者として労働運動に力を入れる。同人雑誌を中心に地域の市民文芸文化振興と小説執筆での作家活動を行う。
(著書参照:「この路地抜けられます」「十坪のるつぼ」

   今年度自治会役員活動も半年が過ぎた。敬老祝賀として高齢者にお茶を配布した。我が家も対象夫婦である。
  コロナ拡大の中での活動も要領が解ってきた。私などの組長全員の40名会合も二度に分けて行っている。
   会長・副会長・会計などの三役は、各組の組長が全戸訪問配布を行う重要性を理解し感染予防を心配してくれる。
  特に会長は率先し、掲示板運営や集会所の掃除・草刈などを、ほぼ毎日汗をかきながら行っている。
   会長は俳句趣味があるそうで、ネットで私をチェックくして地元の文芸同人誌「相模文芸」創設者と知り、会合でメモをくれた。
   文芸活動の時間も配慮してくれて、宣伝副部長の私が行う配布文書仕分けなどの下準備を済ませてくれる。
   宣伝部長の女性も不慣れな私をかばってくれる。頻繁にある全戸配布の仕事もやる気がわいてくる。
  400所帯もある大きな住民自治会は、さらに上部団体の連合会傘下にあり市政の補助機関である。
   行政が全住民に周知させる文書が、自治会で全戸配布される。自治会の無い場所の住民にはそれがない。
  文書が欲しければ図書館・市役所・公民館に置いてあるの持ってくる。または、自治会を作る。
  私の住居周辺も自治会がなかった。先人が苦労して組織してほぼ全員加入となっている。
  それでも、脱会者もあり、住民自治会の必要性は問われてもいる。
 ☆町田文芸交流会事務局担当・住所〒252−0235神奈川県相模原市相生2-6-15、外狩雅巳方。
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北一郎「外狩雅巳『二十八歳の頃』の読み方」抄録
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外狩A 外狩雅巳(とがり まさみ)=1942年、旧満州生まれ。仙台で中学卒業後、商店住み込み店員となる。その後、単身上京。工場労働者として労働運動に力を入れる。同人雑誌を中心に地域の市民文芸文化振興と小説執筆での作家活動を行う。
(著書参照:「この路地抜けられます」「十坪のるつぼ」

 本来なら、文芸愛好家の意欲を盛り上げるのは、顔の見える作品討論会(合評会)であり、重要な要素である。
 私は、地域の文化運動を支援する自治体や公民館・図書館などの活用で交流会を周知させようと考えている。
 高齢化社会では読書と執筆を行う人口はますます増加することを前提に地域社会に宣伝活動を行う予定である。
 作者は多くの感想と助言を求めているが、それを受け入れるには文芸同人会加入するしかないのが実情である。
 しかし、同人会の合評は会員しか集まらない。外部評価は作品公募や、文芸誌の同人誌作品評でしかできない。
 少人数の同人会や個人で書く愛好家には、多数の感想を求める場所がないのが現状である。
 そこで考えたのが地域社会での文化活動網の活用である。公民館などでの文化活動への提携である。
 調査したところ、市民活動サポートセンターというのが全国にあり多くの文化活動団体・個人を網羅している。
 そこに文芸活動を参入させることができないか。他県では文化活動連合に同人会が参加しているところもある。
 町田文芸交流会活動は、各団体・個人も関東地方の文化交流の中での周知と仲間集めを行うことである。
 市民活動の文芸愛好家への支援は、調べても問い合わせても前例がない。なので、自力で構築してゆくことにした。
 月例会を宣伝するために市民活動応援センターに行くことにした。同人誌・個人出版本を見本に持参する。
 それらを地域全体に周知させる手法を学んで実践する。多くの地域住民の興味のを呼び込もうと思っている。
 町内会報・地域新聞・文化周知広報などにも宣伝掲載を行える手法を学ぶつもりである。
 もし、宣伝の結果として多数の見学者が来た時のための会合見学開放を会内で討議もしてゆくつもりである。
 ☆町田文芸交流会事務局担当・住所〒252−0235神奈川県相模原市相生2-6-15、外狩雅巳方。
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北一郎「外狩雅巳『二十八歳の頃』の読み方」抄録
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外狩A 外狩雅巳(とがり まさみ)=1942年、旧満州生まれ。仙台で中学卒業後、商店住み込み店員となる。その後、単身上京。工場労働者として労働運動に力を入れる。同人雑誌を中心に地域の市民文芸文化振興と小説執筆での作家活動を行う。
(著書参照:「この路地抜けられます」「十坪のるつぼ」

   高齢者はリタイヤ生活を趣味で楽しんでいる。行政やNPOも様々な支援を行っている。
   図書館・公民館などには多くの周知パンフが置かれ、相談担当の係員も丁寧に説明している。
  相模原市には市民活動サポートセンターと名付けた組織があり、市役所前の会館ので常駐している。
   相模文芸クラブ結成時に相談したことがあるが、文芸部門は手薄で図書館などの掲示のほうが仲間が増える。
  そのため以後の会活動では、いわゆる市民活動とは距離ができた。全体集会等で広告しても反応は少ない。
  しかし、この度は文芸交流会活動での資金について助成金申請の広告を手にして改めて考えている。
   生活協同組合が配布した市民活動応援周知ビラには日本政策金融公庫からの融資説明もあるそうだ。
   早速その団体「神奈川ゆめコープ」に問い合わせた。上限として30万円を二回支給するそうなのだ。
  新横浜駅前の事務所は電話対応も親切なので徹底的に質問してみた。そしていろいろなことが解った。
  高齢化社会で市民活動の広がりを、「市民が主体となる元気な地域づくり」として本格的に支援しているそうだ。
  詩歌や散文を書き仲間と同人雑誌を発行する文芸活動からの問い合わせは初めてだと興味津々である。
   一度会いたいという。交流会所属の各会の同人誌などを持参してゆくつもりだ。金額的な支援よりも文芸同人会の周知が目的だ。いわゆる市民活動の範囲に文芸趣味の同人会活動が仲間入りできることを望んでいる。
 ☆町田文芸交流会事務局担当・住所〒252−0235神奈川県相模原市相生2-6-15、外狩雅巳方。
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外狩A 外狩雅巳(とがり まさみ)=1942年、旧満州生まれ。仙台で中学卒業後、商店住み込み店員となる。その後、単身上京。工場労働者として労働運動に力を入れる。同人雑誌を中心に地域の市民文芸文化振興と小説執筆での作家活動を行う。
(著書参照:「この路地抜けられます」「十坪のるつぼ」

  私は20年前に地域広報誌で仲間を募り、「相模文芸クラブ」を発足させました。今年は20周年です。
  多くの書き手と運営活動者が生まれましたので、一会員に退き今後の継続を応援しています。
  その代わり、長年の活動で知り合った他の同人誌へ呼びかけて、交流活動を行っています。
  メンバーも一定したので「町田文芸交流会」と名付けて月例会を町田公民館で七年間つづけています。
  このような活動は全国にも少ないので、手探りで行っています。他の地域での発生に期待しています。
  昨年秋に行われた「全国同人雑誌交流会」で挙手し、活動経過を報告し、各地で結成するよう呼びかけました。
    しかしながら、今日までその返事は来ていません。これからも「町田交流会」は全国唯一の活動継続をします。
  会場入り口で何の会合かと呼び止められ、それを縁に参加してきた方も継続会員になりました。
  ネットで知り、参加希望したハガキ通信の作者もいました。彼女は、コロナ騒動で会活動閉鎖中に亡くなりました。
  仲間からの感想に期待して最後まで作品を送ってきました。期待に応えられずとても残念でした。
  少人数の同人誌も、交流会へ提出すれば多数の感想が得られるのではないかと、毎回同人雑誌を送ってくれます。
  しかし、ひとりの運営活動は限界もあります。いずれは運営協力者も求めることになるでしょう。
 ☆町田文芸交流会事務局担当・住所〒252−0235神奈川県相模原市相生2-6-15、外狩雅巳方。
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 外狩A 外狩雅巳(とがり まさみ)=1942年、旧満州生まれ。仙台で中学卒業後、商店住み込み店員となる。その後、単身上京。工場労働者として労働運動に力を入れる。同人雑誌を中心に地域の市民文芸文化振興と小説執筆での作家活動を行う。
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