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伊藤昭一ジャーナル★運営「文芸同志会」の郵便振替口座=00190−5-14856★「文芸同志会通信」&「詩人回廊」運営。  

作家・外狩雅巳のひろば

読み手を増やす。私にとっての文芸交流会=外狩雅巳

  私は20年前に地域広報誌で仲間を募り、「相模文芸クラブ」を発足させました。今年は20周年です。
  多くの書き手と運営活動者が生まれましたので、一会員に退き今後の継続を応援しています。
  その代わり、長年の活動で知り合った他の同人誌へ呼びかけて、交流活動を行っています。
  メンバーも一定したので「町田文芸交流会」と名付けて月例会を町田公民館で七年間つづけています。
  このような活動は全国にも少ないので、手探りで行っています。他の地域での発生に期待しています。
  昨年秋に行われた「全国同人雑誌交流会」で挙手し、活動経過を報告し、各地で結成するよう呼びかけました。
    しかしながら、今日までその返事は来ていません。これからも「町田交流会」は全国唯一の活動継続をします。
  会場入り口で何の会合かと呼び止められ、それを縁に参加してきた方も継続会員になりました。
  ネットで知り、参加希望したハガキ通信の作者もいました。彼女は、コロナ騒動で会活動閉鎖中に亡くなりました。
  仲間からの感想に期待して最後まで作品を送ってきました。期待に応えられずとても残念でした。
  少人数の同人誌も、交流会へ提出すれば多数の感想が得られるのではないかと、毎回同人雑誌を送ってくれます。
  しかし、ひとりの運営活動は限界もあります。いずれは運営協力者も求めることになるでしょう。
 ☆町田文芸交流会事務局担当・住所〒252−0235神奈川県相模原市相生2-6-15、外狩雅巳方。
■関連情報= 詩人回廊「外狩雅巳の庭」
北一郎「外狩雅巳『二十八歳の頃』の読み方」抄録
穂高健一ワールド・サイト「寄稿・あなたの作品」コーナー(9月1日付)
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 外狩A 外狩雅巳(とがり まさみ)=1942年、旧満州生まれ。仙台で中学卒業後、商店住み込み店員となる。その後、単身上京。工場労働者として労働運動に力を入れる。同人雑誌を中心に地域の市民文芸文化振興と小説執筆での作家活動を行う。
(著書参照:「この路地抜けられます」「十坪のるつぼ」

感染発生誓約責任で「文芸交流会」の7月例会=外狩雅巳

 町田公民館にて7月31日に「町田文芸交流会」7月例会を8名の出席で行いました。
  秦野市の文芸同人誌「みなせ」86号と評論中心の同人誌「群系」44号の掲載作品を取り上げました。
  交流会は出席者の作品を全員で討議します。それぞれの文芸同人会に所属している人の交流です。
  所属先がなく個人で創作している方も参加しています。同人誌の仲間内でない人の感想を求めて毎月行っています
 今年はコロナ騒動で会場閉鎖が長引き、ようやく先月からの月例会なのでほぼ全員参加で熱く討論できました。
  公民館も感染予防に厳しく相互距離をとってマスク着用での集会です。感染者発生時の責任誓約も求められます。
 7年間にわたり継続しているので馴染みになった仲間も多く、何でも話せる気さくな場にもなっています。
  昨年末からの新規参加者も創作意欲を沸かせて、多くの質問も出されます。それを仲間として親身に答えています。
 もし 状況悪化でもあれば、再度の会場閉鎖もありそうなので毎日のニュースを不安な気持ちで聞いています。
 それでも他の会が文芸同人誌を発行すると大きな刺激になり、自分の会も発奮したくなります。
  毎月の会合は仲間たちとの交流の場として、これからも長くつづけてゆきたいと思います。
 ☆町田文芸交流会事務局担当・住所〒252−0235神奈川県相模原市相生2-6-15、外狩雅巳方。
■関連情報= 詩人回廊「外狩雅巳の庭」
北一郎「外狩雅巳『二十八歳の頃』の読み方」抄録
穂高健一ワールド・サイト「寄稿・あなたの作品」コーナー(9月1日付)
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 外狩A 外狩雅巳(とがり まさみ)=1942年、旧満州生まれ。仙台で中学卒業後、商店住み込み店員となる。その後、単身上京。工場労働者として労働運動に力を入れる。同人雑誌を中心に地域の市民文芸文化振興と小説執筆での作家活動を行う。
(著書参照:「この路地抜けられます」「十坪のるつぼ」

パソコン操作に苦労!外出自粛の日々=外狩雅巳

  長梅雨とコロナ騒動。町内会活動も孤独に行っている。行政からの大量な配布書類も会費集金も自宅で仕分けして釣銭も用意しできるだけ対面せず事前電話連絡後に短時間で行う。配布物のみの時はポスト投函で済ます。
  文芸活動も三密は避け通信が主体になる。会場でもマスク着用、短時間会合を心掛けている。
  自宅作業が増えたのでパソコン使用で過ごす。しかし、パソコン音痴なのでこそんな時にパソコン騒動が起こった。まず最初はネットが勝手に新しくなった。
  最新版になりeのマークが変わり画面が見やすくなりさらに整理整頓を勝手に手伝ってくれる。主な使用サイト一覧表も自動的に表示されている。
  で、画面一新は良いがそこに迷惑広告が張り付いてしまった。エッチな広告は消しても消しても再生される。
  昨年修理したのでそこに問い合わせる。消すのは難しいと言われ放置することにした。修理時に予備を購入しているので切り替える。と、これが作動しない。
  ガイドブックを読むが書面とは違う、補修センターに問い合わせる。
  インターネットに入れないのは添付器具が必要だ差し込めと言われた。なぜガイドブックにかいていないのか。
  探してもない、また電話をする。無ければ購入せよと言われる。官庁放出パソコンの完全品譲渡会で買ったのだ。
  すぐに使用可能。ガイドに従え。それなのにガイドブックには添付器具装着は記載がないのだ。パソコン音痴には使えない機械だ。Wi−Fiアダプタ・2、4ギガは安価だ店にある。、晴れ間に買おう。結構毎日多忙である。
 ☆町田文芸交流会事務局担当・住所〒252−0235神奈川県相模原市相生2-6-15、外狩雅巳方。
■関連情報= 詩人回廊「外狩雅巳の庭」
北一郎「外狩雅巳『二十八歳の頃』の読み方」抄録
穂高健一ワールド・サイト「寄稿・あなたの作品」コーナー(9月1日付)
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 外狩A 外狩雅巳(とがり まさみ)=1942年、旧満州生まれ。仙台で中学卒業後、商店住み込み店員となる。その後、単身上京。工場労働者として労働運動に力を入れる。同人雑誌を中心に地域の市民文芸文化振興と小説執筆での作家活動を行う。
(著書参照:「この路地抜けられます」「十坪のるつぼ」

コロナ対応の会場で文芸同人会が始動=外狩雅巳

 コロナ蔓延の中で文芸同人会が始動した。
 三月から地元の公民館が閉鎖され「相模文芸クラブ」は会合を行わなくなっていた。当初は九月まで会合中止予定だった。
 「町田文芸交流会」も会場の都合で、三月会合が中止となり、4月・5月と連続の会合休止で運営予定も未消化になった。
 しかし、東京都は六月末から会場閉鎖が解けたので、六月会合は30日に行うことが出来た。
 出席者8名、久しぶりの顔合わせで盛り上がった。しかしメンバーの一人が休止中に亡くなっている。
 悲しみを乗り越えて交流活動の新しい峰を築こうと各同人会の情報交換と作品合評に熱中した。
 そして、相模文芸クラブも7月8日に16名で合評会を開催することが出来て司会者としても一安心した。
 年度末の総会報告も手元に届いた。会員30名近い大きな同人会で年間150万円の予算で動いている。
 創刊二十周年である。記念号として40号は300ページ近い増大号となり今後の展望を予測させている。
 しかし、コロナ蔓延は収まらず会場の再閉鎖となればせっかくの盛り上がりに水を差されてしまう。
 21日に相模文芸クラブの今月二度目の会合がある。31日には町田文芸交流会も7月会合を行う。
 休止期間中の遅れを取り戻したい。毎日長時間をテレビの前でニュースに釘付けでヤキモキしている。
 ☆町田文芸交流会事務局担当・住所〒252−0235神奈川県相模原市相生2-6-15、外狩雅巳方。
■関連情報= 詩人回廊「外狩雅巳の庭」
北一郎「外狩雅巳『二十八歳の頃』の読み方」抄録
穂高健一ワールド・サイト「寄稿・あなたの作品」コーナー(9月1日付)
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 外狩A 外狩雅巳(とがり まさみ)=1942年、旧満州生まれ。仙台で中学卒業後、商店住み込み店員となる。その後、単身上京。工場労働者として労働運動に力を入れる。同人雑誌を中心に地域の市民文芸文化振興と小説執筆での作家活動を行う。
(著書参照:「この路地抜けられます」「十坪のるつぼ」

文芸交流会方式情報を「文芸思潮」誌に送る=外狩雅巳

   「文芸思潮」第76号(アジア文化社)が発行されています。その<文芸広場」】欄に町田交流会現状が掲載されました。
   文系同人誌と作品を励まし続けるこの文芸誌も、20年にわたり健在である。
   昨年は東京で全国の「文芸同人雑誌会議」を開催し、多くの同人雑誌編集者などが結集し今後の展望を話し合いました。
   その中で提案されたのが「全国同人雑誌通信」でした。その呼びかけに答えて現状報告をしました。
   今回は掲載のお礼と追加詳細を送付しました。「みなせ」誌第86号、「文芸多摩」誌第12号も同封しました。
   町田文芸交流会の7月例会は「みなせ」86号などの作品合評です。町田公民館で30日に行います。
   近隣の文芸同人会・愛好家が集まり、顔の見える討論を頻繁に行うことの意義を書き送りました。
   全国各地で交流会が結成されることを期待して送りました。その本部になるように「文芸思潮」誌に要望しました。
   昨年秋のような全国会議が毎年行われ、各地の交流活動を支援してもらいたいと要望しました。
   文芸誌・新聞などの同人誌作品論は全作品のほんの一部です。作者は自作の感想を求めています。
   少人数の同人会や個人発行者は外部の読者を求めています。外部の感想を求めています。
   町田文芸交流会方式の全国に普及拡大を期待しています。
 ☆町田文芸交流会事務局担当・住所〒252−0235神奈川県相模原市相生2-6-15、外狩雅巳方。
■関連情報= 詩人回廊「外狩雅巳の庭」
北一郎「外狩雅巳『二十八歳の頃』の読み方」抄録
穂高健一ワールド・サイト「寄稿・あなたの作品」コーナー(9月1日付)
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 外狩A 外狩雅巳(とがり まさみ)=1942年、旧満州生まれ。仙台で中学卒業後、商店住み込み店員となる。その後、単身上京。工場労働者として労働運動に力を入れる。同人雑誌を中心に地域の市民文芸文化振興と小説執筆での作家活動を行う。
(著書参照:「この路地抜けられます」「十坪のるつぼ」

自治会活動などの正常化はいつになる? =外狩雅巳

  新形コロナウイルスの蔓延が沈静化したとして、経済活動などの再開が始まってきた。
  急がれる活動再開に押されて、行政の対応も混乱気味である。自治会活動も困惑の中にある。
  月例役員会を開きたいが感染の危険があり、折衷案を発表した。区長各位へとの文書を受け取った。
  三密を避けるため自治会長・広報部長が、文書仕分け作業を全部行っている。
  役員会通知を私の元へ持参してくれた。それも対面を避け、郵便受けに入れインターホンで通知してくれた。
  文書には相互間隔を保つため、役員会は二組に分けて短時間に必要書類の受け渡し中心にするとあった。
  一方で、九月から封鎖解除としていた公民館には16日から再開できるようになった、と貼り紙が出ている。
  「相模文芸クラブ」は。半月前に九月まで会合は行わない、と会員への連絡があったばかりである。
  「町田文芸交流会」は。6月1日の会合を中止するように、町田公民館から連絡があり10日に変更を決めた。
  前倒しに進む政府の解除決定に、各自治体・公共施設そして自治会などなどの対応がバラバラである。
  ニュースでは第二波の危険が報じられている。振り回されて再閉鎖となるかもしれない。
  文芸活動も自治会活動も先が見えない中でウロウロしている。
 ☆町田文芸交流会事務局担当・住所〒252−0235神奈川県相模原市相生2-6-15、外狩雅巳方。
■関連情報= 詩人回廊「外狩雅巳の庭」
北一郎「外狩雅巳『二十八歳の頃』の読み方」抄録
穂高健一ワールド・サイト「寄稿・あなたの作品」コーナー(9月1日付)
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 外狩A 外狩雅巳(とがり まさみ)=1942年、旧満州生まれ。仙台で中学卒業後、商店住み込み店員となる。その後、単身上京。工場労働者として労働運動に力を入れる。同人雑誌を中心に地域の市民文芸文化振興と小説執筆での作家活動を行う。
(著書参照:「この路地抜けられます」「十坪のるつぼ」

街角図書室(相模原市)に同人雑誌など寄贈=外狩雅巳

   相模模原市に街角図書室「オリオン」ができた。自宅からは近いので連絡して町田文芸交流会関係者の自費出版書籍などの展示を依頼した。ここは高齢者から中学生までが立ち寄り、思い出の本や初めて触れる本の話題に花を咲かせる場となっているという。《参照:安西祐太さん
    「みなせ」誌85号、「相模文芸」誌38号、書籍「この路地抜けられます」(外狩雅巳)など多数を持参し寄贈してきた。
   コロナ騒動で相模原市は図書館・公民館などは9月1日にならなければ閉鎖が解除されない。
   そんなときに市民の文化要望に合わせて開設された。たとえ小さなスペースでも貴重なことだと思う。☆関連情報=街角図書館が解説
   対応に出られた女性に、開設場所になっているリハビリ店の介護福祉士の名刺をいただいた。
   文芸同志会と相模文芸クラブとに所属している名刺を渡すとネットで検索するという。
   書棚にあふれていた同人雑誌と自費出版本も多くの人に読まれる機会ができた。
   今後も連絡し、閲覧があるなら更に多くの同人雑誌や私の著書などを寄贈したいと思っている。
 ☆町田文芸交流会事務局担当・住所〒252−0235神奈川県相模原市相生2-6-15、外狩雅巳方。
■関連情報= 詩人回廊「外狩雅巳の庭」
北一郎「外狩雅巳『二十八歳の頃』の読み方」抄録
穂高健一ワールド・サイト「寄稿・あなたの作品」コーナー(9月1日付)
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 外狩A 外狩雅巳(とがり まさみ)=1942年、旧満州生まれ。仙台で中学卒業後、商店住み込み店員となる。その後、単身上京。工場労働者として労働運動に力を入れる。同人雑誌を中心に地域の市民文芸文化振興と小説執筆での作家活動を行う。
(著書参照:「この路地抜けられます」「十坪のるつぼ」

新型コロナで巣ごもり現象の相生自治会を廻る=外狩雅巳

   五月は全国巣籠り状態。外出自粛で街が静まっている。それでも国家の政治も市政も国民も生きている。
   自治会活動も止まるわけにはいかない。市政の重要な一端なのだ。全世帯に配布する必要がある。
   そのための周知は行ってある。広報担当就任時に全区長に面談し今後はポストに投入と知らせてある。
   千戸に近い自治会員は広報担当三名で分け持っている。私の範囲は二百数十戸である。
   41の区長中16区長が受け持ち範囲である。各区長は、区内の20戸前後の全戸配布を行ってくれる。
   16の区長は4ブロックにまとめられている。担当ブロック以外の3ブロック長には口頭で説明してある。
   現実に私が行う仕事は、自身のブロックだけで、あとは3ブロック長に文書を渡せばよくなっている。
   自身のブロックも、4人の区長で受け持つので、3人の区長には説明して、担当分の配布文書を渡すだけで済む。
   ポストの場所や袋詰めした文書の置き方も面談し、説明済みである。ここまでは一気に行ってしまう。
   最後に自分の区内の全戸配布。回覧板の二枚用紙を両隣から回して最後に戻る工夫もできている。
   至急回覧・普通回覧の区別も済むんでいるので、回覧開始の家のポストに置けば数日で回り戻ってくる。
   市当局はこれで全自治会が機能すれば全戸配布、周知ができる。そのうえで防犯放送でがなり立てる。
   コロナで表面的に死んでいるような街中の血液として、行政・国政は挙国一致に駆り立てている。
 ☆町田文芸交流会事務局担当・住所〒252−0235神奈川県相模原市相生2-6-15、外狩雅巳方。
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 外狩A 外狩雅巳(とがり まさみ)=1942年、旧満州生まれ。仙台で中学卒業後、商店住み込み店員となる。その後、単身上京。工場労働者として労働運動に力を入れる。同人雑誌を中心に地域の市民文芸文化振興と小説執筆での作家活動を行う。
(著書参照:「この路地抜けられます」「十坪のるつぼ」

自治会活動と新型コロナ!外出自粛にストレス=外狩雅巳

   自治会長は相模原市中央区の連合自主防災隊の会長も兼ねている旺盛な活動家である。
  短歌の趣味も持ちインターネットで検索し地元地域同人雑誌「相模文芸」と私の繋がりを発見し、配慮してくれるようになった。
  ネットにデカデカと掲示された「相模文芸クラブ」に驚いている。そこには私の名前や活動歴も多少は書かれている。
  -----「相模文芸クラブ」の創立メンバーですか、恐れ入ります-----とのメモまで手渡してくれた。
  本格的文学集団かとの、とんだ勘違いで自治会活動への負担も軽減されそうでほっとしていた。
  しかし、五月に入りコロナ感染による自粛要請が本格化し、自治会活動も停止してしまった。
  自治会会館が閉鎖されてしまったのだ。自治会連合会からは文書で活動停止が来る。配布は危険だという。
  文書配布と会費徴収が私の主任務だが、それは接触感染の危険があり6月までは中止の方向だとある。
  市民の動きが止まっていく、みんな家に籠っている。外出自粛が長引けば、国が市が動かなくなり社会が崩壊してゆく。
  最低限の食物を三日に一度マスク姿で短時間にスーパーで買う。そのスーパーも人数制限などがある。
  古い本を何度も読み直しては時間をつぶす。楽しみは食事だけ。イライラと太る毎日。
 ☆町田文芸交流会事務局担当・住所〒252−0235神奈川県相模原市相生2-6-15、外狩雅巳方。
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 外狩A 外狩雅巳(とがり まさみ)=1942年、旧満州生まれ。仙台で中学卒業後、商店住み込み店員となる。その後、単身上京。工場労働者として労働運動に力を入れる。同人雑誌を中心に地域の市民文芸文化振興と小説執筆での作家活動を行う。
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役員高齢化と無関心のなか、相生町自治会総会=外狩雅巳

  4月26日の日曜日、集会所で自治会総会が行われた。事前に配布された総会の議事次第をもって出席する。
  全員参加の義務があるが、委任状で済ませる人が多く、わずか20名足らずの出席。委任状で成立している。
  自治会活動と言えば、若いころの学生自治会を思い出す。議案書には総括と方針がびっしりと書かれていた。
  かつて、「異議なし」の大合唱に守られて反対発言を封じ、ヘルメットで武装して議長席を守った記憶が蘇る。
  住民自治会の今は、役員へのお任せ活動になっている。高齢者と無関心層の中で苦労する役員たち。
  議案書の題名も総会のしおりとソフトムードである。内容も活動報告と予定。決算と予算のシンプルさである。
  年間予算は700万円だが、活動の中心は夏祭り。焼き鳥を販売した収支報告書も添えられている。
  子供会。防犯活動。役員になれば盆踊りに参加し、夜回りも行い、会費も徴収する大変な一年間なのだ。
  上部組織に連合自治会があり、町づくり推進協議会に参画し相模原市政の一端を担っている。
  交通安全協会の支部として通学路の安全対策も行う。役員などの幹部は負担が大きい。
  総会は全員マスクで私語もなく会長、会計などの説明を聞くだけの短い会合で終わった。
  コロナ感染が広まる中での発進。会費徴収などの実務をやり抜く一年間。
  オリンピックの延期がせめてもの救いだが、忙しい日々が待っている。
 ☆町田文芸交流会事務局担当・住所〒252−0235神奈川県相模原市相生2-6-15、外狩雅巳方。
■関連情報= 詩人回廊「外狩雅巳の庭」
北一郎「外狩雅巳『二十八歳の頃』の読み方」抄録
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 外狩A 外狩雅巳(とがり まさみ)=1942年、旧満州生まれ。仙台で中学卒業後、商店住み込み店員となる。その後、単身上京。工場労働者として労働運動に力を入れる。同人雑誌を中心に地域の市民文芸文化振興と小説執筆での作家活動を行う。
(著書参照:「この路地抜けられます」「十坪のるつぼ」
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