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伊藤昭一ジャーナル★運営「文芸同志会」★郵便振替口座=00190−5-14856★「文芸同志会通信」&「詩人回廊」運営。  

作家・外狩雅巳のひろば

自由で多様な意見の交換できた文芸交流会=4月例会報告

 四月の交流会は22日に町田公民館で行いました。五つの会より六人が出席しました。
 前半は日本民主主義文学会町田支部発行の『文芸多摩通信No.13』をめぐる討議です。
 この会では文芸同人誌として『文芸多摩』を年一度発行しています。
 通信も毎年一度発行し簡易印刷手製の大判の冊子で20ページ前後になっています。
No.13は三月に発行されエッセイ二編・旅行記二編・大会レポート二編が収録されています。
半ば内部連絡報的な性格も有する文芸同人誌としての編集を外部から眺めた討議になりました。
独特の冊子からはこの会の一面を覗けて感想と質問も多く盛り上がりました。短い断章の集合体の作品や、テーマをもった海外紀行文、子どもからの感謝の心で欧州旅行をプレゼントされた趣味の旅行など、のほかサークル連絡事項などの混在した編集に、自由で多様な見解が出されました。
  編集後記の著者からの説明もあり一般の文芸同人会との温度差も解明されました。
   コラムを設けて文芸交流会を取り上げています。交流会説明や意義などを記しています。作品合評と共に他会の内部説明や質問なども行えるのも交流会の特徴です。
  後半は小野由貴枝さんの日記集『夢半ば』の反響をめぐって話し合いました。
40名も集まった講演会の報告も詳細まで行いました。《参照:小野友貴枝さんが出版体験を講演=女性の日記から学ぶ会(千葉)》250組も実売されているとの事です。
神奈川県の公衆衛生行政をリードした事や、創作苦心の事などに関心が集まりました。
  講演会用のパワーポイント台本も配られ盛況だった当日の様子もよくわかりました。
日記も文学だと語り合いました。交流会では個人出版本も対象にして討議します。
  個別の同人会での会合とは一味違った面を持たせようと工夫しています。
 次回は五月29日です。みなせ文芸の会発行の『みなせ74号』を取り上げて討議します。
■関連情報= 詩人回廊「外狩雅巳の庭」
北一郎「外狩雅巳『二十八歳の頃』の読み方」抄録
穂高健一ワールド・サイト「寄稿・あなたの作品」コーナー(9月1日付)
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 外狩A 外狩雅巳(とがり まさみ)=1942年、旧満州生まれ。仙台で中学卒業後、商店住み込み店員となる。その後、単身上京。工場労働者として労働運動に力を入れる。同人雑誌を中心に地域の市民文芸文化振興と小説執筆での作家活動を行う。
(著書参照:「この路地抜けられます」「十坪のるつぼ」) 

生きがいともなる「文芸交流会」の3月例会報告=外狩雅巳

IMG_20170401_0001_1_1<「文芸多摩通信」最新号。表紙絵は、多摩森林科学園の小菅盛平氏。日本民主主義文学会の町田支部では文芸誌「文芸多摩」を発行している。さらに冊子「文芸多摩通信」を発行し、民主文学会の全国研究集会や東京文学研究集会のレポートなどを行っている。エッセイや旅行記なども掲載、きめ細かい情報交流をしている。>
 文芸交流会が3月29日に町田公民館で行われました。五つの会の六名が出席。「みなせ」73号(みなせ文芸の会発行)を合評しました。
 構成員も性格も違う文芸同人会の交流なので作品感想も各会の文学的立場も引き合いにしながら討議しました。
 他会の同人誌掲載作品を読み自分たちの会なら掲載するかしないか、編集処理はどうするか等と討論しました。
 この中で同人会内部の認識から飛び出して広く他の会や外部の人たちの事を知ることができる場です。
 三年にわたり月例会を続けたので常連メンバーは胸を開いて話し合える仲になっています。
 文芸潮流や文学認識。そして作品評価の異なる団体からの集まりだからこそ深められる討論になりました。
 特に民主文学会の町田支部は大川口支部長が当初より出席され熱心に交流会を支えてくれています。大川口氏が病床の中で今回も2人の支部会員が出席し真剣に作品討議に参加してくれました。
 今回は持参した「文芸多摩通信」13号を配布してくれました。この中で佐久編集長が文芸交流会を紹介しています。
 「支部での合評とは一味違った感想や批評を聞くことができ今後の創作の参考になります」と紹介。さらに「全国でも珍しい交流です。地域で相互の文学の発展に寄与するものです」と評価してくれました。
 民主主義文学会という全国組織の一支部ながら進んで外部交流の場に参加する姿勢にとても感謝しています。大川口支部長が快癒し交流会に復帰する日が待ち遠しい限りです。
 交流会参加の文芸同人会はまだまだ少ない現状です。しかし会合は少人数だからこその論議も進みます。
 私の加入している「相模文芸クラブ」は30数名の会員なので合評会でも感想発言は原則一回だけです。
 問題点での論争などは行えません。徹底討論が可能な文芸交流会なら深く追求し反論をかわせます。
 それぞれの会での会合や同人誌発行など多忙な中でも文芸交流会へ参加してくる熱意に応えたいと思います。
 その一つとしてこうして全国に存在と内実をアピールしています。全国で交流会が発足する事を願っています。
 高齢化社会です。生きがいサークルとしての文芸の集いは地域で支持され増加することでしょう。交流会参加の各同人会が大いに発展することを願っています。
 4月会合は4月22日を予定しています。参加者の自費出版をめぐる議題と「多摩通信」の合評を予定しています。
■関連情報= 詩人回廊「外狩雅巳の庭」
北一郎「外狩雅巳『二十八歳の頃』の読み方」抄録
穂高健一ワールド・サイト「寄稿・あなたの作品」コーナー(9月1日付)
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 外狩A 外狩雅巳(とがり まさみ)=1942年、旧満州生まれ。仙台で中学卒業後、商店住み込み店員となる。その後、単身上京。工場労働者として労働運動に力を入れる。同人雑誌を中心に地域の市民文芸文化振興と小説執筆での作家活動を行う。
(著書参照:「この路地抜けられます」「十坪のるつぼ」) 

文芸交流会の二月例会は「家庭」を描くことで熱論=外狩雅巳

 文芸交流会は2月20日に、町田中央公民館で8人の参加で行いました。相模文芸クラブ会員3人「民主文学」町田支部より2人、 みなせ文芸の会と秦野文学同人会からそれぞれ1人。さらに文芸同志会の伊藤昭一さんが出席しました。
 前半は「相模文芸」33号の外狩雅巳「工場と時計と細胞」作品と、諸井淳「しみ」作品を対象に作者の心境を聴き、感想をまじえた創作論を議論しました。
 後半は「風恋洞」44号の小野友貴枝 「兄の葬式」、「久美子の家族」の2作品と盛丘由樹年「息子と私」作品を巡り、同人誌編集におけるテーマ設定の巧さや、作品の隠れた部分の読み取り方などを語り合いました。
 作者の作品に込めた真意や作品の技巧を巡る討論が深まった三時間でした。同人会内部での会合とは一味もふた味も違う切り口での徹底討議が出来る交流会を目指して問題提起や信条吐露の場となるよう工夫します。
 交流会は常連の11名を基盤として月例会を行い。毎回の出席者から会場費として集める五百円を活用しています。昨年末に三同人誌が完成した時には合同発送を外部20の個人や団体に送り存在を知らせました。
 多数の感想などが来ましたので【反響集】に纏めました。全国に宣伝出来て良かったと思っています。
 全国各地に文芸同人会の交流を提起した事も大きな成果だと思います。
 このほど、「みなせ文芸の会」同人誌「みなせ」73号が完成しましたので三月例会はその作品感想を予定しています。
☆町田文芸交流会事務局担当・住所〒252−0235神奈川県相模原市相生2-6-15、外狩雅巳方。
■関連情報= 詩人回廊「外狩雅巳の庭」
北一郎「外狩雅巳『二十八歳の頃』の読み方」抄録
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 外狩A 外狩雅巳(とがり まさみ)=1942年、旧満州生まれ。仙台で中学卒業後、商店住み込み店員となる。その後、単身上京。工場労働者として労働運動に力を入れる。同人雑誌を中心に地域の市民文芸文化振興と小説執筆での作家活動を行う。
(著書参照:「この路地抜けられます」「十坪のるつぼ」) 

「文芸多摩」の町田文芸交流会での感想が活発に=外狩雅巳

町田文芸交流会の2017年は、1月15日の会合で「文芸多摩」9号の読書感想会は、タイミングが良く同誌にとって躍進のスタートに成ると思われます。
   本誌は2016年11月・第9号と表紙に提示した日本民主主義文学会・東京町田支部の年に一度発行する支部誌です。
 同誌の同人である作者三人が出席し「相模文芸クラブ」「文芸同志会」「みなせ文芸の会」「秦野文学同人」会員が感想を語り合いました。
  特に原秋子作品「メイコの選択」は好評で二次会でも作者を囲み創作談義が弾みました。
  そして、全国文芸誌「民主文学」三月号の同人誌評にも取り上げられました。評者のかなれ佳織氏は「原秋子「メイコの選択」(『文芸多摩』9号、民主文学会東京・町田支部、東京都町田)は支部誌に初提出とある意欲的な作品」とし、細部に渡り具体的に評価しています。
  その評の内容を以下に一部抜粋します。
  『原秋子「メイコの選択」は、支部誌に初提出とある意欲的な作品。主人公のメイコ(小学四年生)が、突然学校に行かないと宣言した五月から、六月の運動会に参加するまでを書いている。メイコが語る内容に悲壮感がないのは、彼女が芯のある子として描かれ、人間的自立へ踏みだす結末が用意されているからだろうか。
  パパに誘われメイコは高原の民宿とパパの実家で過ごしたのち帰宅して学校に行きたくない理由を話す。国語や道徳の問の答や考え方は決まっていないのに、一つの正しい答を期待され、仕方なく答えるのが嫌、苦しい、ガマンがならない。仲間はずれになっていないが「悪口言った相手と手をつないだりする子もいたり」するグループには入りたくない、と言うのだ。メイコは友達にリレーに出ろと言われ選考会に参加。リレー選手として練習をするうちにクラスの子と話せるようになる。授業に出るかどうかは別として「いやいや正解と思われる答えはやめよう」「違う考え方もあるということをはっきり言えるようになるつもり」と決心する。
  この決意には、学びの本質や、人が自己を確立し成長していく姿が示されている。その問題提起は十分伝わり主題は明快だが小説としてそれでいいかというとそうでもない。メイコの変化が何によってもたらされたかや、作者が探求した軌跡がどう描かれたかが大事だ。(中略)
  自分がいい気持ちになった文章はダメ"とは、ある作家の言葉。作者の関心、問題意識が心に染みるとき、作者の存在は消え、読む者は登場人物に心を重ねる、といった意味と思う。メイコを通し作者が考えようとしたことは、彼女を通過させた思索の言葉や、彼女の態度、仕草、行動に表れる。とことんメイコに寄り添い、同時に突き放すことが必要となるだろう。さて「学校行かないで何するんだ」と言うパパがいい味を出している。個性的なパパとメイコとの関わりがもっと出てくると、父子の世界が広がり読者は惹きつけられるだろう。パパ、ママらに愛されるメイコの成長過程は読者の大きな関心事になった。深い愛情で結ばれている一家の物語に、じっくり取り組んでほしい。』
     文芸同人会は内部での評価や友好的運営を大切にして閉鎖的な面が有り対外交流は難しい傾向にあります。
  交流会への参加は日程的にも困難で月例会は五六名の出席に留まっていますが辛抱強く継続しています。町田市周辺の文芸愛好家や同人会が参加する事を願って今年も毎月行って行きます。
  2月は20日に行います。「風恋洞」44号と「相模文芸」33号を取り上げます。
☆町田文芸交流会事務局担当・住所〒252−0235神奈川県相模原市相生2-6-15、外狩雅巳方。
■関連情報= 詩人回廊「外狩雅巳の庭」
北一郎「外狩雅巳『二十八歳の頃』の読み方」抄録
穂高健一ワールド・サイト「寄稿・あなたの作品」コーナー(9月1日付)
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 外狩A 外狩雅巳(とがり まさみ)=1942年、旧満州生まれ。仙台で中学卒業後、商店住み込み店員となる。その後、単身上京。工場労働者として労働運動に力を入れる。同人雑誌を中心に地域の市民文芸文化振興と小説執筆での作家活動を行う。
(著書参照:「この路地抜けられます」「十坪のるつぼ」) 

町田文芸交流会で、活動への「反響集」も配布=外狩雅巳

IMG_20170117_0001<町田文芸交流会の参加者の同人誌などを、送付したことで送られてきた感想文などを抜粋して「反響集」を作成。部分抜粋をすると−−昨日は新刊のご配慮を賜り有難く重ねて厚く御礼申し上げます。いつもながら、労働と汗、生と人情、人とは何かの機微を執筆され、幾重の感動をもって拝読させて頂きました。常に、働く者の心情と社会状況を踏まえ、切なさと意義の狭間を追及されていられることに尊敬を表します。 文脈の流れは清らかに読みやすく、情景描写にも余念がありません。今後も文学を牽引されますこと、心より念願しております。また、複数の同人会が集まり、文学活動を深めていらっしゃることを拝見し、変わらぬ意欲と果敢な行動に改めて敬意 を申し上げたいと存じます。――などが収録されています>
 町田文芸交流会2017年の例会は1月15日にの初会合を行いました。五つの会から出席して来た7人で「文芸多摩」9号(町田市)の感想を話し合いました。、
 事前にインターネットの「文芸同志会通信」(評者・北一郎氏)や「関東同人雑誌交流会掲示板」(評者・根保孝栄・石塚邦男氏)で作品紹介が行われていました。なかには、出席者の一人も、感想文書を作成し配布してくれました。その上での感想なので焦点も絞れ集中した話し合いになりました。
 昨年末に全国の同人会や知人等20名に3誌を送付したので現在続々と作品感想等がとどいています。こうした地域外の読者感想の返信やネット掲載されたものの「反響集」を編集作成して、交流会参加の皆さんに配布に配布、議論の資料にしました。
 月に一度の会合なので、出来るだけ事前準備を整える事で短時間の集中した話し合いに成るよう努めています。
  組織形態も雑誌発行頻度や文学観や会員構成等特徴の異なる五つの会が集まり同じ作品を巡り語り合います。
 今回は「文芸多摩」9号の掲載の三作品を二時間にわたり全員が、感想と評をを述べ、最後に作者の意見で締めくくりました。さらに、各会の現状報告等の情報交換も行い今年の健闘を共有しました。
☆町田文芸交流会事務局担当・住所〒252−0235神奈川県相模原市相生2-6-15、外狩雅巳方。
■関連情報= 詩人回廊「外狩雅巳の庭」
北一郎「外狩雅巳『二十八歳の頃』の読み方」抄録
穂高健一ワールド・サイト「寄稿・あなたの作品」コーナー(9月1日付)
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 外狩A 外狩雅巳(とがり まさみ)=1942年、旧満州生まれ。仙台で中学卒業後、商店住み込み店員となる。その後、単身上京。工場労働者として労働運動に力を入れる。同人雑誌を中心に地域の市民文芸文化振興と小説執筆での作家活動を行う。
(著書参照:「この路地抜けられます」「十坪のるつぼ」) 

町田交流会アピ−ルに参加同人誌の配布へ=外狩雅巳

   秋から暮れにかけて文芸交流会参加者たちの各同人誌が完成し外部へ送付しました。早くも反響が出て来ました。「みなせ」72号、「文芸多摩」9号、「風恋洞」44号、そして最後に「相模文芸」33号が完成し二十人に送りました。12月22日までに五名の方よりお返事が有りました。交流会活動や作品感想等について書き送ってくれています。
   また、九州の同人誌「海」(第二期)を主宰する有森信二さんはホームページに到着記録を掲載してくれました。
   さらに、私が「文芸同志会通信」に公開した「海」(第二期)第17号の作品感想文を抜粋して掲載してくれました。
   送付が多忙な年末になりましたがそれでも交友関係の深い皆様からは次々に返信が来ています。相模原市の元会員からは私の作品感想や町田交流会活動の評価まで丁寧な文章がファックスで送られて来ました。 相模経済新聞でコラムを書く人です。市政や文化活動にも深く係っていますので市民文芸論も含まれていました。
   同人誌「蒲公英」主宰の久保敦子さんからは17日付で発行された36号が三冊も同封されて来ました。
   この会とも長いお付き合いです。新日本文学会の文章教室の仲間が集まって発足した文芸同人会の雑誌です。三十年来の交流を大切にしてくれる方です。
  「文芸多摩」9号と「風恋洞」44号も数部入手出来て「相模文芸」33号も二十冊使用しての大キャンペーンを実施しました。文芸交流会活動が全国から注目され参加各同人誌の作品感想も多数返信される事を願ってのものです。来春には「反響集」を編集して交流会参加の皆さんに配布する計画をしています。全員で成果を分かち合いたいと思っています。
☆町田文芸交流会事務局担当・住所〒252−0235神奈川県相模原市相生2-6-15、外狩雅巳方。
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 外狩A 外狩雅巳(とがり まさみ)=1942年、旧満州生まれ。仙台で中学卒業後、商店住み込み店員となる。その後、単身上京。工場労働者として労働運動に力を入れる。同人雑誌を中心に地域の市民文芸文化振興と小説執筆での作家活動を行う。
(著書参照:「この路地抜けられます」「十坪のるつぼ」) 

同人誌仲間でない読者も議論する町田交流会活動=外狩雅巳

 町田文芸交流会活動が進展しています。参加文芸同人誌4冊が出そろいました。「みなせ」(秦野市)72号、「文芸多摩」(町田市)9号、「風恋洞」(秦野市)44号、「相模文芸」(相模原市)33号の四誌と小野由貴枝氏の個人出版で来年1月発売の「夢半ば」(1〜4巻・文芸社)です。
 新春一月には、「文芸多摩」9号の作品感想に始まり順次月例会で討議対象として議論を進める予定です。
 完成した四誌は全国の文芸仲間や評論家に送付しました。交流会活動報告を同封し意見を求める事にしました。
 個々の同人会内部の合評で完結していた文芸同人会が寄り集まって相互の意見交換を行う事でより深い作品論が 生まれる事を願っています。文芸同志会の伊藤昭一さんも参加して各作品と各誌の特徴等に言及してくれています。
 今月末から徐々に作品感想等が返送されてくることでしょう。一月の会合で報告し全体の励みにします。
 多様な傾向の同人誌作品が集まりますのでその交流は難しい面もありますが交流会へ送付されて来る全国の同人誌 の期待も追い風にして文芸論の深化を作り出して行きます。
 具体的には、文学におけるドキュメンタリーと創作の関係ーー。物事の観察による描写の文学的表現とは、どういうものか、など参加者の実作に沿った議論など、熱の入った討論が行われています。進展の様子を報告して行きます。これまでの文芸交流活動で、参加者も定着してきました。さらなる活動継続で、内容の濃い集会になっていくでしょう。
☆町田文芸交流会事務局担当・住所〒252−0235神奈川県相模原市相生2-6-15、外狩雅巳方。
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北一郎「外狩雅巳『二十八歳の頃』の読み方」抄録
穂高健一ワールド・サイト「寄稿・あなたの作品」コーナー(9月1日付)
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 外狩A 外狩雅巳(とがり まさみ)=1942年、旧満州生まれ。仙台で中学卒業後、商店住み込み店員となる。その後、単身上京。工場労働者として労働運動に力を入れる。同人雑誌を中心に地域の市民文芸文化振興と小説執筆での作家活動を行う。
(著書参照:「この路地抜けられます」「十坪のるつぼ」) 

「相模文芸」32号の合評会に20人が参加=外狩雅巳

IMG_20160716_0001_1<「相模文芸」第32号。執筆者たちーー【小説】=「姫、峠越え」宴堂紗也/「片手のあした」本城確/「無情」木内是壽/「遠い日の面影(一)」横山緝子/「ある男の存在」えびな銀子/「人生の起承転結」外狩雅巳/「悪運」木下隆。【エッセイ】=「加藤武雄の文学について(一)」野口英次/「詠み直し」漂碌魂緋色実/「もっとしりたいポルトガル…」金井宏子/「時の流れを感じて(二)」竹内魚乱/「さらばさきくませや」中川久子。【俳句】=「おらがふるさと」伊藤博長。【詩】「じじの思い出」野田栄二/「雪の中の公衆電話ボックス」琴平早苗。【エッセイ】=「無痛の心臓バイパス手術体験記」木内是壽/「情けは人の為ならず」吉野さくら/「憧れのヨーロッパを行く」宮本肇/「信じられない話」出井勇/「やるまいぞ」登芳久/【小説】=「お姫畑幻譚」中村浩巳/「夢のある日々」外狩雅巳/「グランドツアー」竹内魚乱/「砂時計」五十嵐ユキ子/「ふきのとう」矢来あさ子/「野獣の最期」岡田安弘/「寧楽の皇女(二)」堀木東子。編集後記――など。表紙イラスト・五十嵐ユキ子>
  同人誌「相模文芸」を発行する「相模文芸クラブ」の会合が7月13日に行われました。20名が参加しました。
  35名程の会員なので求心力を「相模文芸」誌の合評会に置き、丁寧な運営をしています。
  月二回の会合も大半を作品合評に費やして内部充実に重点を置いています。
  会合は定刻一時半厳守で開始します。事務局長の司会で運営報告と討議を行います。
  会長挨拶後は事務局・会計・行事・編集の各専門部報告等を三十分以内に済ませます。
  通常2、3作品を二時間半かけて全員発言で丁寧な討論を展開しています。
  今回は32号の最初の合評です。巻頭作品の「姫峠越え」他一作を行いました。
  最初はエッセイ作品「さらばさきくませや」ですが2ぺージ足らずです。
  一時間かけて徹底的に解き明かします。テーマ・文体・タイトル等々です。
  更に後半の一時間半は巻頭作品に全員が集中し議論が尽きません。70枚の作品です。
  合評司会は毎回順番に全員が担当します。長編は時間の捌き方が問われます。
   当作品は「文芸同志会通信」で紹介されましたのでその写しを持参しました。
  北一郎氏の読みが発信され多くの人達が注目する事を作者にも伝えました。
  当作品は歴史小説と時代読み物の折衷がこなされていて会員には好評でした。
  一部には文語調の表現が未完成で指摘もされましたがリズム感のある作品です。
  作品の時代背景は兵農分離以前の戦国時代なのに人物描写は江戸風です。
  その結果、読者に感情が伝わり哀調あるテーマを読ませる効果もありました。
   感想一巡後に作者の説明が有ります。郷土史を読みこなし想像力で描いたそうです。
  多くの会員がプロ作家に近い力作だと讃頌しましたが作者も喜んでいました。
  こうした合評会を半年間も続けて毎号毎号にわたり徹底討論を行って来ました。
  結果、会員の読みは向上し発言も要領良くなります。勉強会として機能しています。
  半面、内部問題に満足し外部評や他会との交流に割くエネルギ-は少なくなります。
  「文芸同志会」など10の団体に送付しているので外部評も多く来ます。
  全国区で評価され通用する作品も多いので効果的な発信を考えたいものです。
☆町田文芸交流会事務局担当・住所〒252−0235神奈川県相模原市相生2-6-15、外狩雅巳方。
■関連情報= 詩人回廊「外狩雅巳の庭」
北一郎「外狩雅巳『二十八歳の頃』の読み方」抄録
穂高健一ワールド・サイト「寄稿・あなたの作品」コーナー(9月1日付)
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 外狩A 外狩雅巳(とがり まさみ)=1942年、旧満州生まれ。仙台で中学卒業後、商店住み込み店員となる。その後、単身上京。工場労働者として労働運動に力を入れる。同人雑誌を中心に地域の市民文芸文化振興と小説執筆での作家活動を行う。
(著書参照:「この路地抜けられます」「十坪のるつぼ」) 

文学とジャーナリズムを追う「星灯」第3号から=外狩雅巳

IMG_20160630_0001_1<「星灯」3号は、特集=夏目漱石没後百年。小森陽一「私を漱石研究者にした『こころ』、「教室で読む文学ー漱石『こころ』『坊ちゃん』」神村和美、「漱石の鼻毛と『吾輩』佐藤三郎、エッセイ記録「草津ハンセン病療養所」本庄豊などが掲載されている(価格900円)。本誌は書店販売でないので、入手には郵便振替☆0180−7−513699☆星灯編集委員会。または〒182−0035東京都調布市市上石原3−54−3−210へ。>
  文芸誌として発行されてきた「星灯」は、第3号を6月25日に第3号を刊行しました。まだ書店販売はせず購読は郵便振替です。
  編集発行責任の北村隆志氏の努力の結果だと思います。北村氏は多面的に活躍中です。
  今年の年賀状は赤旗編集局が印刷した文面のハガキに御自分の氏名を追記して届きました。
  赤旗記者でもある北村氏は今回の星灯にもその旨を明記した挨拶文を添付してありました。
  更に先日は、文芸同人誌「クラルテ」も送って頂きました。この同人会でも活躍しています。
  雑誌「民主文学」では主要な評論執筆者として7月号・五月号などに書き続けています。
  「星灯」3号では評論「加藤周一論」の連載二回目を掲載しています。
  カトリック宗教とサルトルや社会主義に触れて持論を展開しています。ヒューマニズムが必然的に社会主義に発展してゆくと紹介しています。
  星灯を文芸誌として発展させようと努力している北村氏の活躍に注目しています。
  民主文学やクラルテなどでの執筆と組織活動は毎回期待して読んでいます。
  特に「民主文学」が5月に発行した550頁に及ぶ「50周年臨時増刊号」の評論も読みました。
  評論「ニヒリズムからコミュニズムへ」は民主文学は戦後文学の主流だと説いています。
  一貫した論旨で書き続ける北村氏は、現在の民主主義文学運動の旗手として先頭に立っています。
  真実を伝える国民共同の新聞だと書かれた年賀状の文面を、文芸運動で体現しようとしています。
  私は青年期に洋画の「誰が為に鐘は鳴る」で感動し革命運動の裏表を読み体験し続けて来ました。
  一筋縄では進められない事も見聞し現在は多くの同人誌作品を読む原点にしています。
  六月十日に「群系」36号の感想を掲載した時も、敢えて国粋傾向の著者作品を取り上げて見ました。
  文学の流れでは人間社会の裏面まで観察し表現され、綺麗ごととしてのヒューマニズムは疑問視されました。
  戦後派作家のコミュニズム体験から共産党離れになった経過は周知され文学趣味者の常識化されました。
  それでも、純粋に主義主張の達成に意気込む人たちとその文芸活動は民主文学として広がっています。
  町田での文芸交流会に参加する民主文学町田支部の皆さんの作品を興味深く読み続けています。
  「星灯」3号の製本も本格的です。実売千部なら胸を張って商業雑誌に伍してゆけるのではないでしょうか。
  実力も知名度も意欲も気力も十二分に備わった北村氏なら達成できるかも知れません。毎回送付してくれる誠実な北村氏と仲間達の今後を祈っています。
☆町田文芸交流会事務局担当・住所〒252−0235神奈川県相模原市相生2-6-15、外狩雅巳方。
■関連情報= 詩人回廊「外狩雅巳の庭」
北一郎「外狩雅巳『二十八歳の頃』の読み方」抄録
穂高健一ワールド・サイト「寄稿・あなたの作品」コーナー(9月1日付)
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 外狩A 外狩雅巳(とがり まさみ)=1942年、旧満州生まれ。仙台で中学卒業後、商店住み込み店員となる。その後、単身上京。工場労働者として労働運動に力を入れる。同人雑誌を中心に地域の市民文芸文化振興と小説執筆での作家活動を行う。
(著書参照:「この路地抜けられます」「十坪のるつぼ」) 

「海」第二期16号(福岡県)の中野馨「機縁因縁」に感銘

  福岡県の文芸同人誌「海」第二期16号は、通巻では83号となる有力同人誌です。読ませる作品が満載で即座に感想を書きたくなりました。
  中野馨「機縁因縁」という小説が引き込まれます。新聞記事の殺人事件を下敷きにした作品です。
  大村人志と日野真理の二人の若者が犯した保険金目当ての殺人事件。駐在所巡査の心境を多く書き込んでいます。
  事件記事の表現に類似した記述が、登場人物や推移と俯瞰的な全体像を上手に扱えて、真迫力の作品になっています。
  若い恋人同士の結びつきを善意に扱い凶悪殺人の別面を読者に読ませる手腕に乗り深く読み込みました。
  下級警官の人生と、官僚組織の歪みも読ませるし、多面的な作品進行が無理なく読める構成に感心ましした。
  作者の意気込みも良く分かり、良い題材を上手に処理する方法には、作者から判断を任せられてしまいました。
 巻頭の言葉から巻末の運営報告まで覇気が漲っていて、文芸同人会の一つの有り方を読み取らせて貰いました。
  編集発行人の有森信二氏は以前「文学街文庫」で一緒になり、ずうっと送付を受けてきたので親密感もあります。
  が、美装で160頁の同人雑誌を運営する実態は今一つ判りません。情熱だけでは継続出来ないだろう。
  12人の同人一覧が載っています。各同人から12000円の同人費で運営出来るのだろうか。頁千円の加算もあるが。
  文芸同人誌「相模文芸」は50万円程度、「群系」は80万円程度の製作費と通信費などの運営費が必要になっているのです。
  寄贈誌も20程あるらしく返送にも費用が必要でしょう。「文芸同志会」にも送ってきています。あとがきには会員が全国に散在し意思疎通に苦労している実態や加入要請も掲載されています。
  翻訳も掲載したり、一人で三作品も掲載したり、苦心の跡を見るにつけ乗り越える情熱を感じます。
  良好な同人関係をもてる方の加入を募るという文に運営担当者の苦労が分かり文芸に書ける気負いも感じます。
  私は「相模文芸クラブ」発足時に、普遍的な運営手法を求めて無難な市民友好会的な処に活路を求めました。
  無料の施設での月例会で懇親すれば、会費納入も納得し多数の会員から多額の集金が出来るのです。
  集金の過半は同人誌作成費に使えるので掲載費は頁千円となり、多数の作品が集まるという事です。
  一人で二作品以上は掲載出来ず、広く多くの作品で全員参加の実感をと規則を作っています。
  高齢化で意欲減退に直面したら「海」の製作・運営はどうなるのでしょうか。個人負担を貫くのでしょうか。
  町田文芸交流会では様々な運営を行う会同士が経験交流も行います。個人が支える実態も良く分かります。
  送られてくる全国の同人誌の運営実態も興味があり、人間の集団としての文芸同人会を追求しています。
  同人誌「文学街」は月刊です。森主宰の情熱を引き継ぐ人は現れるのでしょうか。多くの文芸同人誌を観察中です。
☆町田文芸交流会事務局担当・住所〒252−0235神奈川県相模原市相生2-6-15、外狩雅巳方。
■関連情報= 詩人回廊「外狩雅巳の庭」
北一郎「外狩雅巳『二十八歳の頃』の読み方」抄録
穂高健一ワールド・サイト「寄稿・あなたの作品」コーナー(9月1日付)
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 外狩A 外狩雅巳(とがり まさみ)=1942年、旧満州生まれ。仙台で中学卒業後、商店住み込み店員となる。その後、単身上京。工場労働者として労働運動に力を入れる。同人雑誌を中心に地域の市民文芸文化振興と小説執筆での作家活動を行う。
(著書参照:「この路地抜けられます」「十坪のるつぼ」) 

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