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伊藤昭一ジャーナル★運営「文芸同志会」の郵便振替口座=00190−5-14856★「文芸同志会通信」&「詩人回廊」運営。  

作家・外狩雅巳のひろば

価値観の並行する文芸交流会の5月会合報告=外狩雅巳

 町田公民館を拠点としている、文芸交流会は、今年の上半期において順調に進んでいます。新しく朱鳥草さんが月例会参加回数が増えました。
 上期の成果も広がっています。先月の会合では、同人誌に掲載されたジャンルの評論、エッセイ、小説の在り方について、突っ込んだ話し合いが、行われました。何を書くべきかという意欲と、その価値観についての違いが明らかになり、参加者それぞれの主張は平行線に終わりました。今後も並行した価値観で交流が継続しそうです。
 文芸同志の伊藤昭一さんが『文学が人生に役立つとき』を発行しました。発行日は3月1日です。菊池寛を研究分析し紹介した120頁の小冊子です。
 さらに、朱鳥さんはこれまでの創作を交流会に披露しています。はがき短詩通信は80号となり、ツイッターでも毎週短詩投稿を発表中です。そして毎月発行の『詩的芸能小屋・ほのか座』も印刷配布してくれました。交流会という作品検討会の場を得て他者作品への鑑賞・評価も活発に発言しています。《参照:詩人回廊」》
  岡森さんは三月に「みなせ」78号を発行し、六月には79号を発行する超スピードで同人雑誌運営を継続中です。毎号百枚以上の作品掲載でみなせ文芸の会を盛り上げています。
 特に活躍中なのは小野由由貴枝さんです。著書の発行と発表の両輪で大奮闘しています。。《参照:小野友貴枝のひろば
 昨年は『夢半ば』と言う四巻本を発行し、今年は姉の短歌集の編集発行に取り組んでいます。
 そして発表では二つの雑誌に掲載しました。まず文芸思潮誌の68号に応募当選しました。
 『魂を奪われて』と言う作品がが第12回文芸思潮エッセイ賞で佳作入選しました。日記集発行の体験など綴ったさくひんです。又、評論同人誌・群系40号にも作品掲載を行いました。
 六月にはこの小野由貴枝作品の感想会を行う予定です。
☆町田文芸交流会事務局担当・住所〒252−0235神奈川県相模原市相生2-6-15、外狩雅巳方。
■関連情報= 詩人回廊「外狩雅巳の庭」
北一郎「外狩雅巳『二十八歳の頃』の読み方」抄録
穂高健一ワールド・サイト「寄稿・あなたの作品」コーナー(9月1日付)
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 外狩A 外狩雅巳(とがり まさみ)=1942年、旧満州生まれ。仙台で中学卒業後、商店住み込み店員となる。その後、単身上京。工場労働者として労働運動に力を入れる。同人雑誌を中心に地域の市民文芸文化振興と小説執筆での作家活動を行う。
(著書参照:「この路地抜けられます」「十坪のるつぼ」) 

町田文芸流会の2月報告!ハガキ通信の表現活動家も参加

IMG_20180320_0001_1<朱鳥草(あかみとり・そう)氏の短詩通信はがき編の一部。ブログ「詩的芸能小屋ーほのか座」を発信している>
   町田文芸交流会の会合は2月19日に町田公民館で行いました。
 新たに、朱鳥草さんが参加して8名で「相模文芸」35号の感想を交わしました。
 朱鳥草さんは、あかみとりそうと読むそうです。「はがき通信」を発行しています。
 隔月刊ではがき一枚に一遍の詩が掲載されています。現在79号です。
 「相模文芸」第35号の感想では外狩作品の文体や構成なども話し合われました。
  三月会合は27日に町田公民館で「みなせ」77号の感想討論を行うう予定です。
  現在「相模文芸」36号の編集が始まりました。「みなせ」78号も編集中です。
  文芸交流会参加の民主文学町田支部と秦野文学同人会の次号も待たれています。
  さらに、文芸同志会の伊藤代表が作品を「」第36号への記事提供で活動し、町工場の現場取材記事と、「文学フリマ物語消費」を掲載しました。
  四月は伊藤さんの作品感想を予定して配布の準備を行っています。
  五月会合も場所確保が出来たので対象作品などを集めたいと思っています。
  さらに、昨年夏に行った同人誌展示会も恒例化を考えています。
  今年の夏、来年の夏、再来年の夏と定期開催できればと構想を練っています。
  文芸同人会相互の交流は意義がありますが実行には手数がかかります。
  全関東の同人会が発行誌を持ち寄り討議した関東交流会も過去にあります。出来るところから手掛けています。
 ☆「文芸同志会」伊藤昭一代表のコメント=朱鳥草氏のはがき通信の試みは大変有意義に思える。それは文学作品は、ほとんどの多くの人に読まれることがない。本来は、一人に読んでもらえば、それで充分。伝達した事柄に興味を持ってもらうための、有力な手段だと思うのが、朱鳥草氏のハガキ通信である。読者の獲得は一人からしか始まらない。とくに、葉書通信79号は「どこかのきみ に」と想定した一人にむけた、生きることへの意志を作者なりの感性で伝えようとする精神性が光る。また、ものを伝える場合、真面目7、8割、ユーモア2、3割というのが最適という定説に合う方向性が見られるので、根気よく活動しているのは好ましい。 
☆町田文芸交流会事務局担当・住所〒252−0235神奈川県相模原市相生2-6-15、外狩雅巳方。
■関連情報= 詩人回廊「外狩雅巳の庭」
北一郎「外狩雅巳『二十八歳の頃』の読み方」抄録
穂高健一ワールド・サイト「寄稿・あなたの作品」コーナー(9月1日付)
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 外狩A 外狩雅巳(とがり まさみ)=1942年、旧満州生まれ。仙台で中学卒業後、商店住み込み店員となる。その後、単身上京。工場労働者として労働運動に力を入れる。同人雑誌を中心に地域の市民文芸文化振興と小説執筆での作家活動を行う。
(著書参照:「この路地抜けられます」「十坪のるつぼ」) 

「相模文芸クラブ」運営に年初から盛況の現状=外狩雅巳

IMG_20171222_0001_1<「相模文芸」の最新号35号。表紙イラスト・松尾靖子。>
 相模文芸クラブの「相模文芸」誌は、昨年末に35号を発行。1月2月の会合で作品合評を進めている。
  記録寒波到来の中。一月24日は18名、二月6日は17名と盛会である。
  二月6日の合評大賞作品は武内魚乱『コバルトブルー』という小説である。青春の回想記風の作品、沖縄の小島に行く大学生二人が主人公。
  ドラマ性・ストリー生は薄いが輝く南国の風景と日常描写が生きた書き方である。人物に寄り添い浮かび上がらせれば好短編なる可能性を秘めている。
  竹内氏は35名の大集団である相模文芸クラブの日常運営に尽力中である。月二回の合評会の運営と連絡を正確に続けている。会系・編集などの役員を集めての役員会も取り仕切っている会の大黒柱である。
その中での執筆。とくに33号の作品『カタ屋さん』も同じ青春の回想記風作品で好掌編として内外の評価もむ高かったので今回も期待して読んだ。
  人物の立ち上がりやドラマ性への指摘もあったが今回も好意ある評価だった。
  18年前の創刊当時のメンバーはほとんど高齢で引退し60代の第二世代となっている。その新生相模文芸を主導する竹内氏。作家であり組織活動家でも手腕を振るう彼に大いに期待している。相模文芸創刊者としてここまで育った会を誇りに思いたい。
☆町田文芸交流会事務局担当・住所〒252−0235神奈川県相模原市相生2-6-15、外狩雅巳方。
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北一郎「外狩雅巳『二十八歳の頃』の読み方」抄録
穂高健一ワールド・サイト「寄稿・あなたの作品」コーナー(9月1日付)
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 外狩A 外狩雅巳(とがり まさみ)=1942年、旧満州生まれ。仙台で中学卒業後、商店住み込み店員となる。その後、単身上京。工場労働者として労働運動に力を入れる。同人雑誌を中心に地域の市民文芸文化振興と小説執筆での作家活動を行う。
(著書参照:「この路地抜けられます」「十坪のるつぼ」) 

町田文芸交流会の新年会合で「文芸多摩」10号を鑑賞=外狩雅巳

  文芸交流会の新年会合を1月14日に町田公民館で行いました。参加者は民主文学町田支部からの三名と文芸同志会の伊藤さん、外狩の五名です。風邪気味とか家庭事情等で半数が欠席でしたが参加者の作品感想を行いました。「文芸多摩」10号の作者が三名出席しましたのでこの合評をしました。
 民主文学町田支部の支部誌である文芸多摩10号には支部員全員四名が掲載しています。小さな会ですが創作意欲のある事がわかります。
 その上、欠席の方は前回の市長選挙候補者で今回も当日が事務所開きと重なりました。他の三人も事務所開きに参加し早退しての交流会参加となりました。
 さらに、その一人は末期がんのステージ4の可能性を告げられている体調を押しての参加なのです。
 多忙な政治活動中でも創作意欲旺盛な会です。作品感想も真摯に応答しての二時間が凝縮された会合となりました。
 批評同人誌「群系」39号に作品掲載された小野光子さん作品感想は二月回しになりました。二月は19日に相模文芸35号の感想等も行います。
 ☆〜文芸同志会からの記録寄稿〜☆
 ここでは、同人誌「文芸多摩」10号の会員が参加したので、参加者の作品をそれぞれ重点的に読後感想を述べ合った。そこから、作品の概要をピックアップする。
【「常識のかけら」一条まさみ】
 キミエという社会人になりたての女性が、アパートを借りて、神田の小さなデザイン会社に勤める。そこで社会の仕組みを学ぶことを、常識のかけらを知るという意味のようだ。
 時代は明確でないが、デザイン会社でキミエが業界新聞の題字のレタリングを定規やフリーハンドでおこなっているところや、生活事情から、戦後の復興期の時代と推察できる。
 父親は結核療養中で、母親は同病で若死にしたなかで、零細企業の社員の生活が描かれる。生活上の苦しい状況の描写に重点を置かず、若さ生活力をつける軽い描き方に、工夫がみられる。ただし、作者の話によると、家庭内の状況には大変な苦労があったそうである。ただ、それをは省いたことで、明るいトーンで話のまとまりが良くなった。
【「『穴熊』と少年恵介】
 恵介少年が国民学校6年の時に、太平洋戦争がはじまった。場所は四国山脈の眉山の麓である。なにも疑わず国民全体が、国の大本営発表を信じ、日本人が一体となって戦意高揚に戦争を支持する勢いが描かれる。主人公は、少年の恵介であるが、作者は少年の視線をもとながら、冷静な筆使いでそれを客観的に描く。
 「穴熊」というのは、城東中学校の校長に生徒たちがつけた渾名である。内心は世相に批判的だが、とにかく良心に従って、生徒の勉学をすすめた。ただし、成績優秀生徒が、陸軍や海軍の士官学校に進もうとすると、それを押しとどめて他の進路をすすめたので、世間から批判されることもあった。
 米軍の空襲で多くの民間人が焼夷弾で焼け死ぬなか、「穴熊」は、自らの危険を顧みず逃げ遅れた生徒が合いないか、見回る「穴熊」の姿を少年は見る。なかでも、天皇陛下の御真影を守るために命がけの活動をする国民たちの姿を描いているのは、象徴的である。
 敗戦がわかった少年は、<なんだ! 日本は神の国ではなかったのか><国や神様がウソを教えて来たのか>とわかり、<もうだまされないぞ。自分で考えるのだ>と少年は決心する。校長の「穴熊」は戦後、郷里の岡山に帰り、裁判所の判事を務めたという。
 少年時代に、個人よりも国家集団を優先した時代。神の国とsれたその雰囲気と考えが敗戦で一変してしまった時代の一番の被害者の立場が、静かで冷静な調子でよく示されている。
【「10歳の階段」原秋子】
 メイコは小学4年生で、その学校での運動会などの生活ぶりが描かれる。運動会では、リレーには出るが、ソーラン節などのダンス競技には、誘われても出ない。自分は、皆のように熱心に練習をしていないのに、一緒に踊るにはふさわしくないと感じるからだ。また、徒競争では身体の不自由な生徒に、ハンデをつけて走らせていることに、当人はそれをどう感じるのだろうか、と思ったりする。とにかく論理性のある考えをするのだ。
 一見、童話的な調子の中に、生活はどうあるべきかを、大人に考えさせるという思想をもった作品であることがわかる。そう見ると、興味が湧く形式の作品である。
☆町田文芸交流会事務局担当・住所〒252−0235神奈川県相模原市相生2-6-15、外狩雅巳方。
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北一郎「外狩雅巳『二十八歳の頃』の読み方」抄録
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 外狩A 外狩雅巳(とがり まさみ)=1942年、旧満州生まれ。仙台で中学卒業後、商店住み込み店員となる。その後、単身上京。工場労働者として労働運動に力を入れる。同人雑誌を中心に地域の市民文芸文化振興と小説執筆での作家活動を行う。
(著書参照:「この路地抜けられます」「十坪のるつぼ」) 

「相模文芸」第24号の合評進行内容から=外狩雅巳

IMG_20171222_0001_1<「相模文芸」の最新号35号。表紙イラスト・松尾靖子。ことばー「JR相模原駅北側付近」在日米軍相模総合補給廠を望む風景が一変する日も近い。終戦から70年有余年に亘り米軍に提供されてきた補給廠だが、2014年の土地の一部返還により、南北を貫く”縦貫道”が完成した。開発が進むに連れて、様々な土地活用による、新たな相模原の発展が期待されるーー>
   今年最後の相模文芸クラブ会合となる「相模文芸」誌第34号の合評会を12月20日に行いました。
   24人の参加で盛大になり司会進行に苦心しました。
   輪番で外狩雅巳が、進行係になりました。論評の対象作品は二作です。
   時代物語長編の完結なので全体像と粗筋も配布しました。 今回で完結した堀木東子「寧楽の皇女」です。
   歴史小説に不慣れな人達が絶賛する中で、数人が粗筋的に年号の経過を追い、細部の描写が粗いと指摘しました。
   職業作家並みの作品と、盛り上げる感想に歯止めを掛け、同人誌作品の内実を正確に読み取る会員も存在しました。
   35名の大所帯文芸同人会ですが練達の読み手もいます。
  討論を纏め作者の納得と説明も入れ込んで終了出来ました
  地域文芸同人会の「相模文芸クラブ」の会員募集記事が、模相模原市の広報に掲載されたことで、問い合わせもあり、来年に向け飛躍が予想される会合になりました。
  二次会は忘年会です。20名が参加しました。
  更にカラオケ大会へと続き勢いは盛んでした。
  「相模文芸」誌最新号の第35号も配布され来年も盛り上がる事でしょう。
  ちなみに、前回の「相模文芸」34号の作品合評会では、「文芸思潮」誌の第12回エッセイ賞に応募し、受賞した作品の件で討論しています。その 会員の受賞作品を掲載しました。作者同席での合評会でした。
  長崎の軍艦島での労働者の過酷な実態が迫力のある書き出しで紹介されています。読ませる作品なのですが、創作的な作り方になっています。作者である主人公の想像力で披露される修羅場が問題になりました。作者も席上で作り話だと種明かしをしました。しかし選考委員は、聞き語りとして作者が創作したのではないのでエッセイだとしました。
  創作と随筆の違いを巡り会合で討論し二次会でも話題にしました。同人誌の目次もエッセイに分類しましたが納得できないとの感想もあり問題は今後に持ち越されました。
  同人雑誌の作家からの応募を大切にしてくれる「文芸思潮」誌は会員の目標になっています。これまでも数名の会員が応募して入選などを果たしています。
☆町田文芸交流会事務局担当・住所〒252−0235神奈川県相模原市相生2-6-15、外狩雅巳方。
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北一郎「外狩雅巳『二十八歳の頃』の読み方」抄録
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 外狩A 外狩雅巳(とがり まさみ)=1942年、旧満州生まれ。仙台で中学卒業後、商店住み込み店員となる。その後、単身上京。工場労働者として労働運動に力を入れる。同人雑誌を中心に地域の市民文芸文化振興と小説執筆での作家活動を行う。
(著書参照:「この路地抜けられます」「十坪のるつぼ」) 
 

賛否両論!自由な感想の町田文芸交流会11月例会=外狩雅巳

 町田文芸交流会12月3日の月例会には、相模文芸クラブ、文芸同志会、秦野文学同人会、民主文学町田支部、みなせ文芸の会から7名が参加して行われました。
今回は雑誌「みなせ」76号が、読後感想の対象になりましたので出席した岡森氏の作品を中心に討論を行いました。
  岡森利幸作品『オブジェクション(156)挑発編』は12のニュースを挑発というテーマで紹介、解説した110枚の力作です。北朝鮮のミサイル問題や、ビルマのロピンギャ族弾圧問題などを新聞、雑誌等を調べ、情報源を明記して追求しコメントするスタイルの作品です。メディア報道の与えるイメージに対して、岡森氏が視点を変えて異論を述べるというスタイルで、一貫しています。
   小説などの創作と比較して労力の無駄ではないか等との追及がある一方、文芸同人誌には、社会問題のみを論議する場をもつことは少なく、現代における社会性を持つので、意味があるなどに意見も出て、このジャンルをどう評価するか議論しました。
   本誌を発行する「みなせ文芸の会」は10名以上のメンバーを抱える同人会。詩歌や小説等の著者層も多彩で、それをまとめるための工夫も話し合われました。
  また、民主文学町田支部からは3名の出席があり、会員の拡大にどういう活動をするか、また誤植があると、読む意欲が減るという意見もあって、対応に工夫が必要という、状況がわかりました。町田市を拠点とする文芸交流会から元気と知恵を持ち帰って、会員拡大に活用してほしいものです。
 当日は民主文学町田支部の雑誌「文芸多摩」10号が刊行されたということで、配布されました。また、近日中に「相模文芸」35号(相模文芸クラブ)が発行されますので、来年も順次作品感想を行ってゆきます。
   本誌は、発足時は五十号、百号を目標に血気あふれていましたが75歳になりました。11月21日の相模文芸クラブ合評会には21名の会員が出席しました。 会合で出された感想や意見・質問などから多くの問題点がわかりました。 まず作者と評者の立場の違いの大きさを見ました。さらに、「文芸思潮」誌まどの懸賞応募と選考結果の問題も話題になりました。運営や経費についても話し合われました。
  相模文芸クラブも例に漏れず高齢化が進んでいます。創刊当時の会員は大半が会を去り現在は入会五六年の中堅が役員を引き受けて運営しています。月会費1300円・掲載費1頁900円で200頁前後の雑誌を年二回、250部発行しています。月二回の集まりは忘年会・新年会・旅行・その他の企画行事を除き年間20回程度の合評会に費やしています。年二回発行の各号に掲載される50作品程度を毎回23作品づつ消化してゆきます。午後の二時間半を使い全員感想発言で充分に討論しています。
☆町田文芸交流会事務局担当・住所〒252−0235神奈川県相模原市相生2-6-15、外狩雅巳方。
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北一郎「外狩雅巳『二十八歳の頃』の読み方」抄録
穂高健一ワールド・サイト「寄稿・あなたの作品」コーナー(9月1日付)
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 外狩A 外狩雅巳(とがり まさみ)=1942年、旧満州生まれ。仙台で中学卒業後、商店住み込み店員となる。その後、単身上京。工場労働者として労働運動に力を入れる。同人雑誌を中心に地域の市民文芸文化振興と小説執筆での作家活動を行う。
(著書参照:「この路地抜けられます」「十坪のるつぼ」) 
 

文芸交流会10月の会合は、参加者の作品評が活発=外狩雅巳

  町田文芸交流会は10月31日、町田公民館で開催しました。参加者は「みなせ」誌の岡森利明氏、文芸同志会代表、伊藤昭一氏、民主主義文学会町田支部の「文芸多摩」誌会員から、原さん、佐久さん、佐藤さんの3名が参加して『文芸多摩通信14』の作品合評も行い盛り上がりました。秦野の文学同人会の同人欠席で計6人でした。
IMG_20171102_0001_1<「文芸多摩通信・14号」。表紙絵「白い塔のある風景」小平盛平。小冊子ではあるが、内容は文芸作品が多く、単なる会員連絡誌として、もったいないほど充実している。>
 会合では『文芸多摩通信14』の作品合評を行いました。この通信は本誌「文芸多摩」の発行を補助するための小冊子です。第27回全国大会報告」(木原信義)のほか、エッセイ「キクあっぱと楽茶碗」(原秋子)、旅行記「米寿記念・ドイツの旅ー後編」(佐久健)、さらに短歌などが、掲載されています。
 出席者によって書かれた「キクとあっぱと楽茶碗」と、旅行記「米寿記念・ドイツの旅ー後編」を優先して、読後感想を述べあいました。
 「キクとあっぱーー」については、岡森氏がーー次のような感想を示しました。−−前半にY先生と、陶芸家として出世したエピソードが語れている。しかし、主役はキクあっぱになる。「私」とキクあっぱとの関係がわかりにくいが、キクとあっぱとは、「私」が子供の頃に見聞きしたホームレスの女性なのだろう。狂ったといわれる女性はまともな生活ができず、物乞いをしたり、子供に石を投げられたりしていたとは哀れだ。彼女に何があったのかを「私」は想像している。不幸な人だったのだろう。時代が悪すぎたようだ。−−
  さらに「ドイツ旅行(後編)については、−−家族でドイツに旅行したことを要点を抑えて、わかりやすく書いている。なかなか行動的な人たちだ。主要な観光地をめぐることができ、結果的に楽しい旅行で満足したことが伝わってくる。写真も効果的に入れている。音楽会の切符を買っていなかったり、列車の切符がなかなか買えなかったり、するに財布をとられたり、乗り過ごしなど、はらはらするところもある。−−と評していた。
  作者たちは、作品を丁寧に読み、他の会員外の人から読んで批評まで受けられる交流会を評価していました。会内部でも聞けない外部意見を、貴重だと受け止めています。
  創作姿勢や社会認識は評価しても文章として欠点があれば具体的に指摘する外部評を前向きに受け入れました。
  その上で、作者の意向も尊重し今後の精進を期待するのが交流会での合評なので和気藹々で進行出来ました。
  民主文学町田支部は素直に創作に向かう人たちで構成された可能性を秘めた会だと再確認しました。
  七月の展示会にも出展し外部との接触に積極的な会なので作品感想も歯に衣を着せず話し聞いてもらえた事が大きな成果だとおもいます。次回は12月3日が予定されています。
       ☆            ☆
  文芸同志会(伊藤代表)は、文芸作品としてのエッセイ「キクあっぱと楽茶碗」(原秋子)について、次のような感想を示している。ーーまず、この話は、作者の少女期の記憶をもとに、父親の知り合いの教師が、芸術的陶芸として価値のある茶碗をかつての教え子作ったと見せてくれた出来事からはじまる。その陶芸家は、少年期に、物乞いをしていた「キクのあっぱ」という浮浪者のもっていた茶碗をみて、その美しさに心を打たれ、陶芸家になる決心をしたのだという。当時、東北地域で「キクのあっぱ」というのは、キクというひとのおかあさん、という意味で、「あっぱ」というのは、東北のその地域での庶民階級での用語で、上流階級では使っていないという。
 その時代に、いわゆる乞食的な風采で、精神に変調をきたしている様子で、町の篤志家がいつも、食事を提供していたという。そういうことを、おぼろげな記憶のなかから、時代と町の雰囲気を伝える、大変文芸味のあるエッセイっとなっている。町の篤志家の存在も、人情のゆるやかな時代をかんじさせる。
 同時に、現代では乞食は死語となり、いわゆる物貰いは存在しない。ホームレスは、アルミ缶拾いで生計をたて、乞食ではない。
 作者は、ここで事実を語り、その印象を記すという作業をいったん終わったので、気持ちが済んだことであろう。内容的には大変文芸的な詩情をふくんでいる。
 この素材を書き捨てにするのではなく、なぜこの事柄が、いまだに心に残るのか、他人が「キクのあっぱ」としか呼称しなかったことに対する、自分の反感の元は、どこにあるのか、こういうことを文章追求しながら、再構成して書くと、独特の小説になると思う。ーーここまでは思い出せるが、その先はわからないということを追及し表現することも文学世界ならではの表現だと考える。
☆町田文芸交流会事務局担当・住所〒252−0235神奈川県相模原市相生2-6-15、外狩雅巳方。
■関連情報= 詩人回廊「外狩雅巳の庭」
北一郎「外狩雅巳『二十八歳の頃』の読み方」抄録
穂高健一ワールド・サイト「寄稿・あなたの作品」コーナー(9月1日付)
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 外狩A 外狩雅巳(とがり まさみ)=1942年、旧満州生まれ。仙台で中学卒業後、商店住み込み店員となる。その後、単身上京。工場労働者として労働運動に力を入れる。同人雑誌を中心に地域の市民文芸文化振興と小説執筆での作家活動を行う。
(著書参照:「この路地抜けられます」「十坪のるつぼ」) 

町田文芸交流会のアナログ&リアルな活動=外狩雅巳

  二年前から、町田の公民館を拠点に文芸交流会を開催し、文芸同人会相互交流を求めて行動しています。
  その主な手法は、顔と顔を合わせ、会話をすることに重点を置いたアナログでリアルなものです。
  特に「相模文芸」誌の発行時や、展示会開催時などに、顔の見える会合を行っています。
  活動の情報を全国的に郵送し、近郊の会には交流会見学を勧めました。
  近郊には多数の同人会があり特に町田市で活発です。
  秋に入り大田区や横浜市の五つの会から連絡が来ました。
  多くは自分たちの会の活動優先のため、日程があいません。
  そうしたなか、町田市からの積極的な連絡がありました。
  町田公民館で探した「町田市詩話会」からです。
  −−近隣で提携し合って歩みを進めることは良いことと存じます。機会があればお声かけて頂きたいと思います−−というものです。
  町田市では『文芸多摩』を発行する民主文学町田支部から数人が参加していますので、良い論議が進みそうです。
  この他にも「ベルク」誌を発行する『ベルク事務所』とも連絡中です。
  さらに、先月には町田市役所・町田文学館等へ行き文芸愛好家市民との文化事業起こしを提案しました。
  今月末の交流会合で報告し今後の方向を討議いたします。
  各文芸同人会会員は、自己の方向性に合わせた活動を行います。ネットを利用しないで読まない人もいます。そのためにもアナログ的な活動が有効となるのです。
  詩歌・評論・散文と各会の大勢により評もそれぞれです。
  外部の意見や活動を参考にすることも大切でしょう。
  年末には各会の同人雑誌発行が続きます。相互交換の後に交流会合を行い各会の多様な読み方や意見を交わします。
  町田市と相模原市を中心にした近隣への働きかけを続けて、文芸交流のアナログでリアルさを中心とした一つのモデルを創り出す事を求めていきます。
.☆町田文芸交流会事務局担当・住所〒252−0235神奈川県相模原市相生2-6-15、外狩雅巳方。
■関連情報= 詩人回廊「外狩雅巳の庭」
北一郎「外狩雅巳『二十八歳の頃』の読み方」抄録
穂高健一ワールド・サイト「寄稿・あなたの作品」コーナー(9月1日付)
――――――――――― ☆ ――――――――――
 外狩A 外狩雅巳(とがり まさみ)=1942年、旧満州生まれ。仙台で中学卒業後、商店住み込み店員となる。その後、単身上京。工場労働者として労働運動に力を入れる。同人雑誌を中心に地域の市民文芸文化振興と小説執筆での作家活動を行う。
(著書参照:「この路地抜けられます」「十坪のるつぼ」) 

町田文芸交流会と各地の文芸同人会の現況=外狩雅巳

 7月に開催した文芸同人雑誌展示会(町田市公民館)の反響と、情報呼びかけの結果が徐々に表面化しています。
  受贈した同人雑誌や連絡情報、お便りの着信等を幾つか提示します。
  (厳飮錙あるかいど」の同人作品による『あるかいどアンソロジー』は700頁と分厚く同封メモもあります。
 文芸同志会通信サイトでの「あるかいど」62号作品紹介の礼状も兼ねています。
IMG_20170928_0001_1<文芸同人誌「札幌文学」86号>
  ∧厳歹運融錙峪ニ敲験悄廝牽狭罎根保氏から届きました。高岡啓次郎氏も参加。 200頁超の手頃な同人雑誌で私の所属するクラブの「相模文芸」誌と同程度です。
  発行費用も50万円程かと思っていたら根保氏がブログで行政補助が あるので作品参加者は助かると内情を知らせています。
展示会なども行い活発な様子も編集後記でわかります。一部引用します。「−−昨年の暮れから春にかけ、同人が一挙に増えた。前号の頁に載せた「新同人募集」や、北海道新聞が1月から始めた「文芸同人誌の現在」で取り上げられた札幌文学に関心を寄せられたのか、入会問い合わせが相次いだ。以前から札幌文学は、実力ある同人の作品発表の場であって、新人育成の場ではない、といわれてきた。加入するには同人の推薦も必要だった。だが、十年ほど前、反対はあったが編集方針に「文学を志す新人に広く門戸を開く」を加えた。さらに、本年から同人費を年間二千円とした。高い敷居を一気に低くしたのである。発行は年2回で、発行の前後に開く例会では、個々の作品評や作品指導も行う。それが理由ではないと思うが、男性中心だった札幌文学は、今は女性同人も加わって彩り豊かな、そして賑やかな文学会に豹変した。周辺では同人現象によって、廃・終刊が目立つとき、札幌文学会のこうした運営は、広い視点から見ると同人誌の裾野を広げ、新しい方向に進む発展の一つと確信している。同人の高齢化は防げないが、同人誌が衰退状況へ進むのは防げる。それは文学を志す新しい書き手を掘り起こす努力を惜しまないこと、ではないのか(田中和夫)」ーー。
 「短詩通信」は、八王子の朱烏草氏のはがき1枚の個人誌です。 近郊の同人会や愛好者に交流会案内を送付した返事として来ました。 例会参加も考慮中とメモがあります。あかみとりと読むそうです。
  ぁ嵬擽」を送付してくれたのは「群系」誌の同人仲間の土倉さんです。小野友貴枝さんの作品「会長ファイル」の掲載を喜んでいます。
  各地からの連絡に応えて交流会参加や展示紹介なども要請して行こうと思っています。今後が楽しみです。
.☆町田文芸交流会事務局担当・住所〒252−0235神奈川県相模原市相生2-6-15、外狩雅巳方。
■関連情報= 詩人回廊「外狩雅巳の庭」
北一郎「外狩雅巳『二十八歳の頃』の読み方」抄録
穂高健一ワールド・サイト「寄稿・あなたの作品」コーナー(9月1日付)
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 外狩A 外狩雅巳(とがり まさみ)=1942年、旧満州生まれ。仙台で中学卒業後、商店住み込み店員となる。その後、単身上京。工場労働者として労働運動に力を入れる。同人雑誌を中心に地域の市民文芸文化振興と小説執筆での作家活動を行う。
(著書参照:「この路地抜けられます」「十坪のるつぼ」) 

町田文芸交流会の参加者作品希望の合評実施=外狩雅巳

IMG_0054<地域単位の文芸交流を基調に行ってきた町田文芸交流会の文芸同人誌展示会から>
 町田文芸交流会の発足の当時を顧みますと、文芸同人誌を発行する同人会の合評会の延長では、外部交流を消化しきれないと考えて地域的交流会を開始しました。
 個々の文芸同人会には特徴があります。創作重視や評論中心などです。
 評論を行う会員が多く結集した場合、発行される同人雑誌には、創作的な小説などの掲載は少数派となります。
 その逆もあり、会の大勢にそぐわない議論は深まりにくいでしょう。
 「文芸多摩」誌が、外部感想を得られる文芸交流会の利点を指摘しています。
 外部評を全国紙誌に頼っても、全同人誌の全作品網羅は出来ません。
 各種の文学賞に応募しても、落選すれば選者評もありません。
 異なる同人雑誌同人の交流会出席者に、参加者の作品を討論し、評価を探る意図で町田文芸交流会を開始しました。
 常連の五団体の月例会にもなり作者出席なら、その人の作品鑑賞が可能です。
 過日、『文芸思潮』の五十嵐勉氏から、関東文芸交流会への出席要請が来ました。
 発足当初は出席していたものの、最近は優秀作品の選考会化したので欠席中です。ここでは、出席者の作品評はしません。
 本来は、作者は自作の感想や評価が欲しいのです。月例会合なら年間五、六誌程度の同人誌全作品なら完読出来ます。
 出席すれば全員から感想が得られます。年間40作品程度合評します。
 さらに、遠方からの寄贈雑誌の扱いは展示紹介等も行ってみました。
 参加者作品希望の完全合評を行う地域単位の交流会が出来る事を期待します。
.☆町田文芸交流会事務局担当・住所〒252−0235神奈川県相模原市相生2-6-15、外狩雅巳方。
■関連情報= 詩人回廊「外狩雅巳の庭」
北一郎「外狩雅巳『二十八歳の頃』の読み方」抄録
穂高健一ワールド・サイト「寄稿・あなたの作品」コーナー(9月1日付)
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 外狩A 外狩雅巳(とがり まさみ)=1942年、旧満州生まれ。仙台で中学卒業後、商店住み込み店員となる。その後、単身上京。工場労働者として労働運動に力を入れる。同人雑誌を中心に地域の市民文芸文化振興と小説執筆での作家活動を行う。
(著書参照:「この路地抜けられます」「十坪のるつぼ」) 

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