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作家・小野友貴枝のひろば

片山郷子さんの希み力で「夢半ば」CDに!読者拡大へ=小野友貴枝

 私の親友である、片山郷子さんはかつては小説教室で、ともに創作手法を研鑽したものでした。ですが、現在では目が不自由になっています。昔から小説を書き、日記もつけています。私の刊行した日記「夢半ば」をお送りさせていただきましたところ、「どうしても読みたい、読まして欲しいもの」と思っていたそうです。
  そこに、彼女の希望を聞き付けた以前から付き合いのあった東京・北区の録音ボランティアの方々が、熱心に、4巻全部録音して彼女にプレゼントしてくださったのです。
 それをきいて、さっそくエッセイを執筆してくれました。ハンディをものともせずに、文芸に力をそそぐ、片山さんに尊敬と感謝の念が溢れてくるのを抑えることができません。そこで、その全文をここに紹介いたします。
 ☆エッセイ【「夢半ば」のデイジー化について】=片山郷子
わたしは十五年ほど前から音声入りパソコンを使って文章の読み書きをしています。
 もちろんパソコンの画面の文字も文字盤も見えません。
 そのころから目が悪くなり中途失明者の不便さ苦しみを味わって生きてきました。
 今もその不便さ苦悩は変わりませんが、それでも心の底に折れない鉄の棒が立っているように感じるときがあります。
  鉄は弱いのか、強いのか、わかりませんが・・・・。
  さて小野友貴枝さんから「夢半ば」のご著書を頂きました。本好きだったわたしが十年間、文字を見ていません。
  はじめ対面朗読で読んでもらおうかと考えました。でも四冊もある。朗読のボランティアに読んでもらったら十二時間以上かかるでしょう。音訳グループ「やまびこ」さんに相談しました。日数はかかるけどデイジー図書に吹き込んでくれるというのです。
  デイジー図書は目の不自由な人々などのために、カセットに代わるデジタル録音図書として開発されたものです。長時間の録音が可能で長編小説一冊分がまるまる録音されます。専用の再生機械のプレクストークなどを使って簡単な操作で聞くことができます。
  早速、録音奉仕会の「やまびこ」さんに吹き込みをお願いしました。彼女たちはボランティアでご自分の仕事、家事の合間に吹き込み作業をしてくれます。ほんとうに視覚障害者にとって有り難い存在です。この報酬や社会的地位などの、見返りを求めない人たちによって、福祉の底辺は生かされています。デイジー図書は視覚障害者の知的興味を高めてくれています。
  さて「夢半ば」は著者の情熱があふれています。散見するエッセイは文学的に想われます。
  個人の年月日とその後に記した事実の記録を、人間共通のものとし、また時間を超えたもととするにはまたそれらを表現できるようになるには、どのようなものが、なにが、必要でしょうか・・・。
 小野友貴枝さんのこれからのますますのご健筆を祈ります。(以上)
☆〜〜著書「夢半ば」と作家・小野友貴枝(おのゆきえ) プロフィール〜〜☆
PC100003_1<1巻 女の約束は〜思春期日記(14歳から25歳まで)/2巻 女の一念は〜青年期日記(26歳から55歳まで)/3巻 女の仕事は〜壮年期日記(56歳から65歳まで)/4巻 女のストリーは〜成人日記(66歳から75歳まで)>
 神奈川県秦野市在住。1939年、9人兄弟の五女として栃木県に生まれる。1962年、神奈川県立公衆衛生看護学院を卒業し、保健婦の国家資格取得。神奈川県職員となる。主に保健福祉分野に従事。1964年に結婚。3人の子どもを育てながら勤めを続ける。2000年、平塚保健福祉事務所保健福祉部長として定年退職。
IMG_20170123_084313_1<神奈川県の「タウンニュース」1月21日号掲載の「人物風土記・小野友貴枝」の誌面より>
 同年6月、日本看護協会常任理事に着任。2004年、秦野市社会福祉協議会会長、国立東京第一病院附属高等看護学院の「東一同窓会」会長などを務める。
 文学活動にも精力的に取り組み、秦野文学同人会代表、日本ペンクラブ会員。主な著書に『秘恋の詩』(叢文社、2001年)、『秘恋竹取ものがたり』(同、2003年)、「那珂川慕情』(同、2006年)、『恋愛不全症』(同、2008年)、「秘恋』(同、2010年)、「愛の輪郭(短編・掌編)』(日本文学館、2012年〉、銀華文学賞入選作を収めた『65歳ビューポイント』(同、2013年)がある。               
■関連情報=☆小野友貴枝さんが出版体験を講演=女性の日記から学ぶ会(千葉)
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私という存在は、肉体より日記の中にあった

「夢半ば」音声化(ボランティアさん制作)に想う=小野友貴枝

IMG_20170121_102018<発売直後から売る努力をする小野友貴枝。「夢半ば」日記の4巻を平積みにして販売をしている書店(秦野市)にて。>
   年初に発売した「夢半ば」四巻が、某市の録音ボランティアの方々のお力でこのたび音声化ができました。というのも、私の親友である、郷子さんは全盲状態ですが、昔から小説を書き、日記もつけています。私が無神経に送りました「夢半ば」を手にしてどうしても読みたい、読ましてと思っていたそうです。
  そこに、彼女の希望を聞き付けた以前から付き合いのあった某市の録音ボランティアの方々が、熱心に、4巻全部録音して彼女にプレゼントしてくださったのです。
 郷子さんは、一巻に七時間も掛かるテープを全部聴いて、感想を伝えてくれました。「半世紀にわたる女性の心情が、丁寧に書かれている。生き方が素直に耳に入って来て感動した」と言ってくれました。書くこと、書き残すことの素晴らしさは人に生きる力を与えることができるのですね、とも。現在、地元のボランティア団体が貸し出し活動をする準備をしているとのことです。
  郷子さんはこれからも、創作や日記を書き続けるでしよう。書くことは生きる力をくれます。本を読みたくても、文字では読めない方に、音読で届けてくださった録音ボランティア、グループの方々に、お礼申し上げます。「ありがとうございます。また、これからの本の出版は音声化までされるといいですね」と――。
  多くの対象者、視覚障害だけでなく視力視覚障害者の高齢者にも配慮する必要があると、福祉で働いた者として考えさせられました。
  また、 毎日新聞(2017年8月21日付)23面の「日記で交流…」を読み、私の体験を顧みることがありました。私(ペンネーム:小野友貴枝)は、14歳からの日記を最近(2015年と2016年にかけて)編集。2017年1月1日に出版しました。タイトルは「夢半ば」。
私は日記をつけることを、中学校の時に担任の先生から教わりました。日記を先生と交換することが、文部省の指導要領に載っていましたが、私は無意識なのか、それとも自分の境遇が、母親に死なれて義母にせwになっていたせいか、ひとにみせられては困るようなことが多かったせいか、一度も、担 任の先生にお見せすることはありませんでした。
    先生は中学校卒業の時に、こう言いました「日記は自分のために付けるものだ」と。私は長い人生、無意識のうちに日記を綴ってきました。62年間を、それもほとんど大学ノートに。そのせいか自分の心を自由に書き、そして、日記を読み返して、前へ進む自己確認になってきたような気がします。自分らしく、生きようと、その思いはいつも日記にあったと思います。
   総合して14万日以上書いたと計算してくれたのは、自費出版を依頼した、株式会社文芸社の編集の方々です。偽らない気持ちを率直に、言葉として残っています。
   それで、70歳まで有職人生を貫き、3人の子育てと教育、痴呆の義母を3年間も在宅で面倒を見れたのも、全部記録に残っていま す。この無意識の自己確認行為と強さは、日記という、もう一人の自分の眼のおかげだと今でも思っています。
     そうなのです、日記はもう一人の自分がそこで支えてくれているのです。「大丈夫だよ」「元気で前へ進みなさい」「自分を信じなさい」と、日記が言ってくれたのです。だから日記は自分のこころを第三者の目で見られる道具なのです。決して、いや大方は人に見せるものではないのです。もし先生に見せるために書く日記でしたらば、「きっと本心を書かないと思います。また子供の本心を先生方が提示されても困るのではないでしょうか。ですから、日記を教育のために使うときには、その覚悟と、またバイアスがあることを理解して、読んで指導に使う、データーでなければいけない記録です。
 人間理解を日記で得ることは難しいという意見もききます。しかし、日記を自分のために書く習慣は、人生の大きなパワーを得るということでは、ぜひ教育の中で指導してもらいたことです。
 今こそ「若い子供の自殺予防のためにも日記を進めたいです。いまいじめをテーマにしていますが、いじめはなくなりません、いじめと感じる感覚をなくす強い心が絶対に必要だと思っています。そのためにも自分を強くする「日記」をすすめます。
PC100003_1<1巻 女の約束は〜思春期日記(14歳から25歳まで)。2巻 女の一念は〜青年期日記(26歳から55歳まで)。3巻 女の仕事は〜壮年期日記(56歳から65歳まで)。4巻 女のストリーは〜成人日記(66歳から75歳まで)>
☆〜〜作家・小野友貴枝(おのゆきえ) プロフィール〜〜☆
 神奈川県秦野市在住。1939年、9人兄弟の五女として栃木県に生まれる。1962年、神奈川県立公衆衛生看護学院を卒業し、保健婦の国家資格取得。神奈川県職員となる。主に保健福祉分野に従事。1964年に結婚。3人の子どもを育てながら勤めを続ける。2000年、平塚保健福祉事務所保健福祉部長として定年退職。
 同年6月、日本看護協会常任理事に着任。2004年、秦野市社会福祉協議会会長、国立東京第一病院附属高等看護学院の「東一同窓会」会長などを務める。文学活動にも精力的に取り組み、秦野文学同人会代表、日本ペンクラブ会員。主な著書に『秘恋の詩』(叢文社、2001年)、『秘恋竹取ものがたり』(同、2003年)、「那珂川慕情』(同、2006年)、『恋愛不全症』(同、2008年)、「秘恋』(同、2010年)、「愛の輪郭(短編・掌編)』(日本文学館、2012年〉、銀華文学賞入選作を収めた『65歳ビューポイント』(同、2013年)がある。               ■関連情報=☆小野友貴枝さんが出版体験を講演=女性の日記から学ぶ会(千葉)
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坂井瑞穂 さんよりの「那珂川慕情」(小野友貴枝著)評と想い

41cJVMzWTLL__SX345_BO1,204,203,200_<小野友貴枝・著「那珂川慕情」(叢文社)。那須岳を源に、栃木茨城を貫流する那珂川のほとりに生まれた雅哉と亜矢。二人は愛を誓うが、国際舞台で活躍する雅哉からの連絡が途絶え、別々の人生を歩む。時は移り、再会は東京。そして熱愛の渕に。再び故郷の那珂川で愛を確かめあうが、運命の定めは永遠の別離だった。濃密な大人のラブ・ストーリー。 >
  評論誌「群系」同人の坂井瑞穂さんより「群系」掲示板に『那珂川慕情(小野友貴枝著) 青春ストーリーの清らかさとおもしろさ』という評を投稿していただきました(投稿日:2017年 8月15日)。その内容を次に掲載します。
         〜〜〜 ☆ 〜〜〜
  実を言いますと、小野先生が野州那須のご出身ということは存じていたのですが、それでもなお那賀川慕情として読みはじめてしまいました。粗筋がドーバー海峡プロジェクト関連するものと先入観が邪魔をして、徳島県の物語と勘違い、まさにミスリードスタートだったのです。
  茨城や栃木の風景から海峡は連想しにくいですし、短絡的に紀淡海峡や渦潮がインプットされちゃったのかもしれません。小野先生、ごめんなさい。
  けれども「那珂川慕情」を読んで得られた感動は、10代の終わりに「白い女」(落合恵子著)を読み終えたときのものと同じもので、いつまでも豪雨に濡れていたくなる胸のうちの激情みたいなもの。50歳を過ぎた今の自分にも若いときと同じ純情が残っていたのだ、と、嬉しくなりました。
  小野先生は、言葉に説得力もあります。
  -----僕は、川霧が出るこの土地が好きなんだ。那珂川の流れが見下ろせる。-----
  物語はこの部分にすべて集約されているのだと思います。
  でも感性が実直なひとの書いた物語はやっぱりいいな。人間、素直さを失ってはいけませんね。
その点、私なんか、イーグルスの歌を直訳して実行する不良だから、三回転んだくらいではこれ程に美しいストーリーはつくれそうにありません。
  ですが小野先生、ひとつだけ。昭和30年代のころにストーカーなんて言葉が使われていましたっけ。80年代に米国で法整備がすすみ、それに遅れて桶川の事件以降国内でよく聞くようになったと認識しているのですが。
  好きになった小説なだけに11ページのこのところだけが、残念!!! 本の表紙の景色をじっと見ていると----------私はやっぱり那賀川に誘われてしまう。那珂川も那賀川もダムがなくて両方とも清流であることに変わりはないのですけれど。
  那珂川慕情は九州や西日本の知り合いに紹介していきたいです。あと、栃木県へ旅行する方、必携です。旅の友となる本です。(「群系」掲示板2017年 8月15日
        〜〜〜 ☆ 〜〜〜  
 坂井瑞穂 さんのご厚意に感謝します。私は【珂川慕情」作品のその後】として、次のように想いを述べさせていただきました。
 『図らずも昨晩、日テレビB.S「スター感動秘話、我が心の師鳥羽一郎、船村徹」を見てまして、感慨深く、述懐していました。那珂川慕情は、船村先生が同じ同郷のよしみで大変気にいってくださって「歌にするから歌詞を作って来いと言われ」創って、パレスホテルまで持つて行きましたが、話し会いが成立せずダメになったという経緯があります。
  また、ドーバー海峡は私の友人が関わっていたので、日本の大きな貢献産業でしたので描き、残したかったのです。
  烏山の故郷、那珂川と一諸に全部取材して書いた内容です。また「東京ステーションホテル」も私の常宿したホテルですので書いておきたかった。「那珂川慕情」、作品を随分応募しましたが、どこにも引っ掛からない、陽の目に合わない、不遇というのか逆境の作品です。可哀相に。友貴枝泣いています。』
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2巻 女の一念は〜青年期日記(26歳から55歳まで)
3巻 女の仕事は〜壮年期日記(56歳から65歳まで)
4巻 女のストリーは〜成人日記(66歳から75歳まで)>
☆〜〜作家・小野友貴枝(おのゆきえ) プロフィール〜〜☆
 神奈川県秦野市在住。1939年、9人兄弟の五女として栃木県に生まれる。1962年、神奈川県立公衆衛生看護学院を卒業し、保健婦の国家資格取得。神奈川県職員となる。主に保健福祉分野に従事。1964年に結婚。3人の子どもを育てながら勤めを続ける。2000年、平塚保健福祉事務所保健福祉部長として定年退職。
IMG_20170123_084313_1<神奈川県の「タウンニュース」1月21日号掲載の「人物風土記・小野友貴枝」の誌面より>
 同年6月、日本看護協会常任理事に着任。2004年、秦野市社会福祉協議会会長、国立東京第一病院附属高等看護学院の「東一同窓会」会長などを務める。
 文学活動にも精力的に取り組み、秦野文学同人会代表、日本ペンクラブ会員。主な著書に『秘恋の詩』(叢文社、2001年)、『秘恋竹取ものがたり』(同、2003年)、「那珂川慕情』(同、2006年)、『恋愛不全症』(同、2008年)、「秘恋』(同、2010年)、「愛の輪郭(短編・掌編)』(日本文学館、2012年〉、銀華文学賞入選作を収めた『65歳ビューポイント』(同、2013年)がある。               
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雑誌「群系」全国同人雑誌大賞受賞の集いから=小野友貴枝

  雑誌「群系」主催の「全国同人雑誌大賞受賞の集い」が平成29年7月30日(日)、日本出版クラブにおいて、開催されました。《参照:群系パーティー、楽しかったです「群系」掲示板》
 これは、2016年「第6回富士正晴全国同人雑誌賞の公募において、「群系36号」がめでたく大賞に選ばれたことをお祝いするものでした。
 この賞に応募した同人誌は117冊、それらはすべて同人誌として歴史のあるものでした。群系の応募は、創刊30周年を迎え、ここ数年、内容・構成の充実、編集の緻密さなど、自他ともに誇れる誌になってきたからだと、同人の一人として誇りに思っています。
 特に36号は、主な内容である文学評論の特集が「同時代の文学1976年から2005年」、同人が親しんできた作家、作品の評論が多く取り上げられていることもあって充実した内容だと思います。
また「追悼:野口存彌」は、同人として多くの作品評論を掲載してきた功績を称え、多くの方の「偲ぶ文」が寄稿されたことも意義深いものになったのではないかと思います。野口存彌氏の知名度、業績から推して当然のこととは言え、これだけ同人誌にスペースをさいたということは野口氏への供養になったのではないでしょうか。
 群系の特徴の一つでもある、「自由論考」は、誰でも好きなことが書けるという間口の広さを感じられるもので、読者には作者の知見は参考になることが多く注目するコーナーです。
 最後になりますが、私の参加する創作コーナーは、この号では2編のみでした。歴史に造詣の深い柿崎一氏の「士道無残⦅上⦆」と、私の連載ものである(一遍ごとにまとまっている)「会長フアイル4『挨拶』」です。評論中心の「群系」への掲載について、永野編集長から相談されたことは、実のある内容の創作を、と言われて受けたような気がします。「会長フアイル」は、某市社会福祉協議会会長の経験をもとに書いたドキュメントに近いものです。これは、北九州文学賞に応募するために書いた「自分史」のバージョンで、最前線の福祉のリーダーシップの葛藤、それも地域という因習に縛られたベースのものを、書きたかったテーマであります。これを掲載させていただけることは、編集長の懐の深さを感じ、半分恐縮しながら連載させていただいております。地域福祉論は、現実と理想のギャップのある、本当に進歩のない泥臭いものですが、創作というベールで囲ってしまえば、読者に届くのではないかと、フイックションスタイルに工夫しました。ときどき、「群系」掲示板に感想をいただいていますので頑張って書いた意味があると自己満足しています。
 これらすべてを称して36号が選ばれたのだと同人の一人として自負しております。
後になりましたが、群系受賞パーテイは、日本出版クラブ会館で盛大に開催できなお永野編集者の意気に準ずる会員の結束力と、文学を愛する一人一人のオーラが放たれたと、確信しました。「群系」は、なお多くの読者を獲得、魅了する同人誌として発展していくでしょう。そして私ももっといい作品を書くぞという、気持ちの高ぶりを頂けた「集い」でした。(29年8月5日・記)
PC100003_1<1巻 女の約束は〜思春期日記(14歳から25歳まで)
2巻 女の一念は〜青年期日記(26歳から55歳まで)
3巻 女の仕事は〜壮年期日記(56歳から65歳まで)
4巻 女のストリーは〜成人日記(66歳から75歳まで)>
☆〜〜作家・小野友貴枝(おのゆきえ) プロフィール〜〜☆
 神奈川県秦野市在住。1939年、9人兄弟の五女として栃木県に生まれる。1962年、神奈川県立公衆衛生看護学院を卒業し、保健婦の国家資格取得。神奈川県職員となる。主に保健福祉分野に従事。1964年に結婚。3人の子どもを育てながら勤めを続ける。2000年、平塚保健福祉事務所保健福祉部長として定年退職。
IMG_20170123_084313_1<神奈川県の「タウンニュース」1月21日号掲載の「人物風土記・小野友貴枝」の誌面より>
 同年6月、日本看護協会常任理事に着任。2004年、秦野市社会福祉協議会会長、国立東京第一病院附属高等看護学院の「東一同窓会」会長などを務める。
 文学活動にも精力的に取り組み、秦野文学同人会代表、日本ペンクラブ会員。主な著書に『秘恋の詩』(叢文社、2001年)、『秘恋竹取ものがたり』(同、2003年)、「那珂川慕情』(同、2006年)、『恋愛不全症』(同、2008年)、「秘恋』(同、2010年)、「愛の輪郭(短編・掌編)』(日本文学館、2012年〉、銀華文学賞入選作を収めた『65歳ビューポイント』(同、2013年)がある。               
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小野友貴枝の「夢半ば」全4巻を読む=実弟・大坪正(下)

IMG_0115_1IMG_0111<文学活動の一環として、町田市中央公民館の「文芸同人誌展示会」(7月18日〜29日まで開催)に参加。小野友貴枝の作品コーナーを持つ。>
            ☆
     【夢半ば」全4巻を読む=実弟・大坪正】 
 さらに日記から抜粋してみよう。
 昭和30年2月21日――(月)晴。今日は私にとって忘れられない日である。義姉さん(兄の妻)が8時頃たき火をした。そして午後2時頃になってその火が乾燥場に燃えうつった。私は2階で本を読んでいた。すると、どこからか「火事だー」というような声が聞こえてきた……――。
 ○ 消火作業やその後の顛末は・・・。
IMG_20170725_0001_1IMG_20170725_0001_2<「夢半ば」第鬼「女の約束は」思春期の日記(昭和29年〜昭和38年)の掲載写真より。思春期の人間関係と、故郷の那珂川の様子>
 私が住んでいた村内の薬師堂隣には、火の見櫓があり半鐘が設置されていたと思いますが、半鐘の音ではなく、「ボー ボー」とほら貝のような音が激しく聞こえていたような記憶があります。
  昭和33年2月22日――(土)馬がたおれてしまった(家の中に馬小屋がある)。帰宅する時、なんか悪い予感がしたので変だと思った。馬が、汗を流して寝ていた。自分の家が落ちていくようでとても悲しい。オチブレテゆくのがわかる。オチブレナイデホシイ、サカエテホシイ。馬も死んでゆくのではないでしょうか。栄えてゆく家の様子を聞くと大変うらやましい。……――。
 当時の農家では、馬は人間よりも大事にされていました。母家の中で馬と一緒の寝起きは極あたりまえのことでした。著者の生家で飼われていた馬の名前は、ノブ。その後、馬喰に引き取られたのでしょうか。
 読後のキーワードは「14歳からつけている……」でしょうか。長い間眠っていたものが日の目を見る、それが古ければ古いほど人を惹きつけます。この本に盛り込まれなかった日々の日記がまだまだあり、これもまた気になるところです。
 私事で言いますと、私は日記をつけることにあきらめつつあります。60歳を過ぎて何度か試みましたが、もうひとつ内容がつまらないのです。日常の出来事は「備忘録」と称してPCに書き込んでいますが、やはり、日記は肉筆でないと……と感じてしまいます。日常の思いや出来事をどんな風に書くのか、思案しているほど、残りの人生はそう多くないと思っているのですが。(この項おわり)
PC100003_1<1巻 女の約束は〜思春期日記(14歳から25歳まで)
2巻 女の一念は〜青年期日記(26歳から55歳まで)
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☆〜〜作家・小野友貴枝(おのゆきえ) プロフィール〜〜☆
 神奈川県秦野市在住。1939年、9人兄弟の五女として栃木県に生まれる。1962年、神奈川県立公衆衛生看護学院を卒業し、保健婦の国家資格取得。神奈川県職員となる。主に保健福祉分野に従事。1964年に結婚。3人の子どもを育てながら勤めを続ける。2000年、平塚保健福祉事務所保健福祉部長として定年退職。
IMG_20170123_084313_1<神奈川県の「タウンニュース」1月21日号掲載の「人物風土記・小野友貴枝」の誌面より>
 同年6月、日本看護協会常任理事に着任。2004年、秦野市社会福祉協議会会長、国立東京第一病院附属高等看護学院の「東一同窓会」会長などを務める。
 文学活動にも精力的に取り組み、秦野文学同人会代表、日本ペンクラブ会員。主な著書に『秘恋の詩』(叢文社、2001年)、『秘恋竹取ものがたり』(同、2003年)、「那珂川慕情』(同、2006年)、『恋愛不全症』(同、2008年)、「秘恋』(同、2010年)、「愛の輪郭(短編・掌編)』(日本文学館、2012年〉、銀華文学賞入選作を収めた『65歳ビューポイント』(同、2013年)がある。               
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私という存在は、肉体より日記の中にあった

小野友貴枝の「夢半ば」全4巻を読む=実弟・大坪正(中)

IMG_0115_1IMG_0111<文学活動の一環として、町田市中央公民館の「文芸同人誌展示会」(7月18日〜29日まで開催)に参加。小野友貴枝の作品コーナーを持つ。>
              ☆
     【夢半ば」全4巻を読む=実弟・大坪正】  
 「夢半ば」日記第1巻の寄稿文の中で先生は――……よく活躍してくれた生徒だけに遠い昔の俤が浮ぶ……――と記しています。著者は中学卒業時、町長から表彰を受けるほどの生徒ですから、先生の記憶に残っていても当然といえば当然です。
 声を小さくして打ち明ければ、私も中学時代澤村先生の教えを受けていたのです。直接の担任ではなかったのですが、入学時のオリエンテーションで千本城址に引率、3年生の時は数学を、大瀬の河原での夏のキャンプ、さらに、卒業時には、私のサイン帳に一筆書いていただいた。その時のサイン帳は今も私の手元にありますが、遠い昔のこと、ボーとしていた生徒のことまでは、きっと記憶にないでしょう。
  著者は郷里を出て、東京の看護学院に入ってからも毎日薄氷を踏むような寮生活であったことは日記の中から充分に読み取れます。生家の栄枯盛衰のどん底時代に当たってしまったようです。7歳で母を亡くし、間もなく継母が家に入り、14歳の時、大好きな祖父と、父を相次いで亡くす。その後、家督を継いだ長兄は心身ともに疲れたか長期療養で入院してしまった。
 一家の軸を失った中でも、著者は自分のことより5歳下の私たちを支えようと思いやっています。一方、先が見えない日々でも青春していた日もあったようです。
   昭和33年2月23日には次のように記しています。――(日曜日)…矢野さんのところに行ってきた。2時半頃、速達が来て「ぜひ来てくれ」と言うので、飛ばして行ってきたら、遠いわ遠いわ。河井(地名)は本当に遠いと思った。帰り矢野さんと一緒の時は、別に遠いと思わなかったんだから不思議だ。――。
 昭和33年頃といえば茂木町の道路はほとんど砂利道であったと思います。車が通ると砂埃が舞い上がり、自転車通学の私の学生服は真白になってしまうほどでした。中学時代、夏休みの学校行事サイクリングで、起伏のある馬門や飯野辺りを走ったことがありました。真夏の日差しと那珂川からの風、汗のにおいが鼻の奥にツーンとよみがえってきます。(つづく)
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 神奈川県秦野市在住。1939年、9人兄弟の五女として栃木県に生まれる。1962年、神奈川県立公衆衛生看護学院を卒業し、保健婦の国家資格取得。神奈川県職員となる。主に保健福祉分野に従事。1964年に結婚。3人の子どもを育てながら勤めを続ける。2000年、平塚保健福祉事務所保健福祉部長として定年退職。
IMG_20170123_084313_1<神奈川県の「タウンニュース」1月21日号掲載の「人物風土記・小野友貴枝」の誌面より>
 同年6月、日本看護協会常任理事に着任。2004年、秦野市社会福祉協議会会長、国立東京第一病院附属高等看護学院の「東一同窓会」会長などを務める。
 文学活動にも精力的に取り組み、秦野文学同人会代表、日本ペンクラブ会員。主な著書に『秘恋の詩』(叢文社、2001年)、『秘恋竹取ものがたり』(同、2003年)、「那珂川慕情』(同、2006年)、『恋愛不全症』(同、2008年)、「秘恋』(同、2010年)、「愛の輪郭(短編・掌編)』(日本文学館、2012年〉、銀華文学賞入選作を収めた『65歳ビューポイント』(同、2013年)がある。               
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私という存在は、肉体より日記の中にあった

小野友貴枝の「夢半ば」全4巻を読む=実弟・大坪正(上)

IMG_20170725_0001_1IMG_20170725_0001_2<「夢半ば」第鬼「女の約束は」思春期の日記(昭和29年〜昭和38年)の掲載写真より。思春期の人間関係と、故郷の那珂川の様子>
  年初に「夢半ば」日記を刊行して以来、各界からさまざまな反響を得ました。
  とくに、女性が結婚後も子育てをし、社会福祉事業に献身した人生は、現代における働き方改革の先駆的な事例として、過分な評価をいただいていることは、光栄です。
 そのなかで、文芸交流会に参加している北一郎氏は「第1巻の中学と高校時代における複雑な家庭環境を反映した日記に注目する。著者の生活環境が、その後の人生での自主的な前向きで粘りをもつ意志的な生活態度がこの時期に形成されたと読み取れる。親族が多く、その人たちの見守りのなかで、甘えがゆるされない環境にあったこと。そのことが、目の前の困難にめげずに、目標に向かって進む精神力と調和性を会得してきた。著者の社会的な貢献の貫徹に成功した背景に、思春期の環境が影響していることに、注目したい」と評価をしていました。
  そうしたなかで、少女期を同時代に過ごした、実弟(大坪正)より、本書の読後感想が届きました。
  そこで、歳の差はあるものの大きく見れば、同時代を過ごした親族の想いがよみとれますので、下記に紹介したします。
             ☆
     【夢半ば」全4巻を読む=実弟・大坪正】  
  年の始めにどんな本を読もうかと思案していたところ、思いがけず姉、小野友貴枝の「夢半ば」(文芸社)最新作を手にすることができました。
 1年前の正月に、小野友貴枝の作品「那珂川慕情」はじめ「愛の輪郭」「65歳ビューポイント」など数冊読んでいます。その中に、姉は14歳からつけているという日記についての記述も、あったことを鮮明に覚えていました。
 私の郷里は栃木県の茂木町、小野友貴枝も茂木町の出身で私より5歳年長です。14歳といえば中学2、3年生の頃です。日記を元に郷里茂木町を背景にした作品が期待できるのではないかと思っていたのです。
 ところが今回の最新作は、日記を元にした作品というのではなく、日記そのものをオープンした編集になっています。昭和29年(著者14歳)から平成26年までの約60年間の日記の中から1400余日分を抜粋し、年代順に4冊にまとめたもの。それぞれの時代背景を補うためにエッセイ(43編)や写真(80枚以上)を配し、読みやすくしています。その他に若い頃に作った詩や俳句も載せ、たいへん興味深い内容になっています。
 この最新作は、著者の自分史、家族史といってもよいと思いますが、タイトルは「夢半ば」。喜寿を迎えてもなお創作活動はこれからも続くという、著者の強い思いの表れでしょうか。
 「夢半ば」第鬼「女の約束は」思春期の日記(昭和29年〜昭和38年)。
 第挟「女の一念は」青年期の日記(昭和39年〜昭和63年)。
 第郡「女の仕事は」壮年期の日記(昭和64・元〜平成16年)
 第鹸「女のストーリーは」成年期の日記(平成17年〜平成26年)
 第鬼から第鹸まで通して読んでみましたが、何といっても郷里時代の第1巻です。読み終わった後、私はもう一度ゆっくりページをめくりながら詩や俳句、そして写真をながめていたのです。
 多感な時期を、日記に向うことによって乗り越えてきた著者。日ごとの心の有様を綴る習慣は、中学時代の恩師澤村先生の指導が大きかったようです。
 昭和30年3月22日(火)晴では、――卒業式 ……私は澤村先生に教えられたことを一生忘れないと思う。特に、「日記を自分のために書きなさい」と言われたことは、書くことの好きな私に合っている。――と記しています。
 澤村先生の寄稿文を読みますと「教師という職業はすばらしいな」と思いました。ある日突然60数年ぶりに教え子から連絡があり、その時の先生の驚き様は想像に難くない。教師冥利に尽きるという一瞬であったでしょう。(つづく)
PC100003_1<1巻 女の約束は〜思春期日記(14歳から25歳まで)
2巻 女の一念は〜青年期日記(26歳から55歳まで)
3巻 女の仕事は〜壮年期日記(56歳から65歳まで)
4巻 女のストリーは〜成人日記(66歳から75歳まで)>
☆〜〜作家・小野友貴枝(おのゆきえ) プロフィール〜〜☆
 神奈川県秦野市在住。1939年、9人兄弟の五女として栃木県に生まれる。1962年、神奈川県立公衆衛生看護学院を卒業し、保健婦の国家資格取得。神奈川県職員となる。主に保健福祉分野に従事。1964年に結婚。3人の子どもを育てながら勤めを続ける。2000年、平塚保健福祉事務所保健福祉部長として定年退職。
IMG_20170123_084313_1<神奈川県の「タウンニュース」1月21日号掲載の「人物風土記・小野友貴枝」の誌面より>
 同年6月、日本看護協会常任理事に着任。2004年、秦野市社会福祉協議会会長、国立東京第一病院附属高等看護学院の「東一同窓会」会長などを務める。
 文学活動にも精力的に取り組み、秦野文学同人会代表、日本ペンクラブ会員。主な著書に『秘恋の詩』(叢文社、2001年)、『秘恋竹取ものがたり』(同、2003年)、「那珂川慕情』(同、2006年)、『恋愛不全症』(同、2008年)、「秘恋』(同、2010年)、「愛の輪郭(短編・掌編)』(日本文学館、2012年〉、銀華文学賞入選作を収めた『65歳ビューポイント』(同、2013年)がある。               
■関連情報=☆小野友貴枝さんが出版体験を講演=女性の日記から学ぶ会(千葉)
「風恋洞」44号を発行 | 秦野 | タウンニュース
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「日記の処分」の誰もが味わう葛藤を超えて  小野 友貴枝

 P4120003<日記を出版したことで、「女性の日記に学ぶ会」の島利栄子会長(右)と交流ができ、同会の日記塾の企画として、体験談を講演する機会を得た。日記に関心を持つ人がたちが多くいることを知り、その社会的意義の大きさを実感させられた私(左)。千葉・八千代台東南公共センターにて、4月12日>
毎日新聞(2017年6月1日付)の「男の気持ち」欄の「日記の処分」の投稿を読んで、勿体ないことをすると思った。
 岡田孝道氏は58年もの長い期間の日記を最近の10年間を残して処分したと書いてある。それ以前の日記は終活という身辺整理の手始めに処分したとも。処分をどんな気持ちでなさったのか、読み取ることはできなかったが、さぞつらかったのではないだろうかと思った。
 私は、2年前、62年間(14歳から76歳まで)の日記を、終活の対象とするかどうか全部読み返し、その結果、生かすことを考えた。もちろん日記からの声、「捨てないでくれ、あなたの人生がつまっているよ」と訴えていた。この声に耳を傾け、出版することに決めた(ペンネーム:小野友貴枝)。
 日記の全部をそのまま、出版することは不可能であるので、出版社に相談し編集者にお任せした。ほぼ10分の1(1400日)を厳選し、前4巻になった。
 単行本「夢半ば」とネーミングし、それぞれ、年代で区切った巻には、
 ―の約束は⊇の一念は女の仕事はそのストリーはと読者を意識した名称を付けて1月から多くの図書館や書店に並んだ。この時の気持ちは複雑で、大げさに言えば日本の無名の女性の人生誌が残せるのではないかと、気負ってさえいた。昭和を生き貫いた女性、それも70歳まで働き、3人の子供を社会に出した体験、これらの日々を綴った日記は、残す価値があるのではないかと私は自負している。
PC100003_1<1巻 女の約束は〜思春期日記(14歳から25歳まで)
2巻 女の一念は〜青年期日記(26歳から55歳まで)
3巻 女の仕事は〜壮年期日記(56歳から65歳まで)
4巻 女のストリーは〜成人日記(66歳から75歳まで)>
☆〜〜作家・小野友貴枝(おのゆきえ) プロフィール〜〜☆
 神奈川県秦野市在住。1939年、9人兄弟の五女として栃木県に生まれる。1962年、神奈川県立公衆衛生看護学院を卒業し、保健婦の国家資格取得。神奈川県職員となる。主に保健福祉分野に従事。1964年に結婚。3人の子どもを育てながら勤めを続ける。2000年、平塚保健福祉事務所保健福祉部長として定年退職。
 同年6月、日本看護協会常任理事に着任。2004年、秦野市社会福祉協議会会長、国立東京第一病院附属高等看護学院の「東一同窓会」会長などを務める。
 文学活動にも精力的に取り組み、秦野文学同人会代表、日本ペンクラブ会員。主な著書に『秘恋の詩』(叢文社、2001年)、『秘恋竹取ものがたり』(同、2003年)、「那珂川慕情』(同、2006年)、『恋愛不全症』(同、2008年)、「秘恋』(同、2010年)、「愛の輪郭(短編・掌編)』(日本文学館、2012年〉、銀華文学賞入選作を収めた『65歳ビューポイント』(同、2013年)がある。               
■関連情報=☆小野友貴枝さんが出版体験を講演=女性の日記から学ぶ会(千葉)
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姉(90才)の短歌集大成の刊行に協力=小野 友貴枝

00010001_1<姉の娘の家が営業している「 岩瀬城」の前にて。編集者(文芸社)と、小野友貴枝。>
  最近、茨城県岩瀬町に住む90歳の長姉に呼ばれて、ここ数回里帰りした。
  (姉は、私たちの母の実家に嫁いでいる、従妹同士結婚。夫はすでに亡くなり、大農家の世帯主)
  姉は長いこと、農業の傍ら、短歌・俳句を詠み、それなりに茨城県内では評価されている。その姉が、私の日記集「夢半ば」全4巻を見て、ムラムラしたと言う。負けず嫌いの姉ならさもありなんと思っていたところ、自分も歌集を出したいから手伝えと招集がかかった。
   姉が整理していた箱を開けてみると、「沃野」という短歌結社の本と岩瀬町短歌集と習作していたノート数冊が出てきた。どの歌も農業への愛着、そして3世代の家族との葛藤や夫との別れ、5人の子供とその孫への愛情が切々と歌われている。これを外に出さずに死ぬわけにはいかないという、姉の熱意に私は説得されてしまった。
   そこで私は、姉の子供たちの先頭に立って本の出版に協力することを約束した。
   やはり、姉の短歌集大成を出すなら売れる本にしたかった。幸いに私が出版した文芸社に相談すると快く検討して、岩瀬の田舎まで同行してくれた。   
   岩瀬町は(今は桜川市)は、水戸線の中どころにあり、加波山の山頂を見据えた広い平らな土地。(余談ですが、加波山といえば明治17年(1884年9月)に栃木,茨城両県下の急進的な自由党員が、茨城県加波山を拠点に挙兵した反政府運動。一行 16名は加波山にたてこもり、次いで宇都宮へ進む途中逮捕され、7名の死刑者をだした加波山事件で有名です)。
   姉は、米麦・野菜作りの専業農家の日々は激務であったが、歌作りは欠かしたことがない、というほど好きで詠っている。  
  結果として、姉の短歌大集成は、文芸社で出すことになり、7か月後の12月に店頭に並ぶことになった、タイトルはまだついていないが、腰を曲げた姉が、元気なうちに手にしたいと、私に毎日のように電話がくる。「タイトルは?あとがきは?」と張り切っている。
   ちなみに、私たちの母親は、茨城県岩瀬で生まれ育った。縁あって、私の故郷の栃木県に嫁いだが、43歳の若さで亡くなった(私が7歳のとき)。不幸(?)な母親であったが、死後70年もたったこの時期、長姉の歌集や、私の「夢半ば」の中にたびたび登場してきており、天国の母は、さぞ満足しているだろう。
私も、姉の短歌編集を意気に感じ、またまた忙しくなりそうな平成29年の後半を迎える。(「群系」会報38号より)
PC100003_1<1巻 女の約束は〜思春期日記(14歳から25歳まで)
2巻 女の一念は〜青年期日記(26歳から55歳まで)
3巻 女の仕事は〜壮年期日記(56歳から65歳まで)
4巻 女のストリーは〜成人日記(66歳から75歳まで)>
☆〜〜作家・小野友貴枝(おのゆきえ) プロフィール〜〜☆
 神奈川県秦野市在住。1939年、9人兄弟の五女として栃木県に生まれる。1962年、神奈川県立公衆衛生看護学院を卒業し、保健婦の国家資格取得。神奈川県職員となる。主に保健福祉分野に従事。1964年に結婚。3人の子どもを育てながら勤めを続ける。2000年、平塚保健福祉事務所保健福祉部長として定年退職。
 同年6月、日本看護協会常任理事に着任。2004年、秦野市社会福祉協議会会長、国立東京第一病院附属高等看護学院の「東一同窓会」会長などを務める。
 文学活動にも精力的に取り組み、秦野文学同人会代表、日本ペンクラブ会員。主な著書に『秘恋の詩』(叢文社、2001年)、『秘恋竹取ものがたり』(同、2003年)、「那珂川慕情』(同、2006年)、『恋愛不全症』(同、2008年)、「秘恋』(同、2010年)、「愛の輪郭(短編・掌編)』(日本文学館、2012年〉、銀華文学賞入選作を収めた『65歳ビューポイント』(同、2013年)がある。               
■関連情報=☆小野友貴枝さんが出版体験を講演=女性の日記から学ぶ会(千葉)
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本は宣伝、広告で売る時代に   小野 友貴枝

IMG_20170121_102018<自分で売る努力をする小野友貴枝。「夢半ば」日記の4巻を平積みにして販売をしている書店(秦野市)にて。>
 「広告に踊らされてはいけません」という言葉が頭をよぎる。テレビのコマーシャル、新聞、そしてスマホのというように宣伝、広告の時代だ。私は、本を出したことでも、広告屋さんが押し掛けてくる。そしてその広告に乗れば、大きな出費になる。自費出版の印刷費よりも広告費用の方が高くなる。広告貧乏だ。本の広告はだれが儲かるかと、いえば、ほとんど出版社だ。
 もう一つ目に余るものは、本の広告を絶えず、4段抜きなどというような大きさに出せば、本はよく売れる。本が広告で売る時代になったしまった。繰り返し繰り返し広告した人の本は売れる。
 私の身近な人はお金持ちで、広告にお金をかけ、いま彼女の本は売れている、そのうち15万部に達するという。これが現代の時代ではないのかと思っている。「夢半ば」を出版した私も真似したいが、お金がない。
 今、本が売れないという時代に、広告を派手にして売れている作家がいる。うらやましいのか、これはジェラシーだと認識してはいるが、中身よりも宣伝、お金で勝負することはいいだろうかと、思いつつ悔しい思いをしている私である。
 想像つかない50万部という売れ行きがまた本の購買力を高める。なんでこんな本が売れるの、と思うことがある、ほとんど中身ではなくマスコミが取り上げたとたんに売れる。
 私は皮肉交じりに、その本、人生の指南書を買った友達に言った。「身銭切って買うことなどないよ、あんな本」と買った友人に言うと、彼女曰く。「いいじゃないの、たったの1200円よ、後で捨てても惜しくない」とのたまう。こんな高齢者の人がいるから。あっという間に「長生きの指南書は売れる」その数が万単位になって。相乗効果で、十万単位になる。
 私が書くような純文学では一千冊も売れない。本が実用向きになって、宣伝効果抜群だ。まったくと私は、中身勝負でない本の売れゆきにうんざりしている。
 「小野友貴枝作『夢半ば』もじゃんじゃん宣伝しなさいよ」と言われるが、純文では宣伝効果ない。最近の本は心で読むものではなくて生きる指南書で、そのハンドブックになっているから、文章など必要ではない、具体的な行動学。それも広告のいうとおりになるノウハウ指南書である。つまらない世情の時代になっている。(29年5月26日)
PC100003_1<1巻 女の約束は〜思春期日記(14歳から25歳まで)
2巻 女の一念は〜青年期日記(26歳から55歳まで)
3巻 女の仕事は〜壮年期日記(56歳から65歳まで)
4巻 女のストリーは〜成人日記(66歳から75歳まで)>
☆〜〜作家・小野友貴枝(おのゆきえ) プロフィール〜〜☆
 神奈川県秦野市在住。1939年、9人兄弟の五女として栃木県に生まれる。1962年、神奈川県立公衆衛生看護学院を卒業し、保健婦の国家資格取得。神奈川県職員となる。主に保健福祉分野に従事。1964年に結婚。3人の子どもを育てながら勤めを続ける。2000年、平塚保健福祉事務所保健福祉部長として定年退職。
 同年6月、日本看護協会常任理事に着任。2004年、秦野市社会福祉協議会会長、国立東京第一病院附属高等看護学院の「東一同窓会」会長などを務める。
 文学活動にも精力的に取り組み、秦野文学同人会代表、日本ペンクラブ会員。主な著書に『秘恋の詩』(叢文社、2001年)、『秘恋竹取ものがたり』(同、2003年)、「那珂川慕情』(同、2006年)、『恋愛不全症』(同、2008年)、「秘恋』(同、2010年)、「愛の輪郭(短編・掌編)』(日本文学館、2012年〉、銀華文学賞入選作を収めた『65歳ビューポイント』(同、2013年)がある。               
■関連情報=☆小野友貴枝さんが出版体験を講演=女性の日記から学ぶ会(千葉)
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