「デザインの領域」
私は、私たちが現代に生きている事をふまえ、人間としての存在や社会のあり方、文化や環境の成り立ちについて根本的な事までを含みながら考える試みがデザインには必要な時代になり、またデザインという言葉もその範囲を広げています。
これらの根本的な問いは相互に結びついて私たちの時代固有な問題群として存在し、成立していると考えることができます。その問題群がどの様な要素から成り立ち、どの様な公正になっているのかを探求してみたいと言うのが切っ掛けとなっています。
デザインとはなにか、既存の学問領域で考えると、言語学や記号論や精神分析学というような人間科学の諸領域に属するモノなのか、あるいは文学や美術や芸術をも含む美学のような問いにつながってゆくものなのか、さらにメディア論やコミュニケーション論、情報技術論もその射程に入ってきて、さらにマーケティングや経営、経済学の範疇も含めて、あるいはそれらを横断してデザインの諸問題は存在していると考えます。
そう考えると、デザインは一つの「学問領域(ディシプリン discipline)」ではなく、さまざまな学問領域を横断して現れる「問いの圏域」を指していると考えられます。したがって、デザインの問いは様々な人間科学の問いでもあるし、分析的な問いにもつながってくるものです。
デザインは一つのディシプリンではないけれども、現在社会が持つ様々な問題点がつくり出す広がりや、相互関連、結びつきに対して横断的な力を持って一つの解を生み出す事が出来るのではないかと考えています。
21世紀になり、色々な可能性が提示され始めた私たちの世界、私たちの生活のあり方、私たちの存在の条件についてどこまで本質的な問いを発することが許容されるのか、さらにそれらはどの様な広がりを持つものになってしまうか。
それらを探求することデザインという茫漠な広がりを持つ活動のアウトラインを俯瞰し、そのコアを発見することにもつながると考えます。
(つづく)
私は、私たちが現代に生きている事をふまえ、人間としての存在や社会のあり方、文化や環境の成り立ちについて根本的な事までを含みながら考える試みがデザインには必要な時代になり、またデザインという言葉もその範囲を広げています。
これらの根本的な問いは相互に結びついて私たちの時代固有な問題群として存在し、成立していると考えることができます。その問題群がどの様な要素から成り立ち、どの様な公正になっているのかを探求してみたいと言うのが切っ掛けとなっています。
デザインとはなにか、既存の学問領域で考えると、言語学や記号論や精神分析学というような人間科学の諸領域に属するモノなのか、あるいは文学や美術や芸術をも含む美学のような問いにつながってゆくものなのか、さらにメディア論やコミュニケーション論、情報技術論もその射程に入ってきて、さらにマーケティングや経営、経済学の範疇も含めて、あるいはそれらを横断してデザインの諸問題は存在していると考えます。
そう考えると、デザインは一つの「学問領域(ディシプリン discipline)」ではなく、さまざまな学問領域を横断して現れる「問いの圏域」を指していると考えられます。したがって、デザインの問いは様々な人間科学の問いでもあるし、分析的な問いにもつながってくるものです。
デザインは一つのディシプリンではないけれども、現在社会が持つ様々な問題点がつくり出す広がりや、相互関連、結びつきに対して横断的な力を持って一つの解を生み出す事が出来るのではないかと考えています。
21世紀になり、色々な可能性が提示され始めた私たちの世界、私たちの生活のあり方、私たちの存在の条件についてどこまで本質的な問いを発することが許容されるのか、さらにそれらはどの様な広がりを持つものになってしまうか。
それらを探求することデザインという茫漠な広がりを持つ活動のアウトラインを俯瞰し、そのコアを発見することにもつながると考えます。
(つづく)

