映画

2008年03月03日

アレキサンダー

「プラトーン」などで有名な巨匠オリバー・ストーンが、総制作費200億円をかけてマケドニアの英雄アレキサンダー大王の生涯を描く歴史スペクタクル巨編。
主演のアレキサンダーにコリン・ファレル、語り部のプトレマイオス一世にアンソニー・ホプキンス、他アンジェリーナ・ジョリー、ヴァル・キルマーと蒼々たる顔ぶれ。

話は大王の死後から40年後、彼の後継者であるプトレマイオス一世がアレキサンダーについて語るところからスタートする。
序盤は幼年期から青年期までの成長、大王になるまでが描かれる。
そして序盤の見せ所、ガウガメラの戦いは血肉が飛び散り、敵味方入り乱れる壮大な戦場として描かれている。
騎馬隊を率いてデイドロス大王に突撃をかけるアレキサンダーは返り血を浴びて顔や鎧が真っ赤に染まる。これが古代の戦場だと言わんばかりのシーンである。
中盤からは侵攻の模様をプトレマイオス一世の語りだけで進めるので、激しい戦闘シーンもないのでつまらない。
終盤にはインドで像を相手にプラトーンばりの凄まじい戦闘が繰り広げられる。
以後、衰弱していくアレキサンダーの末路が描かれる。
問題なのは、アレキサンダー大王が側近の男性を愛していたり、インドの美少年とキスしたりと、バイセクシャルな描写。
アレキサンダーをゲイ扱いして何の意味があるのかわからなかった。

戦闘シーンも2回だけ、アレキサンダーの人物像を掘り下げるだけの映画。
アレキサンダーの偉大さを知るような作品でもない。
上映時間が3時間と長い上に冗長すぎるのも欠点。
古代戦士のぶつかり合いなら「トロイ」や「300(スリーハンドレット)」の方が楽しめる。

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2008年02月22日

2001年宇宙の旅(2001:A Space Odyssey)

スターウォーズやエイリアンも面白いけど、SF映画といったら2001年宇宙の旅。
その後のSF映画で影響を受けてない作品はないと言っても過言じゃない。
宇宙空間で起こりうる現象を細かな部分までリアルに描いているのが凄いところ。
例えば、無重力宇宙船の中で睡眠中の博士の腕がふらふら動いていたり、船外作業用ポッドの爆発シーンでは無音(宇宙空間では音が出ない)だったり、宇宙とはこういうところなんだと思わせてくれるシーンが数多く存在する。
映像も68年作品とは思えないくらいに美しく、これが40年も前に作られた作品というのが信じられない。
クラシック音楽を使った宇宙の優雅さ、無音空間で人間の呼吸音だけによる緊張感のある雰囲気、静と動のメリハリも抜群。
さすがは天才キューブリック監督だ。

SFでありながら、人類の進化における宇宙(地球外生命体または神)との関わりという難解な哲学的要素も含んでいるのも面白いところ。
正直、ストーリーに関しては見ているだけでは理解し難い。
ラストシーンなんて100人に感想を聞いたら、100の答えが返ってくると思う。
キューブリック映画はあるテーマに基づいて作品を作るが、最終的な答えは第三者に委ねる形をとっている。
映画とは監督の見解を視覚的に表現したものであると同時に、第三者(オーディエンス)に「見てくれ」ではなく「考えてくれ」というメッセージもこめられている。
キューブリックは、そういった考えに基づいた作品作りを重要視してているのではないかと思う。

この映画を見て機動戦士ガンダムがモロに影響を受けている部分があった。
ボールはどう見ても船外作業用ポッドだし、ハロは言葉を話す人口知能ハル(HAL9000)が元ネタだというのはすぐにわかった。
日本のSFアニメですらこれだけ影響を受けているような作品だ。
機会があれば是非見て欲しい。

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2008年02月20日

ゴッドファーザー

放置していたゴッドファーザーPART靴鮓た。
前2作には及ばないというのが大方の評判だがそうは思わない。
確かにPART機↓兇任魯疋鵝Ε凜トー・コルレーネ役を演じて強烈な印象を残したマーロン・ブランド、ロバート・デ・ニーロやソニー役ジェームズ・カーン、トム役ロバート・デュヴァルと名俳優揃いだった。
それにくらべると靴任麓膺邑マイケル役アル・パチーノ、甥のヴィンセント役アンディ・ガルシアくらい。
とはいえ役者の数で映画の出来が決まるわけではない。
ゴッドファーザーとは悪の存在として描かれているマフィアを、普通の人生を送ろうとするマイケルに敢えてファミリーという存在を背負わせることによって生み出される人々の葛藤の物語だと思っている。
今作では前作で最強のファミリーを築き上げたドン・マイケル・コルレオーネの末期に焦点を当てた作品で、ほとんどアル・パチーノ一人劇場といってもいい。
舞台は前作から20年後の1978年。
60代に差し掛かったマイケルの顔は、強大な権力の代わりに兄弟を殺し、最愛の家族すら失った悲しみからか異様に老け込んで見える。
バチカン、ローマ教皇を巻き込む陰謀をベースとした話でとにかく長いが、見所はなんといってもラストシーンだろう。
マイケルは甥のヴィンセントにドンの地位を譲る時、代償に信愛する家族を失う、だから娘のメアリーは諦めろと言った。
ヴィンセントは言うとおりにメアリーを諦めるが、マイケルを狙う殺し屋によって殺されてしまう。
マイケルは声にならない叫び声をあげて放心状態になる。
自らが殺してきた血の代償は、皮肉にも自らの娘を失うことによって払われることになってしまった。
その後、シチリアの庭で椅子に腰掛けたまま孤独に死を迎える。
「ファミリー」を守るために、「家族」を失ったマイケルにはもはや何も残っておらず、孤独な死は罰ともいえる。
こうしてゴッドファーザーは幕を閉じる。
やや物足りないところもあったが、ラストのあっけない幕切れはマイケルという人物そのものを体現しているようだった。

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2008年02月02日

アメリカン・ギャングスター

話題の映画を見てきた。
実在した黒人ギャングのサクセスストーリーをリドリー・スコットが映画化。
主演がデンゼル・ワシントン、ラッセル・クロウの二大アカデミー賞俳優だったので期待して見に行ったら、いまいちだった。
上映時間が3時間もある上に、盛り上がる場面もあんまりない。
睡眠不足のせいもあって上映中に5分ほど眠ってしまった。
主演二人、特にデンゼルは知的な雰囲気を醸し出しながらも、ギャングという立場の人間らしく暴力的な一面も上手く演じ分けていてさすがだなと。
ラッセルは印象に残るようなところはなかったかな。
でも男同士の対決ならマイケル・マンに監督やってほしかった。

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