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前回のつづきです。
▼前回「人を責めると、人生が滞る4
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▼人を責めると、人生が滞る 5 

今回は「人を責める」というやり方が、なぜ自分の幸せに結びついていかないか、一番重要な最後の要素についてお話していきます。

4.相手のせいにすると、自分の“思い”を変えられない

「人を責める」というのは、相手が原因だ、と思っていることです。
つまり、誰かのせいにしているのです。

誰がどう見ても、相手が間違っているという場合でも、相手のせいにしていると、自分を幸せにするパワーを、相手に預けてしまうことになります。

そして、相手のせいなのに、相手は変わってくれないのです。

相手が変わらなくても、自分の“思い”を変えることで、この状態から抜けられるのですが、変わるべきなのは相手だと思っているので、
自分の“思い”を変える、ということに気持ちが向きません。

当然、『自分が心の中で思っていたことが、外側の世界に現れていた』ということにも気づくことができません。

ですから自分の、幸せをもたらさない攻撃的な“思い”を、幸せをもたらす“思い”に変えることがなかなかできないのです。

つらい出来事があったら、加害者のせいにするのは当然のことです。

「人(あるいは状況)を責める」のか、それとも、「自分が変わる」のか。

この考え方を受け入れるのは、本当に大変だと思います。

心に負った傷が深ければ深いほど、優しく丁寧に過去の傷を癒しながら、その人が受け入れられる状態になるまで、心が成熟するのを待つ必要があります。

幼児期のトラウマによって、大人になっても社会に適応できない方たちと、セラピーで何百人も出会ってきました。

多くの人は、「親のせいで自分は不幸になった」と思っていました。

心理学の本を読むと、それを裏付けてくれることがたくさん書いてあるので、理論武装して、親を責めるようになった人もたくさんいます。

責めることで、親から自立していこうとしているのです。

「ひどい親を責めることは当然のことだし、それによって自分にパワーを取り戻すことができる」、と思っている人は多いのです。

もちろん、親を批判することによって、以前の自分よりも強くなったと実感できるし、自分の気持ちを整理して、はっきり相手に伝えられるようにもなります。

自分の人生を、思い通りに生きて行くことができるようになったような気持ちがすることでしょう。

ところが、何十年も親を責め続けても、自立できない人がたくさんいます。

また、とても自立的になったのに、幸せでない、人生が滞っている人も多いのです。

共通しているのは、「親のせいにして、責めていること」です。

人のせいにする思考回路が習慣になっていると、自分の人生が滞ってしまいます。

この罠にはまってしまうと、ここから抜け出すのに長い時間がかかります。

「人を責める」のか、それとも、「自分が変わる」のか。

皆さんはすでにお気づきかと思いますが、癒しとは、究極的には許していくことに他なりません。

許しが起きると、恨みはなくなります。

心安らかな想念を持つようになり、それが外側の世界に現れて、心が安らかになるような出来事が起きてきます。

するとさらに、心が安らかな気持ちになり、良い循環に入ります。

ある人物は許せたはずなのに、楽にならない人は、まだ誰かを恨んでいるか、恨んではいないけれど、日常で誰かを責めています。

恨みや人を責める気持ちに共通しているのは、“攻撃的な想念”です。

攻撃的な想念を持っている人は、自分の周囲に攻撃的な世界を引き寄せます。

そして不安や怖れ、惨めな気持ちを感じてしまいます。

この悪循環から抜けることができるかどうかは、「人を責める」のか、それとも、「自分が変わる」のか。

いつでも自分の心ひとつにかかっているのです。

次回からは、せっかく癒されて平和な日持ちになったのに、また人を責めるようになってしまうのは何故なのか、それには、どうしたら良いのか、について書いていきます。



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