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前回のつづきです。
▼前回「人を責めると、人生が滞る6
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▼人を責めると、人生が滞る 7 

ある読者の方から、「今回の連載は、読んでいると気が重くなる」との感想をいただきました。

個々の状況はさまざまであれ、私たちが陥りがちな負のパターンの中核的な部分について書いているため、

読むだけで、心がザワザワ動き出すような、落ち着かない気持ちがする方もいるかも知れません。

今回の連載を読んでいて、「人を責めてはいけません」と、責められているように感じてしまう方がいるとしたら、それは私の書き方が至らないせいです。

お詫びします。

しかし最終的には、心が平和な状態になることで、人生が楽になって、自分の周りによいことが起きるように、

そうなるためには、どうしたらよいのか、それをお伝えしたいのです。

心が平和になって、「生きているのが嬉しい」という状態になるには、どうしたらよいのか。

心がどこか痛いときは、“責める”か“責められる”のか、といった二者択一的な気持ちになってしまいがちです。

それ以外の、平和や、歓びの方に心が向いていって、滞りから抜けて行くには、どうしたらよいのか。

それを明らかにしていくために書いています。

時には読みづらい箇所もあるかも知れませんが、もうしばらくお付き合いいただければと思います。

前回のHeart通信では

「被害者は人を責めたくなる」「被害者になってしまう人の特徴について書きました。

引き続き、被害者の心の中を深く見ていきましょう。


◆被害者になる本当の理由

自分が被害者になってしまったと感じるような出来事が起きたなら、次のように自分に質問してみるのです。

ー分は「被害者になる」ことで、何を得たのか? 何ができるようになったのか?

被害者になったことで、やらなくても済むようになったことは何か?

非常識な質問で、腹が立つかも知れません。そんなことは考えるまでもなく「何もない!」と答えたくなるかも知れません。

実際のところ、この考え方は、被害にあった直後の方には話せません。

つらい気持ちに寄り添って、心の痛みを癒していき、楽になってからでないと受け入れられないからです。

最初は何も答えが浮かんでこないかも知れませんがが、じっくりと考え続けてください。

例えば、親にひどい育てられ方(被害)をしたので、私は心が不安定になってしまった。

社会に出てからも、周囲の人たちがひどいことをしたので(被害)、その後社会に出られなくなってしまった。

このような人の場合、社会に出られなくなって、一見、失ったものばかりです。

得たものなど、何もないように感じます。

でも、もし社会に出て失敗してしまうことを恐れているとしたら、引きこもることで、社会で失敗しない生活を得た。

加害者(親)の責任だから、自分の人生の責任を取らなくても済んだ。という現実があるかも知れません。

このようなメリット(当人は意識していませんが)があると、無意識は、何度でも被害者になるような出来事を引き起こします。

今、似たような境遇で苦しんでいる人が読むと、私がこじつけのような理由を書いている、と思うかも知れません。

でも、セラピーの現場では、社会で失敗する恐れや、自分の人生の責任を取ることの怖れを癒すことで、その人の心の状態が大きく改善されていきます。


◆攻撃的な意識

被害者になると、「こんな目にあって、自分はなんて不幸なんだろう」と思うと同時に、潜在意識では常に加害者を攻撃しています。

また同じように激しく、不甲斐ない自分自身のことも攻撃しています。

見逃されがちですが、被害者の大きな特徴的のひとつは、この攻撃的な意識です。

自分へも周りへも常に攻撃的な意識を抱えている人は、黙っていても無意識のうちに怒りが周りに滲みだしてしまうものです。

すると、周囲の人がそれに反応して、無意識のうちにその人に反発してしまうので、理由のない攻撃を受けやすくなる、という特徴があります。

「周りの、傍若無人にふるまっている無神経な人々に比べたら、自分ほど周囲に気をつかって生活している人間はいない」…。

なのに、なぜだか神経を逆なでされるような目にばかり合ってしまうのです。

「どうして私ばかりが、こんな目に合うのかわからない」と思っている人は、自分の潜在意識の中にある攻撃的な意識に気づくまで、その状況は変わらないでしょう。


◆痛みがあると、責めたくなる

自分の中にある怒りや、批判している気持ちに気づいたら、その下には必ず痛みがあります。

以前、電車に乗っていた時のことです。

満員ではないけど混雑していて、私は立っていました。

電車がブレーキをかけたので大きく揺れて、横にいた女性がピンヒールで、サンダルの私の中指をグサリと踏みました。

踏まれて激痛を感じた瞬時に、怒りが出てきました。

電車が揺れたのは、その女性のせいではないので、彼女に悪気がないのは、頭ではわかっています。

でも怒りを感じてしまいました。

痛みがあると、攻撃的になるのです。

身体の痛みだけでなく、心の痛みも同じです。

心が、つらい、しんどい、苦しい、重い、悲しい、希望がない、虚しい。

こんな気持ちになると、周囲を責めたくなります。

こういうときに、「責めないで」とか「怒らないで」と言われても、「責めてないよ!」とか「怒ってないよ!」とか反発する気持ちになるだけで、

腹の中の攻撃的な気持ちは一向に治まってくれません。

相手や、自分の攻撃的な気持ちを、何とかしようとするよりも、攻撃的にさせている、痛みの方に手を差し伸べていってあげることで、痛みが治まり、安らかな気持ちになって、攻撃性がおさまっていくのです。

≪続く≫



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