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前回のつづきです。
▼前回「人を責めると、人生が滞る9
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▼人を責めると、人生が滞る 10 


分離は次の2つの要因から強まります。


◆母親との“分離”体験

1つめは、母親との“分離”の体験です。2つめは、自分の思うようにやりたい気持ちです。

母親との“分離”の体験は、幼児期よりももっと前の、乳児のときに端を発します。

乳児が周りの世界を探索するため、母親から離れようとするのは、自然な発達段階です。

ところが母親の心が不安定な状態になっているときに、乳児が勝手に自分から離れていこうとすると、それまで睡眠時間も削り、自分のほとんどすべてをささげて

夢中で育ててきた我が子だからこそ、「この子は自分勝手なことばかりして、私の気持ちをないがしろにしている」と、まるで自分が見捨てられたような、

自分が尊重されてないように感じて、心が痛くなってしまうことがあるのです。

痛みがあると攻撃的になるので、いざ子供が戻ってきたときに無視するとか、つい冷たい態度を取ってしまうのです。

母親だけでなく人間はみな、自分への“確信のなさ”に由来する大きな痛みを抱えているから、自分の思うようにならないものに出会うと、苛立ってしまうのです。

それまで、すべてとの一体感、ありのままを受け入れられている感覚で生きてきた子供は、信じ切っていた母親から拒絶されて、深く傷つきます。

母親から離れて自分で行動し始めるこの時期に、子供は、自分と自分以外のものとの関わり方を、体験を通してプログラミングし始めます。

このときにプログラミングされた「母にすら受け入れてもらえない、ダメな自分」「周りの人間は、信頼できない、冷たい」という思い込みは、その後の人生において、自分以外との関係の基調になります。

自分の外側のすべてのものに、信頼と愛情を感じられなくなります。

信頼できない、確信のない世界で、受け入れてもらえないダメな自分、分離した自分が、孤立して生きているような感覚になります。

その結果、自分から、周りとのつながりを切り離してしまうのです。もうこれ以上傷つきたくないからです。

ここまで読んでいると、自分を受け入れてくれなかった母親を責めたくなる人もいるでしょう。

母親を責めると、分離をさらに強化してしまいます。

それに、たとえ優しく受け入れてくれる母のもとで育ったとしても、分離は避けられないのです。

人の世は、分離した意識で生きている人間が作り出したものです。成長して、社会に適応していけばいくほど、勝ち負けや競争など、分離した感覚に捕らわれてしまいます。

母も父も先生も、子供がお手本とする大人たちは、分離した感覚に適応してきた人達だからです。


◆分離すると、ダメな感じがつきまとう

皆さんのパソコンは、ネットにつながっていますよね。

もしも突然、今日からはネットにつながらず、自分のパソコンの中にある情報と能力だけで、仕事をしなくてはならなくなったら、どんな感じがしますか?

安心し、安定した気持ちで、自信を持って仕事ができますか?どれだけの能力が出せると思いますか?

カエルは、自然が持っている神秘と、調和と、揺るぎなさに、つながって生きています。

胎児は、母胎の背後にある自然の神秘のいとなみとつながって、愛情、安心、安らぎと一体になって、「ありのままでよい」という感覚で育っています。

しかし悲しいことに、大人の私たちは、ネットにつながっていないパソコンのような、世界から一人ポツンと取り残されてしまったような感覚を抱えながら、生きているような感じなのです。

(次号に続きます)



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