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前回のつづきです。
▼前回「人を責めると、人生が滞る12
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▼人を責めると、人生が滞る 13
 

◆投影を引き戻す

投影とは、映画館の映写機にたとえたネーミングです。

フィルムに光を通すと、フィルムの影がスクリーンに映し出されて映像となります。

これと同じように、自分の心の中の想念が相手に写し出されて、その想念を相手が持っているように見えることを、投影と言います。

A子さんには「私のいうことを聞いて!」という気持ちがあり、これがフィルムにあたります。

このフィルムの影を夫に投げかけているので、夫が自分に対して指図をしているように思えます。

夫に投げかけているこの影は、もともと自分の中にあるものだから、これを自分に引き戻して、「自分が指図をしたいと思っている」と気づくことを、 「投影を引き戻す」といいます。

A子さんは、自分の中の「私のいうことを聞いて!」という気持ちを引き戻すと、その下にある「みんな私のことなんか、どうでもいいのよ」という悲 しみに気づきました。

この悲しみの感情がつらいので、A子さんはそれを怒りに変えてしまったのです。

彼女はこの悲しみに、そっと優しさと思いやりの気持ちで寄り添っていきました。

そこには、「私の価値を認めて、受け入れてほしい」という、長い間置き去りにされていた願いがありました。

本当に長いこと、誰にもかえりみられることなく、孤独と絶望に押しつぶされ、死んだようになっているもう一人の自分が、そこにいました。

A子さんは涙を流し始めました。

そして、「本当は、夫と仲よくしたい。愛し、愛されたい」という心の底からの思いを実感できたのです。

このように、投影を引き戻すことで、切り離してわからなくしていた自分の中の深い気持ちとつながることができます。

「エゴを超えた自分」とつながるのです。


◆「相手の身になる」ことで、つながれる

生まれたとき、「エゴ」の検閲はありませんでした。

生まれてまもない赤ちゃんは、母親と一体の感覚です。

一体感と、ゆだねている感覚を、全面的に母親に向けています。

つながりを失くして生きていた母親も、子供を宿すことで赤ちゃんとつながります。

赤ちゃんが何を訴えているのか、察することができるようになります。

暑いのか、寒いのか、お腹が空いたのか、眠いのかが言葉が通じないのに、わかるようになるのです。

頭で考えるのではなく「何となくそんな気がする」という、わかり方です。

この、相手の状態がわかる感覚は、つながっているからできるのでしょう。

おそらくこの時の赤ちゃんも、赤ちゃんなりに母親の状態が「何となくわかっている」のではないでしょうか。

一体だから、ありのままが、そのままわかるのでしょう。

少し育ってくると、ごっこ遊びをはじめます。

自分以外の人物になる遊びです。

私の子供が保育園の時、「家族ごっこ」が流行っていて、女の子に一番人気のある役は、おしゃれなお姉さん役で、一番人気のない役は、赤ちゃん役だ そうです。(すでに“体験済み”ですからね)

男の子はお父さん役で、やることはただ、「行ってきま〜す」と仕事に出かけていくことだけなので、やはり不人気です。

男の子の一番人気は、「家族ごっこ」に加わらず、木の棒を持って、戦士の役をやることだそうです。

自立した強い男性になって、一人で見えない敵と戦っています。

電車の運転手役も人気です。

ごっこ遊びで、自分ではない他者になりきって、自分がそうなったときの感じを、体験して学んでいるのです。

投影は、自分の気持ちを切り離すだけでなく、相手のことも切り離します。

ごっこ遊びは、相手の気持ちになることで、つながりを体験します。

投影は、自分の気持ちを人の気持ちにして、わからなくしますが、ごっこ遊びは、自分がその人になって、わかろうとします。

エゴは「自分は一人で生きている。つながっていない」と思い込んでいますが、他者になる体験ができる、ということは、本来の私達は、つながってい るのです。

ということは、つながりたいときには、ごっこ遊びのように他者になることで、つながることができるわけです。

日本には『相手の身になる』という言葉があります。

イメージの中で、相手の立場になったり、相手そのものになってみることで、相手の気持ちを思いやったりできます。

前回書いた、友人の悩みを聞いているうちに、自分まで悲しい気持ちになったのは、相手の身になって、自分がその人の気持ちになっている状態です。

これは相手とつながっている状態です。

悲しんでいる相手につながると、悲しくなります。

でも悲しいだけでなく、嬉しいような、あたたかいような感じも一緒に感じられてきます。

つながっているときの感覚は、そのような感覚として感じられるからです。

つながればつながるほど、ありのままの相手が、そのままわかるようになり、それによって自分も、ありのままでいられるようになります。

エゴを超えた本来の自分と、つながることができるのです。

≪次回に続く≫

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