ROAD・OF・THE・HEARTLAND

皆が夢に見、追い求め続け、もはや幻想と言われる大陸「ハートランド」。 どこかにある理想郷は、見つけるのではなく皆で創るんだ!! 我々は流行や権威、既存の価値観に左右されることなく、 「モノ本来の価値に気付く、発見する、自分にとっての本物を追求する。」 という考え方のもと、それぞれの「楽しく」「かっこよく」を探し続けます! そんな仲間たちの日常を綴ったブログ。はじまりはじまり~!!

2012年09月

台風とともに。

昨日日帰りの予定だったのに、突発的に新居浜泊。

思ったとおり、雨降ってます。台風直撃。
飛行機も飛んでないみたい。

新幹線で帰路。(四国には新幹線はありませんが)

途中、○○線は運休ですとか、運転見合わせとか、情報が入ってきます。
「楽し!」、
もしかして電車の中で宿泊になったりして、なんて考えながら、
スムーズに埼玉着。

台風を追い抜いた見たいね。
ニュースでは新幹線で宿泊した人もいたとのこと。「残念!」
不謹慎でした。。。


愛媛は順調

土曜日、新居浜に行ってきました。
普段より倍ほどの昼売上げだったらしい。

林が到着した13時頃、てんやわんやって状況が伝わってきます。
駐車場も満タン、ウェイティングを出しながら大苦戦。

近隣で運動会があったからなのか、
林が突然やってきたからなのか。

お疲れ様。

小林君が土曜日なのに遊んでくれるってことなので
4時頃から隣の「がんば亭(セルフうどん屋さん)」にてビール10本。

その後、いつもの一番鶏。

小林君と別れた後、固形物をあまり食べていないことに気づき、
天下一品と、和田ラーメンをはしごしました。

明日は台風。

帰れるかね??

夢の続き3

大和ハウスの入社前研修が3月末頃1週間程度。

研修行ってきまーーすなんて、親につげて気楽に浜名湖(静岡県)研修へ。

3月31日最終日、大阪周辺を希望していた林に、赴任先が順番に発表されます。
200人くらいいたんじゃないかな。

「ハヤシコウジ・厚木支店・流通店舗事業部営業」なんていわれたんだろうな。

「はい!」なんてこたえたような気がするけど、

となりの人に
林・・・・・・・「厚木ってどこ??」
隣の人・・・「神奈川や」
林・・・・・・・「??ああーー金沢な、石川県で、蟹が美味しいとこ!?」
隣の人・・・「ちゃうちゃう、神奈川や、東京の隣で、横浜のあるとこ!」
林・・・・・・・「あーー東京の隣で横浜のある・・・・・・・・・えーーーーーーーーー??!!」

ん??!大阪出身で大阪近辺希望しなかったっけな??
観光事業部で沖縄ならOKなんだけど・・・・?

そういえば面接官が「若いんやから、どこでも頑張れるよな!」なんて言葉に
「はい!」なんて調子よく答えたようなきもします。

まあ、結果、林は次男坊でもあり、継ぐべき家があるわけでもありません。
今から考えればいつまでいても邪魔なだけ?!

良い機会だと感じた夜でした。

次の日から自宅に帰ることなく赴任します。 その日の夜、当時携帯電話もなかった時代のホテルの公衆電話に、大行列が出来ていました。
涙ながら、なんて人もいたな・・・・。








夢の続き2

就職活動しました。
内定、いっぱいもらいました。
バブルだからね。

といっても3流大学だから、それなりのとこ。
上新電機・アートネイチャー・大和証券・積水ハウス・ミサワホーム・大和ハウスが一流どころ。
その他色々。

何かのついでに資料請求したのかな?行く気もない自動車販売会社のディーラーなんかは、
資料請求した?だけで、一次面接通過・2次面接通過・最後は内定したので来て下さいなんてお手紙が来ました。
「下手な鉄砲も数打てば当たる」って感じ。

中には社長とフランス料理で個人食事会をしたとこもありました。バブリーーーーでしょ。

将来独立できそうなとこを残しました。

そんな中で選んだのが「大和ハウス」。
といっても、希望は観光事業部だったんだけどね。

当時、さんまの、「男女7人夏物語」なんてドラマが大ヒットしていて、
ここでもテレビっ子の林は影響されています。

趣味を生かして、旅行会社作るぞ!なんてね。。

でも配属されたのは「流通店舗事業部」。
しかも赴任先は希望であり出身地の関西を大きくはずされて「神奈川県」です。

夢は大和ハウスの社長!、もしくは不動産会社となりました。





夢の続き。(かきかけ)

日本料理の職人さんの「エリート」ってのは、
15歳から高校も行かずに修行に来てる人たちのこと。
大卒なんて、使いにくいやつでしかありません。

15歳で自分のやりたい仕事を見つけているのなら幸せだね。
15歳からスタートを切って、知識と経験を積み重ねていけば、
大きな確立で成功の道が開きます。

3流大学出身の林の場合、大学なんて社会に出る前のモラトリアム。
ボーっとしたりふらふらする最後の期間だと考えていました。
将来何をしたいか分からないからとりあえず進学して時間を稼いでるって感覚。

テレビの影響で、学校の先生になりたいなーーなんて
小学生くらいから考えていたので、
大学に行くのはある意味必然かも知れませんが。

3年生のとき教職の必須科目を選択していないことに気づき、
来年の教育実習の予約をキャンセル。

あっとゆうまに、「夢」を方向転換しました。
もともと、「何が何でも!」てわけでもなく、
なれればいいなーー程度だったんだろうな。

今考えれば、本気で先生になりたければ、まだ5月なので、
そこからでも単位は取れたのかもしれません。
そのときは思いつきもしなかったけどね。

次の夢(野望?)は、
当時「ルックルックこんにちは」で宮尾すすむがやっていた
「日本の社長」にみせられて、
「社長になろう!」なんて考えました。(これもただなんとなくですが)
(宮尾さんが社長宅に行くと、いつも冷蔵庫にメロンが入ってんだよ。すごいね!(・◇・)ゞ)

当時バブル真っ盛り。
証券会社の最初のボーナスは「縦に立つぞ」とか、
佐川急便は月給100万円だぞ、なんて噂もあった時代です。



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