さくやこのはな

まんがやアニメの元ネタっていうか、作品世界に織り込まれた神話・伝説・古典をゆるい感じで考察するよー。 いまのところ『咲―saki―』重点。忍殺もあるよ(予定)。

合同合宿後に和は咲の家に行き、咲の料理を食べたことがあって個人的には美味しくて好きな味だと思っています。」dreamscape19.12.22


 合宿の帰り道を、いつものように並んで歩く。次の曲がり角で和ちゃんとはお別れ。勇気を出すならーー今しかない。

 咲は唾を飲み込んだ。息を吸って、吐く。気持ちを落ち着けて、そして声を絞り出す。

「和ちゃん」

「なんですか?」

 彼女は明るい色の髪を揺らして、こちらに笑顔を向ける。

「あのーーもし今日そんなに疲れていなくて、このあと予定がなくて、それで、嫌じゃなければ、なんだけど。うちに寄っていかない?」

「咲さんの、家に?」

  一瞬真顔に戻った和ちゃんの表情、その変化を窺う。卓を囲み、感情をぶつけ合い、誰にも言えなかったことを話し、合宿で一緒に過ごし、県予選の控え室で寄り添って眠り、そして合同合宿でも一緒にーーそんなふうに長い時間を過ごしてきたはずなのに、すごく怖い。当然だ、友達を家に誘うのなんて初めてなのだから。親しい友達などあまりいなかったし、京ちゃんはハンドボール部が忙しくて帰り道が一緒になることはなかった。

 でもーーと咲は思う。思いきって声をかけてみたら、こたえてくれたのかもしれない。本性を暴かれるのが怖くて、生活空間をだれかと分かち合うことを避けてきたのは、自分だったのかも。

 麻雀にもう一度向き合うことを決めた。今までどおり本は読むけど、顔をあげてきちんと人と話すことにした。原村さんを、和ちゃんって呼んでみることにした。

 これは、つぎの一歩だ。

 和ちゃんがこちらを見つめる。そして、にこりと笑った。

「ご招待ありがとうございます、咲さん」

  みなさま、新年明けましておめでとうございます!

  気が向いた時にしか更新しないブログですが本年もどうぞよろしくお願いいたします!(最近「スマホで更新する」という技をおぼえたので更新頻度を上げたいです)


 さて、『咲』本編はとうとう決勝先鋒戦、照の「ギギギー」が発動しそうな雰囲気ですが、私、実は菫と照の関係がすごく好きで…そんな気持ちをSSにぶつけてみました。twitterで秋頃に発表した2篇をちょっと直したものになります。なんとなくカッコいいかと思って菫照にウィーン菓子を絡めて展開させてみました。しかも日本ではあんまり手に入らないやつ!超カッコいい!



1

菫の花の砂糖漬けの作り方を、知っている。


 朝露に濡れてうつくしく咲く花を茎から摘み取り、よく洗い、キッチンペーパーで水分を取ったあと、まずは卵白に浸す。つぼんだ花びらを抉じ開けて、奥の奥まで卵白が満ちるように。それからグラニュー糖を敷き詰めたバットの中へ。先ほどの卵白が花にグラニュー糖を絡めてくれる。楊枝やピンセットを使って花の形を整えつつ、満遍なく甘い甘いグラニュー糖を塗してゆく。日陰で二、三日乾かせば、愛らしい砂糖漬けの出来上がり。ケーキなどのトッピングに使っても、紅茶に砂糖の代わりに入れてもいい。自然に咲く花が萎んだあとも、陽光に照らされてきらきら輝く砂糖の衣を纏った菫は、そこに残り続ける。

自然に咲く花が萎んで実になって、次の世代に命を繋ぐころーー戸棚の瓶の中で、菫の砂糖漬けは静かに朽ちてゆく。


菫は。

菫にとってはーーどっちが不幸なのかな。

自然のままに生きるのと、私にこうして摘み取られてしまうのと。



2

それはまるで、巨人の踵に踏み砕かれたような。これまで培ってきた戦術もセオリーも何もかも通用しなかった。その力はどこまでも圧倒的だった。総てを薙ぎ倒して無に帰すかのような、尋常ではない力。

ーー天性の、才能。


「明日も来いよ」

そう告げた自分の口元が、きちんと笑みを形作れていたかどうか。それさえもわからないほどに消耗している。けれど私はことばをつづけた。つづけなければいけない、と思ったから。

「ーー最低でも私だけは相手をする」

「善処するよ、菫」

そう言って彼女は、少し笑ったように見えた。疲労に霞んで歪んだ視界のせいで、そう見えただけなのかもしれなかった。


✳︎✳︎✳︎

 10分間の休憩!と、誰かの声が聞こえた。彼女はすぐさま、テーブルの脇に置いてあったチョコレート菓子を口に入れる。ひとつ、ふたつ。こいつは甘いものが大好きなのだ。ここに来たのだってお菓子とパンケーキ食べ放題に釣られてのこと。それなのに起伏の少ない細身の体型を保っていられるのは、糖分から得たエネルギーを総て麻雀に費やしているからだろうか。

 不意に、彼女が口に運んでいるのが、古い映画に出てきた欧州のお菓子であることを思い出す。天才に焦がれた凡人の食べ物として描かれていたそのお菓子に、彼女は唇を這わせ、歯を立てる。表面を覆っていたホワイトチョコレートがぱらぱらと崩れ、暗い色の中身が露出する。白い夏服の膝の上に、お菓子のかけらがいくつも落ちた。

白く細い指が、それを集めてゴミ箱へ持ってゆく。どうして私はこいつに「私だけは相手をする」なんて言ってしまったんだろう。


  なあ、照。お前に凡人の気持ちがわかるか?ただただ圧倒的な才能を見せつけられ、ちっぽけな自尊心も自己肯定感も粉々に砕かれてしまう人間の気持ちが。つい先ほど、教室で他愛のないことばを交わしているときにはあんなに近く感じたお前が、こんなにも遠い。

  いずれこの差を埋めてみせる、と誓ったこともある。これまでずっとそうしてきたように、弛まぬ努力のもと一歩一歩進んでゆけば、いつかは高みへと辿り着くはずだ。そう信じたかった。人は誰でも平等で、勤勉と努力によって何にだってなれるし、どこにだって行ける。そんな幻想にずっと、縋っていたかった。

  でも麻雀では勝てなくて、だから私は「不器用な天才を補佐するしっかり者の同級生」としての地位を選んだ。お菓子を零したり、道に迷ったり、時間割を間違えたりーーそういうお前の姿を見ることでささやかな優越感を得て、それでなんとか日々を繋いできた。くだらない、腐った日々。

そこまでして、どうして私はお前の側にいるんだろう。


「菫も食べる?」

照が尋ねる。私は頷いて、彼女の手からお菓子を受け取った。それを、私はひとかけらも零さずに食べることができた。




 2に出てきたお菓子のレシピはこちらです。おもちよりも直接的というか、なんというか…




 こんにちは。あおいです。

 先日、阿知賀編の実写版を見てきました。
 公開日に2回見て、先週末にもう1回見てきました。
 そして気になる今週末ですが、名鉄百貨店のバレンタインフェアに『咲』第170局でおなじみのパティスリーであるエスプリ・ドゥ・パリが出店するため、照菫の思い出のお菓子を持って白糸台の応援に行こうと思っています。映画館に!


 この前置きからわかるように、個人的には大満足です。

 大好きな天木じゅんさん(小走やえ役)とRaMuちゃん(渋谷堯深役)が共演されていたこと。キャストひとりひとりが、原作への敬意と愛情が伝わる良い演技をされていたこと。Twitterやブログなどの発言から伝わる、制作陣の原作・役柄への思い入れ。原作のエッセンスを活かしつつリアルな女子高生に寄せた人物造型。ドラマ4回、映画1本に収めるべく行われた原作の解体と再構築、その秀逸さとわかりやすさ。オリジナル要素の最高さ。阿知賀かわいい。シズアコちゃんかわいい。千里山カッコいい。新道寺すごい。白糸台マジ白糸台。主題歌も超いい。(だんだん語彙力が低下する)
 小沼監督、脚本の森さんをはじめスタッフの皆さま、キャストの皆さま、ほんとうにありがとうございました。憧ちゃん役の方がTwitterにあげてくださったシズアコポッキーゲーム動画も楽しく拝見しました。ちょーかわいいので未見の方はぜひ!なんか、キャストさんが二次創作界の最大手になってませんか?(個人的にはとてもすばらなことだとおもいます)

 なお、作中で照が食べていたお菓子を全部特定したかったんですが、スナック菓子をふだん食べないため全然わからずに作業が難航しております…。とりあえず、机の真ん中あたりに置いてあったゼリー(本当はプリンらしい)はこれです。宮永姉妹の仲たがいの原因について「咲が照のプリンを食べてしまったから」という説がまことしやかに出回っていますが、一口サイズのプリンが複数個あれば喧嘩にならず安心ですね!

 さて、これで終わるのもなんなのでちょっと真面目な感想を書きます。私は阿知賀編の中ではシズアコの組み合わせが大好きなので、このふたり――ことにシズを中心に、思ったことや考えたことを記してみたいと思います。

 実写・阿知賀編においては、シズの「山を駆け回る少女」としての側面が強調されていました。
 そのいっぽう、シズの能力に関わる修験道関係の用語・モチーフについては、直接に言及されないか、ぼかしたかたちで表現されています。しかし、それは単なる「省略」や「朧化」ではありませんでした。どういうことなのか、以下で詳しく見ていきます。

 原作6巻、大将戦後半の南一局。穏乃は以下のように述懐します。

「あの頃 山の中でひとりでいることが多かった――
 だからこそ 自分自身というものをハッキリと感じ取ることができたし
 色々と考える時間ができた気がする
 いつか意識は自然の中に溶け込んで――
 深い山のすべてと一体化しているような
 そんな気分にもなったんだ
 今――
 牌の山も対戦相手も
 あの頃の山のように感じる――!」(P152~155)

 そしてこの後、蔵王権現の光背をまとって和了り、トップに立つこととなります。
 いっぽうそのころ、衣ちゃんは咲さんにこう語っていました。

「(シズは)修験者は修行のために歩いた深山路――
 そこを修行ではなく庭のように駆け回っていたという」
「その幽邃の地でひとり――
 しずのは何を感じ取ったのか――」(P136)

「現実の修行の山路も 
 有為の奥山も越え 
 その先にいる 
 深山幽谷の化身――」(P164~165)

 衣ちゃんは実写映画に登場しないため、当然ながら修験者とシズを重ね合わせた台詞はすべて省略されています。「深山幽谷の化身」という表現が淡ちゃんの心内語の中で用いられてはいますが…(よく四字熟語なんて知ってたな…)。しかし衣ちゃんの台詞はシズの心内語やハルエのシズ評の中に、よりわかりやすい形で反映されているように思います。

 修験道において、修験者たちが「現実の修行の山路」を「越」えようと試みるのは、山を征服するためではありません。彼らの目的は、深山という鍛錬の道場で修行を行い、力を獲得することにあります。山は自らを鍛え、高める場所なのです。そして衣ちゃんが「現実の修行の山路」と並列させていた「有為の奥山」とは、『日本国語大辞典』によれば「無常なこの世の中を、越えにくい深山にたとえたもの」でした。よって衣ちゃんの台詞は、シズが「山と同じ」と感じた「牌の山」や「対戦相手」との関わりの中において成長し、力を得てゆく存在である…と言っていることになります。

 そうしたことをより平易に表現したのが、以下の映画オリジナルの台詞でしょう。

1、ハルエが大将戦で健闘するシズに対して、「目の前にいるのは敵じゃないんだね」と語りかける。
2、シズがP152~155の心内語につづけて「今まで出会った人たち、今目の前にいる人たち」が「山」と同じく、「ふれるほどに私の力になる」と述べる。


 これらの台詞によって、高鴨穏乃という少女の輪郭、人物像がより明確になりました。映画ではじめて阿知賀編にふれる人が、修験道云々を知らなくても、戦いの中で成長するといういかにも主人公らしい資質を有した存在として理解することができるようになったのです。原作におけるシズ像から逸脱することなく、初見の人にもわかりやすいシズを描き出した、秀逸な構成・脚本だったと思います。

 ところで。シズの誕生日(4月8日)は、旧暦では修験者が吉野の大峰山に登って修行する「大峯入」の日でもあります。映画を見てふと思ったことですが、彼女がこの世に生を受けたことそのものが、「有為の奥山」への入峰修行といえるのかもしれません。
 映画は、憧とシズがハルエの「こども麻雀教室」に足を踏み入れた場面によって結ばれます。そのとき、憧は積極的に行動し、自分から元気に自己紹介します。しかしシズは憧の後をついて歩き、憧に促されてようやく自己紹介を行うのでした。人付き合いが苦手そうな、ちょっと陰気で冴えない少女――それが麻雀を始める前のシズなのです。
 シズがその後、明るく元気な山ガールへと成長し、皆を引っ張ってゆく存在にまで変化を遂げていったのは、こども麻雀教室や阿知賀女子麻雀部の影響でしょう。「有為の奥山」における出会いや別れ、再会などが、シズの能力や雀力のみならず人格をも大きく成長させていることが伺えます。それはED「春〜Spring〜」の歌詞内容にも通じるものだったりして。
  
 そして、いまからすごく大事なことをいいます。そんなシズと一度は袂を分かったものの、阿知賀女子麻雀部創設の際に戻ってきてずっとシズの側に寄り添っている憧ちゃん。彼女の誕生日である5月17日は、阿知賀編の漫画が完結した2013年においては旧暦4月8日(大峯入の日)でした。

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 旧暦(太陰暦)と新暦(太陽暦)にはおよそ1ヶ月から1ヶ月半くらいの差があり、常に同じ日に対応しているわけではありません。今年の5月17日は旧暦に換算すると4月3日になります。しかしこの誕生日の対応は、ふたりが表裏一体の存在であることを示唆します。あるいは、それぞれの暦が拠っている月と太陽のような、相互に補い合う存在であることを。詩的な表現を用いるなら「半身」とか「魂の片割れ」ということになるでしょうか。
 
 そんな二人だからこそ服だって交換するし、ドラマ3話でシズは憧をおぶって山路を越えるけど、大将戦という「山」を越えたシズは今度は憧に抱き上げられるわけで…
 なお、次に新暦5月17日が旧暦4月8日に対応するのは2051年だそうです。
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そのときまでずっと仲良く、「有為の奥山」を背負い背負われしながら進んでいってほしいですね…。


 以上です。

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