こんにちは。有珠山高校の衝撃から一日が過ぎましたがみなさまいかがお過ごしでしょうか。ユキちゃん最高ですね!チカもチョコレもゆあんも可愛い!(語彙が貧弱)
  さて、前の記事でも申し上げましたが、実はこのブログを書いている人はミッション系女子校の出身でございます。というわけで今回は、自分の体験を織り交ぜつつ、ミッションスクールってどんなところ?ということをいろいろ書いてみようかと。どうぞ有珠山関係の二次創作や選手の日常妄想にご利用ください。 今回は第一回、日常の巻。

 ◆「ミッションスクール」って?◆  
 まず、本題に入る前に、「ミッションスクールってなに?」というところから始めましょう。これはキリスト教の伝道、布教を目的とした学校で、キリスト教信者の伝道団体によって設立されています。キリスト教の本場である西洋から、東洋などに宣教に赴いたひとたちが、現地で教えを伝える一環として学校を作った…という感じですね。  
 キリスト教の教えに即した教育方針をもっており、信徒である先生や教員免許をもった司祭・修道者が生徒の指導にあたることも少なくありません。伝道、布教を目的としているため、宗教の授業が週に1~2時間ほどあります。また、キリスト教の教えでは「隣人愛」が重視されるため、学校のカリキュラムの中にボランティア活動が組み込まれていたりもします。私が通っていた学校では、週のうち一日がキリスト教を学ぶための部活やボランティア部の活動日と定められ、運動部とボランティア部が無理なく兼部できるようになっていました。学校行事として、老人ホームや幼稚園にボランティアに行く日もあったと思います。

 有珠山の少女たちも、麻雀部とボランティア部をかけもちしているかもしれないですね。なるかちゃんが駅前で募金箱を持っていたらどうしますか?

 ◆キリスト教の種類と有珠山高校の設立者◆
 さて、注意しておかなければならないのは、キリスト教というのは決して一枚岩ではないこと。キリスト教は大きく、東方教会(ギリシア正教など)と西方教会に分かれており、西方教会はさらにローマ・カトリック(旧教とも)と、プロテスタント(新教とも)諸派に分かれています。

 カトリックとプロテスタントは、同じ神を信じているといっても差異が大きかったりするのですが、もっとも大きな違いはローマ教皇の存在。カトリックでは、教会の総代表者としてローマ教皇を置いています。この教皇は、ゆあんちゃんの名前の解説に登場した使徒ペトロの正当な後継者とされています。先代教皇ベネディクト16世は『ムダヅモ無き改革』に登場し、「大三元(サン・トリニティ)」を和了ったりしてましたね。その引退後、あとを継いだのはフランシスコ(本名・ホルヘ・マリオ・ベルゴリオ)。同性結婚には強く反対し、同性愛を不道徳としながらも、同性愛者の権利を後押しする姿勢もお持ちのようです。カトリックではこのローマ教皇によっていろいろなことが決定され、諸国の教会はそれに従うこととなります。
 そんなカトリック教会に反抗し、分派したのがプロテスタント。ただこの「プロテスタント」というのは「カトリックから分派した教派」をひっくるめて言うことばであり、教皇のようなプロテスタント全体の指導者は存在しません。だから、一つの分派のなかで教義にかかわる争いが起こると、さらにどんどんと新しい分派が作られることとなります。

 教義の中でもっとも大きな違いというと…カトリックではキリストの教えや旧約・新約の記述を元として、司祭や修道者たちによって議論が重ねられてきた教会の教えを大事にしていますが、プロテスタント諸派では聖書の記述を重視します。

  じゃあ、有珠山高校を設立したのはどちらなのか? 私はこれを「聖公会」だと思っています。その理由についてはこちらの記事をご覧ください。
 聖公会はイングランド国教会の系統にある教派。イングランド国教会(『ヘルシング』とか『とある魔術の禁書目録』に出てくるあれです)はもともとカトリックの一部でしたが、16世紀に独立した教会となりました。ただし教義の上ではカトリックのそれを継承するところが多いです。その系統にある聖公会も然り。というわけで、カトリックとプロテスタントの中間にある教派と言われることもあるようです。聖公会が設立した学校として有名なのは神戸にある松蔭中学校・高等学校。中高一貫の女子校で、夏服は白糸台高校の制服に似た白いワンピースでございます。私の母校はカトリックの女子校で、フランスの修道会が設立した学校だったのですが、松蔭を妙に意識しているところが多かった気がします…。夏服も似ている。

 
◆ミッションスクールの生活◆

 ふつうの学校と大きく違うのは、前述したように学校の教育理念がキリスト教的であること。そして司祭・修道者が教員として授業を受け持っていること。若い先生が辞職して修道院に入り、神父やシスターを目指す、なんてことも時々ありました。生徒の中にはそんなに信者は多くないんですけどね…。
 学校の中には礼拝堂があります。私の母校は女子修道会が経営しており、理事長と校長、数名の先生がシスターだったので、学校の敷地内に彼女たちが生活するちいさな修道院があり、そこに礼拝堂がくっついていました。独立した礼拝堂が存在する学校も多いみたいですけど。休み時間や放課後、礼拝堂で祈ることが推奨されていましたし、放課後にはそこでミサが行われ、だれでも自由に参加できるようになっていたと思います。静かな礼拝堂はすてきな場所でした…。 
 
 朝、授業が始まる前に校長の講話と黙想の時間があり、また授業の最初に短いお祈りをされる先生も多かったですね。カトリックの代表的なお祈りである「主の祈り」と「天使祝詞」は暗記しなければいけないのですが、そのほかにも生徒手帳にはいくつかお祈りが載っており、先生が好みのものを選んでいらっしゃいました。シスターの授業の場合、聖歌をみんなで歌ってから授業に入る、なんてこともあったと記憶しております。
 あ、そうだ。「授業前の祈り」っていう学校オリジナルの祈りがあった。「私たちを守り導いて下さる神よ、この授業で学ぶことを正しく理解する力をお与えください」という感じの内容だったと思う。ふだん、みんな適当に声を合わせて祈るんですけど、試験一週間前あたりからみんな、やけに祈りに力が入っていたような…。

 有珠山麻雀部の少女たちは初のインハイ出場であるわけで…円陣を組んで気合を入れる代わりにお祈りのことばをみんなで唱えている可能性は高い。
 あ、彼女たちの顧問がどんな方かはわからないのですけれど、シスターは部活の顧問をつとめられることもありましたし、男子校、共学校では運動が得意な若い神父がバスケ部の顧問として、直接部員の指導にあたっているという話を聞いたことがあります。もしかしたら有珠山でも聖職者が顧問をつとめていたりするのかもしれませんね。

 ◆百合展開は存在するの?◆

  みんな知りたいであろうこの問題。まずは私の体験から。先輩を好きになっちゃう子はいました。いやもうその子たち結婚したり男と付き合ったりしてますけど。なんていうか一過性のものでした。

  えっと、キリスト教は同性愛に対して否定的な態度をとることが多いです。ただ、近年では「同性結婚」及び「同性によって行われる性愛関係」に対する抵抗はつよいものの、同性愛指向自体に対しては寛容な姿勢を見せる教派も。カトリックでは「生殖につながらない、快楽のみを求める性行為」が禁止されるため、同性愛のセックスと婚前交渉、避妊が禁忌となります。ただ、個人の性指向については比較的寛容かと。あと、夫婦のつながりを維持するための性愛関係はOK。 聖公会では、いろいろと議論はあるものの、同性愛者の女性が主教(えらい聖職者)になったり同性愛者カップルの祝福式が行われております。そーゆーの許せねえ!というひとがカトリックに戻ってきたりして、ごたついているみたいですけど…。

  ただ、この問題を考えるうえで大事なのは、戦前の少女小説(主にミッションスクールが舞台となっている、十代の少女向けの小説)に、少女同士の友情を越えた結びつきが好んで描かれてきたことですね。上級生と下級生が擬似姉妹関係を結び、でもそれお前どう見ても単なるお姉様/妹に対する感情じゃなくね?というような、疑似恋愛的な状態になる。これを「エス(シスターフッドの略)」と言います。
 肉体関係をともない、卒業してからも関係が続く「レズビアン」とは異なり、「エス」の関係が続くのは学校にいる間だけで、心の交流が主となっています。卒業した後は、「エス」の相手とはただのお友達。少女たちは親に定められた男性と結婚し、家庭に入り、子をなすのです。
 「エス」を描いた代表的な作品としては、川端康成・中里恒子による『乙女の港』、吉屋信子による『花物語』が挙げられます。ノーベル賞作家の川端まで「エス」作品に関わっていたんだぜ。どーよ。

 こうした少女小説は実際にミッションスクールに通う少女たちに、「エス」への憧れを掻き立てたことでしょう。でもそれは大した問題ではないんです。なぜか。「エス」に憧れ、すてきなお姉様と文通したり、手を握られただけでドキドキしている少女は、決して男遊びに耽り、結婚前に処女を失うことがないから。でも、人を愛するとはどういうことなのかを知り、豊かな感情を身につけることができる。このへんあんまり詳しくないので、興味のある方はいろいろ調べてみてください。変なこと言ってるかもしれません。すみません。
 第二次世界大戦後、明るく元気な女の子が理想とされるようになり、男女間の自由恋愛が盛んになってくると、センチメンタルな「エス」的感性は否定的に捉えられるようになります。そして現代にいたる。

 「エス」と、現代の漫画やラノベに描かれる「百合」とはその担い手や享受者が異なっていると思います。ただ、ミッションスクールを舞台に少女たちが頬を染めあったり、恥じらったり、すてきな先輩にときめいたり…という物語が花開いた時代があったこと、その作品世界にあこがれた少女たちがたくさんいたであろうことを頭の片隅にでも置いていただけると幸いです。

  有珠山に話を戻すと、「エス」的な関係はあの子たちの間でふつうに育まれてるんじゃないかという印象。なるかちゃんとチカちゃんとかね!なるかちゃんとチカちゃんとかね!略してナルチカ!そこからどういう方向に行くのかは正直わかんないです。

 ちなみに少女小説の書き手として有名だった吉屋信子は女性のパートナーを持っている方で、「エス」の先にある女同士の結びつきを描いた『屋根裏の二処女』という作品を物したりもしていますよ。興味がおありのかたは是非。 ※『屋根裏の二処女』はこういう話です。