February 17, 2007

8 Liars 〜7〜

 第7話 砂場


 逃げる奴がいるから追い掛ける俺がいるのか。
 それとも追い掛ける俺がいるから逃げる奴がいるのか。
 因果な商売だ‐。だが、俺はこれしか道を知らない。

 右も左もわからないガキの頃から、俺は他の奴とは違っていた。
 公園の砂場で穴一つ掘るのにも、周りのガキどもは親に買ってもらった玩具のショベルを使い、俺はそのショベルを奪い取って使っていた。
 俺にはショベルを買ってくれる親どころか、暴力を叱ってくれる親すらいなかった。
 俺を産んだ女はどうしようもない男狂いで、同じ男は数か月と続かなかった。そんなだから、俺を仕込んだ男が誰なのかも特定できなかった。
 女の口癖は「飯食わせてもらえるだけでも有難く思え」で、俺は年中どつき回されていた。男に捨てられた時、同業者に男を寝取られた時。俺はあいつの捌け口だった。
 その時俺は無力で、女の暴力が正義で、世の中を支配する全てだった。
 しかし、俺にも知恵が付いてきて、女にも一つだけ弱点がある事に気付く。あいつは『男』には、逆らえない。
 大概の男は、俺を疎ましく思う。男共に媚びるあの女はそんな時、決まって俺に一撃くれて、家から追い出した。
 だが、一人だけ、俺の事を可愛がってくれた男がいた。あの女にしては珍しく長く続いた男だった。
 穏やかな男だった。俺が反抗して暴れても決して手をあげず、むしろそんな俺を殴って押さえ付けようとした女を強くたしなめるような男だった。
 そして女も、その男と一緒の間は俺に手をあげなくなった。暴力に怯えていた小さい俺は、単純にもその男を好きになった。
 そして俺にも楽しみができた。日曜日、たまに連れていかれた競馬場。
 それまで、犬猫以外の生きた動物を見た事も、あんなに広い場所に行った事もなかった俺は『世の中にこんなに楽しい事があったのか』と素直に感動した。女も…いや、あの頃だけはあいつも『母親』だった。母も、幸せそうだった。
 俺達は、ぎこちなく、拙かったが『家族』だった。

 しかし、幸せは儚かった。

 優しかった男に飽きたあの女は、あっさり男を捨てた。次の男は対照的に暴力的な奴だった。
 俺は初めてと言っていい位泣き叫んだ。殴られても、煙草の火を押し付けられても叫び続けた。
 そんな日が何日か続いたとある日。突然俺に救いの手が伸びた。優しかったあの男が、どういう心境か俺を引き取りたいと言いに来たのだ。
 しかし、女は新しい男に追い払わせた。何度来てもその都度、追い払わせた。それでもあの男は、俺を連れ出そうとしてくれていた。
 女は、そんな男に嫌気を差し、ついには新しい男に暴力で解決させるようになっていった。
 俺は、優しかったあの男が傷つけられるのに耐え切れなくなり、家を抜け出す決意をした。そしてチャンスを伺い、男と示し合わせ、真夜中に決行した。

 事は簡単に運んだ。寝静まる新しい男と女を尻目に俺は家を出て、男と待ち合わせた公園に辿り着いた。これでもう、辛い思いはしなくて済むんだ。俺の胸は希望で一杯に膨らんでいた。


 ‐‐しかし、現実はそんなに甘く無かった。

 俺は、女と新しい男に付けられていた。その後見た光景は、二十年以上経った今でも忘れる事は出来ないでいる。
 俺が見た、優しかった男の最後の姿は、有らぬ方向に腕と足が折れた、まるで糸の切れた操り人形の様な姿だった。

 俺はこの時から、人に頼るのをやめた。好きになった人間が壊される思いなど、二度としたくなかった。
 それから俺は耐えた。幾度殴られようと、幾度男が変わろうと、ひたすら耐え抜いた。そして怒りや恨み、全ての感情を自分の内に押さえ込んだ。いつか来る解放の日の、その時のエネルギーとする為に。

 やがて俺も成長し、ついにその日を迎える事となる。
 女の給料日。奴は必ず深酒をし、ひとしきり大騒ぎして眠りに就く。一度寝てしまえば地震が起ころうが火事が起きようが、目は覚めない。
 15になったばかりの俺はその日を見計らい、あいつが寝たのを確認し、膨らんだ財布を掻っ払って家を出た。
 電車が動きだすまで‘あの’公園で身を潜めた。旅立ちはそこ以外考えられなかった。
 朝、電車が動きだすと俺は切符を買った。色気の無いデジタル数字が表示している数字が一番大きいボタンを押す。とにかく遠くへ行きたかった。
 賑やかな方へ賑やかな方へ。自分の姿を隠してくれる方へ。
 気付けば生れ故郷を遠く離れ、関東にまでやってきていた。


 そして俺が自由と引き替えに手に入れた物は、貧困だった。
 あの女から掻っ払った金は数か月で溶け、住む家もない俺は仕事を探し彷徨った。しかし、15の読み書きすらろくにできないクソガキを雇ってくれる所なんてあるわけも無く、それどころか警察を呼ばれ、危うくあの家に送り返されそうになったりもした。
 結局俺にできる事は、強請り、たかり、掻っ払い。
 場所が変わろうとも、俺を取り巻くものが‘暴力’だという事は何も変わらなかった。ただそれを使われる側から使う側に移っただけで。

 しばらくはそれで食い繋いだが、ずっとやっていける程甘くは無かった。
 何時しか俺は、‘本職’の人間に睨まれていたのだ。

 ある日俺はいつものように‘お勤め’を済ませた後、人目に付かないように裏道を歩いていた。それが裏目に出た。
 曲がり角の出会い頭、きついのを一発貰い、俺は車で拉致られた。そして連れていかれた事務所でこれでもか、というくらいボコボコにされた。
 ‘本職’の暴力はそれまでに受けたものの何よりも効いた。俺の、あの女の、そしてあの女に群がった男共の暴力なんてアマチュアの、いや子供の遊びみたいなものだった。
 『ここで死ぬんだ』と朦朧とする意識の中で、俺は猛烈に可笑しくなり、ついには大声で笑いだしてしまった。
 そんな俺を見て組員達は最初は訝しんだが、すぐにいきり立った。そして組員の一人が俺ににじり寄り、拳を振り上げた。俺は観念して目をつぶる。
 その時だった。組員達のリーダーらしき男が組員を制止した。そして俺の方に向き直る。
「お前、何が可笑しい?」
 俺は開き直り、笑ったまま答える。
「ここで死ぬと思ったら、笑いが止まらなくなっちまったよ。俺の人生、なんだったんだろうってな。生まれてからずっと殴られ続けて。殴る立場になったと思ったら、また殴られて。そのまま殺されるなんて可笑しいだろ?なぁ、俺はなんでこんなんなんだ?」
 挑発的な俺の態度にさっきの組員が殺気立つ。それをもう一度制し、リーダーらしき男が振り向く。
「お前、家族は?」
「…いねえよ、そんなの。」
 男は黙って頷くと、組員達を見回した。
「こいつは俺が預かる。オヤジには俺が言っとく。」
 その言葉に組員達はどよめく。
「でも、アニキ…。」
「うるせぇ。俺が責任取るって言ってんだ。」
 その一喝で組員達は震え上がり押し黙る。
「というわけだ。今日からお前は俺の下で働け。どうせ帰るところなんてないんだろ?お前、名前は?」
「…火橙(カトウ)篤(アツシ)。オッサン…助けてくれるのか?」
「ああ…。俺が面倒みてやる。まずはその口のきき方だな。」
 言い終わるか終わらないかのうちに俺は気を失った。どうやら今日一番きついのを貰ったらしいのだが、俺には何が起こったのかわからなかった。

 そんなこんなで、俺は再び家族を手に入れた。その中身はあの時とは正反対だが、俺にもやっと帰るところができた。

 アニキは俺に色々な事を教えてくれた。綺麗事では渡っていけない世界にいながら曲がった事が大嫌いで、俺もそれをたたき込まれた。
 それだけじゃなく「これからの渡世、教養が無いとなめられる」と学校にも通わせてくれた。俺は勉強なんてした事もなかったし、集団生活なんて狭っ苦しいだけだったが、アニキの心意気に応えたい一心で遣り遂げた。

 そしてあれから15年。俺もようやくいっぱしの男になった。
 アニキももうオヤジと呼ばれるようになり、俺をアニキと呼ぶ舎弟もできた。昔と同じようにはできないが、恩義に報いたいという気持ちは変わる事はない。

 そんな矢先に飛び込んできた話だった。俺はオヤジ(アニキ)に呼び出された。
「篤…お前にやってもらいてえ仕事があるんだけどよ。」
 苦虫を噛み潰したような顔つきのオヤジに苦笑いする。
「なんですか、改まって。何でも言って下さいよ。」
「すまねぇな。そう言ってもらうと助かるよ。…実はな、本家のオヤジから新しい仕事やれって話がな。それが…金貸しなんだよ。」
「取り立て、ですかい?」
「ああ。お前にはそんなのやらせたくねぇけど、他に任せられる奴もいねぇのよ。」
 あまり見た事のないオヤジの困り顔。信念と命令の板挟みなんだろう。
「任せて下さい。オヤジの顔に泥塗る真似はしませんよ。」


 こうして俺は、何人かの手下をひき連れ、逃げ回る人間を追い回す事を生業とするようになった。
 因果な商売だと思う。だがオヤジを思えばなんて事はない。

 それでも俺は、取り立てる時、自分に最低限のルールを作った。‘ガキの前では取り立てない’という事だ。俺みたいな捻くれたガキを作り出す事なんてしたくない。例え誰の命令であっても。…とはいえオヤジはわかってくれたが。



 今日、俺は東京競馬場に来ている。
 舎弟の一人が「火橙さん…。ここに取り立てる相手がいるんすか?」なんて言っていたが勿論そうじゃない。
 競馬はいつのまにか俺の荒んだ心を癒してくれるものになっていたのだ。やはり、ガキの頃に経験した安らぎみたいなものが俺の中に残っていたんだろう。

 「俺は土日に取り立てはしないんだよ」と舎弟に言って新聞を取り出す。
 明日はいよいよG汽侫Д屮薀蝓璽好董璽スだ。
 勝つのは‘追い込む’Д屮襦璽灰鵐灰襯匹サンライズバッカスだろう。
 相手も追い込み┘侫ールドルージュ。後は‘逃げる’シーキングザベストとメイショウバトラー。
 買い目はフォーメーションで、
1着7、12
2着7、8、10、12、14
3着7、8、10、12、14

 逃げる奴に追い込む奴。東京競馬場というでっかい公園の砂場の上で幕は上がる。
 掴んでは指の間から落ちる砂に儚さを感じながらも、遠き日々に思いを馳せて‘逃げ’と‘追い込み’を見比べる。果たして俺はどっちなのかと自嘲しながら。

heaven73 at 13:23│Comments(4)TrackBack(0)clip!レース予想 | 小説

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この記事へのコメント

1. Posted by タカアキ   February 17, 2007 14:57
本職になる件がちょっと唐突な感じがするけど、今まで見た中では一番面白いと思ったっす。
それにしても、とても一つの物語とは思えない世界観で展開しましたなぁ。
一話目がライトノベル風かと思いきや、途中いきなりド競馬小説、そして直木賞風に進んで(これ前回ね)、新宿鮫が今回。寄せ鍋小説?とでも表現すればよいのか。今後火橙がどうあのメンツと絡んでくるのか・・・。まさか誰かとネンゴロになるのか(そんな話のときは、濡れ場があるのか???)興味深いなぁ。
2. Posted by ぐまるん   February 17, 2007 15:58
オムニバス、と言って下さい(笑)。
しかし面白かったと言われると素直に嬉しいですな。照れますが(笑)。
「男気」みたいなジャンルは初挑戦ですが、なんとか破綻しないよう頑張ります。
ちなみにビジュアルイメージではありませんが、おおいに参考になっているのはE.ミウラさんです(笑)。
3. Posted by くまみん   February 18, 2007 01:53
読み応えありました。

重厚感があるというか、描写も辛辣で悲しかったのでつい引き込まれ、家を出るシーンは逃げる者の切迫感や緊迫感も出てたと思います。

以前とは毛色が違うので、他のキャラとどう絡んでいくのか見物ですね。
ただ、ライトノベル調から一変してあの重厚感ですから、他のキャラが主人公の話はインパクト的に大丈夫か心配です・笑。
…まぁでもその辺は貴殿のことですからきちんと平等な思い入れでお書きになるんでしょうな(^^ゞ
これからもがんばっち下さい(・ε・)/
4. Posted by ぐまるん   February 18, 2007 02:01
声援ありがとうございます。
主人公達の書き分け。自らオムニバスを選んでおきながら、おおいに頭を悩ませています。正直初期設定なんてどこへやら、の状態ですが、とにかく己のスキルアップのため精進いたします。。。
今の所は7人とも好きなんで(ある種ナルシスト)、なんとかなるかな…と甘い考えでありますが。

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