
種村季弘 (1933-2004)
種村季弘という人は驚くほどの博学だ。今までこれほどに幅の広い人がいただろうか。草片文庫番頭は本棚にある種村の本を見て実感しているが、誰もがそう書いている。ウキペディアによると、大学時代、美術史から独文に移り、卒業後は日本語学校、出版社で本の編集、大学教員、自由著述業という経歴をもつという。本人の興味の広さから、そういった職種を選ぶこととなり、それらに就くことでますます幅と奥が広がり、このような膨大な著書を残すことになったのだろう。それにしてもとてつもない記憶力だ。
本のタイトルを見ると、番頭が著作を眼の色を変えて集めていた澁澤龍彦(1928-1987)とは重なるところもあるが、かなり違うところとも感じている。フランス文学の澁澤がサディズムの語を生んだサドの翻訳者、研究者、ドイツ文学の種村がマゾヒズムの語を生んだオーストリア人作家、マゾッホの翻訳者、研究者である。人間の本能、特に性にかかわる文学者に興味を持っていたところなどは両者とも同類とみなすべきか。
草片語草ではすでに「吸血鬼幻想」で種村をとりあげた。翻訳に関しては、探偵小説としてグラウザーの著作三冊をレイブラッドベリーの探偵小説三冊と並べた。まだまだもっていても読んでいない種村の本が本棚にたくさんある。これからもいくども登場していただくことになるだろう。
種村が最初に出した本は1966年の矢川澄子との共訳本「迷宮としての世界、ホッケ」のようだ。もっているだけでまるっきり読んでいない。同年にシェアバルトの「小遊星物語」の翻訳をだしているが、そちらは大学生のとき古本屋で買い求め、不思議なSFとして読んだ。著作としては評論集「怪物のユートピア」(1968年)が一番最初のようだ。1970年代に薔薇十字社、出帆社、青土社、桃源社からかなりの数の著作、翻訳本がだされており、1980年代にもその勢いはおとろえないが、薔薇十字社、出帆社、桃源社はみられなくなり(出版社がなくなったこともある)、他の文芸、美術の出版社が加わっていく。
そのような中で、1979年に筑摩書房がはじめて顔を出し、めくるめく書物へのたび、と帯の背にある「書物漫遊記」が出版された。帯の横には、この書物、異色の読書案内、卓越なる文明観、燦燦たる文学論,偏奇なる交遊録、焼跡派の懐旧譚、都市の迷宮散歩、となずけるのも可なり、しかしそのいずれにも非ずというも可なり、とある。これらの説明文は種村季弘の書くものそのもので、この本はやはりタイトルどおり、気のむくままに諸方を遊びめぐること、と日本国語大辞典にある「漫遊」であって、文学に疎い、要するに素人である草片文庫番頭には、わかりやすいこともあり、面白く読んだ。
その後も筑摩書房から4冊,計5冊の漫遊記を出版され、出版が待ち遠しかったシリーズである。
「漫遊記」に到達するまで長々と書いてしまったが、順を追って記しておくと、書物漫遊記(1979)平賀敬装画、食物漫遊記(1981)鈴木慶則装画、贋物漫遊記(1983)川原田徹装画、好物漫遊記(1985)井上洋介画、日本漫遊記(1989)南伸坊画、吉岡実装幀、である。最後の1冊をのぞき、ほぼ2年おきに出版されており、すべて装画が異なる。同じ画家でそろえるというのも一つのシリーズ本の作りかたでもあるが、個性ある絵で全て違う形にするというのは贅沢なことで、それこそ本を漫遊している観がある。タイトルを見ればどのようなことが中心に書かれているかわかるので説明はいらない。ともかくタイトルをはみ出して、ご本人の興味あることを好きに書いた随筆で、海外から日本、全世界に目を向けた、奥深い知識に根ざす話である。これら5冊とも私家版があり、壷中館より出版されているが、高価なもので針鼠の本棚にはない。壷中館の住所は新宿矢来町で、発行者は佐々木藍という方だが、どういう出版社か知りたいと思っているだけでまだ調べていない。種村季弘は他にもずいぶんたくさんの限定版をだしている。ほんの数冊しか本棚にないが、限定版に限らずとても綺麗な装幀の本が多い。本好きの人には嬉しい悲鳴の作家だろう。漫遊シリーズはきっかけである。本の事を書いた種村の本はたくさんある。奇妙な人物、奇妙な出来事、奇妙なものをとりあつかっている。もう一度本棚から取り出して読み直してみたいと思っている。
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