針鼠の本棚

種村季弘ー漫遊図

種村季弘 (1933-2004)

 

 種村季弘という人は驚くほどの博学だ。今までこれほどに幅の広い人がいただろうか。草片文庫番頭は本棚にある種村の本を見て実感しているが、誰もがそう書いている。ウキペディアによると、大学時代、美術史から独文に移り、卒業後は日本語学校、出版社で本の編集、大学教員、自由著述業という経歴をもつという。本人の興味の広さから、そういった職種を選ぶこととなり、それらに就くことでますます幅と奥が広がり、このような膨大な著書を残すことになったのだろう。それにしてもとてつもない記憶力だ。

 本のタイトルを見ると、番頭が著作を眼の色を変えて集めていた澁澤龍彦(1928-1987)とは重なるところもあるが、かなり違うところとも感じている。フランス文学の澁澤がサディズムの語を生んだサドの翻訳者、研究者、ドイツ文学の種村がマゾヒズムの語を生んだオーストリア人作家、マゾッホの翻訳者、研究者である。人間の本能、特に性にかかわる文学者に興味を持っていたところなどは両者とも同類とみなすべきか。

 草片語草ではすでに「吸血鬼幻想」で種村をとりあげた。翻訳に関しては、探偵小説としてグラウザーの著作三冊をレイブラッドベリーの探偵小説三冊と並べた。まだまだもっていても読んでいない種村の本が本棚にたくさんある。これからもいくども登場していただくことになるだろう。

 種村が最初に出した本は1966年の矢川澄子との共訳本「迷宮としての世界、ホッケ」のようだ。もっているだけでまるっきり読んでいない。同年にシェアバルトの「小遊星物語」の翻訳をだしているが、そちらは大学生のとき古本屋で買い求め、不思議なSFとして読んだ。著作としては評論集「怪物のユートピア」(1968年)が一番最初のようだ。1970年代に薔薇十字社、出帆社、青土社、桃源社からかなりの数の著作、翻訳本がだされており、1980年代にもその勢いはおとろえないが、薔薇十字社、出帆社、桃源社はみられなくなり(出版社がなくなったこともある)、他の文芸、美術の出版社が加わっていく。

 そのような中で、1979年に筑摩書房がはじめて顔を出し、めくるめく書物へのたび、と帯の背にある「書物漫遊記」が出版された。帯の横には、この書物、異色の読書案内、卓越なる文明観、燦燦たる文学論,偏奇なる交遊録、焼跡派の懐旧譚、都市の迷宮散歩、となずけるのも可なり、しかしそのいずれにも非ずというも可なり、とある。これらの説明文は種村季弘の書くものそのもので、この本はやはりタイトルどおり、気のむくままに諸方を遊びめぐること、と日本国語大辞典にある「漫遊」であって、文学に疎い、要するに素人である草片文庫番頭には、わかりやすいこともあり、面白く読んだ。

 その後も筑摩書房から4冊,計5冊の漫遊記を出版され、出版が待ち遠しかったシリーズである。

「漫遊記」に到達するまで長々と書いてしまったが、順を追って記しておくと、書物漫遊記(1979)平賀敬装画、食物漫遊記(1981)鈴木慶則装画、贋物漫遊記(1983)川原田徹装画、好物漫遊記(1985)井上洋介画、日本漫遊記(1989)南伸坊画、吉岡実装幀、である。最後の1冊をのぞき、ほぼ2年おきに出版されており、すべて装画が異なる。同じ画家でそろえるというのも一つのシリーズ本の作りかたでもあるが、個性ある絵で全て違う形にするというのは贅沢なことで、それこそ本を漫遊している観がある。タイトルを見ればどのようなことが中心に書かれているかわかるので説明はいらない。ともかくタイトルをはみ出して、ご本人の興味あることを好きに書いた随筆で、海外から日本、全世界に目を向けた、奥深い知識に根ざす話である。これら5冊とも私家版があり、壷中館より出版されているが、高価なもので針鼠の本棚にはない。壷中館の住所は新宿矢来町で、発行者は佐々木藍という方だが、どういう出版社か知りたいと思っているだけでまだ調べていない。種村季弘は他にもずいぶんたくさんの限定版をだしている。ほんの数冊しか本棚にないが、限定版に限らずとても綺麗な装幀の本が多い。本好きの人には嬉しい悲鳴の作家だろう。漫遊シリーズはきっかけである。本の事を書いた種村の本はたくさんある。奇妙な人物、奇妙な出来事、奇妙なものをとりあつかっている。もう一度本棚から取り出して読み直してみたいと思っている。

以下のブログ等もあります。

 

漫画、イラストのブログ

「アホラ サロン」

漫画「コロニャン」、前頭虫語録、アホラ画廊 掲載

http://hedgehog0808-ahora.blog.jp/

 

星空文庫 

作品を小説掲載サイト(星空文庫 https://slib.net)に作者名「草片文庫」で投稿しています。

無料で読めます。下記の作者のURLを開いてください。

 

茸小説 :作者(草片文庫)https://slib.net/a/23111/

幻視小説:作者(草片文庫)https://slib.net/a/23121/

 



秘文字ー暗号図

 

  

 1979年(昭和54年)2月28日、全て暗号で書かれた小説の本が、社会思想社から出版された。「秘文字」である。草片文庫番頭は31歳、澁澤龍彦と中井英夫を追いかけている最中、中井英夫が暗号小説を書いたということで、4800円もする新本を購入してしまった。何処で買ったか覚えていない。新宿の紀伊国屋か神田の書泉かそのあたりだろう。

 箱から本を取り出し、開いてみれば、著者は泡坂妻夫(1933―2009)、中井英夫(1922―1993)、それに日影丈吉(19―1991)の三人である。泡坂妻夫は探偵小説誌幻影城の新人で、絵紋師でありマジシャン、好きな作家で、本が出るたびに買って読んだ。日影丈吉は二世代も上の人だが、牧神社から短編集が出ており、後になって全てそろえた。そういった、番頭お気に入りの著者による本であった。

 さらに、この本の挿画装幀は建石修司で、中井英夫のトランプ譚、4部作をはじめ、多くの中井本の挿画装幀をてがけている鉛筆による細密幻想画の一人者である。建石修司の細密画の書き方本を買って、鉛筆を画紙の上に走らせ試みたことがあるが、幼稚なものしかできなかった。

 三人の著者の暗号形式はそれぞれ異なったものである。暗号で小説を書くなどというのは素人ではとてもできない。この本では暗号のスペシャリストが監修を行い、我々読者のために、暗号の手ほどきをしてくれている。長田順行(1992-2007)で、日本暗号協会を設立し、初代会長を勤めた人である。

 番頭さんは解読できたのかい、と聞かれると、試みて、最初の少しだけ分かった。その後は本を飾っておいたというのが本当のところである。

 それじゃしょうがないじゃないかといわれても、能力がないのだからしょうがない。そういう人のために、社会思想社は解答篇を送ってくれるようにしてくれてあった。本にはさんであった葉書を送ると、解答篇を送ってくれるというものだったと記憶しているが定かではない。ともかく解答篇を送ってもらった。まだアパート暮らしで、そこに送られてきた封筒も証拠のために掲載しておく。

 短編小説は泡坂の「かげろう飛車」、中井の「薔薇への遺言」、日影の「こわいはずだよ狐が通る」である。

 「秘文字」はA5判で241ページ、その中のそれぞれの小説の部分をあわせると145ページほどになる。解答篇は四六判で60ページの小冊子である。三人の小説はあわせておよそ22ページ。解答篇は2段組で1ページ1500字、ということは33000字、四百字原稿用紙で80枚ちょっとである。暗号にすると、文字や記号がすさまじく多くなり、複雑になることがこのような数字でも明らかで、暗号で書くことの大変さは作者たちも指摘している。

 

 もう一度、三人の作者について触れておきたい。

 草片文庫番頭は金沢市の制定する泉鏡花文学賞のファンである。第1回受賞本からもっている。今年は50回である。残念ながら2冊ほど欠落していて今探している最中だ。

 秘文字」の作者、三人とも受賞している。嬉しいことだ。

受賞年度と受賞作を掲げておこう。泡坂と日影は「秘文字」出版よりあとだが、中井は5年前に受賞している。

 

泡坂妻夫 第16回(昭和63年):折鶴 1988 文芸春秋社。中井英夫 第2回 (昭和49年):悪夢の骨牌 1974 平凡社 

日影丈吉 第18回(平成2年):泥汽車 1990 白水社。

 

 ということは「秘文字」の三人の小説は、鏡花賞の専攻基準である「泉鏡花の香りのする作品」ということになる。

 

 「秘文字」は二刷が二ヵ月後、1979年4月30日にでているが、後年、四人のサインの入った本が、古書肆、落穂舎から売りにでた。無理して買ってしまった。四人はすでに鬼籍の人。貴重な本となった。

 「秘文字」の新装版は1983 年3月30日、同じく社会思想社から四六判ソフトカバー241Pで出版された。装幀も同じく建石修司であるが、全く異なった本というほど先の版とは異なるものである。

 


茸小説(6集ー10)集

 草片文庫の茸小説は第十三集まで出版しました。第一集から5集までは昨年四月に紹介しました。茸小説を書き始めたのが2012年、今年(2022年)で丸十年になることから、第六集から十集まで紹介させていただきます。二十集まで計画をたてています。残部があるものは、ご希望の方に差し上げます。

第六茸小説

茸童子 〔茸時代小説〕 

2020年10月10日 一粒書房

P213 A5 上製本 三方染 10部

ISBN978-4-86431-925-6 C0093

 

目次

 茸童子   7

 猪口地蔵  27

 茸番    41

 茸左衛門  63

 原霧もたし 87

 仇討    111

 黄泉帰り茸 125

 赤鰯    155

 緋色茸   189


第七茸小説

火根茸 〔茸少女冒険物語〕

2021年3月3日 一粒書房

P261 A5 上製本 三方染 10部

ISBN978-4-86431-958-4 C0093

 

目次

 序   火根茸     7 

 師走  出発     11 

 睦月  オホーツク  19 

 如月  十三湖    27 

 弥生  胎内     39 

 卯月  甲斐     53  

 皐月  魚津     73 

 水無月 箱根    115

 文月  尾張    139

 葉月  下関    161

 長月  阿波    187

 神無月 阿蘇    215

 霜月  琉球    233

 晩冬  火根山   245


第八茸小説

遊茸空 〔第八茸小説、空想科学小説〕

山内兄人

2021年5月5日 一粒書房

P262 A5 三方染 10

ISBN978-4-86431-979-9 C0093

 

 

目次

 地上絵            7  

 胃の子           31  

 天井裏           63 

 塵箱            75 

 観光星           91  

 電信柱          107 

 茸の脱皮         127 

 マッシュルームハイウェイ 147

 茸拾い          169

 宇宙食          181

 レストラン        211

 未来茸          223

 茸の惑星         245


第九茸小説

茸異聞 (茸不思議物語)

2021年7月7日 一粒書房

P246 A5 上製本 三方染 10

ISBN978-4-86431-997-3 C0093

 

目次

  港の青い茸  7  

  ロックアイス 19 

  ラインダンス 35 

  ささやき   47 

  トロール茸  79  

  霧      93 

  茸の殺人   115 

  神茸     131

  榾木の夢   145

  化石茸    167

  卵茸     185

  松茸と猫   203

  茸虫     217

  笑い茸小唄  235


第十茸小説

語い草片 (茸伝承譚)

2021年9月9日 一粒書房

P246 四六 上製本 三方染 10

ISBN978-4-86743-016-C0093

 

目次

茸の亡魂 5

茸の牛肉 27

茸の清酒 53

茸の焚火 79

茸の鹿脅 99

茸の屁放 119

茸の悋気 137

茸の華実 161

茸の葬列 185

茸の晩餐 211


以下のブログ等もあります。

 

漫画、イラストのブログ

「アホラ サロン」

四コマ漫画「コロニャン」、前頭虫語録、アホラ画廊 掲載

http://hedgehog0808-ahora.blog.jp/

 

星空文庫 

作品を小説掲載サイト(星空文庫 https://slib.net)に作者名「草片文庫」で投稿しています。

無料で読めます。下記の作者のURLを開いてください。

 

茸小説 :作者(草片文庫)https://slib.net/a/23111/

幻視小説:作者(草片文庫)https://slib.net/a/23121/

 


幻影城ノベリス図

探偵小説、推理小説は翻訳物から始まり、昭和の初期から、江戸川乱歩、横溝正史などによる、日本での創作が始まった。戦後、復興期後に松本清張(1909-1992)の点と線(1958)、続いて、ビジネスマンから転身した森村誠一(1933-)の高層の死角(1969)や人間の証明(1976)など社会派推理小説が日本の成長期にでてくる(番頭の知識のない頭の中ではこのように簡単にしかとらえられていない)。それらは映画やテレビドラマにもなり、若い人にも注目されていく。そのころ新たな作者の開拓や、ミステリーの発掘に重要な役割を果たした雑誌があらわれた。

1975年(昭和50年)に創刊された、「幻影城」である。江戸川乱歩の「幻影城」から取ったタイトルである。出版社は株式会社幻影城、島崎博がはじめ編集長を務めた。草片文庫番頭は、澁澤龍彦、中井英夫に捕まってしまっていたのだが、推理小説にもおおいに興味はあって、中学高校と翻訳ミステリー文庫をよく読んだ。幻影城は1979年に終わっているが、全巻もっていた。過去形なのは、欲しい人にあげてしまったからである(おき場所もなくなった)

幻影城では、最初の年から幻影城新人賞を募集し、たった4回行われただけだが、以後、活躍する新たな作家が多く輩出された。さらに、1976年より、同社から幻影城ノベリスという四六判のシリーズ本が出版された。1976年に四冊、しかも、完全フランス装で、ペーパーナイフで切りながら読むという贅沢なものであった(1977年からは普通のソフトカバー)。1976年に出版された本の作者は天藤真と狩久の大ベテランと新人、泡坂妻夫である。1977年にも4冊、作者は新人、筑波孔一郎、泡坂、それに執筆再開したベテラン、新羽精之である。1978年は五冊で、新人の宮田阿佐と竹本健治、泡坂、ベテランの左右田鎌の本である。1979年は1冊で、新人の連城三紀彦によるものである。

全十三冊出された幻影城ノベリスシリーズに泡坂妻夫は4冊も出している。泡坂妻夫は紋章上絵師であり、マジシャンである。泉鏡花賞も受賞しており、泡坂の本はずいぶん読んだ。それに連城三紀彦のちょっと雨にぬれた男女の推理小説は好んで読んだ。竹本健治の本「匣の中の失楽」は中井英夫の「虚無への供物」、小栗虫太郎の「黒死館殺人事件」、夢野久作の「ドグラマグラ」の三大奇書に加え、四大奇書ともいわれたりしている。

 このように、幻影城という雑誌から生まれた探偵小説作家が、日本のバブル期に向かって、新たな活躍をしていくわけである。草片文庫番頭もそれにひきずられていった。

 今、日本の新人による探偵小説はどのようなものがあるのか知らない。少し前、草片語草にレイブラッドベリーの探偵小説(ハードボイルドといわれているが)三部作をとりあげたが、個性ある探偵小説を探して、読んでみたい。どなたか教えていただけないだろうか。


以下のブログ等もあります。

 

漫画、イラストのブログ

「アホラ サロン」

四コマ漫画「コロニャン」、前頭虫語録、アホラ画廊 掲載

http://hedgehog0808-ahora.blog.jp/

 

星空文庫 

作品を小説掲載サイト(星空文庫 https://slib.net)に作者名「草片文庫」で投稿しています。

無料で読めます。下記の作者のURLを開いてください。

 

茸小説 :作者(草片文庫)https://slib.net/a/23111/

幻視小説:作者(草片文庫)https://slib.net/a/23121/

 


寺山修司ー書物図

 寺山修司(1935-1983)のことはよく知らない。学生のころ、実験劇場、天井桟敷を主宰していたことは知っているし、著書「書を捨てよ、町へ出よう」(芳賀書店)はあまりにも有名だったが読まなかった。今は1969年6月10日に出た11版をもっている。横尾忠則のイラストで、そこもまた近寄りたくない本だった。(横尾忠則のイラストはいいと思うものと、見たくないものがある)。きっとその頃も草片文庫番頭は頭がおくれていたのだろう。本を見ると、内容じゃなくて装丁で手に取ったり無視したりする。

 寺山修司を見出したという中井英夫の本は最も好きなものである。だが、言葉音痴の番頭は、寺山修司の本領を発揮する詩や歌の本は全くなく、本棚にあるのは、興味を引いた装丁の本しかない。

 寺山修司が「古本屋の片隅でみつけた、不思議な本の数々、紹介がてら自分の考えを整理したい」という本に関する本がある。1981年にでた「不思議図書館」。A5変形細長の本で、栗津潔の装丁がとてもいい。PHP研究所から出されている。続編がやはり栗津の装丁で、同研究所から1982年にでている。「幻想図書館」である。変わったほんの話が詰まっていて面白い。

 この二つの本は、ダイナースクラブの機関紙「シグネチャ」に掲載されたものである。だが待てよと思ったのは、「本を捨てよ、町へでよう」との主張と、これらの本はどのように繋がるのだろうと、考えてしまった。若い頃は町に出よう、年取ったら書斎で過ごそう、ということなのかと、まあ、言葉通りにとるべきではなくて、実物をみよ、実践せよということだろう。番頭が今書くとしたら「科学をやってから、文学をやろう」という本かとも思う。ともかく面白いのはいいことだ。

1981年には「不思議図書館」とともに、芸術論集「月蝕機関説」が前者と同じ形のA5細長ででている。やはり栗津潔の装丁で好きな本である。寺山の本や絵を見るところが、普通の批評家たちとは異なり、書かれていることは大変面白い。ファンが多いのはうなずける。

寺山の本はその三冊以外に数冊あるが、二冊はタイトルと装丁に惹かれて買ったものだ。「僕が狼だったころ さかさま童話史」(1979年、文藝春秋)、四六版で建石修司のいい装丁である。これは内容がおもしろかった。あとがきに寺山が大人になったら、名作童話に復讐してやりたいと思っていた、と書いている。世間の教育機関が推奨する童話の類の本質を,またはちょっと奢侈に見て述べたものだ。童話は子供たちに世の中怖いものだと教える大事な役割を持つ。かわいい綺麗だけではない。

 もう一つは1975年の「青蛾館」(文藝春秋)である。四六版、坂田政則の装丁がこれもいい。帯には不思議エッセーとある。

 このように、書を捨てよと書いた歌人、詩人の寺山修司はやはり書斎派であり、有名になった本は、自分に言い聞かせたタイトルではないのだろうか。

 本棚に「猫の手帖」編集の猫の古いカードのコレクション本(1979年、田澤書店)がある。その本に「猫探偵としっぽのない少女の書いたライナーノート」と記された文を寺山が入れている。箱はいいが、本にアンティークさが感じられないのは残念だ。SNSを見ていたら面白いことがかかれていた。寺山は実家でも本人も最後までワンちゃんをかっていたという。猫も嫌いではなかったのだろう。

 最後に岡本太郎の著書「今日をひらくー太陽との対話」をこのブログに掲載した。1967年、講談社から出たこの本は岡本が自分で装丁した本で、芸術に関するエッセーである。何故このブログにのせたのか。単に、寺山修司あてのサインが入っていたからである。

ところがそこから疑問が湧き出た。二人はどのような関係だったのだろう。ネットで少しばかり調べただけではわからなかった。この本の出た1967年の1月に寺山修司が横尾忠則らとともに天井桟敷を結成している。横尾と岡本は大阪万博でどちらも著名な建物をデザインしている。未見だが倉林靖著「岡本太郎と横尾忠則、1996、新版2011」という書物もある。前衛という立ち位置にあった二人が比較されるのは当然だろう。横尾の岡本に対する酷評もあるようだ。だが横尾とのつながりで、寺山がアングラ劇場を立ち上げたとき、岡本は3月に出た自分の本を寺山に献呈したという推理も成り立つ。

岡本太郎の作品もいいなと思うものはいくつかある程度だ。番頭にとっては横尾忠則と同じ位置にいる。

そのころ前衛という言葉がはやった。番頭は今、その言葉に何か古臭さどころか、いらない感じすらする。なぜだろう。縄文土偶を見てしまったからかもしれない。感動させるものは作られた時代、作者に関係なく、それを見た人の脳の中にある感動発生装置の種類、感度によるようだ。

 

以下のブログ等もあります。

 

漫画、イラストのブログ

「アホラ サロン」

四コマ漫画「コロニャン」、前頭虫語録、アホラ画廊 掲載

http://hedgehog0808-ahora.blog.jp/

 

星空文庫 

作品を小説掲載サイト(星空文庫 https://slib.net)に作者名「草片文庫」で投稿しています。

無料で読めます。下記の作者のURLを開いてください。

 

茸小説 :作者(草片文庫)https://slib.net/a/23111/

幻視小説:作者(草片文庫)https://slib.net/a/23121/

 

 


澁澤龍彦ー美神図

 

 イギリスの挿絵画家、オーブリ・ビアズレ(1872-1898、明治12-38)は、草片文庫番頭が学生のころ(1960年代後半から1970年代)、日本ではやり始めた世紀末芸術の流れの中で、ずいぶんもてはやされた。白と黒で表現された演劇の場面や人間は、ビアズレー時代のヨーロッパのアーティストだけでなく、一般人も驚きと新鮮さで魅了されたようだ。現代の自分もその一人である。

からだが幼弱で25歳の若さで世を去っているが、同じ時代に活躍するオスカー・ワイルドと深い関係をもち、「サロメ」の挿絵を描き、トーマス・マロリーのアーサー王の死の挿絵を描き、イギリスの二つの文芸誌の、絵の主任担当者として編集にたずさわっている。一つはイエローブック(季刊紙、13冊で終刊)、もう一つはその後の前衛的文芸誌、サボイ(ビアズレの命名とされる)である。

 ビアズレーは日本の浮世絵版画に影響を受けている。ビアズレーの絵の洋服のデフォルメなどを見ると素人でもわかる。日本での世紀末芸術のはやりは、ガレなどのガラス工芸にしろ、多くの美術工芸で、江戸時代の日本の表現が驚きを持ってヨーロッパに取り入れられ、新たな展開の刺激剤になったことを、なんとなく嬉しく思う日本人根性、によるものもあったと思う。身近にあったものの良さはなかなか気付かないものだ。

 話を元に戻そう。ビアズレーは文芸にも強い関心があり、短いものだが小話を書いている。有名なのが未完の「ウェヌスとタンホイザーの物語」である。ビアズレはその話を「丘の麓で」と改題して完成を目指し「サボイ」に載せたが、やはり病気のため中断したとある。

 この話は、1968年澁澤龍彦によって初めて翻訳された。題名も「美神の館」とされ、綺麗な装丁の本として桃源社からでている。

ビアズレーが発表した当時、批評家ばかりではなく、周りの芸術家たちからも、文章になっていないと酷評受けた。しかし、澁澤は「人間性に関わるものを一切排除し、感覚のみを視覚的、絵画的に絶対化して、表現した文学作品は世界広しといえどもこれ以外にないだろう」と評し、「ビアズレーの絵画的世界をそのまま言語に置き換えたビトレスク(絵のような)な世界そのものなのだ」と述べている(解題)。エドマンド・ウイルソン(アメリカ文芸評論家)は「エロティックな空想小説」とよんだ。

 1968年9月、桃源社からだされた「美神の館」は、ビアズレによる「献辞」、本文「美神の館」、同時代の英国詩人、評論家であるアーサー・シモンズによる「オーブリ・ビアズレーについて」、澁澤龍彦による膨大な「訳注」と「解題」、それに「ビアズレー名作選」として14枚(7ページ)の絵より構成されている。

 小説については、番頭は「感嘆の気持ち」の地球の裏側の気持ちで読み終えた。これは、澁澤の膨大な訳注で分かるように、知識があってこその小説なのだろう。また、「ウェヌスとタンホイザーの物語」または「丘の麓で」というビアズレーの考えたタイトルでは興味を引かなかった(当時の人はこれでよかったのだろうが)と思う。澁澤のつけたタイトル「美神の館」は絶妙なものである。

 1968年9月に桃源社から出版された2ヵ月後、11月に同社から限定版50部が出版された。箱、夫婦箱、カバー、総皮装三方金である。箱とカバーは基本的に普及版と同じである。落ち着いたいい本である。

 11年後、1979年「美神の館」は桃源社から新装版が出版され、その5年後、1984年、光風社から再度新装で出版された。1993年には中央公論から文庫本として同じ構成で出版されている。文庫本だがアート紙を用いた綺麗なつくりである。カバーは桃源社版初版装本によると記されているが、桃源社版では金色のところを原画と同じ黒にしてある。

 「解題」の中で澁澤龍彦が、「ビアズレーについて詳しくは、いずれ出る、スタンリー・ワイントラウブ(アメリカの英国世紀末文学研究者)による伝記を参照して欲しい」と書いている。その本は美術出版社から、「美神の館」の次の年(1969年)に「ビアズリー」として、高儀進の訳で出版されている。


星空文庫 

 

作品を小説掲載サイト(星空文庫 https://slib.net)に作者名「草片文庫」で投稿しています。

無料で読めます。下記の作者のURLを開いてください。

 

茸小説 :作者(草片文庫)https://slib.net/a/23111/

幻視小説:作者(草片文庫)https://slib.net/a/23121/

 

漫画イラストブログ草片アホラ サロン

http://hedgehog0808-ahora/livedoor.blog/


井伏鱒二ー半裂図

井伏鱒二(井伏満壽二)(1898(明治31年)ー1993年(平成5年)はあまりにもよく知られている小説家である。文豪の一人だろうが、「豪」と言う字がそぐわない、庶民的な親しみやすい小説家であるというのが草片文庫番頭のイメージである。 

 教科書に「山椒魚」がのっていた。生物好きの番頭は、話の中の山椒魚や蛙、海老の会話にひかれ、岩穴からでられなくなった山椒魚の気持ちになって同情した記憶がある。この小説の中の山椒魚は大きさのイメージから、オオサンショウウオだと想像できる。大山椒魚は生命力が強いのであろう、半分に裂かれても生きていくといわれ、半裂とも呼ばれたりする。

 釣りの好きな井伏鱒二は水の中の生き物をよく観察している。「山椒魚」は登場生物の生態を知った上で擬人化した話だから、よけいに子供にもしたしまれたのだろう。

 そういうわけで、番頭にとって、「山椒魚」が井伏鱒二の代表作として頭にこびりついた。高校生のころだったろうか、「黒い雨」も頭に残ったが、これは、純粋な創作というより、被爆者の手記を元にした作である。

 明治、大正、昭和、平成と長寿だった井伏鱒二の作品を集めた本は全集をはじめいろいろ出版されている。短編を集めた本の最初に必ずといっていいほど「山椒魚」がおかれているのはご自身も代表作と思われていたのであろう。

 小説「山椒魚」はよく研究されており、様々な人がいろいろなかたちで、意見を述べられているので、内容について詳しく知ることができる。この小説は井伏が学生時代に「幽霊」(1923)と言うタイトルで、同人誌にだしたものだという。番頭が生まれる25年も前のことになる。「幽霊」というと、その内容はどのようなものだったのだろう。

 番頭が中年になってからのことだが、井伏鱒二の本で「山椒魚」がタイトルになっている本があるなら欲しいと思って探したのだが、限定版があるが、普及本にそのタイトルの本はなかった(現在、絵いり本、文庫本はみうけられる)。

 それでは「山椒魚」が発表された本はどれなのだろうかと調べた。その本は1930年(昭和5年4月3日)新潮社から発行された「夜ふけと梅の花」という、井伏32歳で初めてだした本であることを知った。新興芸術派叢書、四六版、254p、ソフトカバーの本である。ちょっとモダンな装丁である。

 初版の古本価格は相当なもので番頭には手がでなかった。ある日、神田の古本屋街を歩いていたとき、中野書店の割引セールの中に、初版ではないがその本があった。本を手にとって驚いた。先に書いたとおり初版は昭和5年の4月3日だが、売っていた本は昭和5年4月20日12刷だった。初版出版からたった二週間ちょっとで、12刷とはどういうことなのだろうか。そんなに売れた本なのか。二刷りを誤植で十二にしてしまったのか。ついつい店員さんにきいてしまったが、そのころ出版社がおうおうにしてそういうことをしたということだった。だが番頭には理解ができない。ともあれその本が手元にある。「夜ふけの梅の花」には16の短編が収められているが、三番目に登場する。

 「山椒魚」は新たな本に収められるたびに、作者によって細かな訂正がされたという。ご本人86歳のとき(1984年、昭和59)に「定本 夜ふけと梅の花」が永田書房よりA5上製本で出版された。永田龍太郎解説で箱の表紙は著者の故郷の江戸時代の地図(備後国粟根村地図、寛政年間)を本人が模写し、絵付けした皿の絵である。

その本の最初のことば「自助」において、昭和5年の初版本に載っている本人の写真についてのことが書いてある。昭和5年の本に載せる写真を、写真屋でとり、新潮社に持って行くと、新潮社の若い担当者に、お見合い写真のようだから、芥川のようなものにといわれ、新潮社近くの写真屋でとりなおしさせられたとある。しかし、その写真もぎくしゃくしたものだ、とあまり気に入っていないようだ。その若い担当者が現在の会長、佐藤俊夫氏であると回想している。

 番頭本人が初版と定本を読み比べてみて、気がついた大きな違いは、p59の「軽蔑したりルンペンだと言わないでいただきたい」が定本では「軽蔑しないでいただきたい(p66)」とルンペンが削除されていることくらいか。同じような意味なので削除するのはよく理解できるが、興味を持ったのは「ルンペン」の意味である。番頭はルンペンというと「乞食」と同義語のようにとらえていたので、あらためて「ルンペン」を調べたら、ルンペンとはドイツ語のLumpenで、ぼろの意味だという。

 さて、定本の次の年(1985年10月10日)に新潮社の井伏鱒二自選全集がはじまった。その第一巻のしかも一番最初の小説が「山椒魚」である。四六版の箱の絵は奥村土牛による石榴である。いい絵だ。

 この「山椒魚」をめぐって、論争がおきた。山椒魚戦争である。カレルチャペックの山椒魚戦争のことではない。

 この自選全集は著者自身が文にかなり手をいれたのだろう。第一巻の月報に安岡章太郎が8ページにもわたって、「鯉」と言う初期の作品について論じている。「山椒魚」ばかりではなく初期の作品「鯉」なども、書き加えや削除が繰り返されたようだ。

 自選全集では、山椒魚の最後の部分が完全に変わってしまっている。そのことにたいして、野坂昭如は怒っていた。一方、肯定する人もいるようだ。

 「山椒魚」の出だしは、「山椒魚は悲しんだ。」ではじまる。山椒魚が岩屋に閉じ込められてしまった身の上を嘆いているのである。そのご、山椒魚は自分が閉じ込められている穴に入ってきた蛙を、故意にださないようにし、蛙は岩の窪みで空腹で死にそうになっている。両者のいくつかの会話の後、最後の一行、は蛙の山椒魚への返答「今でもべつに、おまえのことをおこってはいないんだ」でおわる。

 自選全集の「山椒魚」では、出だしは全く同じである。中で説明が加えられたりの改変があるが、最後が大きく変わっている。ため息をついたかどうかの山椒魚と閉じ込めた蛙との半分けんか腰の会話になり、二人がため息を聞こえないようにお互いに我慢している状態の説明で終わる。蛙の山椒魚に対する返答ではなく、新たに違う説明話になったことへの論争である。

 作者と読者は全く違う立場である。だから、作者が自文の作品をどのように変えようと自由だ。読者も読んだ文に対してどのように感じても自由だ。

読者としての草片文庫番頭はどう思ったか。最後の蛙の一言は、自然の猛威にさらされて生きている生き物たちの寛容性をあらわす最も重要な気持ちである。この一言が、「山椒魚」という作品のすべての意味を語るものだと感じている。ということは、番頭にとって、改変された「山椒魚」は井伏鱒二の代表作とは思えなくなってしまった。だが、オオサンショウウオの写真を見ると、井伏鱒二そのもののような感じになるのは、ゆったり、ゆうゆうと自分の感じるまま生きていく姿が重なるのだろうか。

 あと二冊、本棚にある井伏鱒二の著書を開いてみたい。

 魚が好きな井伏鱒二は先に書いた「鯉」もお気に入りの一つのようだ。「鯉」は「山椒魚」と同様に「夜ふけの梅の花」にはいっているが、翌年、1931年(昭和6年)、春陽堂から出版された「仕事部屋」にも収録されている。山椒魚ははいっていない。この本はA5変形(四角)上製本箱入りで、硲伊之助のモダンな絵で装丁されている。この本も「夜ふけの梅の花」と一緒に中野書店よりもとめた。

 最後の一冊は第二次世界大戦をとびこして、終戦翌年、昭和21年に鎌倉文庫より出版された「侘助」である。犬公方時代の植木職人、侘助の話のほか二編収められている。後記に「大体の所は終戦後になって書いた(約一年間の)私の作品の全集である」とある。

時代がら紙や印刷は粗末なものである。装丁は川上澄生である。花仙紙に刷られた川上澄生の木版画表紙と裏表紙の絵はそのまま飾っておきたいと思うほど番頭はお気に入りである。裏表紙は番頭の庭にもある侘助椿の花の版画である。「夜更けの梅の花」のモダンな装丁もいいが、それとは違う落ち着いたいい本である。 

作品を小説掲載サイト(星空文庫 https://slib.net)に作者名「草片文庫」で投稿しています。

無料で読めます。下記の作者のURLを開いてください。

 

茸小説 :作者(草片文庫)https://slib.net/a/23111/

幻視小説:作者(草片文庫)https://slib.net/a/23121/

 

漫画イラストブログ草片アホラ サロン

http://hedgehog0808-ahora/livedoor.blog/

 

 


桃の皮ブログ図(訂正)

桃の皮 目次

 

        人目虫      7

        冷やし猫     21

        ヒッチハイク   39

        針金の少女    49

        献血車      77

        指輪(ロトン)  133

        胎児(赤猩猩綺譚)159

        心理学      209

        憑依       235

        桃の皮      243

 


探偵小説ー二人図

 今回は二人の作家の探偵小説それぞれ三冊。一人はSF作家、アメリカのレイ・ダグラス・ブラッドベリ、もう一人はスイスのフリードリヒ・シャルル・グラウザーである。

 ブラッドベリは1930年生まれ。グラウザーは1896年生まれで、1938年に42の若さでなくなっている。ブラッドベリ8歳のときである。当然二人は顔をあわせたりはしていない。ブラッドベリのSFは戦後すぐに邦訳されており、SFブームになった頃、中学生の番頭もずいぶん読んだ。そういったこともあり日本ではよく知られており、あまりにも多くのファンがいる。一方グラウザーは1999年に始めて訳されたが、日本ではほとんど知られていない。探偵小説も若いころよく読んだが、番頭は最近までこの作家を知らなかった。

 番頭が20代になり幻想系の小説を中心に読み始め、翻訳物のSFから遠ざかって40年以上経つ。このブログでSFをとりあげるならSF作家として最も好きなブラッドベリの本について紹介しようと思い、本棚から本をとりだしたわけである。ブランクも長いし、ブラッドベリについてもう少し情報をと思い調べてみた。ブラッドベリは2012年、82でなくなるまで執筆を続けていたという。その著作リストを見ると、知らない本がたくさん訳されており、番頭にはブラッドベリを紹介する資格なしということがわかった。

 読んでいない著作の中に、ハードボイルド三部作というのがあっておどろいた、しかも最後の作はブラッドベリ70歳のときに出版されている。今の番頭にほぼ近い年である。そうなるとがぜん興味がわいてきた。第一作は1986年、第二作目は1990年に翻訳本がでているが、2005年に三冊目も加えて、文藝春秋から三冊そろえてハードカバーで出版されていることを知った。もちろんすぐにそれを手に入れた。コロナの中、読み始めることとなった。

 ブラッドベリの三部作を読み終わり、さて次に何を読もうかと本棚を見回したところ、グラウザーの本が目に留まったのである。本棚には種村季弘の著作、翻訳がならんでいる。種村の訳した作品社から出たグラウザーの本が二冊はいっていた。綺麗な装丁であったこと、さらに異色探偵小説と帯に書いてあったので、立ち寄った古本屋で購入した記憶があるが、全く開いていない。番頭が知る限りでは種村が訳した探偵小説はグラウザーだけでないだろうか。二冊の本を読み終わり、もう一冊あることを知ってすぐさがし購入した。

ブラッドベリの三部作とグラウザーの三冊の探偵小説はずいぶん違うものである。どちらも面白かった。この二人の作家は時代も背景も違う。比較しながらブログで紹介するのも面白いと思い、ここに取り上げることにしたわけである。ずいぶん長い前置きになった。

 

 

2005年に文藝春秋からまとめて出されたブラッドベリのハードボイルドミステリー三部作は磯崎健太郎装丁の本で、それぞれ訳者が違う。「死ぬときはひとりぼっち」小笠原豊樹訳(Death is a lonely business 1985)、「黄泉からの旅人」日暮雅道訳(A Graveyard for lunatics 1990)、「さよなら、コンスタンス」越前敏弥訳(Lets all kill Constance 2003)である。

主人公は売れない探偵小説作家「僕」であり、三部を通して、友人である刑事のクラムリー、盲目の老人ヘンリー、それに不思議な関係の元女優コンスタンスがでてくる。前二作にでてくる恋人の「ペグ」は三作目からは奥さんとなり「マギー」とかわる。(どちらもマルガリートの愛称)。ペグとマギーはストーリーの中にちょっと顔を出すに過ぎないが、彼女のことばが話の中で、主人公を浮かび上がらせていた。

 読み終えると、違う世界から帰ってきたような気持ちになった。書かれている人、場所、景色、心象風景が、すべて抽象的、幻想的であり、霞がかかっており、思い出の話といったらいいのだろうか。話しの骨子を理解するのに、いやなれるのにといったらいいのか、時間がかかった。これは読み手の想像力の欠如にもよるが、ブラッドベリー独特の想像力から生み出されてきたものにくわえ、読み手が書かれている時代の、その国その場所の知識の欠如にもよるのだろう。物語の中で人が死ぬが、血が滴り落ちるような死に方をしない。死んでいるのか、いないのかぼんやりしている。しかし、読んでいると、慣れてきた番頭の頭の中には話の流れとともに、映像が浮かび上がり、読み終わってから残像のように刺激し続けている。不思議だ。

 主人公の「僕」はずいぶん消極的な行動力の持ち主で、これがハードボイルドなのだろうかという疑問がわいた。ハードボイルドとは行動力のある探偵などが活発に動いて、物事を解決していく話と理解をしていたからだ。しかし、調べてみるとヘミングウェイがハードボイルド作家になっている。現代のハードボイルドというともっとアクションのすごい主人公が暴れまわるというイメージの強い番頭の認識がずれているようだ。ブラッドベリはポーだけではなくヘミングウェイにも傾倒している。だから、自らハードボイルドとくくったのだろうか。この物語は番頭の頭の中で静かに広がり、いつまでも残っている、幻想探偵小説といいたいような作品であった。磯崎の黒を基調とした装丁も霧の中の思い出のような、内容にとてもマッチしている。

 

 グラウザーの探偵小説はその当時、スイスでは相当の人気で、スイスのシムノンとさえ言われていたようだ。日本で言うと明治29年(1896年)生まれということになる。昭和13年に42歳の若さで病死している。

 「吸血鬼幻想」、「薔薇十時の魔法」など幻想系の書、深い知識のものに書かれたエッセーのシリーズなど、大学での研究の傍ら、ドイツ幻想系文学の紹介を続けてきた種村季弘が、なぜグラウザーの探偵小説を平成になって訳出することになったのか。ご本人が相当この作品群に興味をいだいていたのだろう、1998年の最初の本に、もう次の本の原稿が出来上がっているのですぐにお目にかけることができるといったことが書いてある。種村の文章はとても読みやすく、期待通りに、三冊あっという間に読んでしまった。

 主人公はいつも安物の葉巻、ブリサッゴをくわえているベルン警察刑事、ヤーコプ シュトゥダーで、聡明な奥さん(ヘディー)がたまに名前が出てくる。

 種村訳の三冊のシュトゥダー刑事シリーズは、全て作品社より出版され、間村俊一のコラージュによる装丁の綺麗な本である。1998年にでた「狂気の王国」(1936年 昭和11年)は精神病院舞台の話で、シュトゥダーものとしては4冊目にあたる。次に訳されたのは1999年の「クロック商会(1937年)で、アルプスでのお金が絡んだ事件、三冊目は2000年の「裁くの千里眼」(1938年、原題体温曲線表)、モロッコ砂漠の外人部隊が舞台である。

 シュトゥダー刑事の推理を元に話が進んでいくが、そのころの舞台となるところを知らなくとも、ロジカルに進められる推理は読み手にもよくわかる。個性的なキャラクターの人間が出てきて、種村の訳は読みやすく、出てくる人たちのキャラクターをとても楽しめた。

 話はグラウザー自身の体験したことが大きな下敷きになっている。病気治療の結果麻薬依存症になり、いくつもの精神病院に入れられ、そこから逃亡して転々と仕事を変え、外人部隊にも逃げ込み、最後は本の出版にこぎつけるが、突然倒れ死に至ったと、種村の解説にある。人の精神に分け入った解析をシュトゥダーが見せるのはそのためもあるだろうし、それが、グラウザーの静かな探偵小説の持ち味なのだろうと思った。2004年、種村が亡くなった後、グラウザーの訳本が国書刊行会から2冊出版されている(未見)

 この二人の探偵小説、最初にも書いたが、主人公も場所も全く違う。書かれた時期も違う。表現の方法も違う、だが、どちらも心の中に深く入り込もうとする姿勢が好ましいものであった。

 

 ちなみに、有名な探偵小説家たちが、日本のどの時期にいたのか全く考えたこともなく、この際、ちょっとのぞいてみた。

 アメリカには、世界最初の密室推理小説とされる「モルグ街の殺人」(1841、天保12年)をエドガー・アラン・ポー(1809、文化6年-1849、嘉永2年)が出版し、探偵オーギュスト・デュパンが活躍する。ポーは江戸時代に生きた人間である。日本では推理小説といったものは確立されていないが、江戸時代後期に怪異小説である雨月物語(1776年)が上田秋成(1734-1809年)により書かれている。

 イギリスのあまりにも有名な探偵シャーロックホームズはアーサー・イグナティウス・コナンドイル(1859、安政6年-1930、昭和5年)が作り出した探偵で、初出は「緋色の研究1888年、明治21年」である。

やはり、イギリスのアガサ・メアリ・クラリッサ・クリスティー(1890、明治23年―1976年昭和51年)の探偵ポアロは、1920年(大正9年)「スタイルズ荘の怪事件」でお目見得している。

明治から大正かけて、イギリスではコナンドイルからアガサ、クリスティーの時代になっていく。番頭の本棚のその頃の日本の小説本というと、夏目漱石の「吾輩は猫である」だろうか。

フランスでは、ベルギー出身のジョルジ・シムノン(1903、明治36年-1989、昭和56年)が1929年(昭和4年)に「怪盗レトン」でジュール・メグレ警部を登場させた。

アメリカではポーからだいぶ後になるが、いとこ同士のフレデリック・ダネイ(1905、明治38年-1982、昭和57年)とマンフレッド・ベントン・リー(1905-1971、昭和46年)が、エラリークイーン名義で、1929年(昭和4年)に「ローマ帽の謎」書き、探偵、ドルリー・レーンを登場させた。1932年(昭和7年)にXの悲劇、33年にYZの悲劇が出ている。第二次大戦より前のことである。エラリークイーンの作は中学生の時夢中になって読んだ。

日本でも昭和になってからだが、戦前から江戸川乱歩、横溝正史などが探偵小説作家として活躍を始める。

このようにみていくと、グラウザーの小説は第二次大戦前より戦時中にだされたものになる。ブラッドベリは戦後の人である。番頭にとって、ポーは曽祖父の時代、コナンドイル、クリスティやシムノンは祖父の時代、エラリークイーン、グラウザーは父の時代になる。ブラッドベリーはさしずめ、大学の恩師あたりの年である。番頭はブラッドベリーはもちろん、クリスティーやシムノン、エラリークイーンには機会があれば会うことができたわけだ。彼らを違う時代の人と当時は考えていた。それも海外旅行など高嶺の花、外国を身近に感じることのできない時代に育った人間だからかもしれない。

 


猫女石図

猫女石目次

 

     猫女石プロローグ  6

     猫の骨       9

     猫の交通事故己   63 

     猫の輸入      113

     キャッツアイ    151

     宙夜の報告     185

     国際宝石展     211

     山梨の宝石職人   235

     野霧の本      261

     キャッツアイの正体 301

     猫女石の正体    345

     猫女石エピローグ  363 

     おわりに      373

 


このページのトップヘ