針鼠の本棚

本だけではありません。

文学のおくりもの図1

文学のおくりもの図2

文学のおくりものー昌文社

 

針鼠の本棚にはいくつかのシリーズ物がはいっているが、番頭が大学の頃出版され始めた昌文社の「文学のおくりもの」は、古典でもあり、だけど肩肘を張らないで、人の一生の一場面を切り取った、読んだあとにほっこり後味が長引くいい話ばかり集めている。いい作家たち、いい訳者たち、それにいい挿絵の本である。

 1971年から1980年まで、四期、28冊出版され、古本屋などで全て揃えた。一番最初の作品「タンポポのお酒」はレイ・ブラッドベリーである。ブラッドベリーはSF作家の中で一番好きだったこともあり、このシリーズが目に留まった。二期の最初も「ハロウィーンがやってきた」でブラッドベリーである。イタロ・カルヴィーノ、ジャン・コー、ナット・フェンホス、などこのシリーズで出会った作家たちはたくさんいる。

とても気に言っていた証拠に、全ての本に作ったばかりの蔵書印をおしてしまった。今では蔵書印を押すなどという本に対する破壊的な行為はしない。若気のいたりだが、自分だけのもの、手放したくないという当時の気持ちのあらわれでもある。本は世の中に出回ったほうがいい、墓場まではもっていけない。あたりまえのことを今頃気がついて蔵書を整理しているのだが、蔵書印があると読む人によっては気持ちの悪いものだろう。

 一方で、売れないのならもう一度読み見返しをするかと思えたことは、蔵書印のおかげでもあるかもしれない。

 ちょっと似たようなシリーズとして、早川書房の「異色作家短編集」があったが、全部てばなしてしまった。短編好きな筆者には、あれも惜しいことではあった。

 このシリーズの表紙は一見コンピューター的モダンなデザインだが落ち着いていてとてもいい。ブックデザインは国東照幸である。タイポグラフィストといってよいのであろう。シリーズ全28冊並べてみるととても面白い景色になった。

 さらに、本の中の挿絵がいい。絵を描いているのは当時先端を行く感覚派の人たちだ。それを見るだけでも楽しい本である。

 昌文社はサイのマークで有名である。サイのイラストは装丁家の平野甲賀だそうで、ただなぜサイなのかということに関してはわかっていない。ネットには社長がサイに似ていたからじゃないかという面白いことも書かれている。それだけで宣伝になる。このサイのマークは1983年からで、1971年から1980年にかけて出版された「文学のおくりもの」にはサイのマークはない。このシリーズにサイのマークは似合わないような気がする。

 ともあれ、読んだのは最初の頃のものだけなので、棺桶に入るまで古書店には売らず、時々本棚から引き出して読もうと思っている。

 

以下のブログ等もあります。

 

漫画、イラストのブログ

「アホラ サロン」

四コマ漫画「コロニャン」、前頭虫語録、アホラ画廊 掲載

http://hedgehog0808-ahora.blog.jp/

 

星空文庫 

作品を小説掲載サイト(星空文庫 https://slib.net)に作者名「草片文庫」で投稿しています。

無料で読めます。下記の作者のURLを開いてください。

 

茸小説 :作者(草片文庫)https://slib.net/a/23111/

幻視小説:作者(草片文庫)https://slib.net/a/23121/

 

 


蒐魂閑話-角瓶-青角図


 響マークになり13年後、2013年5月21日に角瓶プレミアム43が発売されました。瓶がずいぶんスマートになり、青いラベルが瓶と調和していて、見た目はイギリスの若い紳士風です。一本2000円、普通の角が1500円ぐらいだったでしょうか。かなり高い高級角瓶でした。だけど、43°とアルコール度も高く、とてもおいしく感じられたことは確かで、その頃はプレミアムばかり飲んでいました。瓶が気に入っていたものですから、空瓶がごろごろたまり、一時は10本ほど空瓶が並んでいました。300mlの小瓶も発売され、何本も飲みました。未開封のものがまだ二本ほどのこっています。

 プレミアムは今青角と呼ばれ、古酒としてかなり高額になっています。その時代を楽しんだ一人として幸せでした。その頃65歳でした。

 


澁澤龍彦ー帯の宇宙図

 

 針鼠の本棚の中の澁澤龍彦の本で最初に出版されたのは1954年の「大胯びらき」である。この本に帯があるものかどうか知らないが棚にあるものにはない。次にでたのが、翻訳文庫本「恋の駆け引き、1995年」である。これにもない。次はサド選集ⅠからⅢでこれには帯がある。こうみていくと、1995年から1999年までに主たるものは17冊あるが、帯があるのは11冊である。その中で確実に帯があることを知っているが、ついていないのは思潮社の「ヌーベルトラジック」で、ゾッキとして二百円ほどで買ったと思う。1970年代中ごろのことだろうか。そのとき帯のあるものが一冊あった。それも同じほどの値段だったのだが、本体が汚れていたので帯なしを買った。今考えると惜しいと思っているが、当時帯のあるなしなど意にかけていなかった。

 ところが、初めからついていたものがすべてあって完本というコレクターの仲間入りしてしまってからは、帯に目がいくことになった。帯は本の装幀を壊すと邪魔扱いにしていたのだが(今でもそう思っている)、一度頭に染み付いてしまうと、帯が欠けていると大事なものがない思いがする。

そのようなことで、帯のある澁澤本を探すことになってしまった。澁澤龍彦初期の1950年代のものは帯がなくとも貴重な本である。サド悲惨物語、悪徳の榮の正と続やサド復活(特装版)、ロマンギャリの「自由の大地上、下」の帯つきを揃えるのは大変だった。

その中でも、シュオブの澁澤訳が入っている、創元社の世界恐怖小説全集9の「列車081」の帯つきはなかなか手に入らなかった。このシリーズには特別装幀とシリーズ装幀の二種の箱入りが同時にあり、特別装幀の帯も少ないが、シリーズ装幀箱の帯は見たことがないほど珍しい。それが最近ヤフオクにでた。どうやら手に入れることができた。そういった帯に思いのある本をいくつか「澁澤龍彦ー帯の宇宙」としてブログに掲載することにした。

ロオマン・ギャリイの「自由の大地、上下」はフランスの文学賞受賞した本で、岡田真吉との共訳である。澁澤龍彦が渋沢竜彦になっている。その前に出している本は澁澤龍彦名である。ユイスマンやサドを訳している澁澤にとって、毛色の違う内容の作品だからあえてこの名前を使ったのだろうか。「自由の大地」は今はない、京都のアスタルテ書房で見つけたものである。

サドの悪徳の榮正続の箱入りの本の帯つきも珍しいものだろう。サド裁判の発端となった本である。サド悲惨物語帯つきとともに載せておく。これらはどれも訳本だが、澁澤の最初の小説本「犬狼都市、桃源社、1962年、箱」は好きな本の一つで、この本の帯つきも珍しい、犬狼都市は初版の帯が小豆色なのに対し一年後の再販の帯は明るい青色である。

1972年に出版された「悪魔のいる文学史」の帯はは版が変わるごとに色が変わっている。手元にあるのは1979年の5版までだが茶色から始まって紫系のものだが、古本屋で見るたびに買ったが、自分でも物好きだとおかしくなる。

 極めつけに珍しい帯が1987年、澁澤氏が亡くなる少し前に出た「フローラ逍遥、平凡社」にある。この本は出版日に新宿まで買いにいき、そのあとも人にあげるために数冊買った。綺麗ないい本だ。澁澤氏はこの本を手にとって喜ばれたことだろうと想像する。この本には帯がないものと思っていた。今でも一般的には帯のない本ということになっているのだろう。ところが、平凡社に知人がいて、帯作っていたよという話を聞いた。探してあげようかとの申し出にもちろんお願いしたのだが、もうないって、という返事であった。澁澤龍彦が帯は要らないと編集者に言ったそうである。ところが帯つきが数冊、店頭にならんだ事実があるようで、世の中に数えるほどの帯つきの「フローラ逍遥」があることがわかった。

「フローラ逍遥」は帯のある本だという認識に変わり、それから数年後、すさまじい価格で売りに出された。とても手が出ない、あきらめて数年たち、手が届きそうな値段のものがでた。そこでやっと手に入れることができた一冊である。

 最後にフローラ逍遥の一年前にでた小説集「うつろ舟、1986、福武書店」のエピソード。これは新刊でもとめた。ところが別の本屋に異なった帯のものがあってそれも求めた。どちらも出版されてすぐのものなのだが、帯の幅が違うのと、背の部分の文言が異なっている。どのような意図で二種類作られたのか知らない。一つには内容が記載されているが、そのほうがわかりやすいと思って作り直したのか、その辺はわからない。

 帯がないほうがいい。そのほうが本の装丁家にとってもやりがいがあるだろうと、いつも思っているのです。


角瓶Ⅷー新獅子マーク:黄黒白角図

 

 1990年代にサントリーの社章が響のコンピュータ語のようになったものが、2007年には再び向獅子マークになりました。それに関してはすでにブログにのせています。

ネットで調べると、獅子が向かい合ったマークは、その原型が明治31年に鳥井喜蔵によって商標登録されたとあります。弟の鳥井信治郎が製造した葡萄酒を「向獅子印甘味葡萄酒」としてマークを使っていると書かれています。

そのような大事な歴史ある社章が一時変わったわけですが、黄角のラベルからマークを切り抜いてのせておきます。響のマークが悪いわけではないのですが、やはり獅子が向かい合っているマークのほうが筆者にはしっくりきます。新しい向獅子のマークは古いものと基本的に変わりませんが、古いものは黄色の地にマークがきされていますが、新しいものは地が黒くなっています。

さて、響マークができたときに黄角に白の淡麗辛口が登場し、少しさっぱりとした味のものになり、黒角が「味わい旨口」として1999年に登場しました。それが、新たな向獅子のマークに戻った2007末から、淡麗辛口はそのままですが、味わい旨口のかわりに、43°の黒角「黒角43°」が登場しました。黒角43°は2016年、淡麗辛口は2019年まであったと言うことです。ということは淡麗辛口の白は響マークと新向獅子マークの二種類あるということになります(響マークのブログをご覧ください)。

この頃角はずいぶん飲んでいたようで、新向獅子マークの大瓶(1920ml)も三色そろってあります。黒角(43°)で梅酒をつくり、角の大瓶につめたりしました。今年の夏、暑いところに置いておいたら濁ってしまい。これから濾過する予定です。

 この時期にもオマケはいろいろありました。角瓶Ⅶにのせてありますのでご覧ください。

 (図中にⅥと書かれていますが、Ⅷの間違いです、掲載の段階で気づきました。いずれ訂正します。申し訳ありません)

 


澁澤龍彦ー加山又造図

 好きなものに囲まれているときは至福の時間である。好きな本、好きなボトル、好きな動物、好きな植物、好きな茸、好きな写真、そういったものを自分で探し、身の回りにおいて、自分の安らぎを作る。

 澁澤龍彦は自分の好きなものがはっきりしている。それを文章にして本の中に集める。本を開けば自分の好きなものに囲まれる。おそらく澁澤龍彦自身が自分で書いた本を開くと、好きなものに囲まれて幸せの気分を味わっていたのだろう。ところが、澁澤龍彦の本は、ご自身だけに幸せの時間をもたらすのではない。彼の華麗簡潔な文は、それを好む愛書家、愛好家にいたって幸せな時をもたらす。しかも澁澤が偏愛するものに、うなずく人間にとって、それらが澁澤の文として集まった本は手に持っただけで違う宇宙に入り込むことができる。

 なんだかわからないような文章で書き始めたが、澁澤龍彦の本に囲まれて幸せ気分の草片文庫番頭は、その中でも澁澤が好きな物を集めた本を開くと、その中のものがほしくなるほど困った収集癖がある。

 澁澤龍彦の著書「玩物草子」のことを書きたくて、このような次第になったわけである。

 「玩物草子」は1979年2月に朝日新聞社から出版されたA5判217Pの本で、装画は加山又造、装丁は栃折久美子による。名前を見ただけで魅力のある本であることが想像できる。箱の表は加山又造の葉の上の髪切り虫版画、本の表紙にはタイトルもなければ、ただのウニの殻の写真があるだけ。

 さらに、この本は同年5月に同社より出版された95部の布箱、皮装の限定版がある。棚には95のうち15番がはいっている。A5判217Pで、装丁はやはり栃折久美子、挿画は加山又造、加山の蝶の銅版画、「メタモルフォーシス」が付されている。

 加山又造の日本画を中心とした作品は若い頃から好んでおり、澁澤本の装画に用いられたということは番頭としては相当嬉しかった。

 実は「玩物草子」のでる1年前(1978年8)に、加山又造の版画集「加山又造版画集 1955年ー1978年」がフジ美術より出版されている。裸婦と動物、昆虫の版画集である。その本の序を澁澤龍彦が書いている。「加山又造あるいは豪奢な禁欲主義」と題された文に、加山又造氏以外の日本画にはほとんど興味を持っていない、年来の加山芸術のひそかなファンであるとある。さらに動物好きの澁澤にとって、版画集の動物、昆虫はたまらなかったようだ。番頭も同じ思いをもつ。

 「玩物草子」は白水社の新編ビブリオテカの一冊として、1987年に出版され、さらに、1993年朝日文芸文庫になっている。

 澁澤が集めた玩物とはなにか。目次を見るとそれがわかるだろう、ここに記しておきたい。読むと澁澤の思い手に取るように伝わってくる。

 裸体、虫、沼と飛行機、ミイラ取り、枕、蟻地獄、星、神のデザイン、家、反対日の丸、ポルノ、変身、花、ピストル、体験、テレビ、猿の胎児、天ぷら、美術館、書物、劇場、童話、地球儀、猫と形而上学、男根、カフスボタン、輪鼓(りゅうご)、夢、燃えるズボン、衣装。

 この中に澁澤の玩物が隠れている。

 

 


蒐魂閑話-角瓶Ⅶおまけ1図

蒐魂閑話-角瓶Ⅶおまけ2図

蒐魂閑話-角瓶Ⅶおまけ3図:グラス

おまけ

 

 子どもの頃、「おまけ」という言葉を覚えたのは「おまけ付きグリコ」からでしょう。おまけほしさにグリコを買ってもらった記憶があります。オマケはグリコキャラメル箱本体に付着している長方形の箱に入った、木で作られた動物だったり、道具だったりしました。木のミニフィギュアです。そのご、金属でできたものもあったりしましたが、やがてプラスティックが主流となり、スポンジや消しゴムのものもありました。メルカリをみますといろいろでてきます。グリコオマケコレクターも大変多いことがうかがわれます。

 おまけ、というのは子どもの特権ではありません。むしろ大人の言葉だと知ったのは、それこそウイスキーを飲むようになってからです。ともかくいろいろなオマケがついてきます。サントリーの角は、昔から好きだったので、オマケなど縁がないと思っていたわけですが、とんでもありません。

 サントリーのマークが向獅子からいきなり響という漢字をコンピューター文字にしてしまった1990年代から、オマケが増えました。響という字は社章であったということです。時代に合わせたのかもしれませんが、長い時間かけて熟させるウイスキーの会社らしくないとおもいませんか。その頃ウイスキーはまだまだ、家庭に広まっているわけではなかったこともあったのでしょう、サントリーウイスキーマークが響になったとたん、おまけサービスを始めました。角瓶に点数シールをはって、点数を集めたら、特別な角のもらえるキャンペーンをおこないました。特角に関しては、前回のブログで紹介しました。これもオマケの一種ですが、角瓶を買うと必ずついてくるというオマケもその頃からではじめ、2007年から新しい向獅子マークになってからも、オマケが続いていくのです。

 おまけにはいろいろあって、角瓶の形をした、音の出るフィギュア、光るフィギュア、シャープペンシルのように書くことのできるフィギュアなどがありました。

  響マークになったとき、ウイスキーがお好きでしょ、の角瓶コマーシャルソングが大当たりしました。歌っているのは演歌歌手の石川さゆりです。

新たな向獅子のマークに変わったとき、亀甲ボトルの形をしたフィギュアのふたの部分を押すと、石川さゆりが、ういすきーはおすきでしょ、と歌いかける「サウンドチェーン」とよばれるおまけが、角瓶のネックにかならずかかっていました。その頃、黄角以外に淡麗辛口(白角)、黒43°が発売され、それぞれのラベルのサウンドチェーンがついていました。サウンドチェーンは3種類あることになります。ずいぶん飲んだものです、それを三セットももっています。響時代には、黄角、赤角の形をした光るフィギュアもありました。

ブログのおまけとして、1991年の石川さゆりの「ウイスキーがお好きでしょ」がはいったCDと、2000年には、5つのバージョンの「ウイスキーがお好きでしょ」だけがはいっている、竹内マリアのCDものせておきます。竹内マリアのCDは、新聞で見るとすぐに八王子の店に買いに行きました。竹内マリアが英語でも歌っているもの、カラオケバージョンまでも入っているCDです。何とも時代にあった、また角瓶のイメージをかえたコマーシャルソングであったことでしょう。本当の題はYou & Night & Whiskyで、作曲は杉真理、作詞は田口俊です。角瓶はその昔、日本映画にずいぶん出てきます。それもうらぶれた、どちらかというとやくざが好きそうな雰囲気で、いやバンカラなイメージであったわけです。

 そのように、音と光をつかったおまけを作ったわけですが、さらに角瓶の「かく」ということばから連想し、小さな角瓶の形をした書く道具であるペンシルのおまけまでありました。それらをまとめて、音、光、書くとして、図1に載せました。

 角瓶のオマケにはまだまだいろいろあって、図2には本、小冊子、コースターなど紙によるもの、新しくは角の時計などものせました。本は「サントリーウイスキーブック」であり、小冊子も短いサントリーウイスキーの歴史の書かれたものです。七回連続の角瓶秘密物語には、作家の角への思いなども書かれています。

おまけとして、当然考えられるのは、ウイスキーを飲む道具のグラスやジョッキのたぐいです。いろいろなガラスのグラスが角瓶についてきました。いつの間にかたまっていて、改めて写真を撮るためにロフトからとりだしました。図3にまとめてみました。

亀甲模様のグラスが好きすが、持っていた中に一つとても汚れているグラスがありました。よく使っていたものです。白角のラベルが貼られているもので、それを使っている場面の写真がありました。ご覧ください。夕食時、筆者のあぐらの上にいる、一番初めに飼った迷い猫だった「玉」が箸の先の刺身を見つめ、いれてくれと大きく口をあいた写真です。我が家にきたとき、片足が怪我をしており、傷はなおったのですが、片足を強く打っていたようで、不自由になってしまいました。そのため座ったままで刺身を口に入れてくれるのを待っているのです。テーブルの上には白角の亀甲グラスがあります。中に入っているビールはキリンです。玉の夕飯と題してみました。

 サントリーは角でハイボールを売り出しました。当然のこと、炭酸もおまけについてきました。特別な炭酸を1ダースもらったこともあります。炭酸に関しては、いずれブログに載せようかとも思っています。

 そして、ちょっと前、今といってもよいかもしれませんが、角瓶がりリニューアルをしてから、おつまみの缶詰がつくようにもなりました。それもいくつかありますが、ブログに載せる予定はありません。

 こうしてみると、「おまけ」は経済社会の落とし子であり、年齢に関係のない大事な生き物のようです。次にどのようなおまけが角瓶の首に下がっているでしょう。もっとも、今は売れすぎて、角の取り合いになっているほどですから、宣伝は必要ないかもしれません。


澁澤龍彦:高丘親王航海記図

1987年4月、その年は15年つとめたところから、新しい仕事場に変わった年である。新しいところで働ける新鮮な喜びもあるが、優秀な指導者の下で学びながら仕事をしていた人間が、指導をしなければならない立場にかわったことで、肩の上に重いものがのしかかってきたことはたしかである。そういったとき、それを軽減してくれるのは、仕事外での趣味であり、好きな本にであうことであった。

 その年の夏、いつものように家内の実家である秋田の湯沢に逗留していたときに、秋田の新聞を広げて目に入ったのが、澁澤龍彦氏の死である。8月5日であった。

 澁澤龍彦の本は学生時代にであってから、古書店で余裕のあるときにはぽちぽち買っていて、後年、小説を再び書き始め絵からの作品、唐草物語を読んだときには、これは絶対、泉鏡花賞だと思っていたらやはり受賞し、それ以来、澁澤氏の新しく書いた小説を楽しみにしていた矢先のことで、がっかりしたことを覚えている。

 文学的素養の薄い自分には、サド等にはなじみがたいところがあったが、澁澤龍彦の小説が、他の小説家にはない幻想性の高い香りのするうれしいものであった。

 その年から、「初版」「帯」「完本」などという、自分には縁がないだろうと思っていた事柄に目が行くようになり、よりきれいな澁澤本をなんとかして手に入れようと言うことになっていくわけである。

 なくなった年の10月15日に、最後の小説となる「高丘親王航海記」が文藝春秋社から出版された。もちろんすぐに書店に走った。

 おもしろかった。装丁はそのころ人気の菊池義信である。読んだら書棚にしっかりとしまい込んだ。そういった本で、そのあと読み返すことはなかった。

 読んだ後、「マドンナの真珠」が頭に浮かんだ。マドンナの真珠は、本当の死の世界にいきたい5人の男の亡者が、船をあやつり、女三人と真珠を名付けた子どもをのせ航海し、真珠の成長とともに、赤道に向かう話である。澁澤31歳以前の作品である。高丘親王航海記とは話の筋は全く違うし、明るさも違う。真珠、赤道、異界などが、思い起こさせたのだろうか。澁澤龍彦の頭の中に密かにあった高丘親王航海記の種だったのではないかと思ったからかもしれない。そういったことで、限定版「マドンナの真珠」を中心に2021年に掲載した「澁澤龍彦ー真珠」と題したブログにすでに掲載したが、あらためて「高丘親王航海記を独立させたいと思った。

 この小説は改めて多くの芸術家や作家に影響を与え、澁澤龍彦ファンはますます増えた。文春文庫から1990年に発売された文庫本の高橋克彦の解説は、まさに澁澤ファンの気持ちで書かれたものとしてとても感じのよいものだった。あの浮世絵師を主人公にした江戸川乱歩賞作家は、自分と同年代の人で、中学の時から澁澤本を読んでいたとは、僕は大学時代に毒薬の手帳からである。

 高丘親王航海記は演劇にもなり、名古屋市民芸術祭‘92協賛、天野天街脚色・演出の公演が1992年におこなわれていた。ポスターをどこかで手に入れた。

没後35には、澁澤がすんでいた鎌倉では、鎌倉文学館が特別展を行い。図録を澁澤龍子さんが送るように手配してくださって、手元にある。龍彦の草稿と、漫画家近藤ようこの「高丘親王航海記、4巻」の原画が載っている。

2011年には、多才で知られる榎本了壱による折り本がアタマトテ・インターナショナルにより作成されているが、これは京王線初台の世田谷文学館で買い求めたもので、開くとすべて榎本了壱が手でかいた顔か親王航海記が現れ、反対側には物語に沿った絵が現れるという、すごい本である。この作品は「ENOMOTO RYOUICHI」という作品集の中にも収録されており、この本は、龍子さんが送ってくださった。

「高丘親王航海記」は、未来永劫、芸術家たちに真珠を投げつけながら航海し続けることだろう。

 


蒐魂閑話-角瓶Ⅵ-特角図


 響マークに変わった角瓶には、点数のついた小さなシールが張ってありました。それを集めサントリーに送ると、景品がもらえたり、特別にあつらえられた非売品の角瓶がもらえたりしました。

角瓶が1937年(昭和12年)に発売され、60周年記念として、「我ら、角瓶党」キャンペーンが1997年3月から始まって、1998年の四月までの1年間に、少なくとも4回ほどは行われています。

瓶に張られている点数のシールを集め、点数に応じて、非売品である特別に作られた角瓶(特角)や、非売品ウイスキーグッズがもらえました。角瓶党員だったらしく、非売品のバッチももっています。

集まったシールで何度も応募したようで、非売品の特角を二種類もらいました。どれも名鉄宅配便で小牧から送られてきています。特角以外にもグラスなどももらっています。

特角10年、43度の700mlボトルと360mlボトルです。700mlのボトルは3000本限定の貴重なものです。700mlの角瓶に1ポイントのシールがついており、15ポイントで360ml特角、30ポイントで700mlの特角がかならずもらえるというものでした。いつもらったのかわかりませんが、最初の募集は3ヶ月弱でしたので、その頃は10日に二本ほどのペースで飲んでいましたから、30ポイントは集まりません。買いだめをしたような記憶があります。

1999年にはまた別のキャンペーンがあっり、そのときの景品、「銀の角瓶、700ml、43度」も送っていただきました。2000本限定のさらに貴重なものでした。その当時住んでいた家の住所が書かれたラベルのある箱にはいったまま、しまってありました。ブログに載せるため、25年の眠りをおこして、記念撮影をしたわけです。

 当然のこととして味は知りません。ネットにはいろいろ書いてありますが、たいした味覚の持ち主ではない筆者にとって、飲むのは無駄なようで、目で楽しむので十分です。

 さらに2007年には70周年の特角(1937本)があるようですが、それはもっておりません。まだ見たこともないのです。

 


澁澤龍彦ー幻想画廊図

澁澤龍彦を読むきっかけは、装丁に引かれて、また毒薬という言葉にひかれて、早稲田の古本屋街で見つけた「毒薬の手帖を」を購入したことから始まる。そのころは、決して、幻想ということばと澁澤龍彦とむすびついていたわけではない。番頭は中学の頃からSFにはまり、その中のレイブラッドベリーや結晶世界のイメージに惹かれるようになり、それが幻想的SFと呼ばれるものと知り、さらに中井英夫のトランプ譚の最初の本「幻想博物館」を読んだとき、装丁も含め中井のとりこになった。中井英夫から「幻想」を意識するようになったわけである。

 さらに時間がすすみ、澁澤の「夢の宇宙誌」には驚いて、澁澤龍彦の好むものは、「幻想」のものなのだという認識にいたった。それ以来、大して興味を持っていないサドの本も含め、澁澤の本の蒐集に熱を上げることとなってしまった。

 絵は好きでもあり、自己流に描いたりもするので、好きな画家ははっきりしている。澁澤の絵にかかわる本に選ばれている画家、芸術家たちは、幻想味のあふれるものばかりで、教えられた画家は数知れない。ただ好みではない画家も上げられているが、これは番頭の狭量のせいだろうと、澁澤龍彦の広さに感服しているというのが本当のところである。

 澁澤龍彦は日本における文学、芸術、思想の世界に幻想の世界を広げた唯一無比の人であり、今回、絵画に限っての彼の代表著作をここにのせてみたい。美術出版社の「幻想の画廊から、1967」と「幻想の彼方へ、1976」と大和書房の「幻想の肖像、1985」である。「幻想の彼方へ」は「幻想の画廊」からの改訂版、いや増補版でもあり、姉妹編ともいえるものだと、あとがきに記している。

 内容をまとめる力はないが、それぞれの目次を書き出すと、澁澤龍彦の好みの画家が、いかに当時の教科書からはみ出した、幻想性の高い人たちだかわかるし、これらの本が、日本の若い芸術家、メディア、さらに研究者たちに与えた影響の強かったことは、当時は知られていなかった画家の名前が、今では当たり前になっていることからもわかることである。

 「幻想の画廊」からは1979年に大和書房から新装版がだされ、1985年、1988年にも装丁をかえて出版されている。

 

幻想の画廊から(1976年12月20日、美術出版社、A4変箱 249P)

 

空間恐怖と魔術 スワンベルクとプロオネル

女の王国 デルヴォーとベルメエル

イメージの解剖学 ふたたびベルメエル

卵・仮面・スフィンクス レオノール・フィニーの世界

夢見る少女 バルチュスの場合

混沌から生成へ タンギーの世界

マグリッとの冷たい夢 終末の青空

神の香具師ゾンネンシュターン 月の精の画家

サルバドール・ダリの両極性 堅いものと柔らかいもの

光り輝くルネサンスの幻影 ダリ展を見て

「百頭の女」と「スナーク狩」 マックス・エルンスト

ビカビアと機械崇拝 あるダダイスト

存在し得ない空間 MCエッシャー

 

ボマルツォの「聖なる森」

崩壊の画家 モンス・デシデリオ

だまし絵・ひずみ絵 ホルバインその他

メタモルフォシス アンチンボルトを中心に

一角獣と貴婦人の物語

北欧の詩と夢 ベックリンとクリンガー

密封された神話の宇宙 キュスターブ・モロオ展を見て

幻影の城 ルドヴィヒ二世と郵便屋シュヴァル

人形愛 あるいはデカルト・コンプレックス

玩具考 古き魔術の理想

仮面のファンタジア

 

幻想の彼方へ(1976年8月5日、美術出版社、A4変箱、259P)

 

レオノール フィニー

マックス ワルター スワンベルク

ゾンネンシュターン

ハンス ベルメール

パルチュス

ルネ マグリットの世界

キリコ、反近代主義の亡霊

マックス エルンスト論

ベルメールの人形哲学

ファンム アンファンの楽園

パウル クレー展を見て

ピザンティンの薄明あるいはギュスターブ モローの偏執

ルドンの黒

ゴヤあるいは肉体の牢獄

メーン ブルックス、アンドロギュヌスに憑かれた世紀末

遠近法 静物画 鏡、トロンブ ルイユについて

 

幻想の肖像 (1975年6月20日、大和書房、A5筒箱 222P)

 

シモネッタ ブェスプッチの肖像 ピエロ ディ コシモ

若い女の肖像 ペトルス クリストゥス

二人の娼婦 ヴットーレ カルパッチオ

マグダラのマリア カルロ クリヴェルリ

アレンチアの肖像 パルミジャニーノ

奏楽天使に囲まれた聖母子 コスメ トゥーラ

ヴェネツィアの少女 アルブレヒト デューラー

ユディット ルーカス クラナッハ

婦人像 ヤコボ カルッチ ボントルモ

アレゴリー ジョヴァンニ ベルリーニ

受胎告知 シモーネ アルティーニ

大天使 ピエトロ カヴァルリーニ

三美神 パンス パルデユンク グリーン

五感あるいは夏 セバスティアン ストッスコップフ

春(プリマヴェーラ) サンドロ ポッティチェルリ

死せる恋人 グリュネワルト

悦楽園の園 ヒエロニムス ボッス

虚栄 ハンス メムリンク

鏡の前のヴェヌス ティエゴ ベラスケス

スザンナと老人たち グィド レーニ

地獄墜ち ルカ シニョレルリ

魔女キルケー ドッソ ドッチ

珊瑚採り ヤコボ ツッキ

魔女の夜宴 フランシスコ ゴヤ

女友達 グスタフ クリムト

泉を守る女 レオノール フィニー

花嫁の衣装 マックス エルンスト

美しきロジェーヌ アントワヌ ヴィールツ

黄金の階段 バーン ジョーンズ

シャルロット コルデー フェリックス ラビッス

火の番をする女 ロメロ デ トレス

奇妙な仮面 ジェイムス アンソール

キュレボルンがウンディーネを猟師のところに連れてくる ハインリヒ フュスリ

一つ眼巨人 オディロン ルドン

みずからの純潔性に姦淫された若い処女 サルバドーリ ダリ

 


蒐魂閑話ー角瓶Ⅴーキュービック図


赤角が発売された次の年の2005年6月7日にちょっと変わった角瓶が発売されました。名前は「Cubic,キュービック」、立方体という意味です。500ml、40%。2005年6月7日に発売された角瓶の若者向けバージョンだそうです。角を進化させたスタイリッシュなデザインと札に書かれています。四つの立方体が重なったデザインで、前面にKAKUと浮き彫りがあります。この瓶そのものは面白いので好きなほうですが、亀の甲模様が正方形に変わってしまうと、角のイメージがほとんどなくなります。それはともかく、珍しい1本でしょう。一本買って飲みました。きっと美味しく飲んだのだと思います。もう一本買っておきたいと都内の酒売り場は機会があればのぞいていたのですが、すぐになくなってしまっていて手に入りませんでした。

それから半年もたったころでしょうか、仕事で地方にいったときに酒屋で見かけて買いました。飲まないでとっておきました。それが写真にある一本です。今ではネットでもほとんど見ることがありません。

キュービックには、キャップにもラベルにも「響」のマークがありません。サントリーのアイデンティティがない珍しいボトルでもあるのです。

今、ウイスキーブームで、メルカリやヤフオクで、響マークの角瓶ですらかなりの値がつく状態で異常です。赤角などはとてつもなく高く、空瓶でも五千円もついていたりします。ところが、このキュービックはほとんどでてきません。販売された期間がとても短いようです。今の世において角のイメージの少ない、だけど角として売り出されたまぼろしのウイスキーになりつつあります。

すぐに消えてしまったキュービックのノベルティグッツは少ないと思います。カクペンキャンペーンとして、カプセルに入ったペンが角に四種類ついてきました。その中の一つがキュービックの形をしています。ここに掲載しておきます。

 


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