・・・1月30日・文句さんとの特別対談・・・
072
瞳の大きさは、みなほとんど変わらない…。


昔、何かの本で、読んだコトがありますが
それは間違いなんだと思えるほど
小さく揺れている潤んだ瞳は大きくて
とても可愛いです。


沈黙です。


ただひたすらに、沈黙です。


(…心配で、見ちゃおれんな。
 女心は複雑だからな~。)


話し上手な若菜が言葉を失ってしまったのは
自分の不用意な発言のせいに
間違いありません。


(でも、何が、悪かったのだろう?)


本当ならば大切なはずの【原因追及】ですが
それさえもどうでも良く思えます。
だって最も大切なのは、きっと
若菜さんの心】なのですから。


(いいコト言うじゃねえか。
 やっぱりこいつは、根が紳士なんだな。)


実際の沈黙は、20~30秒だったかも知れません。
でも、には、1分以上にさえ感じられました。


(男って、そういうもんだ。)


死ぬほど反省しかけた時
若菜が小さな声を透きとおらせて、尋ねました。


「………今…何て…言ったん…ですか…?…」


同じコトを言って、また沈黙されると
きっと、発作的に首を吊るかも知れません。


(男って、そういうもんだ。)


そんなんじゃ、日本の人口が激減しますよ。
国が滅びます。


(何だ?俺様みてえなツッコミじゃねえか。)


死ぬほど後悔するに違いないと知りつつも
まっすぐにを見つめる、済んだ瞳の若菜の前で
さっきと違うコトを言うのは
もっと恥ずかしいコトだと思い
勇気を奮って、そっくりそのまま
言い直すコトにしました。


若菜さんは、とっても美人で
 とっても親切で、奇跡のように綺麗で
 とっても素敵な女性です。」


「…………」


やっぱり沈黙です。


(玉砕か?)


さっきと違うのは
若菜が俯いてしまっているコトくらいです。


「ありがとうございますっ。」


突如顔をあげた若菜の頬には
涙が光っていました。


(うわ。また泣いたか。)


いえいえ。
後日談によりますと
この涙は、本物だったそうです。
感激しちゃったそうですよ。


(ほえ~。
 喰ってるんだか、喰われてるんだか
 判らねえな。)


そういう意味でも
監視チームが必要なのかも知れませんね。


「嬉しいですっ。とっても嬉しいですっ。」


眩しい笑顔で立ち上がり
ぴょんこぴょんこと飛び跳ねています。


「私、美人ですか?私、綺麗ですか?
 そんなコト、言われたの
 生まれて初めてですっ。
 ありがとうございますっ。」


の手を両手で堅く握りしめます。
何て柔らかい手なのでしょう。


(な…何なんだ?)


孝さんって、いい人ですねっ。
 とっても、とっても、いい人ですねっ。」


もう一度、ぴょんこぴょんこと
おフロ場の中を、跳ねまわります。


(よ、喜んでくれてるみたいだから
 言って良かったな。)


清楚を絵に描いたような
薄いピンク色のワンピース…。


その短い裾からスラリと伸びる
健康的な美白の脚は、長くて細くて…。


心から喜んでいるからでしょうか。
言葉にできない美しさが
まるで輝いているようです。


「ゴボウだの、電信柱だのと笑われて
 安西若菜、苦節、20年っ。」


の前に戻ってくると立ち止まって
水平に上げた右腕に顔をつけて泣きまねです。


「遂に、お褒めを戴きましたっ。」


誰に向かって、ガッツポーズしてるのでしょう?
斜め上を向いての、そんなポーズさえ
何だか愛らしく見えます。


この時の斜め上って
隠しカメラの位置だったそうです。


(何ともまあ…。)


「え~んっ。生きてて良かったぁ~。
 女に生まれて、ホントに良かったよぉ~。
 今日は、何て、素敵な日なのでしょう。」


そ、ソコまでなのでしょうか?


(ははは…。おもしれえ娘だな。)


(うわっ!?!?抱きしめられたぁ~!?!?)


(ウソぉ~!?)


悪臭の権化のような下着姿の中年男を
何の躊躇いもなく、強く抱きしめてくれる若菜
は、ただただ驚くばかりです。


(この展開、俺様も驚いた。)


そしてその驚きは、スグに
深い深い信頼に変わってゆきます。


のように
不潔が服着て喋ってるようなホームレスは
若菜のように
若くて綺麗な女性に、
最も嫌われる存在のはずです。


(まあ…な。)


無条件で遠ざかり
問答無用で忌み嫌うのが
あたりまえのはずです。


(そりゃそうだ。)


見た目の汚さに比例して
心根の隅々まで腐り果てていると
決めつけているはずです。


(ソコまでは…どうだかな。)


なのに若菜は…
何と綺麗で何と優しくて何とまっすぐな
この若菜という女性は…。


の見た目にとらわれず
の人間性をまっすぐに見つめているのです。


の人間性についちゃあ
 あらかた下調べが済んでるんだろ。)


確認作業…といったトコロでしょうか。
でも、それを言っちゃあ、御仕舞いです。


(寅さんのマネか?)


汚い…。服が汚れる…。悪臭がうつる…。
そんなコトなど全く厭わずに
こんなにも強く抱きしめてくれているのが
何よりの証拠なのです。


まったく…。奇跡を見るような思いです。


(いきなり抱きしめられちゃったにしてみりゃ
 当然の気持ちだろうな。)


抱きしめる力も、甘やかな体臭も
優しい体温も、心臓の鼓動も、呼吸の胸の動きも
頭の真上に降り注ぐ吐息のそよ風も
全てが愛おしくて堪りません。


(おいおい…。
 …ん?頭の真上に降り注ぐ?)


若菜って、本当に、背が高いんです。
身長165cmのの顔は
若菜の首元にありました。


(そういうコトなのか。)


だから、もしかして若菜の身長は
180cmくらい、あるかも知れません。


(女で、その身長って、大きい方だよな。
 電信柱だなんて言われる訳だ。)


何て素敵な抱擁…。
絶対に、いだいてはいけない恋心さえ
芽吹いてしまいそうです。


(立場と年齢を考えろ!)


愛があれば、歳の差なんて…。


(この昭和ボケ野郎っ!!
 無視できねえ問題だよっ!!)


今や、心の暴走は、完全に制御不能となりました。


(エマージェンシーストップとか、ねえのかよ?)


(…長い…。)


(何が!?)


時間感覚なんかグチャグチャですが
【孝時間】で表現すると
若菜を3分以上抱きしめていました。


(うへ。そうなのか。)


ああ、何と夢見心地なのでしょう。
全身の力が抜けてゆきます。
今やは、立っているようで、立っていません。
しっかり抱きしめてくれている若菜
立たせてもらっている状態です。


「…お願いが…あります。」


抱きしめたまま、若菜の耳元で囁きます。
どうしてなのでしょう?
それで判ったのですが
若菜は、泣いていました。


(よっぽど嬉しかったんだな。)


「…何でしょう?」


「…キス…させて…下さい…。」


(うわ。
 この娘は、何てコトを言うのかね~?~)


だけどもう、いちいち驚いて
いちいち狼狽えるのに、疲れました。


(そもそも、僕の方が、ずっとオトナなんだから
 落ち着いて振る舞わなくちゃ。)


だから、最大限平静を装って言います。


「…唇…ガサガサですよ?」


「…いいんです。
 …アトでリップクリーム、しましょうね…。」


「…歯磨き…何年もしてませんよ?」


「…いいんです。
 …アトで歯磨きも、させて下さいね…。」


「…口…臭いですよ?」


「…いいんです。
 …アトでクチュクチュ、しましょうね…。」


「…虫歯…ありますよ?」


「…いいんです。
 …歯医者さんにも、行きましょうね…。」


(良いトコ、ひとつもねえなあ(;´д`))


「無理だ。保険証ないですから。」


「大丈夫です。私が何とかしますから。」


(何とか…って、どうするつもりなんだろう?)


「もう、懸案事項は、ありませんか?」


「はい。」


(実は、もうひとつ、あります。
 背の高さが合いません。
 僕、若菜さんの唇に届きません。)


その言葉は、呑み込みました。


(あたりまえだ。)


「もう一度、お願いさせて下さい。
 キス、させて、下さい。」


「断る理由がありません。コチラこそ、よろし…」


柔道の心得でもあるのでしょうか?
素早く足払いされて、は空中に舞い上がりました。
目が回った一瞬の内に
床に座った若菜の脚の上に横抱きにされた
モノノミゴトに、唇を奪われていました。


少しの痛みもなく、少しの違和感もなく
まるで雲に抱かれているような気分のまま
体勢だけが急展開したのです。


(だ、大道芸並みだな。
 大昔の西城秀樹の【薔薇の鎖】の
 マイクアクション以上だぞ。)


そんなの、誰も、知りませんよぉ~(;´д`)


「!!」


若菜の舌が
ガサガサの唇を、何度も何度も嘗めて潤し
若菜の舌が
歯磨きしてないいろんな歯と無邪気に戯れ
若菜の吐息が
爽やかなそよ風となって
口の中の澱んだ空気を一掃してくれます。


虫歯だって、治っちゃうかも知れません。


若菜の舌に誘われ導かれたの舌が
若菜の口の中にお邪魔します。
借りてきた猫のように遠慮がちな訪問は
まるで、たったさっき
アパートの玄関先で
足の汚さに躊躇っていた自分のようです。


「ああ、こんな濃厚なキス、生まれて初めてです。
 さすがは、人生の大先輩ですね。
 心が、トロットロになっちゃいました。」


(それは、こっちのセリフだいっ。)


心では、いくらでも返事できるのですが
全身が心地よくジンジンしていて
何も言えません。


キスそのものは、何とも麗しくて
少女マンガだったら絶対に
背景に花が咲き乱れているような
言語を絶する素敵な時間だったのですが…。


(ですが…何だよ?)


何ヶ月も着たきりの、白だったはずの肌着は
全体がねずみ色に薄汚れていて
まるでタールのようにベットリした黒い汚れが
いくつも付着しています。
何の汚れなのか、記憶にありません。
そして腋の下は【黄ばみ】を遥かに超越した
【濃い山吹色】に染め上げられていて
強烈な悪臭の根源のひとつになっています。
脇腹の一部が少し裂けていて
極貧に窶れたアバラが
みすぼらしく浮き出ているのが見えます


(うへ~。)


何ヶ月も穿いたままの、白だったはずのパンツは
全体が薄黄色に染まっています。
チンチンの辺りは【黄ばみ】を遥かに超越した
【茶色】になっていて
お尻の辺りは【茶色】を遥かに超越した
【濃いこげ茶色】になっていて
強烈な悪臭の根源のひとつになっています。
ウンチが溜まっていて
お尻の辺りは、まるでおむつのように
こんもりとしています。


(うへ~。言葉もねえな。
 だいたい、どうして、そうなるんだ?
 用を足す時ゃパンツ脱ぐだろが。)


後日、孝曰く
そこが【無気力ホームレス】の真骨頂でして
排泄衝動があっても、何回かに1回は
そのまましちゃうそうです。
人としてあり得ないほどの動物的行動の中にだけ
自分の居場所があるように思えるからだそうです。


(そういうもんかね~。
 いろんな意味で追い詰められてみなけりゃ
 判らんモノなんだろうな。)


そんな醜態のガリガリホームレスです。
実際は、絵にもならない
醜い風景だったようです。


(そうか。)


でも幸いなのは
が、この時、自分の醜態をすっかり忘れて
何の憂いもなく若菜に抱かれて
甘いキスに溺れていたというコトです。


(それじゃあ、やっぱり
 【素敵な時間】というコトで良いじゃねえか。)


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