すっかり寒くなった今日この頃、そろそろ本格的な忘年会シーズンですね。何かと胃腸と財布に負担がかかりますが、関係各所の人間関係と景気のために適度な飲食と出費をこころがけましょう(と自分に言い聞かせるべし)。

さて今日は救急部麻酔科チームの活躍ぶりを海外発表ネタを通じてご紹介します。
当センターでは外傷・熱傷・重症感染症などは初期治療から手術、集中治療まで一貫して救急医が担当するため、メンバーそれぞれがサブスペシャリティをもっています。基本領域の専門医数でいえば今年の布陣は外科8名、麻酔科2名+標榜医1名、整形外科2名、内科(認定医)1名、小児科1名で、サブスペシャリティごとにチームを組んで当直やオンコールをカバーしています。なかでも前述の救急部患者の手術麻酔を昼夜を問わず担当する麻酔科チームは本当に大忙しです。そんな麻酔科チーム3兄弟の次男坊にあたる〇根先生が本日の主役です。

救急部中堅メンバーの〇根先生が登場してくれた記事がこちら↓

http://blog.livedoor.jp/hemc/archives/51043848.html
http://blog.livedoor.jp/hemc/archives/51637533.html

手術麻酔のみならず、救急医としての主治医業務全般のほかに他院での武者修行やDMAT受講など大活躍の〇根先生ですが、今度は海外発表に挑戦してくれました。本日はそんな彼が現地2泊(!)の強行軍でボストンに行ってきたという、アメリカ麻酔学会参加記をお届けします。
では以下、本文ママ↓


ASAに行ってきました

 

救急部 〇根 悠

 

ASAとは?

ASAと聞いて朝日新聞のことかなと連想される方もいらっしゃるのではないかと危惧していますので、まずはASAの説明をさせていただきます。ASAとはAmerican Society of Anesthesiologistsの略で、日本語にするとアメリカ麻酔学会となります。自分にとって、いつかは行ってみたいと密かに思っていた憧れの学会であります。その年次学術集会が遠くアメリカ東海岸の地ボストンで10/21-25に開催され、演題発表を兼ねて参加して来ましたので報告させていただきます。

 

■初めての海外学会参加への道のり

私の英語学習といえば受験英語のみであり、聞くこと、話すことがめっぽう苦手な私は、それまで海外学会へ参加したことはありませんでした。時々、術前外来で遭遇する外国人に対しては英語でI.C.をするという機会がありましたが、麻酔の話はワンパターンで通り一遍のため、何とか英語で説明できた気になります。麻酔説明後に「Any Question?」と聞いておきながら、型から外れたアドリブの質問には、うまく答えられず微妙な空気を作ってしまう自分がいました。

そんな私が海外学会へ挑戦するきっかけとなったのは、昨年にICU専門医を目指して神戸市立医療センター中央市民病院に行った時のことです。麻酔科をスペシャリティにもつ4年後輩の集中治療フェローに「先生も来年のASAに演題を出してボストンへ行きましょうよ。」と無邪気に提案されたことがきっかけです。普段の自分なら「俺はええわ…(だって英語しゃべれないし…)。」と返答している状況ですが、その時は不思議とASAへ行ってみたいという純粋な憧れを感じたこと、感触の良い演題ネタがあったこと、年下の後輩からの突き上げをダイレクトに感じたこと等様々な要因から演題を出してみようと思い、急いで英語で抄録を書き上げたという経緯がありました。昨今のASAは商業主義に傾き演題採択率が上がっているとは噂に聞いていましたが、そうはいっても世界の麻酔科医が目指す憧れの学会ですから、演題が通るかどうか心配でした。無事演題が通ったことを確認したときは目的のほぼ80%は達成できたという妙な達成感を感じた程でした。満足感を感じ、ポスター作成をしばらく放置していましたが、ASAからメールでeポスターをアップロードしろとの催促が3回続いたため、いよいよ本腰を入れねばと重い腰をようやく上げ、発表用のポスター作成を学会1か月前に行い99%の達成感を得ていました。

さて、これまでの文章を読んでいただいた方の中には、「なぜ、ポスター作成が終わった段階でそんなに達成感が高いの?当日の発表は?」という疑問をお持ちの方がいらっしゃるのではないでしょうか。実は、私が応募した演題登録は、学会会場における英語でのプレゼンテーションは必要なく、たまたまポスターを通りがかった聴衆が質問をして答えるという発表形式でした。そのため、3時間ポスター前にいなければならないデメリットがあるかわりに、英語でのプレゼンテーションをしなくて良いというメリットをとったわけです。私の計算によると、わざわざポスターを見に来る聴衆は少なく、英語での質問による集中砲火を浴びる危険性が低いと推測していました。ですので、ポスター作成が終わった段階でプレッシャーから解放され、限られた時間でいかにボストンを楽しむかについて考え始めていたというのが事実になります。学会出発までに放射線科の新井さん、事業化の大島さんにポスター印刷のお手伝いを頂き、準備万端でボストンへ旅立ちました。

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■いざボストンへ!

 ボストンへは日本からJALが直行便を飛ばしていましたので、迷わずJALにお世話になることに決めました。意気揚々とアメリカ上陸を果たしましたが、5年ぶりの海外渡航のためさっそく入国審査でつまずきます。入国審査の書類記載が出来ていなかった私は、不機嫌な顔をした職員に「書類を書いて来い」と突き返されてしまいました。それでも、長旅を経て異国に到着しややテンションの上がっている私は、すぐさま暇そうにしている職員をつかまえ、「ペンを貸してくれ」、「自分の宿泊するホテルの住所がわからないから調べてくれ」等と次々と英語でしゃべりかけコミュニケーションをとることに成功し、「俺アメリカでいけるかも…」みたいな妙な自信を得ました。空港からホテルまでも、事前にGoogleで下調べをしていた甲斐がありスムーズに地下鉄に乗り込むことができました。写真で示す通り、ボストンの地下鉄は歴史が古いため、スラム的で銃社会の犯罪の匂いのする怖さも併せ持っているような印象を受けますが、実際はそんなことはありません。スーツケースを転がし、いかにも観光客感を出している自分に、地元住民と思しき若い女性が「どこの駅行くの?乗り換えの方法教えたろうか?」等と気軽に話しかけてきてくれて、別れる際には「Good Luck!」と言ってくれ、「アメリカ人って優しい!」とアメリカ人の好感度が急上昇したくらいです。無事ホテルに到着した後は、翌日の学会会場までのシャトルバスの時間を調べて早々に就寝しました。

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■学会会場へLets Go

 自分のポスター発表が9-12時でしたので、道が混むこと、registrationに手間取ってしまったら大変だという思いから、まだ日も昇らない6時半の始発のシャトルバスに乗り込んで学会会場に到着しました。朝ご飯は、ホテルの1階にあるスターバックスにお世話になり、いかにもアメリカンなベーグルサンドとコーヒーを購入し出陣しました。無事にregistrationを済ますと、やはり朝が早すぎたようで一部の口演を除いて会場はガランとしていたので、無駄に広い会場を散策してみることにしました。徐々に参加者が集まってくると、皆さん片手にスタバのバカでかいコーヒーを持ち、もう一方の手でスマホをいじりながら会場入りしてくる姿を見て、これがアメリカンスタイルなのだと実感しました。そして、奇しくも自分もスタバを片手にスマホをいじるスタイルとなっていることに気が付き、自然と郷に入っては郷に従っている自分に少々恥ずかしさを感じてしまいました。そして不意に後ろから、見ず知らずのアメリカ人麻酔科医と思しき人物が目ざとく私の持っているスタバのコーヒーを見つけ「スタバはどこにあるの?」と声をかけられ、「ホテルで買ったから、この近くのスタバはわからないよ」みたいな軽妙な会話をしながら、見ず知らずの人に気軽に声をかけてくるアメリカ人って気さくな人種だなとの思いを抱きました。

 

■さあ、発表だ

 ポスター掲示も終わり9時を迎え、いよいよ本番突入です。意外と日本人の発表が多く、よくすれ違いました。大体の日本人は大学病院からの発表で群れを形成しており、単独で乗り込み発表時の応援がいないのは私一人くらいであり、少々いじけた気分となりました。肝心の発表は、2-3人から質問され、時に聞き返したり、本気で分からないときは笑って誤魔化したりという日本人的対応をして何とか魔の3時間を乗り切ることができました。

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■ボストンの町へ

 翌日には日本へ帰る強行日程のため、「学会発表が終われば観光だ!」と思いボストン中心街へ繰り出しました。ボストンの見どころといえば、アメリカ独立戦争の中心地であり歴史を感じることが醍醐味と地球の歩き方に書いてありました。しかし、麻酔科医たるものまずはMGH(Massachusetts General Hospital)Go!です。MGHとは1846年に近代麻酔の先駆けとして、モートンさんによって初めてエーテル麻酔による公開実験が行われた場所であり、我々麻酔科医にとって聖地といっても過言ではありません。ちなみに、世界初の全身麻酔は日本人の華岡青洲が行っておりますので、日本人のみなさんは、胸を張って世界初の全身麻酔を行った偉人をもつことをどうぞ主張してください。日曜日に訪れたため残念ながら記念館やエーテル麻酔を行った講堂のレプリカ(通称エーテルドーム)を見ることはできませんでしたが、MGHをこの目で見られたことは麻酔科医として一生の思い出に残る出来事になりました。

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■名残惜しみながらの帰国

発表翌日はもう帰国です。宿泊ホテルの近隣にボストンレッドソックスのホームグランドであるフェンウェイパークと、日本人指揮者として名高い小澤征爾が在籍していたこともあるボストン交響楽団があったので、欲張りな私は帰国前に見に行きたいと思い、朝早くからウォーキングがてら見に行きました。飛行機の時間が迫っていたため本当にちらっと見ただけで終わりましたが、限られた時間でやれることはやったと自分に言い聞かせ帰国の途につきました。

 

2018ASAはサンフランシスコ

今回の発表に味をしめた私は、すでに来年の計画に入りました。今度は西海岸のサンフランシスコで開催されるとの情報を得て、早速行きたい衝動が出てきました。帰国後はすでに学会ネタを探すことに全力投球中です。英語力を上げられたらもっと楽しいだろうなと想像し1年後を見据えています。