皆様、連日猛暑と熱中症の報道が続きますが、いかがお過ごしでしょうか。そんな今頃になって、風薫る頃の記事がまだ残っていることに気づきました。

速報としてお伝えした讃岐メディカルラリーの話です。
実は今日の部長会で今年のラリーチームが9月の三重ラリーに参加すること、そして翌月の千里ラリーが次点でキャンセル待ちということが話題になりました。病院が業務として認定して出場費を出すのは年に2回と決まっているのですが、今年は讃岐に続いて三重ラリーの出場が決まったので、そうするともし千里が繰り上げ出場となった時に出場費が出せない、という話でした。連日のように仕事を終えた後に集まってラリーメンバーやOB連中が練習を頑張っているのをみると、もし千里の繰り上げ出場がかなった暁にはカンパしてでも彼らを出場させたいというのが人情です。そういえば病院がラリー出場を業務認定して出場費を払うようになる前は、カンパを集めて彼らを送り出していました(かくいう僕もセンター開設1年目の千里メディカルラリーに出たのですが、出場費のことまで覚えてません)。

さて話を戻しますが、そんな今年のラリーメンバー(看護師は毎回メンバーが代わりますが)の初陣となった讃岐メディカルラリーの詳報をお送りします。今回は本文中に個人名がとても多く伏字ばかりですみません。一部、メンバーの懇親内容も含みますが、適切な内容と判断したため、原文通りご紹介します。

では看護師として出場した○澤君の讃岐メディカルラリー優勝記をお送りします。(長文です)


讃岐メディカルラリーで優勝しました!

52627 さぬきメディカルラリーに、看護師として参加させていただきました。師長よりお話をいただいたのが3月、練習期間は2ヶ月となかなかハードな日々が続きました。

 メンバーは医師:○宮城、看護師:○岡、○澤、救命士:○村、チーム帯同救命士:○井の5人でした。○岡さんは、HEMC入職時からご指導いただいている大先輩で、メンバー構成を聞いた時、たくさんの事を吸収しようという期待と同時に緊張が広がりました。チームの目標は「楽しむこと!」でしたが、僕の裏目標は、『○岡さんとどさくさにまぎれてハイタッチすること』そして心の壁を破ることに決めました。また、先生も救命士さんも普段密に関わることはないため、みんなが仲良く楽しいチームになればいいなと、その結果順位が伴えばいいなと思いました。

さぬき1

 

練習では、ICLSJPTECなどの基礎から始め、5月からは○田先生、○仲先生、○川先生を初めとするたくさんのスタッフの協力の元、13症例程度のシミュレーションを行なってきました。やればやるほど課題が見つかり、落ち込み話し合い、飲み会で気合を入れなおし、少し仲良くなってというループが続きました。みっちり2ヶ月練習し、徐々にチームとして機能し、大きな声も出るようになりました。

そしていよいよ、本番前日!!体調不良で寝込みました、、、

HCUの歓迎会で猛威を振るったカンピロバクターの影響なのか今ではわかりませんが、旅先がお腹に優しいうどん県だったのも勝利の女神の導きだったように思います。津田師長に裏目標を伝えいざ出発です。

 

本番当日、資機材を積んだ応援隊の○田CARがぜんぜん到着しないというハプニングがあり、他のチームが出番のため出発し始めました。メンバー皆がそわそわしている中、たかみー先生が「うどん食べてきますね~」と一言。その落ち着きに、皆の緊張が緩和され癒されました。

さぬき2

 そして、緊張の1症例目。山中の事故で傷病者2名。外傷とハチに刺された症例でした。フルハーネスを装備しインディージョーンズのようにビルからビルへ渡りました。先着していた先生はアナフィラキシーショックを起こしている患者の対応をしていたため僕は外傷患者を担当しました。ものの3分程度で、たかみー先生の「刺された~」という迫真の棒読みが聞こえて来ました。マンパワー不足となったため、○村さんを呼び対応しましたが、エピペンの投与時間が遅れCPAとなってしまいました。アナフィラキシーショックの対応は練習でもしていたため非常に悔しい幕開けとなりました。

さぬき3

 

2症例目は、車と車の事故により傷病者5名という現場でした。結果的に1人だけ人形の傷病者が事故の衝撃でモチを詰まらせCPAとなった最優先患者でした。HEMCチームは人員不足のためトリアージを行い、顎先挙上にて気道確保を行いましたが呼吸なしと判断し黒をつけました。全8チーム中最終的に黒をつけたのは2チームだったようです。この時の雰囲気はお察しの通りでした。しかし、○さんをはじめ応援隊の方々が、「まだ暫定1位ちゃう?」と何度も励ましてくれたため、本当は1位じゃないかなという錯覚に落ちました。

 3症例目は、屋外ブースにて偽クイーンのライブ中に熱中症患者が多数おり、その中に1人脳梗塞患者が混ざっているというものでした。ライブ客の中には、8チーム全ての公演で最前列で汗だくになりながら縦揺れしている坪井先生がいたそうですが、全く気づきませんでした。すみません。症例では、先生が日陰にブルーシートで避難所を作ろうというとっさの判断もあり、この日はじめての好感触を感じました。

 

 4症例目は、山小屋にて食中毒が発生し複数名の患者がおり、その中に1SAHの患者が混ざっているというものでした。トリアージを行い、先生が意識レベルの悪い患者の対応を行っていました。その中で、一角にひときわ存在感を発揮するマダム軍団がおり、かなり圧がすごかったですが、看護師5年で身につけたタッチング技術と練習でたたき込んで頂いた接遇力を発揮することができました。

 

 そうしてあっという間に4症例が終了しました。出し切った達成感と後悔が入り交じりながらも、結果発表の懇親会を迎えました。懇親会では、8チーム中7位から順位の発表とともに出し物を行うことになっていました。次々に他のチームが呼ばれ徐々に焦りを感じるなか広島チームが、カープダンスを行っていました。根っからの阪神ファンとしては、首位独走中のチームのダンスには目をつむりたかったですが、我がHEMCチームの○井先生はノリノリで踊っていました。そして、2位が呼ばれ次は8位の発表。2症例目の後悔もありあきらめムードが漂っていましたが、呼ばれたのは他チームでした。え?という中で、ほんとは9チームいなかった?という話まででましたが、「1HEMC」と呼ばれ優勝する事ができました。実感もあまりなかったですが、○村さんの涙をみて沸いてきました。ほんとうに優勝したのだと。ステージでの事はあまり覚えていませんが、○岡さんとハイタッチした事は鮮明に覚えています。楽しく!を目標に、2つも結果がついてきました。出し物は、トリアージにちなみ、歩ける人いますか?から全員でたかみー先生の故郷にちなみ『カチャーシー』を踊りました。その後も夜更けまで会は続き翌日の講義は頭痛と眠気との戦いに勝ち、さぬきメディカルラリーは終わりを迎えました。

さぬき4 

 

 その後は、石原先生やチームのみんなとうどんを食べに行き、緊張や堅いことはいっさいなしでチームみんなと後泊しました。高松市で骨付き鶏とビールで祝杯を上げ、翌日は朝一からうどん屋2件をはしごして帰路につきました。

 今回ラリーに参加し、最後のさぬきメディカルラリーで優勝した事や○岡さんとのハイタッチはもちろん嬉しかったですが、普段なかなか接することのない方々とひとつのチームを作れた事がなによりの宝となりました。そして、千里か三重のラリーに参加する○さん、○田さんにプレッシャーをかけることができました。もちろんV2期待しています。後、津田師長さん、お腹に優しいご飯期待しています!

 最後に今回のメディカルラリーに向け、練習から遅い時間までご協力いただいた方々に心から感謝いたします。ありがとうございました。

さぬき5

さて、次回はリーダードクターの大役を果たした○宮城先生のラリー記事を近日中にお送りします。
季節感ナッシングの爽やかな写真がついてきますが、ご容赦ください。