2月に入りました。暖かい日が続いたと思ったら、今週末に観測史上最大の寒波というニュースをやってました。思うのですが、何十億年も繰り返される地球の歴史で、確かに数十年~数百年~あるいはもっと長いスパンでの気候の変動はありますが、毎年のように観測史上最高・最低・最大とたかだか直近100年くらいの観測史上でそんなに記録って更新されるものでしょうか?観測精度があがって、記録できちゃっただけなのでは?
などと勘繰りながら、紙面を無駄につかったところで本題に入ります。

いわゆる外科系救急医といわれる僕もアーハといわれると、はあーん、あのアーハね、ACLSの、というくらいメジャーなのがAmerican Heart Association、略してAHA(アーハ)、訳してアメリカ心臓病協会です。日本でいうと日本循環器学会に相当する超々メジャーな団体です。←合ってますよね?

今回はそんなAHAの学術集会でアメリカまで発表しに行ってくれてた○集院先生の記事です。彼については何度かブログでご紹介していますが、その剛腕ぶりで今や当センターの臨床・研究両方をグイグイプッシュしています。剛腕というと誤解があるかもしれませんが、彼のモットーは「腰は低く、押しは強く」で彼のスタイルは人並み外れた努力の賜物です。さすが元・心臓外科医。
ブログのバックナンバーを見てみたら、約1年前には前述の日本循環器学会で発表したこともブログに書いてくれてました↓

http://blog.livedoor.jp/hemc/archives/53338111.html

今回は満を持してアメリカの本家?デビューです。ちなみに救急、外科、集中治療とあらゆる学会で発表しまくる彼は今月のアメリカ集中治療学会でも発表です。そのパワー、恐るべし。さすが元・心臓外科医。あ、それさっき書きましたね。

ではそんな○集院先生のアーハ発表記をお届けします。
以下、原文ママ↓

AHA(アメリカ心臓協会学術集会)に参加して


                         救急部 ○集院真一

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1110日から12日までアメリカ合衆国・イリノイ州・シカゴで開催されたAHAAmerican Heart Association:アメリカ心臓協会学術集会)に参加させて頂きました。AHAと言えば、医療関係者であれば一度は聞いたことがあるのではと思います。なぜなら、BLSACLSで使用されている教科書にAHAの蘇生のガイドラインが載っているからです。AHAはその名の通り、循環器が主であり、虚血、不整脈、心不全など色々な分野に分かれていますが、僕が参加したのは、その中で蘇生の部門である蘇生シンポジウム:Resuscitation SymposiumRess)という分野になり、心肺蘇生や蘇生後の全身管理(PCAS:Post Cardiac Arrest Syndrome)が主な発表内容になります。僕自身も以前よりAHAは知っていましたが、非常に敷居が高い学会との認識がありました。ですが、今年の3月に参加した日本循環器学会総会で発表した際に東京の傍病院の先生から、ECPRのネタ、かつ当院ほどの症例数があればAHAでの採択の可能性はあるとの情報を頂きました。“それなら”と思い、多くの先生に御指導を頂きながら、演題を登録したところ、運良く採択を得ることができました。

開催地のシカゴへは神戸空港から羽田経由で向かいましたが、着陸後に外を見ると雪が舞っており、“最高気温“はマイナス5℃でした。寒いというより、むしろ“皮膚が痛い”という表現の方が適切かもしれません。即座に持参したダウンジャケットを羽織り、ヒートテックで身を固めて、極寒の中、空港から電車に乗ってダウンタウンまで向かいました。シカゴはニューヨーク、ロサンゼルスに次いでアメリカ第3の都市だそうですが、それもそのはず、ホテルの最寄り駅で降車し、当たりを見回すと高層ビルが乱立しておりました(東京も比にならない程です)。その中でも一際、目を引く超高層ビルがシカゴ川沿いに建つトランプタワーです。これが噂の・・・と圧倒されながら、ホテルに向かいました。到着日の夜は有名な“シカゴピザ”を食しましたが、“ピザというよりもむしろケーキ?”というほどの生地の厚さにも驚きました。

 

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 翌日からの学会はホテルのフロアを貸し切って、3室で講演やポスター発表が行われていました。全体の発表内容は基礎が3割、臨床7割といった感じでした。やはり、院外心肺停止の発表が中心であり、特に最近、議論されているアドレナリンの投与方法については特に議論が白熱していました(詳細を知りたい方は先日のジャーナルクラブでこの内容を発表した○井先生にお聞き下さい)。また、ヨーロッパは日本の様に心肺停止患者を直ぐに病院搬送できる地域が少ない為、Bystander CPRが非常に重要視されています。その為、小学生にも積極的にBLSを受講させることで救命率の向上を目指しているようです。鉄道の駅や興行施設にもCPR Kioskというものが設置されており、電車待ちなどの短時間でもBLSの講習ができるシステムが導入されていました。ヨーロッパの7ヵ国?ぐらいでこのプロジェクトが進められているそうです。他に、女性の発表者(講演も含めて)が多い印象を受けました。日本では循環器の分野では男性が多い傾向がありますが(僕の偏見かもしれませんが)、フロアーの男性と激しく議論しており、多くの女性が積極的に発表しているのが印象的でした。

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 自分の発表は最終日、かつ最後のセッションとなるポスター発表でした。発表内容は“どのようなPEAの患者さん(心原性か非心原性)にECPRを導入すれば効果的か?”というものでした。10分程前に発表の会場に行くと、入り口付近では既にビールやワイン、また、ナッツやフルーツ等のおつまみも配られており、それを片手に発表や討論を行う様な形式になっていました。和やかなBGMも流れており、“これも国際学会ならではやな。“と思いながら、自分の発表場所に向かいました(勿論、僕はアルコールではなく、発表の読み原稿を持っていたことは想像に難くないと思います)。発表場所に着き、緊張しながらセッションの開始を待っていましたが、開始時間になっても進行役の座長が見当たりません。10分、20分と時間が経過しますが、座長らしき人物が来ません・・・。30分ほど経過したところで、同じ発表グループであるフランス人の女性、またアメリカ人の男性と相談して、“座長が来ないので自分達で始めよう。”ということになりました。発表の順番は僕が一番手だったので、緊張しながらプレゼンを始めました。すると、プレゼンを開始してから1分後くらいに、座長が現れました。本人曰く、“久々にあった友人とワインを飲んでいたら、遅れてしまった。”とのことでした。その上で“プレゼンをもう一度、最初からやってくれ。”と言われ、“マジかよ!! メチャ勝手やん。”と思いましたが、“これも文化か・・・”と変に納得してしまい、最初からプレゼンを開始しました。プレゼン自体は概ね練習通りできましたが、問題が質疑・応答です。最初に2つほど質問が来ましたが、内容は予想通りであり、何とか答えることができました(やはり、nativeは話すスピードが早く、何度も“Would you say that again. Please slowly.”を繰り返しながら、何とか凌ぎました)。その後は自分が答えられそうな内容を逆に聴衆に質問し(“この点については皆さんの施設ではどうしていますか?”みたいな感じで)、対応困難な質問が来るのを回避し、何とか発表を終えることができました。発表後、他のポスター発表を見て回りましたが、当院のECPRの施行症例数自体は今回の学会の中でも多い方であり、世界と十分に渡り合えると再認識しました。今後は適応症例を見定め、救命“数”は勿論ですが、救命“率”の上昇に寄与する“何か”を見つけられるように臨床研究を続けていきたいと思います。


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 最終日の夜には日本人の懇親会もあり、他施設の先生とも交流することができました。御高名な先生の話も聞くことができ、非常に有意義でした。また、自分より学年の若い先生方も数名参加されており、話をさせて頂きましたが、既に先を見据え、しっかりとしたcareer planを立てており、感心すると同時に多くの刺激を頂きました。異国の地であっても知識のup dateだけでなく、新たな人の繋がりを作ることができ、来年も是非、参加したい思いながら帰国の途に付きました。

今回の学会参加に当たり、抄録からポスター作成にまで、御指導頂いた先生方、そして、学会中に入院患者を診て頂いた先生方には心より感謝致します。本当にありがとうございました。今回の学会で得ることができた新たな知識や経験を当院に還元できるように、引き続き日々の診療から頑張っていきたいと思います。