歴史の鬼! レキオニ!

今を生きるために歴史を語る。教科書に載らない歴史の鬼、「レキオニ」になるための歴史専門サイト。試験的に掲載中!

●日本に激しい敵意をぶつける北朝鮮


 韓米軍事演習でアメリカがB2ステルス爆撃機を朝鮮半島に飛来させたことに北朝鮮が激しく反発した。韓国には戦時体制突入だと脅し、アメリカには本土への核を含むミサイル攻撃を公言するなど、その対決姿勢を極限までに強めている。日本も例外ではない。北朝鮮は米軍基地のある横須賀、沖縄、三沢へのミサイル攻撃を発表するに至っている。


 北朝鮮は1948年9月の建国以来一貫して日本を南朝鮮すなわち韓国と同等の第一の敵国としてきた。それは北朝鮮の指導者となった金日成を中心とするパルチザン派が、戦前一貫して日本と激しい戦いを展開してきたことに由来する。いや、彼らは、日本帝国と対決してきたことをもってその正当性の根拠としてきたのである。つまり日本は不倶戴天の敵であり、許すべからず存在なのであった。と同時に、日本帝国と対峙し続けたことは、戦後の日朝関係に深いしこりを残した。日本海を隔てて対峙しながら未だに国交がないことにそれは端的に示されている。北朝鮮は日本にとって近くて、最も遠い国となった。

 もちろん、戦後の過程の中で日本と北朝鮮の国交樹立の機会は何度かあった。1990年9月の金丸信訪朝は、日朝国交樹立の寸前まで行っていたのも事実だ。しかし、それらを木っ端微塵に砕いたのは大韓航空機爆破事件の犯人である金賢姫が、彼女の日本語教師をしてきた金恩恵と呼ばれた女性が田口さんである可能性を示唆したことにある。1991年5月埼玉県警は記者会見し「李恩恵」は埼玉県出身の田口八重子さんと判明したと発表した・このことにより、いわゆる北朝鮮による日本人拉致疑惑が全面的に浮上した。これで日本と北朝鮮の国交樹立は消し飛んでしまった。以来、北朝鮮と日本の関係は冷え切ったままである。


●日本帝国と北朝鮮の悪縁


 思えば、日本と北朝鮮は負の因縁で深く結びついている。あまり知られていないことだが、金日成率いるパルチザン派は日本軍に散々苦しめられた経験を持つ。日本軍は彼らにとっては恐ろしい敵であった。彼らは日本軍との戦いの中で日本軍というか日本の民衆支配のシステムを徹底的に学んだ。そして、彼らにとって忌むべきはずの日本の住民支配システムをいつしか自分立ちの中に取り込んでしまったのである。

 具体的には戦前の日本の隣組などに示さられる相互監視体制がそれである。それに朝鮮王朝から受けついだ、連座制などが加わり世界に例のない国民支配体制を作り出して行ったのである。北朝鮮の住民支配の装置である保衛部は明らかに日本の特高警察の模倣である。そして極めつけは金日成を頭として、国民をその血肉とする有機体国家論であり、金日成を神のごとく敬う首領制である。首領とは日本語のニュアンスだと山賊の親分のように受け取られているが、最も近い姿は天皇制であると筆者は考える。

 首領制を導入したのは、金日成に次ぐ北朝鮮のNO2とされていた金策という男だという説がある。金策は金日成より10歳ぐらい年上で、日本軍との戦闘経験も金日成に比べて遥かに豊富であった。その体験から金策などの古参パルチザンが住民支配のシステムとして天皇制とそれに基づく隣組や特高警察などを模倣したというのもありえないことではないのである。北朝鮮指導者の日本嫌いは、その戦争体験にあるのは確かだが、それ以上にシステムを同じくすることに対する近親憎悪のようなものがあるのではないだろうか。


●北朝鮮のインフラを支える戦前日本の進出企業


 それだけではない、日本と北朝鮮は他の面でも日本と深く結びついている。第一はインフラだ。戦後朝鮮半島が南北に分裂した特、北朝鮮は工業力で韓国をはるかに凌駕していた。その理由は朝鮮半島の北半分は植民地時代に日本により工業化されていいたことにある。北朝鮮北部には豊富な鉱物資源に恵まれていた。そこに目をつけた日本は大々的に資本を投下しその開発に邁進した。三菱鉱山、日本鉱業などの鉱山関連企業は相次いで半島北部に進出した。

 しかし、朝鮮半島北部の工業化に決定的な影響を与えたのは野口財閥の半島北部への進出である。日本窒素を一代で築いた野口財閥の当主である野口遵(のぐちしたがう)は、威興という町に本拠を置く朝鮮窒素を設立し、威興近くの興南に一大化学コンビナートを建設した。それは戦後北朝鮮に接収されたが、今も北朝鮮の化学工業をさせているのである。

 それだけではない。野口遵は興南の一大化学コンビナートに電力を供給するために赴戦ダムを建設した。このダムは今でも北朝鮮中部の電力を支えているのである。このように、北朝鮮は様々な面で日本と深く結びついた国なのである。


 日本と北朝鮮は両国の歴史の黎明期から深い関わりを持っている。それは倭国と呼ばれた時代の日本と高句麗と呼ばれた今の北朝鮮の地にあった古代王国との関係である。


●好太王碑が語る日本と北朝鮮の先祖・高句麗との因縁


 歴史に興味のある方なら、高句麗の好太王と呼ばれた広開土王の業績を記した好太王碑に刻まれた碑文のことを耳に挟んだことがあるだろう。好太王、つまり広開土王は韓国ドラマ「大王四神記」でヨン様ことペ・ヨンジュンが演じた高句麗王高談徳のことで、日本でドラマを通して馴染みの存在である。この碑文には好太王が海を越えて朝鮮半島に攻め込んだ倭と戦ったことが記されているのである。

 しかし、高句麗と倭、すなわち日本は戦っていたばかりではない。両国は文化交流も盛んに行った。日本に仏教を伝えたのは高句麗の僧侶である。また高句麗が唐と新羅によって滅ぼされたとき、その遺民は日本に渡った。彼らは武蔵野に土地を与えられそこに移り住んだ。埼玉県高麗郡には彼らの先祖を祀った高麗神社が今も存続している。さらに高句麗滅亡後、満洲、今の中国東北部に逃れた高句麗の遺民は渤海国を建国する。この渤海国は奈良時代から平安時代にかけて日本と盛んに交流した。


 今でも北朝鮮から木造の小さな漁船に乗った北朝鮮人が日本海側に漂着することがよくある。この様に日本海を回る海流は朝鮮半島北部と日本を結び付けていた。


 このように、日本と北朝鮮は古墳時代の昔から日本海を通して深く結びついていたのである。

(続く)

■文 浪城暁紀 ライター


 周知のとおり、日中関係の冷え込みは各方面に打撃を与えているが、その影響をもろに受けたのが中国を専門としている旅行社だ。今、中国専門の旅行社では倒産ラッシュが続いている。その現状を中国旅行関係者から聞いた。

 

 日本には中国旅行を専門にする旅行会社がいくつもある。彼らは1972年の日中国交回復以来、中国と日本の架け橋の一つとなってきた。約四十年間に渡って日中間の旅行業に関わってきた郭功威(仮名)さんは言う。

 

「去年大手の21世紀力者が倒産しました。他にも老舗が続々倒産しています。今残っているのは平和観光くらいでしょうか。そこも先行きはくらいですよ。昨年度の日本人の中国渡航は約3百万人、全盛期の600万の半分ですよ。韓国にも抜かれました」

 

 郭さんは3月に開かれた全人代に大きな期待を持っていた。

 

「習近平政権がスタートしたら、日中関係は改善に向かいという情報を得ていました。それに合わせ大型の訪中団や訪日団が計画されていました。それが、3月11日の東北大震災の慰霊祭で日本政府は台湾の代表団を中華民国代表団と認めました。つまり日本は二つの中国を認めたということです」

 

 日本政府のこの措置に対し、中国政府は抗議し代表団を引き上げた。「これは尖閣問題以上に問題です。中国政府は二つの中国は絶対に認めません。これで全部パーになりました」と郭さんは落胆を隠さない。

 

 確かに全盛期の半分になったとは言え、昨年はそれでも300万人が中国に渡っている。これは少ない数ではない。しかし、「この300万人の内訳は業務渡航と、個人旅行です。旅行社への実入りはありません」と郭さんは言う。

 

 そして、それ以上に深刻なのが中国からの旅客を扱っている旅行者だ。一時は大きな人気を集めた中国人の日本観光は今や全く閑古鳥がなく有様だ。では中国人はどこに行っているかというと、韓国やアメリカだと郭さんはいう。郭さんは40年間の日本での生活を見切って北京へ帰ろうかと思っているという。

 

 実際、中国専門で旅行業をやっていた日本の会社も深刻な状況だ。その一人である古田さん(仮名)は、社員10数人の小さな旅行会社を経営している。中国の各種団体の顧客を何件も抱え、十分に業績を上げていきた。それが、今は閑古鳥である。父親の残したビルの一角で営業しているため事務所代がかからないためなんとか維持している。

 

「時間の問題ですね。5月には数件の団体から契約を頂いいていたんですけど、こんどの台湾団体の名称問題で日中関係がこじれ、突発的”戦争の危機”もないわけではないということで、全部キャンセルされました。お先真っ暗ですよ。もう会社を畳むしかないかな……」

 

 中国は3月の全人代で習近平体制の正式発足とともに日中関係の改善を模索していた、と前出郭さんはいう。これ以上の関係悪化は中国も望んでいなかったようである。ところが日本政府が「二つの中国問題」を蒸し返したことですべてが白紙となった。なぜ日本政府はこの時期に中国を刺激するようなことをしたのか。「安倍政権発足に期待をかけていた中国政府は安倍政権に対する見方を全面的に見直すことになるだろう」と郭さんは言う。日中関係は抜き祭ならないところへ向かっているようだ。

 

 ところで、面白い事実を郭さんは話してくれた。

 

「日中関係が悪化して、日本製品の中国での伸びが鈍化していると日本では報道されていますけど、そんなことはないですよ。性能のいい日本製品はよく売れています。”愛国不買”とか言っているけど、中国人はそんなことは気にしませんよ。良くて安いものは売れるんです。私のいる旅行業でも日系のホテルは高い人気を誇っていますよ。日系のホテルは今では日本人旅行者が泊まるホテルではないのです。客の大半が金持ちの中国人。金持ちの中国人は設備とサービスのいい日系ホテルを好むのです。北京の長富宮ホテル(ホテルニューオオタニの経営)に行ってごらんなさい、中国人の客で溢れていますよ」。 

 

確かに中国では日系のホテルは人気がある。今年1月20日ホテル・ニッコー無錫(中国紅蘇省無錫市 総支配人:伊東栄根氏)は、中国国家旅遊局から五つ星の認定を受けた。設備とサービスが高く評価されたのであるが無錫の新しいランドマークとして地元で大きな期待を集めており、中国のホテルランキング上位には、日本のホテルグループがずらりと並んでいる。

 

 つまり、日本独特の”おもてなしの心”による上級のサービスを提供する日系ホテルは、日系であるからといって中国人から敬遠されるということはないということである。

 中国の「反日」には、身が伴っていない。

 

■取材・文 浪城暁紀 ライター

「小野登志郎のブログ」にも書いてますが、こちらにも遺しておきたいと思い記しておきます。

 2013年4月4日、東スポが「JYJ所属事務所社長逮捕も」という記事を配信した。

 JYJ所属事務所社長逮捕も 2013年04月04日 11時00分
http://www.tokyo-sports.co.jp/entame/entertainment/128800/

 誰が書いたのか匿名なので分からないが、まずは、このような重大な記事を書く場合、責任所在を明らかにする上でも、やっぱり書いた記者は名前を出した方がよいだろう。

 私の調べたところによれば、確かに制作会社の株式会社『kelaプロジェクト』が、JYJ事務所C-JeSエンターテインメント社長であるペク・チャンジュ氏を刑事告訴したという事実はあるが、それが警察に受理されるかどうか、とっても大きなハードルがあり、それがあって初めて報道するのがジャーナリストとしての基本的なルールだろう。CーJeS(とJVD)側にも、ここまで問題をこじらせてしまった責任は多々あるが、即座に逮捕となるまで悪質性があったかどうか相当程度に未知数であり、その辺の事情を勘案するのがジャーナリスト、報道機関の最低限のルールだ。それだけ社会的反響が大きい案件であり、そんなルールも守れないで記者倫理はどうなっているのだろうか? となる。まともな新聞社だったら懲戒ものだろうし、そもそも上が記事にすることを認めない。事実、この東スポ記事掲載のだいぶ前から、私や他の雑誌社にも情報が回ってきており記事にするかどうかが議論されたが「まずは刑事告訴が受理されてから」となっている。スクープはどこのメディアも欲しい。私もそうだ。しかし、これがルール、常識なのだ。

 この記事、もし警察が受理しなかったら、当然ペク氏は逮捕されないわけであって、このような扇情的なタイトルをほぼ断定調に書いた以上、「あたかも犯罪者であるかのように世間に知らしめられた」としてペク氏が名誉棄損で訴えたら、東スポ側が敗訴する可能性は高いだろう。

 もともと東スポは、JYJが元所属していたエイベックスと仲良しこよしであり、五人時代の東方神起が分裂した経緯に際しJYJに厳しい記事を掲載してきた。それは一つの見方として許容されることであるだろうし、尊重したい。しかし、今回の件は、エイベックスとは直接無関係ではあるが、東スポのいままでのJYJ潰し論陣の延長線上にある(と言って、「エイベックスが書かせた」ということは無いだろう)。「JYJ側を刑事告訴をした」とある筋から聞いた時、もしかしたら東スポが記事にするかもな、と思ったが本当にそうなってしまったというわけだ。

 ちなみに東スポ記事には書かれていないが、今回の刑事告訴の対象は、「当初、事務所社長ペク・チャンジュ氏だけではなく、JYJのジュンス、ユチョン、ジェジュンも入っていた」という芸能関係者の証言を私は得ている。もちろん彼らが逮捕される可能性が極めて低かったことは、ここに書くまでもないだろうが。

 東スポ記事には「絶対匿名を条件に芸能関係者が重大証言する」とし、下記の言葉を紹介している。

「制作会社の株式会社『kelaプロジェクト』が、ペク氏を著作権法違反で刑事告訴する準備を進めています。既に何度も相談を受けている警視庁は、書類が整い次第、受理する方針のようです」(東スポ記事より抜粋)

 ここで注目すべきは、「警視庁が受理する方針」というところ。どこまで裏をとっているのかどうか判然としないが、この裏付け作業があってこその記事掲載ゴーなのだろう。普通ならばだが。全国紙社会部ベテラン記者氏は言う。

「刑事告訴状の要件と形式が揃っていれば警察は受理せざるを得なくなります。しかし、受理したからと言って逮捕になるかと言えば、それはまだ先の話です。事案の悪質性などが問われますし、結果的に逮捕もされず不起訴で終わる可能性も十分にあります」

 と言うように、受理もされていない今の段階で、簡単に「逮捕も」などと書くことは到底できないのだ。

 また、件の東スポ記事は、記事のハク付け。権威づけの為だろう、日本大学の板倉宏氏という79歳の名誉教授のコメントを下記のように掲載している。

「著作権法違反は10年以下の懲役または1000万円以下の罰金と、かなり厳しい刑事罰が定められています。警察が受理すれば、逮捕状を取る可能性が高い。書類で証拠が固まっているから受理するわけですからね」

 一般論で語れば確かにそうであろうが、この板倉教授、今回の複雑な「芸能村」の利益争奪紛争について、ほんの一分でもお調べになったのだろうか? 警察だって背景を調べてから着手するわけで、「警察が受理をすれば、逮捕状を取る可能性が高い」など簡単に言うことはできないと私は思う。

 もう一度書くが、私が知る限り、C-JeSと刑事告訴した『kelaプロジェクト』の著作権を巡る紛争は、確かにC-JeS側に問題が無かったということはできない。『kelaプロジェクト』関係者の怒りと無念は私には十分に理解できる。

 しかし、それと今回の「逮捕も」という重大案件とは、また次元の違う話である。東スポ記事の最後には「事情を知る芸能プロ社長」が「韓国の芸能事務所は、日本の芸能界をナメてるんだよ」という言葉で締めくくられているが、こういった私怨、私憤だけで動くほど、日本の警察は暇なのだろうか。日本の警察が動くべきはずだったことは、今回の騒動には他にも多々あったはずだと私は思っているのだが。

 今もまだ、JYJ東京ドーム公演は真っ最中である。そろそろ最後のファンファーレになる頃だ。そんな大事な時に水を差す(どころではない)記事が出てしまい、それに対してこのブログで反応しなければならないことが、個人的に残念でならない。

 昨年11月にNが電車の中で女子大生の体に触るという痴漢行為で逮捕された事件で3ケ月の停職処分を受けたNHK「おはようニッポン」のメーンキャスターを勤める森本健成アナウンサー。停職処分は3月20日で解けたが、現場復帰はまだ未定のままだ。4月スタートの新番組の中にも彼の名前はない。NHKは不起訴に終わったとは言え、痴漢事件で世間を騒がせたアナウンサーを現場復帰させるには皆様のNHKとしてはまだ時期尚早と判断しているようだ。

 

 この事件に見られるようにNHKには一部業界人から「Nエッチ(H)K」と揶揄されるほどエッチ絡みの不祥事が多いのも事実である。これも古い話だが衛星放送局の副部長がパンティ泥棒で逮捕されるという事件もあった。NHK絡みのエロ事件を列挙してみるとこの10年でもかなりの事件が起こっていることが判る。

 

2006年10月 NHKエデュケーショナル社員(34)児童買春禁止法違反の容疑で逮捕
2006年12月 NHK男性職員 (30) JR総武線車内で男子大学生の下半身に触れ現行犯逮捕
2007年3月NHK報道局経済部男性記者(32)住居侵入容疑で現行犯逮捕(のぞきの疑い)
2007 年5月放送総局所属のアナウンサー高橋徹容疑者(41)=東京都世田谷区若林5丁目、渋谷区内の路上でわいせつ行為、現行犯逮捕
2007年6 月山口智也制作局ディレクター(42)=東京都調布市、都迷惑防止条例違反の疑いで現行犯逮捕(のぞきの疑い)

NHK制作局青少年・こども番組部ディレクター (30)を強制わいせつ容疑で現行犯逮捕
2008年2月NHK職員、イベント会場で私物ノートPCを使ってわいせつ映像を流す

 

 当のNHK職員はこう漏らす。

 

「とにかくストレスの多い職場なんです。上司からの要求は厳しいし、同僚との競争もある。とにかく局内では足の引っ張り合いばかり。ひと時たりとも気を抜くことのできない状況で仕事をしなければならないのです。それでもNスペ(NHKスペシャル)など看板番組のデイレクターなどはまだ仕事に誇りが持てるからいいけど、その他大勢のような番組を担当する者の大半は不満を抱えています」(NHKの30代前半の男性ディレクター)

 

 NHKでは職場で強度のストレス感じている職員が多く、それを何らかの手段で解消しなければやってられないのが現状だ。

 

「NHKの職員の中には、キャバクラなんかに行っても、やたら触るわで嫌われる人もいます。多くはまじめな人間なのですが、まじめなのが逆によくないのか、彼らは一般的にウップンばらしが上手くなく、それが痴漢、覗き、下着泥棒などの犯罪にエスカレートするのかもしれません。常識的に考えれば、そういうことをして捕まれば免職になることは判りきっているのだけど、抑えが効かなくなるくらいストレスが強いようですね」(NHKで仕事をする外部スタッフ)

 

 他のテレビ局、民放では下請け制作会社からの接待は当たり前。しかし、NHKの場合はどうなのであろうか。実はNHKは地デジ移行に伴い衛星放送を中心に外部制作委託を大幅に増やした。現在NHKBS1、NHKプレミアムなどでの外注率は実に50%を超えている。そうすると外部制作会社との付き合いも多くなる。仕事の欲しい制作会社の中で接待攻勢に出る会社も少なくないのが現状である。

 

「よく接待しますよ。私が接している人達は中国クラブや韓国クラブでの接待を好みますね。その理由はお持ち帰りが可能だからです。男性局員はお持ち帰りを希望します。彼らの口からあからさまに要求していることはありませんが、それをこちらが忖度し、セッテイングするわけです。彼らの中には後日ホテル代まで請求してくる人もいますよ。総額で一人5万円程の出費になりますが、番組を貰うための経費と考えれば安いものですよ」(制作会社プロデュ―サー)

 

 NHKの職員といえども人間なのだからエッチな願望が強くても当たり前なのだが、お堅い役所と同じというイメージも世間では強い。だからこそNHK職員のエッチ関連の事件は世間の高い関心を呼ぶのであろう。

 

 森本アナは今度どうするのだろうか?

 

「テレビに復帰することはまずあり得ないです。でもまだ退職もしていません。どうするのか、こっちが聞きたいところですよ」(前出NHKディレクター)

 

 森本アナのストレスを、今も貯たり続けているのだろう。

 

■取材・文 大朋理人 ライター

■日本と中国のマスコミが報じない「何故、中国の反日は“南”から来るのか」~「アヘン戦争」から「日本軍三光作戦」まで

 

 先日、日本在住の中国人と話しているとき、面白い指摘をしてくれた。テーマは「反日」である。その中国人は東北三省の一つ吉林省の出身である。現在80近くの高齢であるがまだ矍鑠としている。

 

「あなたがた日本人は反日というと何か中国全体がそうでるかのように思っているみたいですけど、中国人の反日は一様ではありませんよ」

 

 と彼は言う。中国の反日はもはや常識だが、その反日にも中国の地域差があるというのである。

 

「今言われている反日のほとんどは西南部のものですよ。東北部には反日などほとんどないです」と彼は言う。「いや、遼寧省の瀋陽や、大連でも反日デモをやっているじゃないですか」と反論すると、「あれはほとんどが政府関係者が組織したものですよ。中国政府にとって、というより東北部各省の幹部にとって東北部で反日デモがひとつもないというのはまずいでしょう」という。

 

 なるほどそういうこともあるんだなと感じ入った。しかし何故東北部に反日がないのかがよく判らない。そこで「なぜ東北部には反日がないのですか。だって東北部といえば旧満州でしょう。日本人にいじめられたのではないですか」と聞いてみた。

 

「私は16歳で解放(日本の敗戦のこと)を迎えましたが、16歳までは満州国の公民でした。確かに日本人の警官や関東軍は威張ってはいましたが、傷つけられるとか殺されるというようなことはありませんでした。パルチザンに参加した人は別でしょうが、一般の庶民は普通に暮らしていました。生活は楽ではありませんでしたが、大躍進時代や、今の北朝鮮のように飢え死にするというものでもありませんでした。それよりも、なによりも学校へ行けたんです。それが何よりも嬉しかった」

 

 日本では満州国は現地の中国人を徹底的に虐げたと教えられてきたが、現地の中国人の受け取り方は少し違うようである。彼に兵隊の悪行のことについて聞くと日本兵のことにはそうした思い出は一つもないという。

 

「兵隊で覚えていることは満州に入ってきたロシア兵(ソ連兵)のことだけです。彼らは酷かった。あいつらのすることは人間のすることではありませんよ。士官が兵隊を射殺するのをよく見ました。街頭でロシアの士官が兵隊を拳銃で撃ち殺すのです。でも彼らは殺されても仕方のないような酷いことをしてました。私は今でもロシア人を見ると怒りで腹が煮えたぎります。何回も誘われましたがロシアには一回も足を踏み入れたことはありません」

 

 では何で中国の南西部はなんで反日なんだろう。その疑問を彼にぶつけてみた。

 

「中国西南部、とりわけ沿岸地域は清朝末外国人からの侵略を受けました。アヘン戦争がその典型です。アヘン戦争とそれに続く西欧列強の侵略は中国人の自尊心を大きく傷つけました。特にアヘン戦争の現場となった広州はそうです。そして多くの租界が設けられた上海もそうです。中国人の屈辱の歴史はここから始まるのです。それを日本軍が上塗りしました。その代表が『三光作戦』です。広東省などに住む人々は祖父母からその話を聞いて育ってきたのです。だから反日というより『反外国、反西欧」という方が正しいと思います。そういう思いが今では全部反日に集約されているのです」

 

 つまり中国製南部のおける反日というのは清朝末期からの外国人に踏みにじられた中国人の屈辱の歴史の総体が反映されたものというわけだ。

 

「解放されてもずっと中国は貧しかったでしょう。そういう時代には豊かになることだけに一生懸命でした。しかし今は豊かになったじゃないですか。そうすると自尊心が芽生え、昔のことが悔しくなるじゃないですか。それが反日という形で出ているんですよ」。でも、と彼は続ける。「私自身で言えばアヘン戦争とそれ以後のことは中国人として悔しい思いがいっぱいですよ。でも私には日本が憎いという思いはない。何故なら子供時代そうした体験をしていないからです。そりゃ、日本人に満州国という形で国を奪われたのは悔しいですよ。でも生活はできていたんです。教育も受けられました。だから実感としては激しい反日という感覚はないのです」

 

 なるほど、中国人の反日と言っても色々なんだ。温度差があるんだ、ということである。考えてみれば当たり前のことだのだが、「中国の反日」と言ってもそれが一律であるはずもなかった。我々日本人は、と言うより私は、いつの間にか「中国の反日」を一律に見るような”クセ”がついてしまったようである。

 

■文・浪城暁紀 ライター

このページのトップヘ