■「鉄砲と花嫁」3月31日放送分(4月6日再放送)

 

●川崎尚之助という人物

 

 最新号(4月5日号)の「週刊ポスト」に「大人気大河ドラマ『八重の桜』に山口県人から激怒噴出!」という見出しが踊っています。まことに、ふふふ(さもありなん)という感じですが、長州藩はけっこうカッコよく描かれているのではないかと、私は思っています。

 
 もともと会津が主人公側なのだし、その意味でのヒール役は仕方がないところ。記事中には、あまりにも悪役で、もう観る気がしない、という長州のご老体の談話が載っていますが、まことに惜しいことです。これまでも長州藩は幕末京都の主役でありながら、主人公が龍馬であったり西郷隆盛、あるいは幕府側(勝海舟・徳川慶喜・新選組)という具合に主役を演じることは少なく(村田蔵六の「花神」があるていど)、なかなかその原像が見えてこなかったのです。

 
 この記事では安倍晋三が2006年に会津を訪ねたとき、「先輩がたのしてきたことを詫びたい」というエピソード、萩市が会津若松市と姉妹都市になることを呼びかけたが拒否され、なおかつ公の席で萩市長が握手を拒まれたなど、両者の歴史観のちがいが明らかにされています。いまだに薩長の人間と結婚はあいならんという風土。やはり被害を受けた側は忘れないのですね。

 
 ドラマのほうは、いよいよ八重と川崎尚之助の関係が実る。とはいえ、ここまで大した起伏もなく、八重の言葉を借りれば「兄(あに)さんのように」感じていた相手との縁談であれば、おたがいにちょっと驚いた感じで進められる。ある意味では時代考証がしっかりしている(本人たちの意志はあまり関係ない)と云えるのかもしれませんが、女性が主人公のドラマで、果たしてこれでいいのか?

 
 長州藩を描く重厚さ・緊迫感と比して、いかにも手抜きというか恋愛劇のノウハウを知らないというべきか。ふつうならば、縁談が進められて初めて相手を意識したとしても、いったんそれを忌避してから(つまり破談になりかかる)、突如として自分のなかの恋心に気づいて熱愛! という感じの劇的なインパクトが必要なのに、何となしダラダラと成り行きで。結果オーライ的な結婚。これでは、先に待っている新島譲との出会いや、きわめて意志的なプロテスト結婚(になるはず)も、劇的にはならないのではないだろうか。尚之助との婚儀・離縁があまりにも淡々としているから、なのです。

 
 まことに、京都の政情を扱うシーンの良さにくらべて、会津の八重のシーンはもうNHK朝ドラレベルの感情の起伏もなく、視聴者をひきこむ展開もありません。ちょういとした伏線のつもりのエピソードの連続ばかりで。すみません、愚痴になりました。

 
 そのあたりはもうどうにもならないので、川崎尚之助という人物について、少し解説をしておきましょう。といっても、当方にはほとんど史料がありません。ネット検索で、歴女諸氏の最近の研究からかいつまんでまとめます。

 
 川崎尚之助はどうやら出石藩(播磨)の藩医の息子だったようです。嫡男ではなかったので、江戸で蘭学をまなび、山本覚馬と知り合ったという。覚馬が日新館(会津藩の藩校)で蘭学所を開いたのを知り、これを頼って会津に来たとのこと。教授に就任するも「不肖、人のの師たるに足らず」とて、俸禄を辞退し山本家に食客する。謙虚で実直なイメージは、ドラマそのまま。八重との結婚後は、会津藩の軍制改革にともない蘭学所の砲術科が藩の砲術部門となり、尚之助も藩士として被官の身になる。こういう感じですが、なぜか戊辰戦争の敗北過程で八重と離縁。もとは正之助という名前だったものが、藩祖保科正之の名をはばかって、尚に改名したらしい。

 
 このあたりがどうやら謎ですが、わかっているのは会津藩(松平家)が謹慎ののちに青森の斗南に移封されたのに従って、そこで藩の商取引の役職に就いたらしい。デンマーク人の商人と取り引きのトラブルがあり、責任を背負って裁判になった時期に病没、という生涯だったとのこと。ドラマが進むのに合わせて、また何か解説させていただきます。


■横山茂彦:作家。近著に『合戦場の女たち』(情況新書・世界書院刊)、
『大奥御典医』シリーズ(二見文庫)など。
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