中国で「反日デモ」が過激化している。日本車、日本料理店、日系デパート、日系企業の工場などへの襲撃が相次いでいる。普段、少しくらいの騒動であれば涼しい顔をしている在中日本人も「今の雰囲気はこれまでとは違う」とこぼしている。

 その反面、少なくない数の中国ウォッチャーが「官製デモ」を指摘しており、中国政府によって容認・コントロールされた反日デモである可能性も高い。9月16日現在日本人の死者・重傷者は出ていないが、このまま犠牲者の無いまま事態が収束して欲しいものだ。


 今回は、その中国で成功するという覚悟を決めて、努力をしている日本人俳優の話をしたいと思う。


 まだ私が北京にいた頃、とある日本人が主催する舞台の手伝いをした事がある。そこで知り合った俳優志望の日本人が言った言葉は今でも忘れられない。

「俺は日本兵役をやらずに中国で役者として成功して見せる」

「日本兵役?」と思う読者もいらっしゃるかもしれないが、中国では未だに日中戦争をテーマにした「抗日ドラマ」がこれでもかというくらい頻繁に放送されている。日本人と知り合う機会のある都市部や観光地の中国人は別として、田舎の中国人の「日本人像」は学校教育と、この「抗日ドラマ」で形作られる側面がある。実際、煽られて反日デモに参加している人達はこういったものに強い影響を受けている人が多い。


 私も中国の田舎で知り合った中国人の家にお呼ばれしたら、おじいちゃん・おばあちゃんが「抗日ドラマ」を楽しそうに見ていて、その状態で食卓を囲むという気まずい経験や、長距離列車の中で隣の中国人に話しかけられて「生の日本人を見るのは人生で初めてだ。(抗日)ドラマで見る日本人とはまたえらく違うな」なんてことを言われた事もある。


「抗日ドラマ」に出てくるステレオタイプな日本兵(将校)は小太り・ちょび髭という格好で、強盗・暴行・拷問・レイプなど悪行三昧の絵に描いたような悪役だ。


 多くの中国人が知っている日本語は、実は「こんにちは」「ありがとう」ではなく、「ミシミシ(飯、飯)」「バカヤロウ」。これは抗日ドラマに出てくる暴力的な日本兵が口にしていたセリフであり、私自身も中国の田舎で「お前日本人か!俺、日本語話せるぞ。ミシミシ・バカヤロウだろ」と言われたのは一度や二度ではない。多くの場合、本人たちには悪意がなかったりするからたちが悪い。「ところでバカヤロウってどういう意味だ?」なんて事を平気で聞いてくる。「ミシミシ(飯、飯)」は悪役である日本兵が中国の民家に土足で踏み込んで「さっさと飯を出せ!」という暴力的な場面で使われる事が多いようだ。

 
 この「ミシミシ(飯、飯)」の中国での浸透度が分かる事例として、過去に日本の偽造パスポートを使ってアメリカに不正入国しようとした中国人が、入国審査で「日本語話せるか?」と聞かれて「YES、ミシミシ」と答えてばれたという嘘の様な本当の話がある。

 
 中国で既に成功している日本人としては、矢野浩二氏という「中国では一番有名な日本人俳優」がいる。日本では俳優として成功せず、中国に渡って来たばかりで仕事の無い時期には、上記のようなステレオタイプな日本兵を演じていたが、現在ではその枠を出た様々な役を演じており俳優として成功している他、中国で最も有名なバラエティ番組「天天向上」のレギュラー出演者の座を得ている。

 この番組は6人の司会者達が、週ごとのテーマに沿ったゲストとのトークやショートコントを繰り広げる人気番組で、中国では2億人から3億人の視聴者がいると言われている。彼はその番組の司会者の一人として活躍し、2008年には中国の雑誌「新周刊」によって娯楽司会者賞を授与されている。


 今年末にはビビアンスーも11年ぶりに出演する日本ドラマ「金田一少年の事件簿 香港九龍財宝殺人事件」にも出演予定であり、中国で最も成功した日本人の一人と言えるかもしれない。


 それでも、これまで抗日ドラマなどで多くの日本兵役を演じてきており、中国人の中ではその「日本兵」のイメージもかなり強い事は確かだ。


 中国での成功者としては、彼の他にも俳優ではないが「中国で一番有名な日本人」と称して日中両国でコラムニストとして活躍している加藤嘉一氏がいる。北京大学のいち留学生として中国での生活をスタートさせた後、反日デモに参加した事をきっかけに中国・香港メディアで発信するようになり(公式HPの情報によれば)最盛期には年間300本以上の取材を受け、200本のコラムを書き、テレビでもコメンテーターとして活躍し、現在では中国版ツイッターでフォロワー150万人以上を有するに至っている。


「日本人として中国で中国人向けに発信する」という点が彼が注目された理由でもあるわけだが、中国で日本の批判をしながら、日本では中国の問題点を指摘するという立ち位置からか、多くの支持者を持つ反面、日中双方で批判を受ける事も多い。こういった批判に対して彼は「(日中に情報発信するという)土俵に立つ事が大事であり、そのためにも、日中双方で発言が違うのは仕方がない」という主旨の反論をしている。が、見方を変えれば自己の成功のために日中それぞれで調子のいい事を言っている様にも見える。

 
 前述の舞台で知り合った俳優の方々に聞いた話だが、日本の有名俳優ならともかく、駆け出しの俳優にオファーされるのは未だに「日本兵役」であり、中には既に日本兵役を演じたことのある方もいた。ある意味、先駆者である矢野氏の作った成功への道とも言えるかもしれない。が、彼らの思いがどうあれ日本から見てみれば、見方によっては「売国奴」という人もいるかもしれないし、成功のために中国側に迎合した「政治の道具」という人もいるだろう。


 冒頭で紹介した彼の「俺は日本兵役をやらずに中国で役者として成功して見せる」 という言葉はこういった背景から来ている。彼の言葉からは「俺は政治の道具にはならない」という強い思いを感じた。将来、俳優として成功したとしても、「過去に日本兵を演じた。政治の道具になった」という事実は消えないという事を、先駆者たる矢野氏を見て感じたのだろうと思う。

 
 中国人など外国人に日本に対するイメージをつくるのは何も政治家や知識人だけではない。表現者として俳優を含む芸能人の影響は計り知れない。そういう意味でも彼のような人間が増えるということは日中関係にとっても重要なことであると思う。

 もちろん中国という国で、彼のような「政治の道具にはならない」という信念を持った挑戦者が成功するためには、越えなければならない壁が数多く存在するだろう。それに対して彼は「だからこそ私はオンリーワンになれる」と清々しさを持った表情で語っていた。

 私は常々、国家間の新たな関係は新たな挑戦者が作ると思っている。実際、矢野浩二氏は「抗日ドラマにおけるステレオタイプの日本兵」のイメージを変えたという評価を受けている部分もあり、加藤嘉一氏に関しても彼の書いたコラムによって日本の新たな側面を知った中国人も少なくない。彼らの挑戦が与えた影響は確かに大きい。大きいがそのために中国に売り渡したモノもあったのも確かだ。だからこそ、強い信念を持った彼のような挑戦者こそが、これからの日中の新たな関係を作っていくのは間違いないだろう。

■松野幸志:台湾在住のフリーライター。
一年前までは北京に長期滞在の中国通。
ツイッター https://twitter.com/matunokouji 

(有料メルマガhttp://www.mag2.com/m/0001552211.html 2012年9月20日号に掲載した記事です)