もう10年くらい前でしょうか、


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蓮實重彦がある講演会で「作家と批評家のどちらが偉いか」というお題で次のようなことをしゃべたらしい。

「作家は教養がなくても許されるが、批評家は教養がないと決して許されない。だから批評家より作家のほうが偉い」

うーん、、、何かわかるようなわからないような。。。

というか、作家と批評家のどっちが偉いか、という問いがそもそもナンセンスじゃないんですかね? 違いはあっても優劣なんかないのでは?

30年以上前の対談だったか鼎談だったかで、蓮實自らが批評家と作家の違いを明確に述べてましたよ。

「なぜ蓮實さんは映画を撮らないんですか、とよく訊かれるんですが、日本には俳優の顔をきれいに撮れるカメラマンがいないんですね」

なぜこれが作家と批評家の違いかというと、今日ある本を読んでいたら、

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作家の高橋源一郎の言葉として次のような一説が紹介されていたから。

「ろくな素材がなくてもとりあえずありあわせのものだけで何か作っちゃうのが作家。これだけのものしかないのか! と怒るのが批評家」

蓮實はまさしく批評家ですね。
だから悪いとか劣っているとか言ってるんじゃないんですよ。問題は優劣ではなく、あくまでも「違い」にすぎないんですがね。ここのところがわからない人がすごく多い。

作家はあまり両者の優劣を気にしませんが、批評家はすごく気にするようです。だから「教養がなくても許されるから偉い」とか、「優秀なカメラマンがいないから撮らない」とか言い訳をする。

かつて淀川長治は、

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「なぜ僕が映画撮らないか、それはお酒が飲めないから。撮り終わって打ち上げにお汁粉! とか言えないでしょ」

何で? 下戸の映画監督なんかいっぱいいるじゃないですか。
作家でないことに劣等感を抱いているのが明白です。


それにくわえて、この人は立派でした。


_AC_US160_(←名前で画像検索をしてもまったくヒットせず。亡くなったのがもう20年前。ネット時代到来の前だからでしょうか)

田山力哉

この人は、山城新伍に、

「批評家というのは実作者になれなかった二流以下の集まり」

と言われたとき大激怒して、

「俺は自分のことを二流以下だなどと思ったことは一度としてない! 批評も立派な仕事だ!!」

と言ってました。己の仕事に誇りをもつ稀有な批評家でした。

だから問題は「作家と批評家の違い」ではないのでしょう、きっと。

「作家に対して劣等感を抱く批評家と抱かない批評家」なんでしょうね。そして、前者のほうが大多数派だというのが本当の「問題」だと思うわけです。