介護

2008年06月29日

介護の苦しみ、闘病の苦しみ

[秋田・3人殺害]妻の病気が悪化…無職の男が犯行供述

秋田県八峰町(はっぽうちょう)峰浜目名潟杉沢、無職、鈴木喜市さん(93)方で28日朝、家族3人が死亡しているのが見つかった事件で、両手首を負傷し病院に運ばれた長男の無職、喜造さん(65)が「おれがやった」と供述していることが分かった。

付近住民によると、喜造さんは関東地方で通年の出稼ぎ労働をしていたが、千代子さんの病気が悪化。千代子さんが世話をしていた鈴木さんも足腰が悪いため、2月ごろ実家に戻った。本人も持病があったという。家族を知る人は「父親や妻、それに自分の病気で将来を悲観したのでは」と話した。≪毎日jp≫


高齢化が進むにつれてこういったニュースが頻繁に耳に入るようになりました。
私も父を病院内ではありますが13年間見守ってきましたが、介護(私の場合は付き添い)
は大変な体力と心労を有するもので、家族とは言え奇麗事では済まされない感情的な
諍いも日常茶飯事にありました。当事者以外の人たちは「家族のためだから頑張らないと」
と教科書どうりの助言をくれたりしましたが、実際にはそんな悟りを開いた如来様の
境地にはなかなかなれないもので、長年介護を経験していた人たちは皆そろって
「適当な所で少しずつやればいいよ、でも、一番辛いのは病人さんだからそれだけは
忘れないでね」と言ってくれます。「頑張らない介護」する方も、される方も、頑張らない
事で救われる場合もあるんです。

事件の方の場合、本人も持病があって、ましてや自宅での介護ということで
想像を絶する苦労や葛藤や苦痛があったことでしょう。
殺人は許されるものではありませんが、私の場合も病院のベッドで
父の首を絞めたことがあります。当然90%は本気ではありませんでしたが・・・・。

なんとか頑張らないで凌げる方法があれば良かったのにと
加害者、被害者共に不憫でなりません。

henro108 at 00:15|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2008年06月27日

病の床は寝たきり遍路(引き潮)

流動食の逆流、発熱・・・様々な症状が次々と父を襲いました
容態は悪くなったり、回復したりとまるで潮の干満のように
やってきました。

そして、父の表情は無くなり、反応することも
かなり少なくなって来ていました。
明らかに弱ってきている父にもう一つ重い症状がやってきました。
ある日父のもとへやって来て部屋へ入ると
異常なくらいのその顔色が目に入りました
みかんの皮のような黄色い色をした父がそこにいたのでした。

院長先生によると肝臓障害からの黄疸ということでした。
半身不随でずっと入院生活をしてきた父ですが
内臓だけは丈夫で異常は出たことがなかったのですが
長い投薬治療のせいでしょうか、ここに来て
重い症状が出てしまったのです。

病室は集中治療室の一番奥の部屋へと移されました
何か深い意味のある引越しなのかと覚悟を決めながら
引越しの作業を終えて、ソファーに掛けながら
最後まで父のそばで見守ってあげることを決意したのです。

表情を変えることの無い黄色い父の顔を見ながら
長い長い、そして、長い毎日がはじまりました

henro108 at 00:00|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2008年06月25日

病の床は寝たきり遍路(遍路再び・・・)

脳外科の集中治療室で、父の新しい生活が始まりました
生活と言うよりやはり試練と言わなければなりません。
父に残された自己表現法は自由に動く眼と表情だけでした。
そして、全身麻痺の重い障害と戦うにはあまりにか細い手足が
痛々しく悲しかった。

新しい病院では設備も充実してリハビリに至っては
口腔内専門の方や言語専門の方等それぞれ症状ごとに
専門の先生が丁寧に父の治療にあたってくれました。

食事は鼻から入れたチューブで流動食を取る事になり
私が父にしてあげる事といえば話し掛けてあげることと
頭や手をなでてあげることくらいでした。

リハビリの先生が父に話し掛けます
「お父ちゃん、頑張って治らんといけんよ!」
すると、ニヤッ・・・と父が笑いました
発症してから4日にはじめて笑いました。
私の心がほんの少しだけ軽くなったような気がしました。
朝の9時から病院に入って、夕方6時まで毎日父に
付き添っていましたがずっと泣き顔しか見てなくて
私自身も沈んだ気分でいたのです。

父の状態も安定してきたので
孫である私の娘を連れて来ることにしました。
父は孫の顔をみて、また、あの笑顔を見せました。
妹と私には一切見せたことの無いあの笑顔に
みんな微笑んで見つめていました。

henro108 at 00:00|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2008年06月24日

病の床は寝たきり遍路(新しい修行の道)

転院した病院は脳外科で有名な専門医の居る
雑誌にも出てくるような病院でした。
今は、先生に全てを託すしか私達に選択肢はありません
でした。

治療としては血管から新しい薬剤を少しずつ注入して
患部の血栓が解けるのを待つという
大手術とか言ったものではないとても簡単?なものでした
それが少し私達の気持ちに安堵感をくれました。

夜通しの治療が終わり次の日の日中になって
その結果としては「思ったように効果が出ないですね」
という先生の言葉で知らされました。
発症から3時間と言ってもその発症した時間が
確実なものでなくて、看護士の方が発見した時点を
指している訳で、どうやらタイムアウトという感じでしょうか。

残念な気持ちを覚えながらもこれから
父は新しく与えられえた全身麻痺と失語症の大きな
二重苦を持って、リハビリ治療に入る事になります。

私は会社に休暇を頂き、父と今までとは違った形で
付き添うことになりました。
全く言語を発することが出来ない父・・。
でも表情だけは悲しそうな、悔しそうな
今にも泣き出しそうな感情をハッキリと私に伝えていました。

henro108 at 00:00|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2008年06月22日

病の床は寝たきり遍路(気になる異変・・・)

「右肩が上がりにくくてめしが食えんのよ!」
右肩の異変を訴える父、以前から腕や肩は痛いと言っていたので
あまり気には留めませんでした。サロンパスをいつものように
肩と腕と首筋に貼ってしのぎます。

それが、スプーンでご飯を口に運ぶのが苦痛な程になって
私が食べさせてあげる時が多くなってきました。
「痛いのは動かない左腕をかばって右腕を使いすぎているからや」
と医者でもないのに知ったような事を父に言いながらも
大丈夫だろうか?と心配になっていました。

お医者さんの言うには異常は見当たらないと言う事だけど
やはり、歳を重ねた老いの症状なのでしょうか。

それから、眠いと言って昼間から眠っていたり
「時々訳が解らんようになるんじゃ」
と頭が混乱しているような事を言う時が時折ありました。

そんな不安定な状態の中父はいつもの様に
昔の話を私に聞かせてくれるのでした。
私が見た事も無い父の若い頃の話を、今聞いておかないといけない!
という焦りに似た感情が私を支配していました。
父の話に出てくる人の名前はやはり聞いたことの無いものばかり
ですが、父との深い人間関係だけはしっかりと伝わっていました。

henro108 at 01:11|PermalinkComments(0)TrackBack(0)
ぷちへんろ樹絵瑠
室戸岬・金剛頂寺にて・・・・お遍路親子

「歩き遍路を夢見て」

相変わらずの気まぐれ遍路を続けている親子遍路ですが 私(父)は最近自転車でのトレーニングを始めました 遠い将来に行こうと決めている歩き遍路の為の 体力作りと思っています! ツールドフランス気分のロードレーサーで 「ケイデンス100!!」(ペダルの回転数です) と気合でペダリングする毎日です このまま自転車でお遍路に行ってたりして・・・ とにかく夢に向って日々精進するのみです!
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