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時折書房

時折書房が目指すは定常開放系。コメント&TB大歓迎。

16 1月

須藤靖貴『デッドヒート2』

デッドヒート 2 (ハルキ文庫 す 4-3)
須藤 靖貴
角川春樹事務所
2013-07-13


大学生になった走水剛。
著者について
1964年東京都生まれ。駒澤大学文学部卒業。スポーツ誌や健康誌の編集者などを経て、99年に『俺はどしゃぶり』で小説新潮長篇新人賞を受賞しデビュー。高校のアメリカンフットボール同好会を舞台にした同作のほか、スポーツを題材にした作品に、『どしゃぶりが好き』『力士ふたたび』『セキタン! 』『ベースライン』『リボンステークス』『どまんなか』などが、他著に、学園トラブルシューティング小説の『スクールセイバー』やビートルズバンド小説の『抱きしめたい』などがある。
そして、走水剛くんは修学院大学に入学、大学生ランナーとなりました。
「2」には、走水剛の、大学入学後から約1年9か月間強(この微妙な期間には当然意味があります、つまり、大学2年生の1月に入って間もない頃まで、ということです)についてのドラマが収められています。あまりしつこくなく淡々と時間が流れていくような感じも、いいですね。大学の陸上競技部(長距離チーム)の日常の生活感覚のようなものまで鮮烈に立ち上がってきます。大学生ランナーたちの独特のストイシズムが交錯する人間模様は、読む者を異空間に誘うような力を帯びています。
さて、ストーリーの紹介はしません。でも、あえて一か所、引いておきます。
「実はな。おれが一番期待したのが走水だった。気持ちの強さで走水をエントリーしたからだ。襷が切れた屈託を、全部引っ繰り返して熱い走りを見せてくれると期待していた。ところが、走水は心を追ったままで走った」(p.264)
気持ちの強さ、この「2」の最大のキーワードでしょう。ドラマ終盤、あぶさんによる言葉にその輪郭が語られてもいましたが、長距離ランナーへの最大の讃辞としての、「速さ」ならぬ「強さ」というものの秘密に迫る部分でしょう。
さあ、この後の展開がますます楽しみになってきました。
なお、私のお尻の痛みはまだまだ深刻です、走れません。
12 1月

須藤靖貴『デッドヒート1』

デッドヒート 1 (ハルキ文庫)
須藤 靖貴
角川春樹事務所
2012-12-13


駅伝の魅力って何だろう。
内容(「BOOK」データベースより)
駅伝の魅力って? 仲間の頑張りを信じ、想像することさ―。上州南陵高校陸上部三年の走水剛は、中学時代からの親友・幸田優一と共に高校駅伝の関東大会進出を目指している。将棋八段の父親は超の付く変わり者で、剛との関係は最悪だった。その父親に将来の目標を問われ、思わず「オリンピックだ」と言い返してしまった手前、チームの六番手に甘んじている現状は心苦しく…。破天荒な駅伝選手の成長を描く新シリーズ、スタート。
こんな小説を見つけちゃった。それも、シリーズは6まであるという!!正月3日に走った時に痛めた左ハムストリングス&臀部のせいで走れない体になっています。しばらく『デッドヒート』に逃避することにしようか、ははは。
走水剛、はしりみずたける、ランナー。
「1」は高校生長距離ランナーのドラマでした。競技以外のドラマも複線的に絡みます。すべての複線的ドラマ、挿話が自分の好みではありませんが、棋士である父親、母親、弟のそれぞれの存在感は魅力的です。そして、駅伝の関東大会出場が目標の高校でレギュラー入りのボーダーラインにいる主人公、微妙な実力の持ち主なのですが、その発する光には時折ハッとさせられます。
さて、その剛くん、高校生としての競技生活を終え、箱根駅伝にあこがれて東京の私大進学を目指すものの、父親に真っ向から反対されます。父親の言い分は「オリンピックを目指す者にとって(剛くん、あるとき、家族に対してそう公言したのです)箱根駅伝という別の目標は邪魔」というものです。そんな父に対して剛くんが反論する場面を引いてみます。
「中継所で仲間の襷を待っているときにさ。全身がぶるぶる震えるくらい感動するんだ。駅伝って、他のスポーツと違って仲間の頑張りを見ることができないんだ。でも想像することができる。練習で、泣きそうになりながら走った仲間のことが、待ってる間に浮かんでくるんだ。この気持ちは・・・・・・悪いけど、おやじにはわからないよ」
「襷を受けたことはないが、おれにも想像することはできる。それから?」
「・・・・・・見えないからこそ、信頼することができる。おれはチームスポーツには縁がないって思ってたけど、駅伝は練習ではそれぞれが頑張って、チームで試合をするんだ。おれにとって、これ以上の競技はないんだよ。だから大学でも続けたいんだ。最高のレベルの駅伝を走りたいんだ」(p.235)
「信頼とは未来への賭けである」とある方がおっしゃっていました。
信じる力。信は力なり。記憶庫の隅っこから山口良治先生の熱いメッセージがコロリと落ちてきました。駅伝という競技力が信じる力の度合いで決まるなんて考えてみると、その美しい特異性がじわじわ浮かび上がってくる、ような気もします。
さあ、「2」に向かいます。その前に読む予定の本が2冊ある、どうしようかな。
4 1月

原晋『フツーの会社員だった僕が、青山学院大学を箱根駅伝優勝に導いた47の言葉』



サンキュ―大作戦でいこう。
内容紹介
2015年の正月まで、私は一部の熱心な駅伝ファン以外、誰も知らない無名の監督でした。さらに言えば、私の現役時代は箱根駅伝出場、オリンピック出場などという華々しい経歴は皆無。そんな私が、なぜ青学陸上競技部で結果を出せたのか。それはきっと、営業マンとして実績を積み重ねる過程で、チームをつくり上げるにはなにが必要なのか、人を育てるとはどういうことなのかなど、たくさんのことを学んだからです。そして、それをスポーツの現場に持ち込めば成功するのではないかと思っていたのです。ダメダメだった私だからこそ、今までの常識にとらわれずに、陸上界の常識を打ち破ることができたのだと思います。ビジネスのグラウンドには、「人と組織」を強くするノウハウがたくさん埋まっています。ビジネスで培われ、青学陸上競技部で醸成された「ノウハウ」が、今度は皆さまのビジネスの現場で一つでもお役に立てられれば、これほどうれしいことはありません。

プロローグ ビジネスというグラウンドには、「人と組織」を強くするノウハウが埋まっている
第1章 チームで結果を出し続ける
  1 「業界の常識」を疑え
  2 誰がやっても強い組織をつくりなさい
  3 土壌が腐っていたら、いくらいい種でも芽が出ない
  4 「目標管理ミーティング」で成長を促せ
  5 コーチングの前に、ティーチングあり
  6 「いちばんつらいときに明るくなれる人」がリーダーである
  7 エースを育てよ、エースに頼るな
  8 迷ったら「基本」に立ち返れ
  9 「情報遮断で忍耐させる」のは、もはや通用しない
 10 「相談してくる人」に育てよ
 11 答えを出すな、出るまで待て
 12 「顔つき」「しぐさ」で使う選手、使えない選手がわかる
 13 怒るより、諭しなさい
 14 管理職の仕事は「管理することじゃない、感じることだ」
 15 常識を破れ! 「2区はエース」ではなく「3区がエース」だ
第2章
 16 スカウティングのポイントは粘り勝ちできる「強さ」があること
 17 能力を開花させる人材は「オーラ」を放っている
 18 自分のことを自慢しなさい
 19 「体育会流のいい返事」をする人間は伸びない
 20 「チャラい」は最高のほめ言葉である
 21 本当にとりたいなら、ビジョンを理屈と情熱で伝えろ
 22 「来てください」とお願いするな
あけましておめでとうございます。今年は私の年号でいうとランナー2年。2年目のジンクスも蹴散らして、がんがんいきたいところなのですが・・・。
さて、今年の箱根駅伝も青山学院でした。7区の田村君の突然の異変に軽い衝撃が走りはしたものの、終わってみれば他を寄せ付けない圧勝、三冠での三連覇達成に心から敬意を表したいと思います。私は、箱根常連の青山とは別の大学の出身ではあるのですが、原監督のおもしろさや贔屓にしているadidasとの関係もあり、何となく青山ファンになっていました。年始に訪れた実家で実況を見ていて、青山サイドの発言をしては、あれ?という視線を向けられたりしていました。
さてさて、この本は、箱根駅伝を楽しもうと、何となく仕事のなくなった年末に手を取ったものでした。これまで読んだ原監督本を焼き直したもの、とは言えます。ただ、書かれている時期が現在に近い分、筆致に確信のようなものを感じます。そして、言葉そのものが非常に滑らかにも感じられます。
「本の紹介」のところに長々と目次を載せましたが、たとえば、「10 『相談してくる人』に育てよ」「14 管理職の仕事は『管理することじゃない、感じることだ』」など、ある意味ずしりと私の胸に迫ってくるものがありました。学校教育にかかわり、いろいろな意味で主体性の育成ということをずっと思い描いてきた感覚からすると、「報告してくる人」ではなく「相談にしてくる人」に育てること、本当の管理とは「管理する」ことじゃなくて「感じる」こと、これらは、虚を突かれたというか、目から鱗というか、とにかく実際に強く結果を出し続ける組織をリードする者の存在感を感じさせてくれる強い言葉でした。
さてさて、昨日は、復路の青山のスタートと同時に、ラジオで実況を聞きながら私も35kmロングジョグをスタートさせました。信号ストレスのない適度なアップダウンが刺激的な新コースを気持ちよく走っていたのですが、13kmあたりで突如左ハムストリングに鈍い痛みが!もう少しすると今度は左臀部にも似たような鈍い痛みが!ちょっとペースを落としつつ様子をみてみると、あああ、よくなってこない、むしろ悪化している感じ、、、ということで、家にやや近づいた15km地点で走るのをやめて歩いて帰宅することにしました。その後、丁寧にストレッチした後、ネットでいろいろ調べてみると、これは、あらら、ひょっとすると、坐骨神経痛?? ああ、何という新年のスタート、私の2017年はどうなることやら。
28 12月

椰月美智子『明日の食卓』

明日の食卓
椰月 美智子
KADOKAWA/角川書店
2016-08-31


愛する我が子に手をあげる、どこにでもいる親たちをめぐるドラマ。
内容(「BOOK」データベースより)
同じ名前の男の子を育てる3人の母親たち。愛する我が子に手を上げたのは誰か―。どこにでもある家庭の光と闇を描いた、衝撃の物語。
読み進めるのにちょっと時間がかかってしまいました。最近小説を読み慣れていないから、ですかね。
ただ、何となくぞくぞくしながら、読んでいる間だけでなく、読んでいないときも思い出してぞくぞくというか、ざわざわというかしながらの読書でしたね。
家庭の光と闇。
つい最近、私もそんなことを感じる出来事に遭遇しました、いや、そんなのんきな言い方ではダメですね、私自身の言動によってそういうものが浮き出たようなことがありました。坦々とつづいているような日常に、ほんのちょっとした刺激が入ることで、思いがけないような亀裂が生じてしまう。日常というものが、まるで、感度の悪いアンテナしか持たない鈍感が夢想する幻でしかない、とでもいうように、思いがけず日常が非日常に反転する、怖さ、まがまがしさ。最近買った新しいGPSウオッチには心拍計がついているのですが(当然ランニングのために購入したものです)、この本を読んでいるときは平常時に比べて心拍数が上がっていました。何か根本的にいや〜なドラマを見せられていたという感触がはっきり残るような読書でした。
三つの石橋家の三人のユウくん(8歳)をめぐるドラマ。三人の母親たちは息子のユウを育てながら忙しい日々を送っている、辛いことも多いけど、幸せな家庭のはずだったのに。そんなどこにでもあるような普通にみえた家庭に、するするするっと忍び込む暴力の衝動、そして、狂気。些細なことがきっかけで徐々にその生活が崩れていく。紙一重の世界を生きている、私たち。
今、目には見えない危機が私を襲いつつあるような感覚になりました。一見普通に見えている我が家、私という人生、でも、それらの土台がいつの間にか砂化して音もたてずにさらさらさらっと崩れつつあるような裏の現実に対する感受性をたくましくしなきゃと思わされました。
27 12月

あさのあつこ『レーン ランナー3』

レーン ランナー3
あさの あつこ
幻冬舎
2013-05-10


人は自分だけの戦いを引き受けて生きる。
内容紹介
「おれは何があっても、走り続けるーー」
二人の天才ランナーの走る喜びと本能の叫びを描く、『バッテリー』を凌駕する超人気シリーズ第3弾!
いやあ、美しくも苦い、そして熱いドラマでした。
あさのあつこさんって、本当に真面目な小説家なんだなあと感じます。真面目は真面目で、他意は全然ありません。私は、自分で自分のことを、誰よりも真面目で誰よりも不真面目な人間だと思っているのですが、だから、真面目な小説家による真面目な小説には、相当微妙でありながら強いトリガーポイントをいただいた感じがします。
この小説は、読む者に、走ることについて思考いることを促します。
しかし、実際に走ることだけを思考しているのではない、とも感じます。走ることをメタファーとして扱っているというのでもありません。ただ、走るということが、人間をむき出しにする原始的行為であるということが、走ることについて考えていくと自然にただ走ることだけに収まりきらなくなる、ということでしょうか。
この徹底して走ることをめぐるドラマの磁場は、走らない者たちをも巻き込んでいきます。信哉はこうつぶやきます。
 みんな一人で何かに挑んでいる。他人には計り知れない戦いに、一人で向かい合っている。それは自分たちが若いからだろうか。それとも、若くても老いていても、人は自分だけの戦いを引き受けて生きるものなのだろうか。
 空を仰ぐ。(p.220)
ノブ、いい線いっていると思うよ。
人は自分だけの戦いを引き受けて生きているんだと、私も思います。「自分だけの戦い」のかたちが一人一人違うだけでなく、その「引き受ける」かたちも一人一人違っているから、そんなふうにはっきりとは映らない、わからないだけなんでしょう。
たとえば、私の戦い。戦っている感触ははっきりとあります。でも、うまくは言えないなあ。
16 12月

松本翔『「走り」の偏差値を上げる マラソン上達ノート』



「走り」の偏差値を上げよう。
内容紹介
確実にタイムが縮む! 自己ベスト更新のための新マラソンメソッドを詳細解説
1.自分の走りを「自己分析」
2.練習メニューを「プランニング」
3.状況に応じた「思考の切り替え」
4.レース当日までの「的確な準備」
5.結果を残すための「レースマネジメント」
こういう本はもうかなりいろいろな方が書かれたものを読んできましたが、いいです、またまた、勉強になりました。
さすがに、目新しいことがズッドーンと入ってきた!みたいなことはないのですが、自分の考え方にお墨付きをもらっ部分もあれば、自分の考え方を補強できたり、修正してもらったりと、市民ランナーとしての足場をさらにしっかり踏み固めさせていただいた、上質の指南書でした。
まずは、こんな部分を引きます。
 自分で問題点を洗い出してテーマを設定し、実行して、振り返りをして、また問題点を洗い出す。その繰り返しで練習の質は高まっていきます。練習をやりっぱなしにするのではなく、ぜひ練習を振り返るクセをつけましょう。(p.014)
ランナーとしてのマネジメントサイクルを不断に動かしていくことの重要性。これは、最近になってようやくその必要性を痛感していたところです。というのも、ペース走なりインタバル走なりLSDなりをやって、その感触をフィードバックして、その後のトレーニングのプランを修正していくような感覚がこれまであまりなく、一度立てたプランに固執しているところがあったことを反省している最中だったのです。
ハーフマラソンを走った一週間後の先週末、寒い中1kmインタバル走×6をやっていて、あれれ、想像以上に脚が重い、う〜む、こんなはずじゃ・・・5本目で、左下腿外側上部に変な痛みが。あらら。正直、インタバル走をやるタイミング+コンディションでなかったと思いながら、無理に上げていた感じが、走っている最中に意識されていたのです。Dのさなかにあっても、弾力的にCAにつなげていく必要があるものでしょう。
また、関連して、こんな部分を。
 自分の身体に敏感になることは、優れたランナーに必要な要素だと思います。もっとペースを上げたほうがいいのか、維持したほうがいいのかといった判断は、身体の声を聞いて行う部分が大きいからです。よくマラソン選手は我慢強いと思われがちですが、我慢して身体の声を無視することこそ、故障のリスクを高めます。速くなるには「自分の身体に対する感性を高める」ことが何より大切なのです。(p.032)
はい。ありがとうございます。なまものとしての自分としっかり対話するスキルをもっともっと身に付けなければと思います。そして、大事な教訓をもう一つ。
・・・全力で練習を行い、自分を追い込みすぎると、全体としての練習効果が下がるばかりか、故障のリスクも高まります。これを防ぐには、練習を「腹八分」で行う感覚を身につけることも必要です。(p.034)
ここを読んで、はっとしました。私のトレーニングは結構追い込みすぎだったかな、と。ペース走やインタバル走のタイム設定やポイント練習の間隔など、考えを改めるべき大事な部分であるように思いました。確かに、私のトレーニングにおける課題の一つは、ウイークデイになかなか時間を取れないということ。だから、ポイント練習はウイークデイには入れられず、どうしても、土日の二日間にポイント練習的なものを曖昧に設定してしまう感じになっているのです。う〜む、どんな打開策があるんでしょうか、、、むずかしい。ただ、「腹八分目」の感覚だけはしっかり肝に銘じて、自分の課題克服につなげていきたいと思います。
さあ、明日は走るぞ。
14 12月

三村仁司『一流はなぜ「シューズ」にこだわるのか』



三村さんが考える「理想のシューズ」のもつ意味。
内容(「BOOK」データベースより)
「あと1秒」「あと1ミリ」夢に近づくためのアスリートとシューズ職人、プロフェッショナルたちの仕事の神髄―シューズを変えれば結果が変わる!野口みずき、高橋尚子、イチロー…をサポートしてきた世界一のシューズ職人が教える、プロの「見えない努力」とは。
とても勉強になりましたね。勉強、そう、高校生にとっての勉強が国語、数学、英語・・・なら、私の勉強はまさにこういう本を読むことですからねえ(違うか(笑))。
何が一番勉強になったか。
ひどく月並みな言葉にしかなりません。自分も曲りなりのランナーとしてすごく実感していることですが、ランナーにとっての唯一のギアといっていいシューズの重要性。ランナーたちは、これほどまでにシューズとの壮大なドラマを生きているのか、そして、その壮大なドラマに深くかつ濃くかかわる三村さんの生きざまの迫力。何とも感動的な一冊に仕上がっていました。
ちなみに、私は、シューズに関しては、adidas一筋です。走り始めてから買ったシューズ7足はすべてadidasです。そのうち4足がboost系、他はmana7が2足と、そして三村さんの手によるadizero takumi idomiです。ほとんど使っていないもの、少しだけ使っていないものもある中で、長い期間「エース」の座にあったcsブーストが擦り切れてきてしまい、その後継にと買ったのがidomiでした。renに心奪われながらも、まだまだ早い!と自戒しつつ選んだものだったのですが、20kmほど走ってみた時にあいにく膝痛を招いてしまい、今は「補欠」に回っていて、現在は、その後に購入したadizero Japan boost2 ハイレモデルを前回のハーフから「エース」格にしています。
さて、そんなことはいいとして、三村さんの「理想のシューズ」というものがこんな風に語られます。
 まず、私が理想とするシューズは、これまでも、そしてこれからも変わらず、選手にとって「疲れにくく」「ケガや故障をしにくい」シューズです。そういったシューズ作りを通じて、世界の頂点を目指すアスリートたちをサポートし、目標を達成して、シューズを通して感動や喜びを分かち合える関係になることが理想です。(p.168)
ここまで読んできてこう語られて、いやあ、重くずしりときました。
というのも、三村さん、これまで何人ものオリンピック、世界選手権のマラソンでのメダリストのシューズを作ってきた者として、現在の日本のマラソン界の不振について、かなり具体的に憂慮され、かつ、かなり具体的に分析されてもいます。
 日本人のマラソン選手が世界で勝てなくなった理由の一つに練習量の不足があり、それは足の大きさの変化に表れているというのは、シューズ作りを通じて私が感じてきたことです。
 その視点に立てば、もし私が「練習量を増やせるシューズ」を作れれば、日本人選手が以前のように世界で勝つことをサポートできるのではないか。それこそが、私がシューズ作りを通して取り組むべきことなのではないか。そんな思いを抱き続けてきました。(p.72)
今月の福岡国際である意味奇跡的に日本人トップで走った川内優輝さんが、最近かつての名選手たちが書いた本を読み漁り、そして自身は練習量を相当増やしていると語っていたことを思い出しました。
ある意味、これ、実業団選手必読の本ですね。
13 12月

あさのあつこ『スパイクス ランナー2』

スパイクス ランナー2 (幻冬舎文庫)
あさの あつこ
幻冬舎
2013-04-10


ときに崇高なまでにうつくしく、ときに信じがたいほど残酷。
内容(「BOOK」データベースより)
東部第一高校陸上部で五千メートルを走る加納碧李は、清都高校のランナー・三堂貢から挑発の言葉を投げかけられる。天才とまで謳われる貢が、なぜ碧李に?本能で走ろうとする碧李と、レースを知り尽くした貢。二人が対峙したとき、その走りに化学反応が起きる―。反発しながら求め合う少年の肉体と感性が跳躍する、超人気シリーズ第二弾。
『ランナー』がちょっと自分には合わなくって、実質的に続編があるということは知りながら、読まずにいたのですが、ふとこの本を手にして裏表紙をみてみたら、おっ、走るドラマじゃないと思わず手に取ることにしました。
実際、走る二人の高校生のドラマでした。というか、ある大会における5000m競技の場面がぶあつくつづられているのでした。そう、ぶあつく。細かい感想は省略しますが、この続編である『レーン ランナー3』を早速入手しました。このアクションをもってこの本の感想に替えます。
さて、ここでは、三浦しをんさんによる「解説」から引用しておきます。
 走ること、特に長距離を題材に小説を書くと、なぜか「生きること」を問う展開になっていく。道具を使わず、ひたすら足を交互にまえに運ぶ、きわめて原始的なスポーツだからだろう。それは、毎日ひたすら呼吸し飯を食べ眠る、「生きる」という行為に似ている。心臓が止まるその日まで、私たちは考え、感じながら、退屈だけど喜びもある生を生きるほかない。
 生そのもののように原始的なスポーツであるがゆえに、長距離は人間の持つ美と善、弱さや強さをむきだしにする。原始的とはつまり、根源的な快楽と背中合わせだということだ。苦しみに耐え、自身と対話しながら、毎日黙々と走りつづける。周囲のひとの愛や羨望を背負って。負荷をかけ、体をまえへ運びつづけると、そのうち恍惚の瞬間が訪れる。善を希求する快楽と同時に、悪に堕する快楽にも、最接近する。そのぎりぎりのスリルを味わいたくて、中毒のようにまた走る。
 ときに崇高なまでにうつくしい行いをすることもあれば、ときに信じがたいほど残酷に振る舞うこともある。人間という生き物の営みと、長距離というスポーツが目指し表現する境地とは、ぴたりと重なる。(pp.212-213)
『風が強く吹いている』の著者による長距離走観。
原始的だということ、根源的な快楽と背中合わせだということ。
ああ、ハイジと走のドラマを書いた人だ。
7 12月

おちまさと『ランニング・プランニング』



マラソンには、答えがある。
内容(「BOOK」データベースより)
プロデューサー・おちまさとは、なぜ毎日走るのか?なぜフルマラソンを走るのか?そこには秘密があった―。企画を生業とする著者が、走りはじめて気づいた「驚くべきランニング企画術」と「ランニングとプランニングの相似」。そのすべてがこの1冊に込められており、読めば走りたくなり、走れば企画が勝手にあふれてくるという、2012年版「企画の教科書」になっている。ランナーも、走らない人も、企画・アイデアと無縁ではいられない現代ビジネスマンにとっては、必読・必携の書がついに登場。
熱い本でしたね。
この方についての予備知識はゼロだったので、何の先入観も読み進め、はーとかふーむとかへーとかほーとか、ハ行な感じでした。ランニング賛辞の矢がどんどん飛び込んできます。
この本の奇妙な題名については、副題の「走ればアイデアは勝手にあふれだす」が解題と言っていいでしょうむ。プロデューサーではない私は、そんなにアイディアをポンぽこ出すことが期待されていないからなのか、走っているといろいろとアイディアが出てくるという感覚になったことは、特にないですね〜。今度そんなイメージをもって走ってみようかと思います。
さて、こんな一カ所を引いてみます。
 なぜ、みんなマラソンに出たがるのだろう? その素朴な疑問に対して、僕は直感的に思いました。
 「マラソンには、答えがある。」
 いま、日本には指針と呼べるようなものが見当たりません。将来が見えないのです。これは、ものすごく不安なことです。じっと耐えていればいつかは明るく豊かな社会が訪れる、という確証はありません。僕たちは自分で答えを見つけ出していくしかないのです。
 生きていくための答えを探すために、何かをせずにはいられない・・・・・・。そう思ったときに、狩りをするように「走る」という行動は、人間の本能なのではないかと僕には思えます。肉体と五感を全開にして、自分の生命力を実感できるのがランニングです。走っていれば、自分自身の内面とも向き合うし、人生にとって大切なものや、必要なものや、守らなければならないものがわかってきます。そして、マラソンというレースの場では、自分の実力や努力に対する”答え”が、ゴールした瞬間にタイムとなってもたらされるのです。(pp.116-117)
この最後のタイムが答えというところに、ずるっときました。
というのも、私がこの部分を読んで何となく気になっていたのは、「マラソンには、答えがある」として、何の答え? ということでした。問いがないのに答えがある、みたいに読めていて、、、そして、それって、本当にそうなんじゃない?と思えてくるのでした。
すなわち、人は、走ることで、いろいろな「答え」に不意撃ちされる。
「答え」に遅れて「問い」が設定されてくるような倒錯的に問答が誘発される。
最初の動機など何も関係ない。走るほどに、自分の知らない自分や自分が考えもしなかった思考形式などがどんどん「答え」として立ち現われてくる醍醐味。そんなものを思い浮かべていたんです。
さて、今シーズン最終戦を終えて、少し心身が落ち気味になっていたんですが、さあ、また走ろう。今度は私にどんなことを教えてくれるんだろうか。
6 12月

有川浩『県庁おもてなし課』

県庁おもてなし課 (角川文庫)
有川 浩
角川書店
2013-04-05


創造性、柔軟性よりも硬直性。
内容(「BOOK」データベースより)
とある県庁に生まれた新部署「おもてなし課」。若手職員の掛水史貴は、地方振興企画の手始めに地元出身の人気作家・吉門に観光特使を依頼する。が、吉門からは矢継ぎ早に駄目出しの嵐―どうすれば「お役所仕事」から抜け出して、地元に観光客を呼べるんだ!?悩みながらもふるさとに元気を取り戻すべく奮闘する掛水とおもてなし課の、苦しくも輝かしい日々が始まった。地方と恋をカラフルに描く観光エンタテインメント。
夏ごろに読んだ本で、細かい記憶はなくなっているのですが、ちょっと時間があるので、備忘録的に取り上げておきます。
有川浩さん、ずいぶん久しぶりなのですが、楽しく読めました。
実際のエピソードを基にひとつの物語につなげてしまわれる力技、さすがプロ!
一カ所だけ引いておくのは、諦念も、いや定年もだいぶ近づいてきた公務員である私に対する戒めを。、
 非効率であることを義務づけられていると言っても過言ではない。全ての業務にマニュアルがあり、即応性を求められる事柄も手続き論で停滞する。それは、手続きで縛らなくては信用できないという前提を背負わされているからだ。
 つまり、役所のシステムにはそこで働く者の堕落が織り込まれている。お前たちは堕落する者だと最初から決め打ちされたシステムの中で、能力を発揮できる人間がどれだけいるだろうか。
 ましてやマニュアルにない新しいことを始めるなど。
 頭が固い、融通が利かない、だからお役所は。――だが、そのような行政であることを彼らは義務づけられてきたのだ。求められたのは創造性や柔軟性よりも硬直性だ。(pp.328-329)
私のいる教育行政というところとはちょっと違うところはあるんでしょうが、でも、相当痛いところを突かれているという感覚はあります。折しも不祥事がいつもの数倍のペースで相次いで緊急事態が宣言されれてもいるようなこの状況です。そういえば、その不祥事未然防止対策として、また新たな手続きが導入されてもいました。ふ〜む。確かに。この三十年の間に、私の創造性や柔軟性も腸脛靭帯なみにがちがちに硬くなってしまったものだなあ。整骨院に行こう。
この本に帰ろう。
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