何も持たず存在するということ
底光りするような、地味。
内容(「BOOK」データベースより)
へらへらした大人になりたい。大仰さがまるでない大人に。切なく、おかしな、心の記録。最新エッセイ集。
 角田さん、エッセーもいいです。
 というか、小説との地続き感というかなんというか。当然小説とは別のテイストなんですが、小説で味わえる角田さんの世界が、ここにも確実にあるのです。実際、気になるところにつけておく付箋が何本となくニョキニョキ立ちました。私の付箋分布の傾向をざっくり眺めてみると、料理関係のエッセーは☆☆☆☆でした。食べ物の好みも、その履歴も、すごく似通ったところがあって、それでいて全然違うところもあるのですが、ただその興味・関心の寄り方そのものがとても麗しいのです。
 さて、今回は一箇所だけ抜き取ります。私が角田さんマニアであることの秘密が明かされた気がする、一節です。
・・・職業を訊かれるよりもっと苦手なものに「どんな小説を書いているのか」というものがある。これはもう、私には拷問に近い。言葉に詰まる私に、質問の主は助け舟を出してくれる。恋愛小説? 探偵もの? サスペンス? ホラー? ファンタジー?
 私の小説のなかでだれも滅多に恋愛をせず、探偵もあらわれず、謎も事件もなく、悪霊も魔法使いも出てこない。そうしたものがなんにも出てこないとはなんて地味な小説だろうと、会話のなかでいつも気づかされる。それで私はちいさく答える、「ものすごく地味な話を書いています」と。(pp.52-53)
 これだっ!
 私は、恋愛小説にしろ、探偵ものにしろ、サスペンスにしろ、ホラーにしろ、ファンタジーにしろ、いわゆる××小説とか××もののように、単色に枠付けられているようなものが、基本的に苦手なんですね。だから、これまで、角田さんの小説のキャッチコピーに「角田光代初の恋愛小説!」なんてデカ文字が躍っていたりすると、ええっ、そうなの〜と思いながら読み進めて、でも、読み終えて、なーんだ全然恋愛小説なんかじゃないじゃない!ああ、面白かった!! となっていたものです。ここでいう「恋愛小説」と「恋愛小説じゃない」の大きな違いが何だろうと考えてみると、たとえば、角田さんの「恋愛小説じゃない」小説にも広義の恋愛はたくさん描かれているのですが、それがわかりやすいフレームに決して収まるものではなく、「恋愛小説」なんていう使い古された言葉とどうにも折り合いがつかなくって何だかむずむずしているようなたたずまいをもっているということでしょうか。
 私の好きな作家。たとえば、漱石に小津安二郎。あの、特に何にも起こらないように時は重なり合っていき、しかし、やがて、そこに決定的な何かが起こる・・・あの感じは、角田さん言うところの。底光りするような深みのある「地味」。
 地味。
 この得難い味わいを、もっと積極的な言葉で適切な言語化を試みられたらいいなと感じた次第です。