最後の恋
生きてました。
内容(「BOOK」データベースより)
それは、人生に一度だけ訪れる奇跡。こんなに誰かを好きになるのは、この恋で最後かもしれない。どんな結果に終わろうと、永遠に輝きを失わない恋がある。“最後の恋”をテーマに、人気女性作家が個性と情熱で磨き上げた、宝石のような8つの物語。ホームページ「YEBISU BAR」「Yahoo!Books」の大好評連載「プレミアムストーリーズ」がついに単行本化。
 ご無沙汰しておりました。
 珍しく仕事が二重三重にたてこんでしまい、夜帰ってからも仕事、土日も仕事と、本を読む時間も気力もいつしかなくしてしまっていました。
 今日、本を読むことじたい、十数日ぶり、恐る恐るこれを書き始めています。
 さて、”最後の恋”をテーマにした女性作家による企画ものなのですが、トップバッターの三浦しをんさんのものを読んで肩透かしを食わされたものですから、ちょっと久しぶりの読書への期待感が萎えそうに思って、もうラストバッターの角田光代さんにどーんと飛びました。
 角田光代さんが描く”最後の恋”のかたち。
 それは、ある程度予想した通りで、「それは、人生に一度だけ訪れる奇跡。こんなに誰かを好きになるのは、この恋で最後かもしれない。」といったものとは違う、形をしていました。
 離婚を見目前にした夫婦、間もなく夫でなくなる夫は、自分が二十歳の頃にしたあめ経験を妻に対して話します。それは、ある不思議な縁で知り合った痴呆の老婆とのやりとりでした。二十歳の学生は、いつしかその老婆と過ごす妙な時間に、ひどく充足した感じを覚えていきます。そして、その妙な充足感の何たるかを次第に悟っていくのです。
・・・かつて愛した男、たぶん、生涯に一度だけ、最初で最後に愛した男。彼女はその男を前にしても、愛や好意を口にはしなかっただろう。相手に対する愛や好意を、理解すらしていなかったかもしれない、ただ彼女は、その男が食卓に腰を下ろすたび、グラスと瓶ビールを運び、小鉢に盛ったおかずを並べ、ビールを二本、男が飲み終えたのを確認して、ごはんと漬物を用意した。くりかえされるその習慣が、彼女の愛であり好意だったのだろう。そうして、今がいつか自分が何歳か忘れてしまっても、習慣だけが彼女の内にくっきりと残っている。だれかを愛した記憶として。(pp.272-273)
 ああ、最後の恋のかたち。
 恋の持続力というものについては、いろいろと考え方はあるのでしょう。「恋」と「愛」の定義における差異などもちだして(例の新解さんなど貴重な参考図書でしょうか。)、「恋」がもつ「恋」らしさを失ってしまったら、それは「恋」ではない、別物だという解釈も十分考えられそうです。
 しかしながら、角田さんは、”最後の恋”というテーマから、恋の、表層では掬い取れないような本質を、「愛や好意」の活きのいい発露とは無縁の、その言葉の響きからはむしろ「恋」とは対極的にイメージされたりもする、「習慣」というものの内在する力に求めたのです。うーん。過剰な行為を示す表情より、黙っていつもの瓶ビールを奥ゆかしい微笑とともに提供してくれるたたずまいにこそ現れる「恋」のかたち。
 また今週水曜日からはまたもとの読書ライフを再開したいと思います。