脳あるヒト 心ある人 (扶桑社新書 32) (扶桑社新書 32)
脳あるヒト 心ある人 (扶桑社新書 32) (扶桑社新書 32)
判定で角田さんの、勝ち。
内容紹介
『バカの壁』で300万部のベストセラーを記録した解剖学者・養老孟司氏と『対岸の彼女』で直木賞を受賞した小説家・エッセイストの角田光代氏のリレーエッセイ集。
産経新聞紙上にて2005年10月3日から2008年3月31日まで連載され、好評を博した94編を収録。著者の周りで起こった些細な出来事、ふと思ったことなどをテーマにそれぞれが気負わ彼らなりの軽妙でわかりやすい自論を展開していく。
 角田光代さんのバックグラウンドを楽しめた一冊でした。
 どちらかというと、養老さんの方に「バカ」とは言わないにしても、どこかコミュニケーションの醍醐味にもちこめないゆるやかな「壁」のようなものを感じました。話題の名前はつながっていても、角田さんが感じる微妙な襞というかあわいというか、簡単に言葉にできないものを何とか言葉にしているそんなメッセージを、受け止め損なっているのが目立ちましたね。
 たとえば、角田さんの、こんな言葉。
 小説とは、未だ言葉になっていないものを自分の手で何とか捕まえる、という行為だと私は思う。この時大事なのは、言葉をつかまえることよりもむしろ、言葉以前のものを感じるか感じないかということだ。つまり夜の闇を心の内に持っているか否か。
 理解不能なものに出くわした時、人はそれに名前をつけて安心するようなところがある。現在では、人でも関係性でも、世代でも現象でも、何でもかんでも名前が付けられている。働かない若い人を二ートとまとめて、理解した錯覚を抱く。言葉になり得ないものを言葉にするのは社会も小説も同じだが、しかし小説はその「名前付け」と対極になければならない。(p.47)
 明晰な頭脳がこの程度の言葉を語らせることはそう難しくないことでしょう。でも、角田さんが、あの『空中庭園』『庭の桜、隣の犬』『対岸の彼女』『八日目の蝉』を著した角田光代さんの言葉だと思うと、ずしりと響きます。そして、私が急速に角田マニア化してきたことにも、何か一つの輪郭が見えた気になります。
 いやいや、思考を停止させる、言葉の名づける魔力には自覚しつつ。