アカデミー賞…何だかんだ言って、世界で最も有名な映画賞である。様々な問題があるのも事実だが、それでも「アカデミー賞受賞」というのは映画関係者にとって一つのポイントである事は間違いない。映画に関わる者ならば意識せざるを得ない賞である。そんなアカデミー賞において、主演男優賞はとりわけ注目を受ける部門であろう。今まで綺羅星の如きスター達がその栄光に輝いてきた。しかし、そんなアカデミー主演男優賞において、未だかつて成し遂げられていない事がある。それはラッパーの受賞である
何故ラッパーとアカデミー賞が結びつくのか?そう思われた方も多いだろう。しかし、ラッパーの皆様がやたらと映画に出ている現状を顧みれば、ラッパーがオスカーを手にする事は決して夢物語ではない筈だ。勿論、映画出演するラッパーの大半は「銃を撃つ男A」や「マリファナを吸う男B」など、イメージだけで起用されたような脇役である場合が多い。あるいは「TICKER」で壮絶な死んだふり演技(参考動画/揺すったら目を瞑るのが見どころ)を炸裂させアクション映画ファンの失笑を買ったNASのように、よく分からない脇役出演が殆どだ。しかし、中には本気で映画に臨む人もいる。いつの間にかアクション映画で妙な個性を確立したLL COOl J、「ロミオ・マスト・ダイ」「電撃/DENGEKI」「ブラックダイアモンド」というヒップホップカンフー三部作(覚えていますか?)に全部出演したDMX。非アクション系では、「8マイル」で絶賛されたエミネムや、「僕らの未来へ逆回転」のモス・デフなどもいる。そして、今やラッパーよりも俳優としてのイメージが強いウィル・スミス。彼はアカデミー賞を狙う勢力の急先鋒であろう。「アリ」「幸せのちから」などで実際にノミネートもされている。
ラッパーがアカデミー賞を受賞する日ー、そのXデーは近いと思っている。果たしてラッパーで初めてオスカーを誇示するのは誰になるのだろうか?順当にいけばウィル・スミスになるだろうが、私は割と本気で50CENTになるんじゃないかとも思っている。今、多くの良識ある映画ファンは顔をしかめた事だろう。その気持ちも分かる。しかし、彼の俳優としての異常な程の生真面目さは、そんな妄想に一定の説得力を付加する。
ここで50CENTを知らない人の為に、彼のキャリアについて軽く説明をしたいと思う。

50-cent


50CENT、本名カーティス・ジャクソン。8歳の時に母を殺害され12歳にしてコカイン販売業に就職。しかし流石に「このままではダメだ」と感じたのか、彼は別の道を模索し始める。やがて人づてでRUN DMCの人と出会い、更に色々あった末にラッパーとしてデビューを飾る。順調に成り上がっていた50だが、ここで思わぬ不幸が彼を襲う。謎の襲撃を受け、9発の銃弾を食らってしまうのである。何とか生き延びたものの、レコード会社との契約は解除され、再びドン底暮らしに…。しかし、50はめげなかった。ドン底暮らしの傍ら、インディースで作品を発表し続けたのだ。やがて幾つかのレコード会社から契約を提示されるまでになり、最終的にはエミネムのレーベルと契約。1stアルバム「Get Rich Or Die Tryin'」はスマッシュヒットを記録。多くのラッパーとディスりあったり、問題発言をしたりと、話題を振りまきつつ、現在までトップスターであり続けている。twitterもやっており、R&B歌手のシアラとtwitter上でディスり合いを敢行。東海大震災の際には「この世界はもう終わりだ。世界中にいる俺の女を宇宙に逃がさないと」などと日本人の私には面白さが分からないアメリカンジョークを発表したが、どうもアメリカ人にも面白さが通じなかったらしく総スカンを食らう事となった。また、女性シンガーPINKが流行を追いかけるばかりの女性を揶揄した「stupid girl」の歌詞の中で、「あんたは女大統領の夢を捨てて、50CENTの横でケツを振ってて満足なの?」と、バカ・マッチョの代表として扱われている。マッチョで強面、おまけにtwitterがよく炎上…日本で言うならエグザイル(※14体)と長渕剛平野綾とを足して2割って、奇跡的に割り切れたような人物である。たぶん
そんな単純過ぎてよく分からない人である50が映画に関わったのは、彼の自伝映画「ゲット・リッチ・オア・ダイ・トライン」からである。ラッパーの半生を本人が演じる、という「8マイル」を踏襲した企画で、監督は「マイ・レフトフット」「父の祈りを」などで知られるヒューマンドラマの達人ジム・シェリダンが起用された。更にサミュエル・L・ジャクソンに共演のオファーが行くが、「演技の素人と共演出来るか!」というもっともな理由で断られてしまう。こうして山あり谷ありで作品は出来上がったが、その内容はイマイチだった。全体的に淡白で、盛り上がりに欠けていたのは否めない。正体不明の神輿を担いでいるような、から騒ぎ映画になっている。しかし、見どころが無かったわけではない。本作の最大の見所はクライマックスだ。成り上がった50はライブの為に楽屋入りする。すると仕込み刀を持った刺客が襲いかかってくるが、50の仲間たちは速攻で射殺して、そのまま悠々とライブへ向かう…。この衝撃のエンディングは一部で物議を醸したが、興行的にはそこそこ。正直、50CENTの演技も褒められた感じではなかった。しかし、彼はこの映画で何故か演技に開眼してしまう。
続いて50が出演したのはイラク戦争から帰還した兵士達がPTSDに苦しむヒューマンドラマ「勇者たちの戦場」。本編の方は公開当時鳥越俊太郎が“リアルな描写に「ディアハンター」を思い出す”と絶賛していたが、回想シーンで語り手の横にマンガの噴き出しみたいなモヤモヤが出てきて、その中で過去が描かれると言った前衛的な演出が炸裂するものだった。本国でも「プロパガンダ過ぎる」と言った的を得たツッコミが入り、あまり評価はされなかったようだ。しかし、ここで50は俳優として格段に成長を見せる。50はPTSDに苦しんだ挙句、ランボーみたいな事になってしまう繊細な若者を熱演。その熱意を認めたのか、「ゲット・リッチ〜」で決別したサミュエル・L・ジャクソンとも共演を果たしている。ラッパーとは何の関係も無い上に、日ごろのイメージ(バカでマッチョ)とは180度異なる役に挑む辺りに、50の役者としての向上心の高さ意気込みが感じられた。
続いて50はサスペンス・アクション「ボーダー」に出演。共演はロバート・デ・ニーロアル・パチーノ。この映画史の行ける伝説二人を相手に、素に近いであろうチンピラ役を演じ、絶妙なチャラさを見せる。本作でB級アクション映画界とコネが出来たのか、続いて「シティ・オブ・ブラッド」に出演。共演は「氷の微笑」のシャロン・ストーンと、「トップガン」のヴァル・キルマー。本作で50は良心の呵責に苦しむ刑事を熱演し、共演したシャロン・ストーンもその演技を激賞。一部のB級映画ファンの間で話題となった。
更に、この頃から50はゲーム業界へも進出。自身を主役に、ラッパーがライブのギャラをちょろまかした中東テロリストを殲滅する痛快アクションゲーム「50CENT ブラッド・オン・ザ・サンド」を発表。更に世界的ヒットシリーズ「コール・オブ・デューティー/モダンウォーフェア2」にも声優として参加する。
そして2011年。50は自ら立ち上げた映画会社の製作で、再びヒューマンドラマに出演する。それが「Things Fall Apart」だ。ガンに侵されたフットボール選手の苦悩を描いた本作の為に、50は壮絶なダイエットを敢行。30キロの減量に成功する。監督には90年代黒人映画の裏番長、「ニュージャックシティー」のマリオ・ヴァン・ピープルズを招聘した。低予算ながら盤石の布陣だと言えよう。日本で公開されるかは微妙なところだが、何とか頑張ってもらいたいものだ。
駆け足で50の映画人生を振り返ってみたわけだが、こうしてみると50の俳優としての向上心がよく分かる。PTSDに苦しむ帰還兵、良心の呵責に苦しむ刑事、末期癌に苦しむフットボール選手…簡単な役は一つも無い。と言うか何故にそんなに苦悩する役ばかり選ぶのか。やはりアカデミーを狙っているのだろう。安直と言えばその通りかもしれないが、それに全力投球する姿は決して間違っているとは思わない。梶原一騎先生の言葉を借りるなら「これはこれで一つのサムライ!」であろう。何故か難しい役どころに果敢に挑み続け、役者として成長を続ける50CENT。今日も彼は銀幕で苦悩し続ける。その苦悩の果てに、レッドカーペットを歩く日は近いのかもしれない。

50cent-skinny-01s

デ・ニーロアプローチの結果、激痩せした50CENTさん

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