2012年01月26日

酒井隆史『通天閣』より

ほんとうは酒井の論じる阪田三吉の「アホの阪田ぶり」とその「棋風」などについても考えて(題して「阪田の将棋盤には葦が生い茂る」を)書いてみたいのだが、酒井隆史の大傑作『通天閣』(青土社)より、ある一節に軽く頭を金槌で叩かれたので、あわてて紹介する。何をあわてているのか。私にとってこれはどこか自分の「陰性」を言い当てられた気がするからだろう…。

創生期のIWWの柔軟な闘争に影響を受け、大阪で奇想天外な訴訟戦術を展開した陽性で戦闘的楽天家アナキストとでもいえる逸見直造についてのある章を締めくくる一節。

それは[逸見直造が]「存在と意識」の不一致をあら探しして、倫理的一貫性の側から攻撃するというこの社会ではよくみられる、ケチくさい道徳からはなから無縁であったということだ。組織性の刷新、関係性の発展、戦術、理論の生産や創造に心を砕くよりも、近い立場の人間の「不一致」や「欠落」をするどくかぎとり、そこにあるかもしれない生産や創造をくじき、その非難や糾弾となるとひときわ活性化するたぐいの「陰性」の要素から、かれらを遠ざけたのである。岩出金次郎や商売上手であった逸見家のすぐれた商人的体質を「大阪的」とすることを受け入れたとしよう。しかしそれは希少性を家訓とし、つねに節約的にふるまうたぐいの「経済人」的であることと等しくはない。むしろ過剰から出発し、「いくら使ってもへるものか」とばかりに知性(とカネ)の出費を惜しまない大胆な発明性といった点においてそうだったというべきなのだ。*84

(p.415)


引き続き註(84)

この社会の核には「悲しみ、懊悩、無力感」などを伝染させ、人間を常態として萎縮させつづけるという統治の技法がある。日本近代史のある時点で、統治がうまく活用することを学んだ技法である。左派の側もこの技法をしばしば無批判にみずからのうちに導きいれ、ときには誇張したかたちで同化してしまった。もし「古い外皮のなかに新しい社会」というサンジカリズムの標語に何がしかの手がかりを求めるとすれば、この「新しい社会」は、私たちがいまここでさまざまな知恵や工夫によって、決して私たちが逃れることのできぬ「陰性」をたえず遠ざけることから出発しなければならない。これは主要には心がまえとか道徳の問題ではない。これは制度の問題であり、社会を変えることそのものの問題なのである。

(p.540)


hesalkun at 21:30|PermalinkComments(0)この記事をクリップ!