東村山地球市民クラブのblog

東村山地球市民クラブは東村山市に在住の外国出身市民の皆さんとの多文化共生を進めるためのボランティアグループです。 私たちの活動をブログでご紹介します。詳しくは「東村山地球市民クラブ公式ホームページ」を訪問してください。

カテゴリ: 韓国語講座

 20186916:3019:45、西武新宿線小平駅から5分位のところにある国平寺さんで課外授業として映画会を実施しました。国平寺スニム(日本の住職にあたります)の尹碧巖(ユン ピョガン)師のご厚意で寺の本堂を開放して頂き受講生、OB、など合わせて参加者24名で韓国映画「国際市場で会いましょう」を鑑賞しました。会場になった国平寺さんは現在国平寺クラスの教室でお寺の施設をお借りしています。皆さんの中には国平寺クラスについて知らない会員もおられると思いますので、別途ご説明します。
 上映された映画のテーマは朝鮮戦争中に離散した家族の物語を中心に当時の韓国の人たちの日常生活を描いています。6月12日の開催が予定されている米朝会談の裏にある南北朝鮮の分断が一般市民いかに苦しみを与えたか、その一片を理解することができる映画です。
img1.daumcdn.net<ストーリー>
 朝鮮戦争時の1950年、興南(現在の北朝鮮、興南区域)から撤退しようとしていたドクスとその一家は父と末妹と離れ離れになるが、長男であるドクスは父から「お前が家長になるんだ。家長はどんな時でも家族が優先だ。」と家族を任される。釜山へと渡ったドクスら一家は国際市場にある叔母の店で働くようになる。やがて青年になり家計を支えるようになったドクスだったが、弟の大学進学資金を稼ぐために旧友のダルグと共に炭鉱作業員として西ドイツに出稼ぎに出る。
出典:Wikipedia
*興味を待たれた方は近くのレンタルショップ置いてあると思うので是非トライしてみてください。


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 今回の映画会の責任者の金 淑子さん、国平寺クラスの講師もされている呉 文淑先生のお話をお聞きすると、ご両親はこの映画の時代に韓国におられて映画に描かれている事と同じ体験をされているそうです、家族の離散についても戦争の休戦から55年経った現在も影響は色濃く残っているそうです。
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国平寺スニム>尹 碧巖(ユン ピョガン)師
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写真

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<受講生の感想文>
「世界市場で逢いましょう」 27期入門① 津本静子

 主人公は父にいわれた。「これからはお前が家長、家族最優先」と。結果遺訓となってしまったその言葉に、彼はどこまでも忠実であった。そしてごくごく普通の人物であった。この作品の見応えさは、何といっても韓国の現代史が枢軸となっている点にあるのであろう。鑑賞者それぞれに、朝鮮戦争、ベトナム戦争と聞けばすぐさまリアリティをもって反応させられる。しかしながら主人公は敢えて薀蓄をもって戦争理論を口にしない。時代の土俵の上で悲愴感もなく軽妙に事を処していく。現代史と対立することなく、ただ家族と手を携え生きる姿に、見終えた初めての感想は、時代をまずそのままに受け止める真の強さ、もっといえばしたたかさを覚えた。人は時代から学ぶ事は不得意なのだろうか。今だにどこかで戦いが続く。この作品は実に巧みに心理的内部からの反戦を説いている。

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<国平寺さんの紹介>
 約300年前に建立されたお寺です。徳川幕府八代将軍の徳川吉宗公1684~1751により建立されたという由来があり、お寺の屋根には徳川家三葉葵の紋様の瓦が今でも残っております。元々このお寺は、隠居された僧侶が余生を送るため修養した寺院でした。約80年前に朝鮮から日本に渡来した高僧・柳宗黙大禅師は仏縁によりこの小平の地に立ち寄りました。荒れ果てた堂塔を目にした柳宗黙大禅師は嘆かれ、此処に、日本から故郷に帰る事が叶わなかった朝鮮人の遺骨を集めて供養したいとの思いでこの寺を引き受けられました。柳宗黙大禅師はその後、日本各地を歩き収骨され、その御霊を慰める為の供養塔も建立されました。 そして今、現代的な墓苑も備え供養を続けています。
出典:国平寺縁起
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 2017年7月27日(木)19:00~21:00 東村山サンパルネ2階にて韓国語講座 記念講演会を開催しました。 講師は、当講座で使用している教科書「チャレンジ!韓国語」の著者である阪堂千津子先生をお迎えしました。先生は講演に先立ち、24日に会場を下見に来られていました。会場担当者から使用説明を受けた後、この会場ならは単にお話するだけの講演会ではなく、クイズ形式を取り入れた参加型が良いと思われて内容を変更されたそうです。さらに講演会当日は阪堂先生ご自身が陣頭指揮をとって会場準備をして下さいました。その行動力と熱意のこもったお心遣いにスタッフ一同恐縮してしまいました。
 講演会はまず初めに、かつて受講生だった遠藤勝雄さんが自ら作詞された韓国を想う詩を朗読され、その後に会話)クラスの皆さんが韓国語に翻訳した詩を朗読しました。次に地球市民クラブの倉田会長の挨拶があり、いよいよ講演となりました。
 冒頭、会場の参加者を6人単位にグループ分けされ、先生のこれまでの来歴に関係のあるクイズが始まりました。先生の個人的な事が設問になっていたので難問、珍問続出で会場が盛り上がりました。クイズの終わりに正解数の多い順に1から3位までのグループに先生がご用意された賞品を頂きました。
 続いて、先生の韓国語との出会い、習得方法、現在の活動内容などを体験談を交えながらお話しされました。そして、「ハングル習得への近道」、「日本でもできる習得法~「できる」をめざす7つの習慣」をテーマに、ご自分の学習体験で得られた勉強法のエッセンスや参考書籍等を楽しく、わかりやすく紹介して頂きました。本講演会の参加者は、スタッフを含めて約100名でした。先生の軽妙なお話しで始めから終りまで盛り上がった講演会でした。

①
      自作の詩を朗読する遠藤勝男さん 
ページの末尾に遠藤勝雄さんのプロフィールについての説明があります。
  
②
   「胸が痛い」を朗読する会話クラス-1の皆さん
③
    「願い」を朗読する会話クラス-2の皆さん
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         東村山地球市民クラブ 倉田会長のご挨拶
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          講師の半藤千鶴子先生
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会場はほぼ満員の盛況でした。参加者も中にはラジオ講座時代からの先生のファンのかたもおられました。
風景④
参加者を6人ずつグループ分けしてクイズを出題、正解数を競いました
⑥
講演終了後の質問タイム、沢山の質問にも丁寧にお答え下さいました。

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~遠藤勝雄さんのプロフィール~
 かつては当韓国語講座の受講生でした。残念なことに病魔に襲われ、入院を余儀なくされました。その時遠藤さんは講座のテキストを持って入院されたという逸話の持ち主です。退院後に1度は講座に復帰されましたが言語能力に後遺症が残ったためやむなく受講を断念しました。しかし、遠藤さんは後遺症に負けることなく、「口がだめなら手がある」とパソコンを学び作詞活動を始められました。これまでの作品のいくつかはコンクールに入賞されていて、プロの作曲家による曲をつけてCD化されているそうです。現在韓国語講座へは息子さんの奥様が受講されています。
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2017年2月25日(土)と3月4日(土)の2日間、交流室で午後2時から韓国語講座の課外授業としてカラオケ教室を開催しました。講師として宋 明花(ソン・ミョンファ)さんをお迎えしました。
当日は韓国語講座の受講者15名が参加しました。

フォト①
歌を歌う前に、声を出しやすくする準備運動や呼吸方法を教えて頂きました。
今回の教室では誰でも一度は聞いたことのある有名な歌うを、「アリラン」、「チングヨ」、「ホルロアリラン」の3曲を選曲して頂き丁寧な歌唱指導を受けました。

フォト④
最終日(3月4日)は授業が終わった後に、ソン先生が民族衣装に着替えてミニコンサートをして下さり受講生一同はソン先生の歌声に酔いしれました。
授業が終わった後、教えて頂いた歌のおさらいを兼ねてカラオケに行かれた方もいたそうです。

フォト②
フォト③
宋 明花先生は所属されていた金剛山歌劇団を2016年に退団され、現在はフリーの韓国民謡歌手としてライブを中心に活動している他に、民謡教室やボイストレーナーとしても活躍しています。

12月10日(土)韓国文化院主催の「話してみよう韓国語2016」のスキット部門に今年も2組4名がチャレンジしました。
まず初めのテープ審査は2組とも合格して本選に臨みました。

本選は韓国文化院・ハマダンホールで13時:00から始まりました。
出場者は我が東村山地球市民クラブの2組のほかに、高校生1組、語学専門学校の学生1組、大学生5組と若い人が多数のなか我がクラブの2組は思う存分楽みながら勉強の成果を発表しました。

◇審査結果◇
当クラブの1組が最優秀賞を獲得しました。

①
この組は2010年から毎年「話してみよう韓国語」にチャレンジを重ねて大賞を手にしました。
②
副賞に頂いたパネルを持って参加者全員と記念撮影です。










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