2017年09月21日

人生の残りをどう過すか、キャリアと資産の棚卸しをすることが問われる

CIMG0773CIMG0774CIMG0777CIMG0779CIMG0792「改正高年齢者雇用安定法」が施行され、あらゆる企業は希望する従業員を全て「65歳まで雇用」しなければならない。年金支給の開始年齢も65歳で済むとは思えず(欧米では67〜68歳に引き上げた国もある)、「いずれは70歳支給もありうる」と見通す専門家も多い。そうなれば、連動して企業の雇用延長の義務が70歳まで引き上げられるのは確実だろう。さあどうする・・。あえて現在の会社に雇用延長を希望しない道もある。起業する、他の会社に転職する。それまでの貯蓄や家賃収入、親の遺産などでしのぎ働かない手もあるだろう。だから60歳以降の人生は現役時代からじっくりと考えておく必要がある。「人生の残り20年をどう過ごしたいか、キャリアと資産の棚卸しをすること」が問われてくるであろう。人は本能的に「楽な人生」を生きたいというより「充実した人生」を送りたいと願っているものである。そして充実感とは「何かを達成したり」「何か意味のあることに自分を活かすことができたり」「人の役に立ったり喜ばれたり」した時に感じるものである。そのように考えると人には「働く」ことしか得ることのできない充実感や満足感がある。働くことがお金を稼ぐ手段にすぎない時それはただの「労働」とか「作業」であり、働くことそのものの中に喜びや生き甲斐や自分の人生の目的を込められるときそれは「仕事」になる。働く意味って何だろう? 生活やお金のため、社会との関わりを持つため、自己実現のため、社会貢献のため。人間が生きる意味というのは哲学的な問題で人それぞれに考えがあると思う。人によっては仕事を通じて何かを成し遂げたい何かを実現したいと考える場合がある。仕事を通じて自分の成長につながり、仕事をしていく中で希望することをできる場合がある。世の中のほとんどの仕事は一見役に立っていないように見えても、何らかの形で誰かの役に立っているのである。(写真;比婆山系縦走登山道で咲く山野草、そのうち名前も覚えるようにしたい)  

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2017年09月19日

わが山登りは「徘徊登山」である

CIMG0748CIMG0746CIMG0756CIMG0776CIMG0772台風一過の日曜日には比婆山連峰の山歩きに出かけた。登山口のある「ひろしま県民の森」には高速道路を走って3時間ほどで到達した。比婆山連峰は牛曳山、伊良谷山、毛無山、烏帽子山、御陵、吾妻山、立烏帽子山、池の段、竜王山の山々が連なるが日帰りではすべての山は縦走できない。本日は森林公園センター→烏帽子山(1225m)→御陵(比婆山のこと、1265m)→池の段(1279m)→立烏帽子山(1299m)→森林公園センターをブナ樹林の森を約5時間かけて歩いた。比較的ゆるやかな斜面で中国自然道も一部含まれていて、高齢者にとっては登りやすい山道であった。わが山登りは「徘徊登山」である。登山口へのアクセスだけはインターネットで確認するが、その他の山の情報は事前には調べたりしない。世にいう「無謀登山者」の一人でもある。青空の下登山口から出発して木漏れ陽が差し込むブナ林道を快調に登りはじめた。ところが山頂の手前から俄かに雨が降り出して、雨具を持たず薄いウインドーブレカーだけではびしょ濡れ必死である。日頃の行いがよかったのか幸いにも避難小屋を見つけ雨除けができた。いつまでも降り続けるのだろうか・・・、まさかここで宿泊することにはならないだろうに・・「熊注意」の立札を見かけたよな・・。そんな心配をよそに10分ほどで雨は小止みになり再び山頂をめざして登り出した。樹林のない山頂で降られたらどうしよう・・との不安が外れブナ樹林の隙間から木漏れ陽が照りだし、山頂ではブルースカイが迎え入れてくれた。縦走路は「中国自然道」が一部入り込んで道路標識は整備され迷うことは一度もなかった。でも、“出たところ勝負”の山歩きで、下山してからいくつかの山々を見上げて4つの山を歩いてきたことをはじめて納得した。知らない土地に旅する時には、いつも事前の知識は意識的に予備調査することはしない。旅する前に頭でイメージ(実際より良く)してしまうと期待外れになることが多いからである。東南アジアのバックパッカーの楽しい旅も「徘徊の一人旅」であった。(写真;前半は雨に降られたが後半は上天気に恵まれ上機嫌、登山はやはりブナ樹林を歩くのが楽しい、まさに天下を取った気持ちになれるから不思議、ここのブナ樹林が日本の最南端だそうだ)   
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2017年09月17日

これからは「慈しみ」を実践しよう・・極楽浄土するまで

P1110176IMGP2670IMGP2663IMGP2659幸福になりたい、苦しみを受けたくない、これは誰もが望んでいる希望である。そして誰もが一番うれしく思うことは、他人が自分に対して親切にしてくれること。助けてくれること。応援してくれること。過ちを許してくれることである。これが「慈しみ」である。「慈悲」というのは自分以外の人が幸福を感じるように行動することである。仏教ではこの「慈悲」について四つに分類している。それは「滋」、「悲」、「喜」、「捨」である(近くの藤戸寺の住職から受けた説法であるが・・)。「滋」とは「友情」の意味。何か良いことをしてあげたかわりに相手を縛るような友人関係でなく、相手と対等に付き合う関係。何となく優しくお互いにストレスを感じずに付き合う優しい心のことである。「悲」は「助ける」ことで、困っている人を自分の利害を考えずに助けてあげること。これこそが我々の人生に意味をもたらしてくれる行為である。「喜」は人の幸福を喜ぶ心である。「捨」は差別のない心である。誰に対しても平等に見ることの出来る心で、これは大きな人間の必須条件であろう。この「慈悲喜捨」の心を育てると、狭い小さな社会だけで通用する小さな人間ではなくどこの社会でも通じる大きな人間になれる。そういう目標に向かって努力している人に対して、周囲は賛成して応援して認めてくれる。これからは慈しみを実践しよう・・極楽浄土するまで。(写真;菜園の周りの岸花が満開、20日が彼岸入り、23日が秋分の日で秋の彼岸の中日、昼夜の長さがほぼ等しい日、「暑さ寒さも彼岸まで」でもう秋である)  
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2017年09月15日

老後は一日一日を楽しく過ごす(have a good time)ことでいい

CIMG0729CIMG0724CIMG0725CIMG0727寝床に入り眠りにつくまでのしばしの間は「楽しい」ことを考えることにしている。現役時代は“ワーカホリック”の仕事人間であった。明日の過密なスケジュールを朝から順番に頭の中でイメージしていくと、寝床の中で憂鬱になり悪夢を見ることがしばしばあった。だから床の中では「楽しい」ことを考えることにしていた。でもその当時「楽しい」ことは“食べる”ことと“歩く”こと、こんな事しかなかった。“食べる”ことの楽しみが高じて「食べたい時に食べたいものを作って食べる」ことが習慣になった。閉店間際のスーパーで食材を選び、それから家で夜間自炊して食べた。周りの医師達は「晩酌」を楽しみにしていた。帰宅すると冷蔵庫に直行して、冷えた缶ビールを一気に飲み干すことを「楽しみ」にする看護師も多かった。リタイアした人達の「楽しみ」方に注目してきた。川や池でのブラックバス釣り、ゴルフの打ちっ放し、パチンコや競艇などの賭け事、散歩や山歩き、大型ショッピングモーレ詣で、図書館暮らし、などなど。それで家での晩酌を唯一の「楽しい」こととする男性高齢者は圧倒的に多い。菜園の周りで田圃や畑をもつ住民の「楽しい」ことは野菜づくりである。どんなにちっぽけな畑でも、毎日畑に行って野菜を見て回るのが一日で一番「楽しい」ことである。どんなに順風満帆そうな人に見えても、その本人にしか分からない「悩み」や「不安」って必ず持っていると思う。「楽しい」ことを考えることこそがこれらの嫌な気分を忘れさせてくれる。楽しく生きる(enjoy life)ことでも、楽しく暮らす(live a happy life)ことでもない。老後は一日一日を楽しく過ごす(have a good time)ことでいい。朝の散歩で立ち寄る藤戸寺のお大師さんの前では、「本日も元気で楽しく過ごせますように」と合掌するのを欠かさない。(写真;早朝散歩で眺められる約10分間の日の出ショー、真っ暗な遠い東の空から太陽のパワーを真面に浴びる、これが「気功」というものなのだろうか)  
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2017年09月13日

日本人から本物の笑顔が消えていく

CIMG0721CIMG0720CIMG0705CIMG0709CIMG0708近頃は飛行機に乗る毎に、スチュワーデスの笑顔が以前に比べて変化してきていることに気がつく。笑顔が少なくなったばかりか、まさしく作り笑顔の様で心の優しさが伴っていない。40年余り前、最初に飛行機に乗った頃の彼女らはわが母親の如く本当の優しさがその笑顔に示されていた。何が違うかというと、笑顔と笑顔の間の冷たそうな顔つきがやけに目立つ様になった・・。患者さんは看護師さんの笑顔を区別できる。作り笑顔なのか本物の笑顔かを。スチュワーデスでもそうならば、日本人から本物の笑顔が消えていくのではないかと心配する。最近、自分自身も心から腹が痛くなるほど笑いこけることがなくなった。先日、会社の営業マンから厳しい職場の現状を教えてもらった。パソコンには各人の売り上げ順位が連日流される。成績が悪ければ、本社の管理職からののしりの言葉が入力され全職員に発信される。大企業になればなるほどそのやり方は厳しくなるという。もはやサラリーマンは気楽な家業ではない。うつになったり、過労死したり、突然離職したり、社会人は厳しい。恐らくスチュワーデスも昨今の航空業界の競争の中で待遇面を含め不満があるのだろう。そのため相撲取りや芸能人などの「壽退職」とは異なり、突然辞表出して止めていくことも多いのだろう。パイロットも同様で、最近は英会話も出来ない即席機長も多くなったそうだ。バブルがはじけ日本の経済力を維持するために・・。その犠牲がサラリーマンに現れ本物の笑顔が消えていく。団塊の世代は老後の心配をしてきたが、「出世をしなくてもいい贅沢はしなくてもいい」と若者は老後ではなく今をどう生きるかが問題なのであろうか。(写真;若杉原生林の登山は樹齢200〜300年のブナ林の森林浴、天然林とは伐採などで人の手が入っても自然の力で更新している森林のこと、伐採後も周囲の樹木の種子が発芽・成長することで自然に森が保たれる、「里山」と呼ばれている森の多くは天然林、原生林とは天然林の中でも全く人の手が入っていない、一度も伐採されたことのない森林のこと)   
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2017年09月11日

「中途半端に元気な老人は長生きしても楽しくはない・・」

CIMG0714CIMG0701CIMG0718CIMG0713CIMG0706CIMG0716週末ともなると、わが菜園には近所の農家のご高齢者が幾人も遊びに来てくれる。誰とでも立ちながらの世間話に花が咲く。本日も人生の先輩から、これからの生き様の示唆をいくつか聞いた。農業をやっている高齢者はとにかく元気である。誰々が亡くなったとか、病気で入院したとか、介護が必要で老人施設に入所したとか・・、そんな世間話はめったに聞かされることはない。稲つくり農家の73歳のオジサンの話。30Kg(1俵は60Kg)の米袋が持てなくなったので来年から田圃に稲をつけない・・、淋しそうな顔つきで語った。この夏の暑さでは、田舎の高齢者は「熱中症」が怖くて家の中で閉じこもり避暑を続けていた。80歳過ぎたオバサン達は大概どこかの関節に痛みを抱えている。長話になると腰をかがめて地面に座り込む。ある老人が言った。「中途半端に元気な老人は長生きしても楽しくはない・・、生きがいを見つけ出すような元気もないし・・」と。夫に先立たれた84歳のオバサンはしばしば菜園に足を運んでくれる。立ち話の内容は旦那の「悪口」がほとんどであった。亭主を亡くしてからは元気をなくしてしまっている。「亭主がいなくなってから一番困ることは何か?」と問うた。「話を聞いてくれて何らかの答え(考え)を返してくれるのは亭主しかいない・・そのことを今になってはじめて気がついた」。「夫婦の言い合いの喧嘩もそう考えれば楽しい出来事の一つだったんだな・・」とも言った。この日曜日は鳥取と兵庫の県境にある「若杉天然林の若杉峠(1045m)」に登ってきた。毎週の登山で足腰が鍛えられた。散歩の歩行速度が速くなり疲れを感じなくなった。「絶好調」、現役時代に比べても今が一番元気なような気分である。寿命だけをやたら延ばす中途半端な元気さから脱皮したい。(写真;1000mの山ではあるが中国自然歩道が連なる、「森林浴の歩道100選」のブナの原生林を歩いた、この山なら90歳位まで登れるような気持ちがした、足腰の負荷が足らなかったので午後からは菜園で野良仕事を続けてやった)   
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2017年09月09日

動物性油脂のついた皿洗いで大腸がんの原因を考えた

CIMG0692CIMG0696CIMG0697CIMG0698CIMG0699CIMG0700人の体を模式的に考えれば、真中に消化管のチューブが通っている竹輪のような構造である。そして入口には呼吸器のチューブが、出口には泌尿生殖器のチューブが開いている。これらのチューブの表面を覆う細胞を上皮細胞と呼んでいる。この上皮細胞は外の空気とどこかで交通しており、言うなれば体の外側である。人のがんのほぼ90%はこの上皮細胞に由来し、その内訳は消化器(59%、胃がん、大腸がん、直腸がんなど)、呼吸器(12%、肺がん、喉頭がんなど)、泌尿生殖器(10%、膀胱がん、前立腺がん、腎がんなど)、乳腺(6%、乳がん)、皮膚(1%、皮膚がん)である。上皮細胞は体の内外の表面を覆うことにより、常に体の外側の環境にさらされている。外部から体を守る役割を担っているので免疫組織が発達している部位である。この中でも消化器がんは全体の60%を占めていることは、外部の刺激の中でも食事がいかにがんの原因として重要であるかを物語る。外気中の紫外線や大気汚染物などに比べられないほどである。肺がんの頻度と比べると、煙草よりも食事とがん発生の因果関係が明らかである。そして消化器がんでは明らかな事実がある。欧米化の食事の影響でがんも欧米並みになり、胃がんが減少してその代わりに大腸がんが増えたのである。それは塩分摂取量が減り動物性脂肪摂取量が増加したことが原因である。胃がんには食事の塩分が、大腸がんには動物性油脂が有力な犯人である。このことはどの家庭医学書にも記載されている周知の事実である。でもこの先の推理は余り触れられていない。まさか塩や油脂が上皮細胞を刺激してがんを発生させる発がん物質ではないだろう。最も免疫組織の発達している消化管で、がん細胞を一番多く発生させることは皮肉なものである。動物性油脂のついた皿洗いや、油脂を含む便が便器にへばりつく現象をみて考察した。腸粘膜も皿と同じように油がへばりついているだろう。そうすると腸粘膜にある油まみれの免疫細胞がうまく機能しないのではなかろうか? 塩分にも免疫細胞の働きを抑える作用があるのだろう・・。発がん物質とは別に、本来がん細胞と戦う免疫細胞の働きを妨害する物質も検討する必要があるだろう・・と、「斜め視」得意の医学博士は考えるのである。(写真;秋空のもとで早朝から日暮れまで終日野良仕事、「老人元気で外がいい」、周囲の自然に合わせて体や脳が活動するのが快適である、スローライフということだろうか)  
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2017年09月07日

「ハングリー精神」は我が国では死語になった?

P1000855P1020406P1020382この日曜日、時間潰しに近くのグランドで行われていた小学校の野球チームの試合を眺めていた。監督の指導と激の下で、小さな身体ながら一通りの技術は身につけていた。でも彼らの動きや態度からは心打つものは一つも感じられなかった。私自身も野球少年だった。小さな頃から野球が好きで人並みに守ることも打つことも出来た。約30分位眺めていたが、子供のころに野球に抱いていた期待がはずれた。昔の子供野球と何かが違う。まず体力と元気さがない。だから動作が鈍く、何回も審判員から駆け足での動作をするように注意を受けていた。内野手も外野手も自分の正面に球が飛んでこない限りは、左右前後に身体を動かそうとはしない。外野手はボーと突っ立っているだけだ。それも監督に何回も指示されても反応なしだ。久し振りに野球の試合を通じてこの頃の子供を見せられた感じだった。今時の子供らにはハングリー精神がゼロじゃないか・・。と直感した。ハングリー精神はやる気を育てる。やる気が出てくると、いろいろな誘惑を我慢して目標に向かって突き進むことが可能となる。我々の子供の頃は貧しくて食べるものが無く何時も腹を空かせていた。いつも満たされていない気持ちが我慢する気持ちを育んだ。それがいつの間にか一億総中流家庭になり、その無難さに慣らされ安住してしまった。特別何でもなくても無難な生活があって欲とか目標がなくなった。これからは中流家庭がどんどん下流家庭に落ち込んでいく。貧乏な家庭の人がハングリー精神を持たないとジリ貧である。まさに字のごとくハングリー精神は食べ物によってのみ人に教えることができ、腹を空かせることで初めて身につくのである。だから給食費を払わない家庭の子は給食を食べさせない。これこそがハングリー精神を身につけさせる絶好な機会であり、これが教育であろう。「給食費を払っているのに、子供達に”いただきます!”を言わせるな」”と学校の先生に文句を言う親もいるそうだ。ハングリー精神はわが国では死語になってしまったのだろう・・。(写真;雲海、山登りで楽しみな風景である、これを観察するには早朝登山が欠かせない、雲海が晴れると山のガスが消えて下界の絶景が望める)  
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2017年09月05日

年齢の高低よりも「意欲」の大小が高齢者の人生のあり方を決めるのだろう

CIMG0679CIMG0680CIMG0681CIMG0684CIMG0682人が何らかの行動を起こすとき「欲求」が行動の動機づけとなって、目的を持った行動をしようとする「意思」が働く。この行動を起こす「意思」と「欲求」をあわせると「意欲」ということになる。これこそが物事を前向きに積極的に行おうとする精神作用である。学習意欲、就業意欲、・・・、生きていくには死ぬまでこの「意欲」が欠かせない。うつ病ではこの「意欲」の有無が病気回復の指標とされるそうだ。だから「意欲」が失われていったり、無くなってしまった状態がうつ状態とかうつ病だと言えるだろう。「意欲」は“やる気”のことでもある。“集中力”とも言えるだろう。神経を集中させると体内ではホルモン分泌を促し各臓器の機能を活動させる。ウォーキングでも”足腰鍛えよう”とか”体力をつけよう”と考えながら歩くと運動効果がアップするそうだ。「意欲」は目的があってこそ湧いてくるものである。お年寄りが自分の身の回りのことをしなくなるのは、”やる気がない”、”依存心が強い”、”わがまま”だけではない。身のまわりのことをしても、後片づけをした後に何もすることがない生活だからである。わざわざ着替えたり身だしなみに気を配ったりしない。その目的が無いからである。休日の家庭での暮らし方の様だ。サンゼミOB会の人生の諸先輩方はこの生きる「意欲」が失われていないのだ。年齢の高低よりも「意欲」の大小が高齢者の人生のあり方(QOL;生活の質)を決めるのだろう。生命力とは「意欲」のことなのであろう。(写真;吉備中央町にある体験農場、利用者が少なくなり農場は雑草が生い茂りイノシシの棲家にもなってきた、古民家も古くなり茅葺屋根を張り替えるのに一軒数千万円を要する、はたしてOB会に参加する高齢者と農場の寿命はどちらが長いのか・・・)   
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2017年09月03日

野菜つくり10年目、オンリーワンの「家庭菜園師」を追及していきたい

CIMG0659CIMG0661CIMG06779,2体験学習農園1CIMG0689週末の「サンゼミOB会」の宿泊農業研修に参加した。三カ月ごとに吉備中央町の体験農園で開催され、途中からの新参者であるがもう7年も中断することなく出席してきた。亭主の留守を楽しみしている女房からは、「お泊まり保育」とか「ショートステイ」とか言われてこの日ばかりは笑顔で送り出される。69歳から77歳、いずれも農業のセミプロと家庭菜園のプロの学友で「野菜バカ」の男子会である。ブドウ畑の草刈の共同作業を終えてから、本日は焼うどんとギョーザがメーン料理の晩さん会。飲んで食べて喋っていつの間にか夜はふけていく。後片づけが済んだら布団を敷いて皆でザッコ寝。茅葺の古民家の木戸の隙間から陽の明かりがさして来たら起床。朝食は野菜豊富の味噌汁、生卵、焼き海苔が定番。畑の茶葉を煎じた即席のお茶が美味しい。この男子会の会話がいつも楽しみである。誰もが“いい年”しても「前向き」なのである。「たかが野菜つくり、されど野菜つくり」で、農作業の話になると子供のように目を輝かせ多弁になる。野菜つくりは通年できる趣味(道楽)で、60種類余りの野菜相手に自然と闘いながら耕作できる。奥が深く、美味しい野菜つくりには新たな工夫も要求される。野菜つくり10年目、あくまでもアマチュアとしてオンリーワンの「家庭菜園師」を追及していきたい。こんな勇気と元気を「野菜バカ」の諸先輩から教えられた。(写真;就農者農業ゼミの学友、他に県立農業大学校でも学んだ先輩たちと一緒に農作業、高校の校長や研究室の化学者、大企業のOB、現役の大工さん・・、皆さのこれまでの生き方からも学ぶところが多い)  
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2017年09月01日

『早起き&朝散歩』は”元気”の源である

IMGP2928P1000069IMGP2873P1000019IMGP2761『早起き&朝散歩』。日の出前の空気はひんやりして、半袖シャツで風に当たると冷たくて開き切っていた汗腺孔が鳥肌のように口を閉ざした。「気持ちのいい朝ですね」と、散歩仲間で異口同音に挨拶する。そんな空気を胸いっぱいに吸いながら颯爽と歩きながら、心の中で「なんと幸せ者なんだろう・・」と呟いた。『早起き&朝散歩』をやり始めてから約10年、体調面だけでなく精神的な面でも朝散歩は効果的だと断言できるようになった。日の出の朝日を浴びる事は日常生活内でズレた体内時計をリセットできる。そして朝の早い時間に朝日をモロに浴びると「セロトニン」という幸せを感じるホルモン物質が出てくる。このセロトニンには精神を安定させる働きもあるので、朝から気持良く“生業”に打ち込め一日中ポジティブな気持ちでいられる日が増えた。朝散歩をする前と比べてあらゆる事に気が回り始めた。見方を変えれば『気付く余裕が出来た』という感じ。ブログネタも思いつく「あー、こういう記事面白いかもな〜」という感じで新しいネタもポンポン浮かんでくる。朝でなければ見られない色々な景色が楽しめる。澄みきった青空、川面に反射してキラキラした光、朝からグエグエ元気なアヒル達、いつもに比べて生き生きしたご老人達の姿。散歩途中で立ち寄る2つの寺院。一日も欠かさず10年もの間、お賽銭を上げ手を合わせてきた。「今日も一日楽しく過ごせますように・・」と、ただこれだけを念じてきた。(写真;『早起き&朝散歩』、毎朝眺める「日の出ショー」、美しいだけでなく太陽から自然からの”元気”を体に吹き込まれるようである)  
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2017年08月30日

「生業(なりわい)」に復帰してから左脳を使うので眠い

P1300474P1300480P1300479P1300471いつも夕食後には睡魔に襲われる。目がしょぼしょぼして自然に目が閉じてしまう。どんなに体を動かして身体が疲れていても、こんなに眠気を感じたことはなかったのに・・。現役の仕事(生業)に復帰したせいであろう。生業(なりわい)をする時には左脳をよく使う。リタイアしてからはじめたセカンドライフでは菜園や山野で主に右脳を一生懸命使ってきた。脳が疲れると眠くなるが、身体疲労の時には眠いというよりも横になりたいと思う。左脳に睡眠中枢があるのだろうか。人の大脳は左右半分に仕切られている。左脳は言語や文字を聞いたり見たりして思考する論理的機能を果たしている。これは他の動物には乏しい人間的な脳の機能である。一方、右脳では視覚、聴覚、嗅覚、触角、味覚の五感で得た知覚や感性で動物的な脳機能である。セカンドライフでも両脳がバランスよく機能する必要があるだろう。生業(なりわい)では左脳を働かせるてっとりばやい方法であるので、しばらく生業を続けていきたいと思う。情報をインプットする脳と、それに対して反応する脳は必ずしも同一でないそうだ。例えば左脳でキャチして右脳で反応するとどうなるか。他人の話は理路整然と理解するが、それに対する答えは感覚的なもので漠然としてわかりにくい。逆に右脳でキャチして左脳で反応すると、とらえた感覚を言葉や絵画で明瞭に表現できる芸術家のようだ。これを簡単に区別できるテストがある。指を開いたままで両手を組んでみてください。一番上の親指は右手ですか左手ですか。右手なら左脳、左手ならば右脳でインプットするそうだ。次ぎに両腕を胸の前で組んでみてください。右手が前に出たら左脳、左手ならば右脳で反応するのだそうだ。どちらも左脳であったら右脳の機能が悪く「認知症」になりやすい? どちらも右脳であったら「天然ボケ」? 左右の脳の組み合わせが脳のバランスがとれていてボケにくい?(写真;那岐山山麓では稲穂が黄金色になり彼岸花が咲きはじめていた、県北ではもう秋であった)   
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2017年08月28日

那岐山に登ってきた。なぜ山に登るのですか?

CIMG0649CIMG0647CIMG0645CIMG0646那岐山に登ってきた。三週連続の日曜登山で、毛無山、蒜山縦走に続いて鳥取県境の高山(標高1000以上)を西から順番に挑戦している。なだらかで歩きやすい山道であったが、道のり3kmの2時間の登りは相当にきつい。でも下山の登山口でいつもの「一杯いっぱい」になる気持ちは生じなかった。お天気のいい、360度パノラマビューの頂上展望台で何組かの登山者と会話した。最近多く見かける「山女子」の三人組に問うた。「なぜ山に登るのですか?」。やはり女性は山頂近くに咲く「お花畑」が一番の楽しみである・・。日頃の「家事」からもっとも遠のく場所でもある・・とも話していた。それに高い山の頂上から見下ろす山並みの絶景・・と思いきや、日ごろ頭のあがらない職場上司に見立てて見下す気分は爽快なのだそうだ。「山男子」は元気がいい。あり余りエネルギーを駆使して、急坂を苦ともせずただ先を急ぐだけである。でもあまり楽しそうではなさそう・・。「山老人」の登山の目的は何だろう。山好きの趣味を兼ねた健康リハビリと言ったころか。その「山女子」に逆に質問された。とっさに「健康診断のようなもの・・、いや健康寿命の自己診断にきたようなものだ・・と」。病気の発見は病院で行う検診や人間ドック。もう70歳過ぎたんだから、病気があろうがその予備軍にあろうがもうどうでもいい。もう何年自立して暮らせるか・・。いや、もう何年山登りが出来て、大汗をかいて腹をすかせて下山してから肉をたらふく口にすることが出来るかである。ウォーキングや畑仕事だけでは健康寿命を引き延ばせてもそのQOL(生活の質)は高められない。「人は成長期が過ぎたらリハビリか死である」。「ポンピンコロリ」を望んで「急性期リハビリ」に挑戦しているようなものである。(写真;那岐山は岡山県で4番目に標高の高い山、A、B、Cコースがあり滝山への縦走コースや鳥取の智頭町からの登山道もある)  
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2017年08月26日

「一人上手」の生き方

753732中島みゆきの曲「ひとり上手」では、「 ひとり上手と呼ばないで 心だけ連れて行かないで 私を置いて行かないで 一人が好きな訳じゃないのよ」と歌われている。子供の頃から友達がいないわけでもなく団体行動が苦手でもない、でもそれよりも一人で過ごす時間が好きであった。群れることも好きであったが、一人で物事をやることの方がそれよりもずっと好きであった。職業人になってからもチームの仕事だけでは心が満たされず、その他にも一人で何かゴソゴソやっていた。だから仕事の業績も「オンリーワン」のものが多く、人がやらないことをコツコツとしてきた。研究者として「物真似」が大嫌いで、二番煎じ三番煎じの研究は一切やらなかった。日常生活でも「皆で渡れば怖くない」という生き方よりも、「一人で渡れば楽しい」暮らしをやってきた。要するに『変わり者』なのである。リタイア後に「自分スタイル」の生き方をするのに、この「一人上手」が生かされている。東南アジアのバックパッカーの旅、四国歩き遍路、その他の国内旅行や山登り、すべて一人旅で「独自性」を常に意識してきた。菜園での日常こそ「一人上手」な暮らしである。一人で遊ぶ事をたくさん覚えた。他人に束縛されない時間は一人遊びで埋め尽くすようになった。これって進化なのか退化なのか。雑草で荒れた土地を耕すことから始まった野菜づくり。野菜畑から菜園に、そして老人の「遊園地」に様変わりしてきた。この先「遊園地」からどのように改造されていくのだろうか? 自分でも想像がつかないが『変わり者』が抱く楽しみである。(写真;もう二十四節気「処暑」、今年の残暑は猛暑で熱帯夜が続く、でも日の出の東の空と日の入りの西の空は秋の気配を感じさせる)  
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2017年08月24日

「写真写りが悪い」の真相にせまる

CIMG0622CIMG0624CIMG0625CIMG0633CIMG0634鏡を見て「結構いい顔をしているな」と自分の顔にそれなりに自信がある人でも、「自分は写真写りが悪い」と言うことが多い。よく「写真をとるときに意識し過ぎだ」とか「写真は表面的だから」とか、その言い訳(理由)が言われている。鏡を見るとき人は一番いい顔を無意識にするそうである。写真写りでは自然な表情をしようと思えば思うほど、自然な顔つきではなくなっていく。「四十歳こえたら自分の顔に責任をもて」ともいわれるが、実は自分自身が自分の顔を一番知らないのである。例えば二人で顔をつき合わせて会話をしているとしよう。相手は自分の顔の表情を観察しながら話をする。他方自分は笑ったり、驚いたり、それなりの表情を顔に表して喋っていても、残念ながら自分の顔は見られない。朝洗面所の鏡で見つめるときの、いつもの静止画像の自分の顔を意識するだけである。なのに相手からは自分の知らない百面相を見られている。その相手に見られている百面相こそが、その人の顔つきである。だから相手はいい顔もわるい顔も知りつくしており、その全体が相手の顔つきであると認識している。だから自分の顔を知らないのは自分だけで、「知らぬが仏」とはこのことを言うのであろうか。ユニクロや百貨店の男性服コーナーで、スーツを試着して等身大の自分の姿を鏡に写して眺めている。自分の一番気にいった顔をして服を合わせている。すましてみたり、微笑んでみたりはするが、決して怒ったり悲しんだりする顔はしてみない。人がさまざまな感情が表現できるのは、そのときの自分の顔を見ていないからである。映画やテレビの役者さんは自分の顔に責任をもっている。笑顔も泣き面も意識してつくれる。でも、それはつくり顔であって本当の自顔ではないだろう。結局、写真の顔はつくり顔で、鏡にうつる顔こそ真顔なのである。(写真;蒜山の名物名所、塩釜の冷泉と韓国料理ビビンバ石鍋)   
Posted by hhirano20 at 20:47

2017年08月22日

70歳を過ぎてセカンドライフからラストライフの生き方を模索するようになった

CIMG0607CIMG0595CIMG0597CIMG0608CIMG0609現役40歳の頃からリタイア後(セカンドライフ)の理想的な生き方を模索しながら暮らした。そして今、70歳を過ぎてセカンドライフからラストライフの生き方を再び模索するようになった。70歳以降で最も輝かしい人生とは自立して生活できることであろう。自力では生きられなく介護認定を受けるようになると、家族や周囲の人々に迷惑をかけると共に自身の尊厳も失われてしまう。そうなったら過去の栄光(?)はかえって仇になる。「あの人は・・あれでも昔は・・」と陰で囁かれる。尊厳は決して死に際だけではない。自分の行動を自身でできなくなった時点から、人間としての尊厳が失われる。その時点になったら栄光も、財産も、これまで蓄えて資産はすべて無用な長物になってしなう。死ぬまで尊厳をもって自力で堂々と生きたいものである。このためには、いつまでも「身の回りのことができ」、「自分一人で時間を過ごせて」、「体を自分で移動できて」、「食事が美味しく食べられ」、「よくて眠られる」・・。そして「どこも痛みや苦痛がない」。70歳以降にこのような贅沢な暮らしをするには、それ以前からの日ごろの努力の積み重ねが必要である。ファースト及びセカンドライフでの生き方で、すでに勝負がついているかもしれな。「失って初めてそのありがたみがわかる」のが人生の常である。元気な時にもっと元気になろうとか、金を稼げるときに将来のために蓄えようとはなかなか思わないものだ。今日のことは本日のためだけでなく、明日、来月、来年のためにいかに生きてきたかが問われる。『今日一日を、明日につなげるように大切に暮らしたい』。(写真;上蒜山頂上付近の高山植物、名前も知らない色とりどりの花が咲いていた、なぜ山野草の花は小さいのだろう?)   
Posted by hhirano20 at 20:55

2017年08月20日

念願の蒜山縦走が出来て嬉しかった。でももう次は無理であろう・・

CIMG0631CIMG0617CIMG0604CIMG0602CIMG0615大山に毛無山、次は蒜山三座の縦走だろう。この3山を登られれば、岡山にある100余りの山は容易に征服することができるだろう。とくに蒜山三座の縦走は岩道のアップダウンがきつく、山道も整備されておらず悪路・・。それに標準でも6時間を要する10Km余りの山歩きである。さらに上蒜山の登山口の駐車場に車を置くので、下蒜山の登山口から蒜山の麓を10Kmあまり歩いて戻らなければならない(タクシーも呼べば来てくれるが・・)。この蒜山縦走ができたらおそらく日本百名山のどれも登頂が可能であろう。若い頃に登り慣れた山で、それも標準時間を大幅に短縮して下山して、麓を3時間ほど歩いて上蒜山の登山口の駐車場に戻っていた。山頂で雨や雷に何回も出会ったこともあった。だから私の山登りの自信は蒜山縦走の無謀登山で芽生えたものである。上蒜山の山頂までは快調で、標準時間を大幅に短縮。でも中蒜山に向っての下山が相当堪えた。雨上がりの岩道、それも笹の木が道を覆う「ヤブコキ」状態。途中で若者のグループに何回も先を譲った。中蒜山の山頂にはだいぶ時間をかけてようやく到着。しばらく休息を取ってから、最後の難所である下蒜山の長い長い登り道と崖っぷちを飛び込むような下り道。何度も何度も尻もち転倒し、「こんなの山道ではない・・」と山に八つ当たりしてみたがショウガナイ。標準時間は大幅に超過してようやく下蒜山登山口にゴールした。大山登山の時もそうであったが、体力も気力も「いっぱい一杯」であった。でも山道に比べたら麓の平坦な道は楽なものである。タクシー代3000円がもったいないので、それに途中に行きつけの韓国料理の店で昼食を楽しみにしていたので3時間の得意のウォーキング。もう蒜山縦走はコリゴリである。ちっとも楽しくない登山であった。もうこの歳になったら、「○○へ行ってきて楽しかった」は「○○に行くことが出来で嬉しかった・・」に変わる。念願の蒜山縦走が出来て嬉しかった。でももう次は無理であろう・・。(写真;蒜山の山頂はいつ登ってもガスで視界は暗い、でも何十回も歩いた道なので目をつぶっても登れる、早速本屋で「日本百低山」の新著を購入した)   
Posted by hhirano20 at 21:35

2017年08月18日

病院の経営学実践

CIMG0508CIMG0512CIMG0515CIMG0518CIMG0528CIMG0529沖縄の病院で院長をやりながら、勤務医の「仕事」を「お金」に換算したことがある。各医師のひと月の稼ぎ(水揚とか売上)額の約8%がその医師の取り分とされている。その医師にかかわる看護師やそのほかのスタッフの給料、材料費(薬や注射薬、手術や検査材料)、光熱費などの必要経費などを差し引いた金額である。例えばひと月の稼ぎを1千万円(一人の医師の稼ぎのノルマ)とすると、その医師の給料は80万円ほどになる。これは内科医なら10人ほどの入院患者を受け持ち、外来患者を毎日20人ほど診るくらいの仕事量である。外科医ならこれらの患者数は半分であるが、その代わりに週あたり10例ほどの手術を受け持つ。まあ、これが病院勤務医の仕事量としては標準であろう。でも同じ病院でも診療科によって大きな差がある。大概の病院では経験年数をのぞいたら診療科によって医師の給料に差がつくことはない。だから五百万円の稼ぎ医師は2千万円稼ぐ医師から給料を分けてもらうことになる。このようにして病院勤務医の年収は平均1千万円前後になるだろう。これ以上高給を取る医師の仕事量は悲惨なものとなる。沖縄の病院勤務医の時には、一人で入院患者20人余り、透析患者140人ほど、外来患者30人前後を毎日診察していた。朝は7時出勤、月水金曜日は夜11時まで、火木土曜日は夜7時までの勤務。祭日休診はなく、日曜日と少ない睡眠時間帯もオンコール体制でしょっちゅう病院に呼び出された。この年中休みなしの仕事の稼ぎはひと月5千万円也であった。でも給料は他の医師と差がなく、医師4人分を働いてやったことになる。都会の大病院の医師の方が地方の中小病院の医師よりも給料は低い。大学病院の偉い先生よりも医師不足の僻地病院の医師の方が高給である。それは、医師確保のために特別手当や調整手当が加算されるからである。これは市町村の税金とか病院の借金で賄われる。でも基本給が上がるのではないから将来の年金額には影響されない。病院の場合、利益率は3%以下でマイナスも多い。月にして1000万円ほど純益があがれば優良病院である。そのためには人件費を50%以下に抑えなければならない。高給取りの医師や看護師を多く雇うと大概赤字になる。でも周りの病院よりも給料を下げたらスタッフが逃げていく。だから赤字病院でもなかなか人件費は下げられない。だから材料費を削ろうとして二流の薬剤や手術器材を購入する。しかし材料の質を落としたら医療の質も低下する。冷暖房や照明などの必要経費も馬鹿にはならない。でも薄暗く冷暖房の効きの悪い病院には患者の足が遠のく。こんなことを考えながら現役引退した天下り医者は病院で一日を暮らしているのである。(写真;直島の秋空6選、南の太平洋高気圧は退き、北の大陸の高気圧が日本列島に迫ってきた)   
Posted by hhirano20 at 21:02

2017年08月16日

日本人と日本国の自立が求められる

CIMG0565CIMG0584CIMG0587CIMG0592人の成長とは自立を成し遂げることであり、子供も学生も社会人も生涯それを目指して努力することがそれぞれの人生であると考える。自立とは依存とか受け身から脱し、主体的に自分の足で立って歩くことだろう・・。そして自立することこそ人生を豊かにする必須条件だと考える。勿論、経済的に豊かであること健康であることも豊かに暮らすための必要条件である。でも、これらだけでは十分な条件とは言えない。物資的に恵まれていても、それだけでは日常生活の豊かさは得られない。大概の場合、宝の持ち腐れ、猫に小判、分不相応と思われることも多い。健康は決して永続的に保障されたものではない。明日の健康や命は神のみぞ知ることである。それらに比べて、精神の自立、心の自立は死ぬまで永遠に身についているものであり、豊かさの必要にして且つ十分な条件である。経済的・健康的に恵まれても、精神の自立がないと日常をただ無難に生きるだけである。そうだ! 無難に生きている学校や会社の日常の自分から、本当の自分のあり方や本当に求める自分らしさを問い直す。そして自分の望む人生をイメージし、根を張り、自分にとっての意味を問い直し、主体的に日常の意義を再構築することが自立することなのだろう。それが確かな自信を生み、人生を豊かにする大きなエネルギーとなる。精神的自立の反対は「成り行き」ということです。「成り行き」は安易であるがその先に待っている人生は、貧しく寒々としたものだ。昨今の混沌たる日本の社会経済状況において、まさしく個の時代になってきた。だからこそ自立することが必要なのだ。それは日本国そのものが求められているのかもしれない。いずれ同盟国アメリカからも自立を求められる日が来るであろう。(写真;毛無山ブナの原生林をぬって登る、蒜山高原のヒマワリは今が満開)   
Posted by hhirano20 at 21:07

2017年08月14日

子どもは遊びが仕事。それでは老人の遊びは何のためだろうか?

CIMG0562CIMG0569CIMG0554CIMG0574CIMG0579CIMG0505お盆を前にして孫たちはそれぞれの家に帰っていった。子どもや孫たちから解放された途端に、自由人の「一人遊び」のムシが騒ぎ出す。お盆の13日には一人で「毛無山」登山に出かけた。「一人遊び上手」である。早朝に標高1219mの山頂を目指して登り始め1時間30分ほどでたどり着いた。初心者向きのコースであったのでまだ余力は十分残っていた。隣の白馬山(1060m)に縦走し同じ登山口に下山した。歩行距離は約6Kmで5時間ほどの登山行であった。まだ遊び足らない。山の麓にある「新庄村」の街並みを歩いた。春には「がいせん桜」で賑わう旧出雲街道の宿場町である。その当時の街並みが美しく保存され、「日本一美しい村」の一つで「日本の音風景100選」にも「日本の香り風景100選」にも選ばれている。それに「新庄村」といえば「ひめのモチ」だろう。昼食は道の駅で「ひめのモチ丼」を食べた。きめが細かく真っ白で柔らかいモチで、これこそ「もち肌」と言うのであろう美味しかった。ここまで足を延ばしたら蒜山高原に顔を出さなければ失礼である。だいぶ疲れが出てきたので歩くのは止めて、有名な道の駅「風の道」に立ち寄った。目指すは「蒜山大根」である。夏大根でも辛くないのが不思議である・・1本購入した。孫たちの行動を観察していると「小さい子供って起きている時は基本的に遊んでいる生き物」だと思った。体や手先を動かしたりどうすれば上手く遊べるか考えたりする事で、未熟な知能も体も徐々に発達していくんだよな・・と思うと遊びは大切だよなと思う。子どもは遊びが仕事。それでは老人の遊びは何のためだろうか?・・・ (写真;毛無山の名前の由来は?、頂上だけ樹木が1本も生えていない、だから山頂からは360度のパノラマが開けている、9合目まで薄暗いブナ林をひたすら登る、日本一美しい村には移住希望者が多いと聞いた、わが「遊び上手」の孫はバイバイして帰ってしまった)  
Posted by hhirano20 at 22:12

2017年08月12日

「場所」「金」「人」、これを生かすか殺すかは『人脈』であり「人を見る目」である

CIMG0545CIMG0533CIMG0541CIMG0535直島に行ってきた。この島は何処に行くか決めかねた時の「神頼みの場所」である。他の観光地と異なり、中国(台湾)や韓国の観光人によりも西洋人が多いのが特徴である。『ベネッセハウスミュージアム』はベネッセアートサイト直島の中核施設「ベネッセハウス」の本館・ミュージアム棟にある。コンセプトは「自然・建築・アートの共生」。作品は絵画・彫刻・写真・インスタレーションなどに加え、アーティストが直島のために制作したサイトスペシフィック・ワークを屋内外に恒久展示している。直島の景観を活かし室内にいても常に外部の自然を感じられる建物の設計は、1995年に「プリツカー賞」を受賞するなど日本を代表する建築家の安藤忠雄で、2010年には文化勲章も授与されている。美術館とホテルが一体となった世界でも類い稀な施設である。の直島「ベネッセハウス ミュージアム」は1992年7月に開館。米国 Conde Nast 社「Traveler」誌 2000年3月号の特集で、直島は「死ぬまでに行きたい場所」としてパリやドバイと共に取り上げられたことがある。観光ガイドブック「ロンリープラネット」のJapan's TOP25で、アートで唯一20位にランクイン。・・・だから西洋人が押し寄せるわけである。以前は島にわが国有数の銅の精錬所があり、その煤煙と廃液で島の北側の山肌は荒廃し一本の緑記の木々が生えていなかった。南側の美しい自然に藤田観光が手を付けたが撤退、新たに開発を行ったのが(株)ベネッセコーポレーション(以下ベネッセ)である。1985年、ベネッセの前身である福武書店の創業社長福武哲彦氏と、当時の直島の町長三宅親連氏が会談し直島を開発することになった。「モノ」を立ち上げるのは「人」と「金」と「場所」が必須条件である。その3者をどのように動かすかで『モノ』の出来不出来が決まる。「場所」は南側の美しい海と自然。これを観光として生かすために当時の町長は福武哲彦氏に話を持ちかけ、土地の無償提供をおこなった(場所)。福武氏は世界に類のないアートの島にする夢を“大枚を叩いて”安藤忠雄氏に依頼した(金)。そして世界的な建築家はその「場所」と「金」を生かして世界が注目する「アートアイランド」に小島を作り替えた。「場所」「金」「人」、これを生かすか殺すかは『人脈』であり「人を見る目」であろう。(写真;直島は島全体が現代アートである、いつ行っても新作を発見して楽しい、芸術的センスは音痴なので倉敷の大原美術館すら入ったことがないのに・・)  
Posted by hhirano20 at 20:59

2017年08月10日

しっかり動いて深く眠って『成長ホルモン』を絞り出して老化を防ぐ

IMGP2456IMGP2453IMGP2426IMGP2439野菜の生涯を観察している。蒔かれた種が土に生着すると「栄養成長」が始まる。人の成長期の子供達のように、丈が伸び毎日目に見えて苗が大きく育つ。そのうち花芽(枝葉でなく花に分化する)が出はじめ「生殖成長」も加わる。花に実をつけると丈は伸びなくなり、葉は枯れ散り始める。「栄養成長」が終わり老化の時期に入ると咲いた花にも実をつけなくなる。一年草は『成長ホルモン(成ホ)』を使い果たしてその生涯を閉じる。野菜の生涯もこのように『成ホ』が演じる。産卵を終えた鮭も、夏の短い生命を終えるセミたちも『成ホ』がその末路を演出する。人の場合でも、成長期を過ぎれば『成ホ』の分泌量は激減、加齢とともに減少していく。40歳でピーク時の40%程度分泌されその後も減るが、でも個体差が大きい。『成ホ』こそが個人の加齢に直接影響する。『成ホ』にはタンパク同化作用と抗インスリン作用をもつ。生命に欠かせないたんぱく質を合成し新たに細胞を増殖させ、血糖値を上げエネルギー(ATP)を合成させる。抗加齢医学の進んでいる米国では『成ホ』剤を注射で治療しているが、高価で副作用も認められる。『成ホ』は夜間入眠時の深い睡眠(ノンレム睡眠)時に多くが分泌され、身体活動に伴う細胞の傷害の修復に必須である。筋肉細胞だけでなく、酸素を運搬する心臓や肺や血管、過剰に産生された代謝物を処理する腎臓や肝臓、循環血液量が増加し洪水のように血液が流れるすべての臓器。脳下垂体前葉は刺激し続ければ『成ホ』の分泌は維持できる。年を取ると不眠や睡眠時間が短くなるのは、ただ運動による細胞障害が少なくなり『成ホ』分泌の必要性が減るからだろう。しっかり動いて、深く眠ることこそ老化防止になると確信した。(写真;『恐山』はあの世への入り口だった、「三途川」は恐山へ向かう道にある太鼓橋、物持ちの悪党悪人にはこの橋が針の山に見えて渡れないと言われる、東北では「人は死ぬとお山(恐山)へ行く」と信じられているが、死ぬとこの三途川を渡って向こうに行くということなのか、極楽と地獄も下見してきた)  
Posted by hhirano20 at 21:04

2017年08月08日

”健康老死”を目指して老体に鞭を打ってでも体を動かそう

CIMG0499夏の盛りには元気よく鳴いていた庭のセミが、お盆のころになるとみなポロリポックリと死んで木から落ちていく。病気になって死んでいくのではなく死の直前まで元気に活動し子孫を残して、突然に寿命がきて命の火が消えて死ぬのである。このような死に方を「健康老死(達者でポックリ)」というそうだ。老衰(老死)では肉体が枯れるように痩せて、手足も不自由になり、寝たきりになって、他人の世話になりながら命を長らえて死んでいく。ところがこの「健康老死」は健康なまま年をとり、身の回りのことは自分ででき、愉快に談笑もし、食事も介助なしで美味しく食べられる状態が死の直前まで続く場合をいう。これからの長寿社会においては、「健康老死」こそが長寿者の理想的な死に方である。これを目指すには、できるだけ壮年期、初老期に健康に過ごすことが必要だと考える。人間の疾病構造をみると、そのころに多額の医療費を使う疾病の峠がある。それを乗り越えたら安閑無事に過ごさず、身を動かし、気を巡らす(頭を使う)ことや、できるだけ安坐しないこと(貝原益軒)が健康を維持するに必要である。しかも年とともに老化の進行は早くなるので、老骨に鞭を打って、老いればますますその努力を継続しなければならない。生物学・医学的にみると老化に伴って個体を形成する細胞や組織の機能が低下し、恒常性の維持が不可能になる。これは老齢による代謝・免疫・回復力の不全が原因である。人類の寿命は、太古から子供を産んで生育させ孫が出来るまでと定められていた。江戸時代では元服が15歳、だから2倍の30歳余りが平均的な寿命であった。戦後まで人生50年であったが、この年齢もその当時のこの定説にしたがっていた。現代ではどうであろうか。子供が結婚して孫を抱ける年齢はおおよそ65歳。生物学的にみても、この年齢までは身体を健康に維持する機能(ホルモンや神経)が働いて生命力は自動的に制御され保障されている。65歳を過ぎると制御機能が失われ、あとは体内の60兆個の細胞を活かすも殺すも自分の意思である。細胞は酸素と糖質を与えている限り125歳までは生き続けるそうだ。体重の約半分が筋肉(骨格筋、心筋、平滑筋)である。ここで体温を維持し、エネルギーを作って体も臓器も動かしている。動物は動けなくなったら死であり、食べられなくなっても死である。”しっかり動いて美味しく食べて、そして熟睡する”を実践して、自分の意思で60兆個の細胞の元気を維持しよう。(写真;孫たちの別れ、東京の孫は一足先に旅立ちした、楽しく遊び喧嘩した仲間の別れは辛そうであった)  
Posted by hhirano20 at 20:53

2017年08月06日

♪ケッサラ〜、ケッサラ〜、ケッサラア〜、私の人生は〜♪

CIMG0480CIMG0491CIMG0488CIMG04879月7日は二十四節気の「立秋」、もう“暦の上”では秋である。でも猛暑の日中の菜園の仕事では汗が流れるほど出る。熱中症予防のために水分補給を十分にするからであろう・・。水分を口にすると途端に汗が吹き出し、汗を多量にかくと体が疲れる。もう菜園での昼寝は危険である。お昼には家に帰りシャワーを浴びた。大汗をかいた後のシャワー浴はとくべつ気持がよい。シャワーを浴びての昼食後は、気持よく眠気が襲ってきた。戸をあけ放した部屋で庭の涼しそうな樹木を眺めながらウトウトし始めた。NHKラジオから流れる軽快な会話と音楽のコンビネーションはいい子守唄になる。ウトウトと浅い眠りの中で、スペイン語の♪ケッサラ♪の歌が流れているのに気づき目覚めた。メキシコの盲目歌手ホセ・フェリシアーノの歌う♪ケッサラ〜、ケッサラ〜、ケッサラア〜、私の人生は〜・・・・・♪が流れてきた。久し振りに聞いた懐かしい曲である。20代の若者の頃、仕事で行きづまった時によく聞いた曲である。似た曲にドリスデーの♪ケッセラセラ(que sera sera、なる様になる)♪がある。この曲は日本語に翻訳され広く歌われていたが、「なる物は成るし、ならない物は成らない」という日本人好みの感覚の歌詞は好きではなかった。ケッセラセラの意味は、英語では「what will be,it will be」とか「tomarrow is another day」と訳されているが、このラテン系の天性の気持は日本語には上手く訳せない。でも沖縄には「ナンクルナイサー(何とかなるさ)」という方言があった。ラテン系のこのような気持ちは、何故日本人には持てないのだろうか? 江戸時代の切腹とか、うつや自殺がラテン系の彼等には理解できないことと関係がありそうだ。ケッセラセラとは「なる様に成るのであって、成らないかもしれないとは考えないこと」である。日本人もせめてセカンドライフはこのラテン系の気持で気楽に生きたいものである。(写真;夏至の時期から比べると日の出時刻はだいぶ遅くなってきた、“朝散”に出かける5時はまだ日の出前、空が白けるよりもズット前に、何か東の暗闇の空にエネルギーが発散されるのに気がついた、そのうち東の空が白みかけ、空はうすいブルーに変わり、思ったよりもチッポケな真っ赤な太陽が昇ってきた・・)   
Posted by hhirano20 at 18:20

2017年08月04日

孫たちを眺めていて「三つ子の魂百まで」という諺を思い出した

CIMG0450CIMG0461CIMG0465娘のところの下の孫は1歳2カ月になる。ハイハイ上手から、時々つかまり立ちして数歩だけのつたえ歩きを始めた。3歳の兄ちゃんと3歳の従弟が一緒に遊ぶミニカーに興味をもち、兄ちゃんたちが遊んでいるそばに這いずりながら近寄っていく。そのミニカーの一個を手にして嬉しそうに遊びだすと・・お兄ちゃんはすぐにそれを奪い返す。それだけでは済まない。頭をこつんとたたかれるのである。すかさず“ウエーン”と大声を立てて泣きだし母親にしがみつく。それでも懲りずに兄の目を盗んでミニカーに再度接近するが、いつも手にするまえに兄ちゃんに発見され何度もたたかれては母親にしがみついて大泣きする。それが・・・ある日突然立ち上がってつたえ無しで歩き始めた。それは周囲で見ていて驚きの光景であった。そして素早くミニカーのある方向へ歩くのかと思ったら・・兄ちゃんに向かって歩き出し、近寄るやいなや兄ちゃんの頭をゴツンとたたいたのであった。「三つ子の魂百まで」という諺がある。幼児の性質は一生変わらないもの(大辞林第三版)という意味で捉えられている。0歳から1歳半までの『愛着形成』、そして2、3歳頃の『母子分離』という課題の達成が行われる3歳までが子育ての基本となる時期である。『愛着形成』では「好奇心旺盛な積極タイプ」、「引っ込み思案な消極タイプ」、「物事に対して無関心なタイプ」が決まり、それに『母子分離』で「自立タイプ」、「親依存タイプ」等のような基礎的な性格や傾向が形成される。一人では生きていけない3歳までの時期に、親との『愛着関係』を持てるかどうかは、その後の子どもの性格に影響するのは確かであろう。『愛着関係』とは「困ったときに助けてくれる」という信頼関係。これは、子どもが将来、困難を乗り越える力を持てるかどうかにも大きく関わっていく。大人になって対人関係がうまく取れないことで悩まれている成人は、子どもの頃に親の愛着を受けていない人に見られることが多い。人格形成の一番重要な時期に、特定の養育者(母)がすべてを受け入れるという『慈愛』「を注ぐことが大切ということだと実感した。(写真;三人の孫たち、『愛着関係』を卒業して少しずつ『母子分離』に向けて自立していくのだろうか)   
Posted by hhirano20 at 21:17

2017年08月02日

ヒトは最も進化し賢い生物だろうか?

CIMG0433-1CIMG0443-1CIMG0448-1NHKラジオ放送「子ども科学電話相談」を聞いていた。小学3年生の男の子が『ヒトはどうして最も進化し、賢い動物になったのですか?』と質問した。生物学者の先生は「人類は他の動物と比べて大脳の大きさが・・・」と、二本足で歩けるようになったことから分かりやすく丁寧に答えていた。でもその回答には疑問を抱いた。はたしてヒトは最も進化した生物だろうか。「最も進化している」ことの定義が分からない。生き物は退化することはない。必要なものを発達させ、不要なものは捨てて進化していく。ヒトも道具や言葉を使うことできるようになったから、なくても構わない爪や牙を捨てて進化した。生き物はそれぞれの住む環境に適応して進化しただけのことである。住む環境や生態が違うからどっちが進化しているとか、優れているとかは比べることは出来ない。今存在する全ての生物が、最も進化している状態であるとも言えるだろう。ヒトが“我がもの顔”で支配している地球。なぜそうなったのか。ヒトにデカイ脳があったこと、考えた事を実行出来るような手足を持っていたこと、そして何よりも「自分達が最も賢い生き物である」という“思い込み”があったからだろう。そのように思い込んだヒトは自分達に出来ないことはないと・・、思うがままに全てを好きなように動かしてきた。それが『環境破壊』だけでなく『原発事故』という結果になったことは言うまでもない。後先のことや周りのことを考えずに、今の自分達が良ければいいという思いがさせた行動だろう。人は霊長目に属する生物である。霊長目はサル目とも言う。霊長を辞書で引くと『優れた能力を持ち頭【かしら】となるもの。』とあった。『人間は万物の霊長である』と辞書にまで書いてあるということは、やっぱり自分が優れていると多くのヒトが思っているからなのだろう。「邪魔者は消せ」という考え方が今のヒトにはある。自分は動かない、相手を強制的にどかす。蚊が血を吸いそうになったら蚊を消す(殺す)、道路を作る時には木を消す(切る)、山を消す(削る)。必要以上にものを消すが、果たしてそれは正しい選択なのだろうか。1匹や2匹の蚊から身を守る場合に限り、素手でなら殺しても構わないだろう。その程度なら蚊は絶滅しないから。でも蚊などの害虫を殺虫剤で根こそぎ消そうとする。殺虫剤は鉄砲や刀、槍に爆弾と同じ武器で、毒ガスと同じである。ヒトが殺虫剤に平気でいられるのは致死域値が高いから。体の小さい虫は少ない量で死に至る。昔は人間が蚊から逃げていた。蚊帳という道具を使って・・。逃げるが勝ち、そういう考えをいつからかヒトは無くした。相手(自然)を動かすのではなく、自分(ヒト)が動けばいいじゃないのか。そのくらいの余裕はヒトにもあるはずなのだが・・・。(写真;東京と神戸の子供家族が合流、誰に似たのかどれも元気で”わがまま”な孫たち、ジージに似たら困ると他の家族は心配顔)  
Posted by hhirano20 at 22:11

2017年07月31日

日本人は不安が強すぎて、「死ぬこと」を口に出せない?

P1030051P1030509P1090990子供達は明日のことを考えたりしないから不安はあまりない。大人になるに従って先(未来)のことを考えはじめる。しかし未来は不確定だから恐ろしいことが起こるかもしれない・・。このように考えれば考えるほど不安になってくる。超高齢化社会をむかえますます加速している健康ブームも、明日は病気になるかもしれないので、できるだけの予防をしようとの強い不安感から来ているのだろう。老人がお金を使わないでせっせせっせと貯金にはげむのも、老後の生活はどうなるかわからないので、できるだけお金を残しておきたいと思う不安感のなせるわざである。老後の不安の究極にあるのは死である。未知の未来が不安だとすると、死後の世界は完全に未知だから死は最大の不安である。日本人にとって「死」が最大の不安であるのは、日本人が信仰心を持っていないからだろう。“幸福の国”ブータンで60歳以上の人たちに「何が一番不安ですか?」と聞いたところ、8割以上の人が「死ぬこと」と答えたという。ところで日本で同じ質問を60歳以上の人にしたら、「老後のお金のこと」とか「子供がどうなるか心配」とか「介護のこと」の答えが多かったそうだ。「健康」の心配をしても「死ぬこと」の不安を訴える人はごくまれである。人は一番不安なことは、通常は口には出して言わないものである。敬虔な仏教徒で「輪廻転生(りんねてんしょう)で人は何度も生死を繰り返すこと」を信じているブータンの人より、死んだら灰になり無になるという思いしか抱いていない日本人のほうが、間違いなく「死ぬこと」に対する不安は強いはずである。不安が強すぎて死を口にだせないのだと思う。死に対する不安が強いもうひとつの理由は、死に対する精神的な免疫が昔に比べて弱くなったからではないだろうか。いまの社会は死とか遺体を忌まわしいものとして、極端なまで隠そうとする。それにほとんどの人が病院で死ぬ。身内の死に目になかなか会えないし、機械で生かされてしまうので生と死の境界がはっきりしない。このように社会が死をどんどん遠ざけるような環境では、死に対する免疫ができず「死ぬこと」への不安を必要以上にかきたてることになってしまう。(写真;猛暑が続く、決まったように昼過ぎから積乱雲が湧き出して“ゴロゴロ”鳴りだしてにわか雨が降り出す、雲の動きが多彩である)  
Posted by hhirano20 at 20:27

2017年07月29日

人間の食事も体の栄養素と腸内細菌の餌が含まれなければならない

CIMG0410CIMG0376CIMG0381CIMG0423「肉食動物」と「草食動物」、人間はその両方の「雑食動物」の部類に属する。地球上には森の中で完全菜食生活をする部族がいるが、みんな筋肉質でよく動ける体をしている。彼らは線維質な食べ物を多く食べているため胃腸に菌や微生物が多く、その一部の微生物は体内で必須アミノ酸(人間がつくり出せないので食物から必ず補給しなければならない)を合成できると言われている。必須アミノ酸については「人間の体内では合成出来ない」と信じられてきたが、近頃では「ほとんど合成出来ない」という書き方をしている文献もみられるようになった。腸内細菌は人間にとっての必須アミノ酸を産生しているのである。人間の腸内には100種類以上の腸内細菌が住みついて、食物を発酵させ、分解・合成を繰り返しさまざまな栄養素を作り出している。便の固形物の約半分が腸内細菌の死骸と言われているが、死骸の栄養成分を腸が吸収して人間の栄養にしているはずである。腸内細菌は食物のタンパク質を分解しアミノ酸ににしたり、代謝で発生するアンモニア等からアミノ酸を合成したり、ビタミン類も合成する。草食動物はタンパク質を摂取しなくても筋肉モリモリの体つきである・・何故であろう? ウシの場合胃の構造が4つに分かれているが、最初の『第1の胃袋』は発酵槽とも呼ばれている。ここに草を飲み込んで微生物を増殖させる。増殖した微生物は、後方の第4胃に運ばれる。ここが人間と同じように、唯一胃酸を分泌して微生物を消化する。まるで人間が牛に草を与えて飼っているみたいに、ウシは微生物に草を与えて飼っているかのようである。畑の野菜の肥料には有機肥料と化学肥料がある。有機肥料とは油粕や米ぬかなど植物性の有機物、鶏糞や魚粉、カキ殻など動物性の有機物を原料にした肥料。土壌微生物が分解することで根から吸収可能となるので肥効が長く、濃度障害を起こしにくく、微量要素やアミノ酸を含んでいる。化学肥料とは鉱石や空気中の窒素ガスなど、自然界に存在する無機物を原料に化学合成した肥料。チッソ(N)、リン(P)、カリ(K)含まれる成分量にむらがないが、水に溶けて有機肥料とともに根から吸収される。チッソ(N)は葉っぱを大きくし、リン(P)は大きな花を咲かせ、カリ(K)は根を育てる。そして野菜の本来の味や旨みは土壌細菌の産生する有機物であるが、その土壌細菌は有機肥料が「餌」である。だから、美味しい野菜つくりには化学肥料と有機肥料の両方が欠かせない。実は「雑食動物」である人間の食事も、体の栄養素と腸内細菌の餌が含まれなければならないのである。野菜や果物に多く含まれる「食物繊維」こそ腸内細菌の餌である。だから野菜サラダ、野菜豊富な味噌汁、野菜炒め、それに中華飯、八宝菜に近頃は凝っている。(写真;娘が早々に孫たちを連れてお盆帰省してきた、わが「空き巣」は久しぶりに騒々しくなった、慣れない孫の世話は山登りよりも疲れる・・・)  
Posted by hhirano20 at 21:11

2017年07月27日

「神の手を持つ外科医」と「神の心を持つ内科医」

CIMG0281P1210040P1210041「神の手を持つ男」。これはアメリカ医療関係者が福島孝信医師を称賛してつけた名前である。10年ほど前に、その神の手の医師を勤務する沖縄の病院にアメリカから講演招聘した。名護湾クルージング船での宴会で、親しく歓談したときの彼の次の言葉が印象的であった。「私は神の手など持っていない。私が一生懸命やるので神様が助けてくれるのです・・」。先日、74歳になる彼が活躍する姿をテレビ特番で紹介されていた。「私は手術することが好きなので、他の楽しみは必要ありません。天命のシナリオ通りに「いい医者を演じている」だけです・・・と。「この世はひとつの劇場にすぎぬ。人間のなすところは一場の演劇なり( クリソストムス『断片』より)」。「われわれは人生という大きな芝居の熱心な共演者だ(カロッサ『指導と信徒』より)」。「人生・・・人間喜劇(バルザック)」。「全世界は一つの舞台であり、すべての男と女はその役者にすぎない。彼らは退場があり入場があり、ひとりの人間が一度の登場で多くの役を演じる(シェークスピア) 」。『人生は演じるもの』で、各人がプロデューサーであり主役の演技者である。おれらの人生の主役は誰が何と言おうがおら自身。おれら以外の人やものや環境は、すべてがおらの人生の脇役を演じてくれる。同じようにあなたの人生の主役はあなた自身である。そしておらも含めてあなた以外の人やものや環境はすべてが脇役を演じている。この世界で自分は人生の主役でもあり、別の人の人生の脇役でもある。演劇でもドラマでも映画でもそうだが、その演じる役にどれだけ精一杯に打ち込めるかで・・・そのものの良し悪しが決まる。人生も同じかもしれない。ただ自分の人生はある程度は分かるが、他人の人生はほとんど分からない。内科医は福島先生のように神の手は持つことはできない。でも「神の心」は持てるであろう。主役の医師の脇役は患者さんだが、その患者さんの主役をいかに演じさせるか、医師は患者さんの脇役をうまく演じることが出来るのか・・これが医師の「神の心」だろう。(写真;10年前に「神の手をもつ医師」と一緒した、波照間島の渚はこれまででもっとも美しい砂浜であった)  
Posted by hhirano20 at 21:12

2017年07月25日

世間ばなし。「わがままな性格」は仏教で変えられる

P1290437P1290445P1290442P1290211菜園での「世間ばなし」である。近くに住む在家の仏教信者のおばさん(72歳)と小一時間も仏教談義を交わした。「人の”我がまま”な性格は、仏教で変えることができるだろうか?」と問うた。「人間は”我がまま(煩悩)”という病を抱えているために、この世に修行に来ているのよ」。だから「一生をかけてエゴイズムの支配から脱却するのよね」。「でも人生の終了をむかえる老人はますます”我がまま”になっているよう思えるが?」。「そうね、ゲートボールがそのいい例よね。楽しいそうに遊んでいる老人たちが、いつのまにか険悪な雰囲気に変わる」。「人が変われる可能性というのは、その人がどれだけ変わりたいか、その思いの強さに比例するものなのよ」。「そうだよね、人間は本能的には変化を恐れる生き物で、自分を変えなくてはと思いながらなかなか主体的に変われないものである」。「変わるためには、一生懸命に取り組んで、そのことに完全燃焼するのがいい方法だと思うよ。完全燃焼することで、自分を縛っていたこだわりが消えて、余分なものを脱ぎ捨てて軽くなっている自分を感じることができる。結果はどうであれ、やるだけやった充実感が心を満たし、人の評価も結果も気にならなくなる」。「四国の歩き遍路さんがそのいい例かもしれない。ひたすら歩いて、歩いて、歩き抜くと、体は疲労で動けなくなるが、心は楽天的になる」。「完全燃焼したとき、勝っても負けても人はそれ以前の自分に”さようなら”を言うことができる。きっぱりと昨日までの自分を捨てて明日に向けて敢然と自分を変えていくことができるようになるものよ」。「でも、性格や心のありようというものはなかなか変えられないよね」。「それは心が抽象であるからよ。目に見えない、手で触れられない抽象的存在である。心という抽象を変えたかったら、体という具象から変えてみるのもいい。心は怠け者である。体は心の容器だから、体が動けばおのずと心も揺れるようになるのよ」。「エゴを消そうとせず、エゴより大きなセルフを自分の中で育てる努力が必要なのかもしれない」。「エゴを超える”大きな自己”、すなわちセルフの存在がエゴをコントロールしながら包み含でしまうのよね」。「我がままは自我自欲を抑制されない病気ということか」。そう・・「結局、仏教の教えはこの大きな自己を育てることなのよ、それこそが悟りを開くことなの」(写真;四国八十八カ寺遍路の一番札所は霊山寺、善男善女は何らかの「悟り」を開こうとここから1200キロの道のりを歩きはじめる、自分を変えるために)  
Posted by hhirano20 at 21:16