2007年03月29日

吉田松陰の言葉・・・Trust41

前回は、マリリン・モンローの言葉5


夢を実現させる秘訣は、好奇心自信勇気不変性(ウォルト・ディズニーの言葉5参照)。

吉田松陰は、ペリーの来航で好奇心に火がつき、
日本の未来のために自分がしなければならないことがあると思い、倒幕という結論を不変にして、勇気をもって幕府に訴えた。

なぜなら、当時の幕府は安政の大獄なんかやって、幕府を批判する人たちを弾圧し、国内をバラバラにするだけで、
外国に対してはおびえて、話し合わずに条約調印をしてしまうしまつだったから。


つまり、松陰はこのままでは日本は外国の植民地になってしまう。
日本が一つにまとまって、外国の脅威に対抗できる体制を整えるべきだ、と考えたの。


その、吉田松陰の言葉。↓


至誠にして動かざる者は未だ之れ有らざるなり

(解説)
誠を尽くしてそれに感じない者はいないというのだ。至誠とは松陰が貫いた態度だった。

「吉田松陰留魂録」より

吉田松陰・留魂録





松陰は、「至誠にして動かざる者は未だ之れ有らざるなり」という自信を持って、勇気を出して訴えに行った。


しかし、「老中間部詮勝(まなべあきかつ)の暗殺を計画したことがある」と言ったのが悪かった。



老中間部詮勝(まなべあきかつ)とは、大老井伊直弼の指示で、反幕府勢力の粛清(しゅくせい)を進めていた人。
つまり安政の大獄をサポートしていた人。


なんで、一番悪い井伊直弼ではなく、間部詮勝をねらったかというと、井伊の暗殺は薩摩と水戸の者がすでに計画していたからだそうだ。



老中間部詮勝(まなべあきかつ)の暗殺を計画したことを、幕府にしゃべったことは、松陰にとっては、誠を尽くすことの一部だったけど、

そのころの幕府は、安政の大獄で優秀な人でも反幕府なら、ばっさばっさと殺しているときだったから、通じなかった。


結局、とらえられて殺されちゃった。




歌手のマドンナは、勇気を出して自分を信じてやってみた結果、「ああ、どうしよう、ばかなことをして」と思うことがあっても後悔はしないそうだ。
現状を把握して、どうすれば満足かを知るには、そうするしかなかったから。(マドンナの言葉3参照)


松陰の場合、老中暗殺計画を告白したことで幕府にとらえられ、投獄されたとき、現状を把握して、どうすれば満足かを知り、次のステップにつなげるにしても、もう命はない



吉田松陰の言葉。↓
☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡

私(吉田松陰)が初めて長谷川翁と会ったとき、そこには獄吏(監獄の役人)が立ち並んでいて、言葉を交わすことができなかった。
囚人同士の会話はひとことでも許されていないのである。


そのとき翁は独り言のように言った。

「玉となって砕けるとも、瓦(かわら)となって命を長らえることがあってはならない」

私はこの言葉に深く胸を打たれた。
同士諸君(松陰が講師だった松下村塾の塾生たち)、そのときの私の気持ちを察してもらいたい。


「吉田松陰留魂録」より

吉田松陰・留魂録

☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡



誠を尽くして幕府に訴えて、殺されるはめになったことは、松陰にとって、玉となって砕けることだった
まちがっている幕府のいいなりになって、長生きするよりよかったんだ。

でも、これでよかったんだ・・・・・
と、おとなしく殺されるのを待っている松陰ではなかった。


身は滅びても、心はこの世に残って、倒幕を果たせるように、この「留魂録」を獄中で獄吏(監獄の役人)の目を盗んで書き上げたんだ。



吉田松陰の言葉。↓


身はたとひ武蔵の野辺に朽(くち)ぬとも留置(とどめおか)まし大和魂(やまとだましい)
二十一回猛士


(解説)
有名な辞世の歌である。
「二十一回猛士」とは、杉と吉田(松陰に関係の深い苗字)という漢字を分解して「二十一回」と読み、死ぬまでには全力をあげて二十一回の行動を起こすと誓い、この号を好んで使った。


「吉田松陰留魂録」より

吉田松陰・留魂録





「留魂録」は、松下村塾の塾生の間で回し読みされ、高杉晋作・久坂玄瑞などに志がうけつがれて、倒幕が果たされていった。



死刑が決ったとき、松陰も「ああ、どうしよう、ばかなことをして」と思うことがあったかもしれないけど、

やっぱり、勇気を出して自分の思うことをやった結果だったから、その後死ぬまでの間に、現状を把握して、どうすれば満足かを知ることができて、

「留魂録」を書き上げることにつながり、教え子たちにこころざしが受け継がれたのだと思う。



そういうわけで、
♪〜自分を信じて ひとつ踏み出して
歩いていけそうな気がするよ〜♪


たとえ、玉となって砕けるとも・・・・





(人生の春夏秋冬について、吉田松陰の言葉2もどうぞ)
(親思ふこころについて、吉田松陰の言葉3もどうぞ)
(生きがいについて、吉田松陰の言葉4もどうぞ)
(男子の死すべきところは、吉田松陰の言葉5もどうぞ)





次回は、バレンタイン監督の言葉2


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hi_yo_ko1 at 10:14コメント(2)トラックバック(0) | その他の歌  この記事をクリップ! このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

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コメント一欄

1. Posted by グリム伊藤公雄   2011年04月22日 14:05
吉田松陰なんて大っ嫌い!

なぜなら松陰と彼の弟子たちによって「僕」「君」といった男性に特化した呼称が広まったからです。こういった言葉の性差には悩まされます。

「僕」とはしもべを意味します。辞書で「僕」を引くと、「親しい人や目下の人に対して用いる」と書かれているので、子供が「僕」と言うのは問題ないし、大人でも友達や子供相手に「僕」を使うのは自由だと思いますが、上司など目上の人に対して「僕」を使っているのを見ると、男は女以上にへりくだらんといけんのかっていう感じで、ちょっと嫌です。

敬称の「君(くん)」は同輩や目下の人に対する場合に限って用いられ、「さん」は年長者を含め広く一般的に用いられますが、女子に「さん」、男子に「君」と男女を区別するための使用されるというのは、どうも頂けません。これは男性には上下関係の厳しい環境に耐えることを要求してるのに対し、女性は上下関係をあまり意識せず自由でいいということを暗示しているかにも思えます。あと、小学生から男子の「君」に対して女子が「さん」っていうのは、女子は大人のようにお行儀よくしなさいというのを暗示してるようで、女子もかわいそうなので、女子も「さん」で呼ぶなら男子も「さん」で呼ぶべきと思います。
2. Posted by ひよこ(管理人)   2011年04月22日 21:07
グリム伊藤公雄さん、はじめまして。

「僕」「君」についての面白いお話を、ありがとうございました。

「僕」と言うと、弱い感じを受けると思ったら、へりくだった言い方だったんですね。
そのせいか、男の人で「僕」と言う人はいないですね。みんな「俺」と言います。

「女の子は、こうじゃないとダメ」という話ばかり聞かされて、男は好き勝ってできていいなぁと思っていたら、男は上下関係が厳しいという面があったんですね。

何となくうれしくなってしまいました。

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