2015年06月20日

『魔法のラーメン発明物語 私の履歴書』2(無一文から世紀の発明)






1958年(昭和33年)の春、

私(安藤百福)は

無一文からの再起を期して

即席めん(インスタントラーメン)の開発に没頭していた。



安藤 百福
安藤 百福さん。
インスタントラーメンの開発成功、おめでとうございます!





理事長をしていた信用組合が倒産して、

すべての財産を失った直後だった。



唯一の財産として残った自宅の裏庭に

粗末な小屋を建て、

そこを研究室にあてた。



小屋
自宅の裏庭に建てた研究小屋 (再現)

安藤百福クロニクル から写真をお借りしました)


ここで、お友達のponsunさんからコメントがきたよ。
ponsunさん、ありがとう。

ponsunさん
「>無一文からの再起を期して
>即席めん(インスタントラーメン)の開発に没頭

そうだったのですか
ジェットコースターのような人生
だったのですね」




(私)
底辺から、最高点にまで上がれたんだから、
まさに、 ジェットコースターのような人生ですね。



さて、

著者は、助手も会社仲間もいない状態で、

たった一人で研究に没頭したそうだ。

即席めんの開発に成功した時、

私は48歳になっていた。



遅い出発とよく言われるが、

人生に遅すぎるということはない。

50歳でも60歳からでも新しい出発はある。



私は今年92歳になった。

振り返ると、私の人生は波乱の連続だった。

何度も失意の底に突き落とされた。

しかし、そうした苦しい経験が、

いざという時に常識を超える力を発揮させてくれた。




即席めんの発明にたどり着くには、

やはり48年間の人生が必要だった。


食こそ基本だと気づくために、

飢えに苦しむ経験が必要だった。

(第二次世界大戦中、無実の罪で憲兵隊に捕まり、拷問にかけられ、留置場に放り込まれた。
困ったのは食事だった。まずくて臭くて、とても箸をつける氣になれず、数日間、絶食した。
絶食を続けて、飢えると、どうしても喉を通らなかった食事が食べられるようになった。
極限になれば人間の本質が見えてくるという。
この時、人間にとって、食こそが最も崇高なものなのだと感じられた。
即席めん(インスタントラーメン)の開発の源は、こんなことだった・・・・・『魔法のラーメン発明物語 私の履歴書』1参照)



無借金経営を決断するために、

経営に破たんして、

無一文になる必要があった。

(インスタントラーメンの開発より前に、新しく設立された信用組合の理事長に頼まれてなった。この信用組合はやがて経営破綻に追い込まれていく。
その時の銀行の冷たさはひとしお身に染みた。
私は財産を失い、無一文になった。
この出来事を機に銀行には頼るまいと肝に銘じた。
日清食品を創業して以来、無借金経営を貫いている・・・・・『魔法のラーメン発明物語 私の履歴書』1参照)



必要だから、

イヤなことも起こるんだよね。

(大きな夢を実現するために強くありたいと願ったのに、神は私を謙遜な者とするために弱くなさった。何でも手に入れることができるように富を願ったのに、神は私がエゴイストにならないように貧しくされた。
神様、あなたに求めたことは、何一つかなえられませんでした。しかし、私に必要なことはすべて、私の望みに反して与えられました。神様は賛美されますように。私は誰よりも恵まれた者だったのです。・・・・・必要なことはすべて参照)



48歳で即席ラーメンを発明したことに

驚くのは、まだ早い。

この本の著者安藤百福さんは、

なんと61歳で

カップラーメンの自動販売機を発明するんだ。

す、すごい。



すごい


すごいね  から写真をお借りしました)




ここで、
お友達の はーい♪にゃん太のママ さんからコメントがきたよ。
ありがとう。

はーい♪にゃん太のママさん
「再出発は48才ですか
私もちょうど48才
まだまだひよっこですねー」




(私)
にゃん太のママ さんは、これからもっと、
料理の大発明をされるでしょう。




ついにカップヌードルが完成した。

私(安藤百福)は61歳を迎えていた。

普通の人なら定年になっている年齢だが、

私は自分が生んだ商品を育てることに夢中だった。



1971年(昭和46年)、

自信を持って発売したカップヌードルだったが、

高いとか、

日本の食習慣に合わないという理由で、

問屋から注文はなく、

スーパーや小売店には並ばなかった。



そこで私は、

専用の給湯設備がついた

自動販売機を作ることにした。




当時、お湯の出る自販機はどこにもなく、

メーカーと共同開発した。



自動販売機
カップヌードルの自動販売機。

安藤百福クロニクル から写真をお借りしました)




その後、自販機を置いた小売店を通じて、

カップヌードルはよく売れるという情報が

問屋に逆流し始め、

徐々に引き合いがくるようになっていた。

そこに一気に需要を爆発させるきっかけになる事件が起きた。

1972年の連合赤軍による浅間山荘事件である。




浅間山荘事件
浅間山荘事件。
個人的には、オウム真理教事件より怖かった。

あさま山荘事件から40年も経った から写真をお借りしました)




浅間山荘事件当時、

カップヌードルが納入されていたのは

警視庁の機動隊だけだった



雪の中で

山荘を包囲する機動隊員が

湯気の上がるカップヌードルを食べているのが

繰り返しテレビの画面に大写しされた。



機動隊員
カップヌードルを食べる機動隊員さんたち。
この写真だけを見ると、ほのぼのして見える。

安藤百福クロニクル から写真をお借りしました)





他の県警や報道陣から、

すぐ送ってくれという電話が直接本社に入ってきた。

それがまた新聞で大きく報道された。



浅間山荘事件の中継の視聴率は66.5%に達した。

カップヌードルは火がついたように売れ出し、

生産が追いつかなくなった。


戦って道を開いちゃうところは、青春だなぁ。

(結局、真の知識を手に入れたい人は誰でも、険しい山を一人で登らなければならないからだ。頂上へは楽な道などない。それなら私は自分なりにジグザグに登ればいい。何度も足を滑らせては後退し、転び、隠れていた障害物にぶつかる。それでも、気を取り直し、意気高らかに進むのだ。苦しんだ1歩1歩が勝利なのだ。もうひと踏ん張りすれば、輝く雲に、青空の深みに、そして夢見ていた頂上に到達できる。・・・・・『奇跡の人ヘレン・ケラー自伝』3参照)


1999年には、

「インスタントラーメン発明記念館」を建設した。



発明記念館の中に、

当時の研究小屋が再現された。

あまりにも粗末な建物で恥ずかしかったが、

「研究や発明は立派な設備がなくてもできる。

ベンチャーは創造力だ」


という私の思いを伝えるために

ぜひ必要だった。



記念館を訪れた子供たちに、

身の回りの至る所に

発明のヒントがある
ことを知ってもらいたかったのである。



天ぷら鍋
「麺を油で揚げる」ことが、美味しくて保存のきく乾燥麺の大発明につながった。
乾燥麺にお湯をかければ、元の柔らかい麺にもどる。

安藤百福クロニクル 参考)




展示コーナーでは、

事業に失敗して財産を失い、

48歳から再出発した経緯が紹介されている。



決して人生を捨ててはいけない。

人生に遅すぎることはない。


私の実体験に込められた無言のメッセージを

感じ取っていただければと思う。




実際に、

リストラの渦中で職を失った40代、50代の人々が

記念館を訪れ、

大いに勇気づけられたという感謝の声を聞いている。





インスタントラーメン発明記念館

〒563-0041 大阪府池田市満寿美町8-25

入館料:無料

開館時間:9時30分〜16時 (入館は15時30分まで)

休館日:火曜日 (祝日の場合は翌日が休館)・年末年始

案内ダイヤル:072-752-3484 (9時〜16時・休館日を除く)





『魔法のラーメン発明物語 私の履歴書』より


はーい♪にゃん太のママさん
「安藤百福さんは、非常にenergy溢れる方ですね
何かを成し遂げる方は、
内から溢れるenergyが凄いですね(*^_^*)
いくつになっても成長し続ける。
いいですね(*^_^*)」





(私)
青春は年齢じゃないね。

(青春とは心の若さである 信念と希望にあふれ勇気にみちて 日に新たな活動をつづけるかぎり 青春は永遠にその人のものである。・・・・・松下幸之助の言葉5参照)




今が青春真っ盛りの人って、

今一瞬を精一杯生きている。

(過去を気にしない。未来を語り 今、この瞬間を生きる。・・・・・柔道の金メダリスト山下泰裕の言葉参照)









(『魔法のラーメン発明物語 私の履歴書』1もどうぞ
◎即席めん(インスタントラーメン)の開発の源は飢え。
◎食足りて世は平らか。
◎銀行には頼るまいと肝に銘じた出来事。)







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1. Posted by ponsun   2015年06月21日 06:00
5

無一文からの再起を期して
即席めん(インスタントラーメン)の開発に没頭

そうだったのですか
ジェットコースターのような人生
だったのですね


ありがとうございます
2. Posted by はーい♪にゃん太のママ   2015年06月21日 13:47
再出発は48才ですか
私もちょうど48才
まだまだひよっこですねー
非常にenergy溢れる方ですね
何かを成し遂げる方は、
内から溢れるenergyが凄いですね(*^_^*)
いくつになっても成長し続ける。
いいですね(*^_^*)
3. Posted by ひよこ(管理人)   2015年06月25日 17:07
ponsunさん、

人生の山だけじゃなく、谷も、
あるがまま受け止めると、
いいことがありそうですね。


ありがとうございます。
4. Posted by ひよこ(管理人)   2015年06月26日 11:53
はーい♪にゃん太のママさん、

にゃん太のママさんも、私も、
まだまだ、これからです。

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