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<title>人生事始め～あれこれ～</title>
<link>http://blog.livedoor.jp/hibiarata/</link>
<description>　晩年の人生を送るに当たって、この世のあれやこれやを私なりにアレンジしたよもやま話です。     ユニバースで山口修源氏のお話を聞いて学んだこと等も参考にしています。
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<item rdf:about="http://blog.livedoor.jp/hibiarata/archives/1304007.html">
<title>ニューパラダイム～意識編～一寸一服</title>
<link>http://blog.livedoor.jp/hibiarata/archives/1304007.html</link>
<description>　今日我々の魂の科学は、その大部分が学習迷路の中のネズミの反応や個人的なエディプス・コンプレックス、すなわち根源的レベルの自我の発達を扱うものに過ぎなくたってしまった。
　この還元的手法は奥深い魂のヴィジョンを覆い隠してきたばかりか、我々自身の伝統的な霊...</description>
<dc:creator>hibiarata</dc:creator>
<dc:date>2011-07-09T22:00:21+09:00</dc:date>
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<content:encoded><![CDATA[　今日我々の魂の科学は、その大部分が学習迷路の中のネズミの反応や個人的なエディプス・コンプレックス、すなわち根源的レベルの自我の発達を扱うものに過ぎなくたってしまった。<br>
　この還元的手法は奥深い魂のヴィジョンを覆い隠してきたばかりか、我々自身の伝統的な霊性の理解をを台無しにし、それらを単次元的な人間観に一律的に従わせる手助けをしてきた。<br>
　天は否定され、地は無視されてしまった。<br>
　そして、我々はその狭間で金縛りになっている。（Ｋ・ウィルバー）<br>
<br>
　真実は身近にある。<br>
　それを捜し求める必要はない。<br>
　真理を捜す者は、決してそれを見出すことはないだろう。<br>
　真理はあるがままの内にある──それがその素晴らしいところである。<br>
　しかし、それを心に抱いたとたん、それを捜しはじめたとたん、葛藤がはじまる。<br>
　葛藤する者は、理解することが出来ない。<br>
　我々が静寂に注意深く、受動的に醒めていなければならないのはそのためである。（Ｊ・クリシュナムルティ）<br>
<br>
　<a href="http://soundpochette.com/">山口修源氏</a>著「仏陀出現のメカニズム」の中に、「ニューパラダイム」と言う言葉が出てきます。記事は、「ニューパラダイム」をキーワードに、２０年前に出版された「パラダイムブック」と題する本等を参考して記述しています。<b></b>
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<item rdf:about="http://blog.livedoor.jp/hibiarata/archives/1304006.html">
<title>ニューパラダイム～意識編～多層的サイコセラピーと意識の深化　その１３</title>
<link>http://blog.livedoor.jp/hibiarata/archives/1304006.html</link>
<description>　心のレベルのサイコセラピー～只常にある

　また、「見るもの」と「見られるもの」の分裂、つまり原初の二元論が思考や概念化によって出来上がってしまうことについてクリシュナムルティはこう示唆している。

　ご存知のように観察することは最も難しいことの一つで...</description>
<dc:creator>hibiarata</dc:creator>
<dc:date>2011-04-08T22:00:06+09:00</dc:date>
<dc:subject></dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[　心のレベルのサイコセラピー～只常にある<br>
<br>
　また、「見るもの」と「見られるもの」の分裂、つまり原初の二元論が思考や概念化によって出来上がってしまうことについてクリシュナムルティはこう示唆している。<br>
<br>
　ご存知のように観察することは最も難しいことの一つである。つまり、全てのものをそのイメージをもたずに眺めること、例えば、雲を以前からある雲にまつわる連想をもたずに眺めたり、花を花にまつわるイメージ、記憶、連想をもたずに眺めたりすることである。何故なら、こういった連想、イメージ、記憶は、観察するものとされるものとの間に間隙を生み出すからである。見るものと見られるものとの間のこの間隙、この境界の中に人間のあらゆる矛盾が存在している。観察するものとされるものとの間に隔たりを存在させないためには、イメージをもたずに見る必要があるのだ。<br>
<br>
　主体と客体の二元論の崩壊は、同時に過去と未来、生と死の二元論の崩壊であり、そのとき人は夢から覚めたように、無限の広がりを持つ宇宙的意識の世界に目覚めることになる。しかし、宇宙意識といったからといって、めくるめくるような幻覚の世界に目覚めるのではない。それは常にすでにあるものとして体験する「今ここ」に目覚めることなのである。<br>
<br>
　<a href="http://soundpochette.com/">山口修源氏</a>著「仏陀出現のメカニズム」の中に、「ニューパラダイム」と言う言葉が出てきます。記事は、「ニューパラダイム」をキーワードに、２０年前に出版された「パラダイムブック」と題する本等を参考して記述しています。<b></b>
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<item rdf:about="http://blog.livedoor.jp/hibiarata/archives/1304005.html">
<title>ニューパラダイム～意識編～多層的サイコセラピーと意識の深化　その１２</title>
<link>http://blog.livedoor.jp/hibiarata/archives/1304005.html</link>
<description>　心のレベルのサイコセラピー～悟り

　「神秘家は、超俗的であり、完全に日常的リアリティとの接触を失っている、自己中心的である、絶えずトランス状態に浸っている」等といった主張は、神秘主義に対する無知を物語っている。それどころか、この見解はあらゆる伝統的に偉...</description>
<dc:creator>hibiarata</dc:creator>
<dc:date>2010-09-14T22:00:24+09:00</dc:date>
<dc:subject></dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[　心のレベルのサイコセラピー～悟り<br>
<br>
　「神秘家は、超俗的であり、完全に日常的リアリティとの接触を失っている、自己中心的である、絶えずトランス状態に浸っている」等といった主張は、神秘主義に対する無知を物語っている。それどころか、この見解はあらゆる伝統的に偉大な師が語ってきた「日々の日常的な意識、それがタオである」という言葉を完全に見逃している。<br>
<br>
　「低次の」神秘主義と「真の」神秘主義の区別は、先にみた超個的目撃者の心の区別にある。超個的目撃者の状態は、未だに原初の二元論、つまり見るものと見られるものとの微妙な二元論を含んでいることに注意する必要がある。人が心に目覚めるのは、この二元論の最終の痕跡が、究極的に粉砕されるときである。その瞬間に、見るものと見られるものは一つになる。<br>
<br>
　この心のレベルは、便宜上スペクトルの最深レベルとされているが、心とは何か到達するようなレベルではない。むしろ、「全包括的であるにも拘らず次元をもたないリアリティ」であり、隠れているものでもなく、当たり前の普通の意識状態なのである。<br>
<br>
　<a href="http://soundpochette.com/">山口修源氏</a>著「仏陀出現のメカニズム」の中に、「ニューパラダイム」と言う言葉が出てきます。記事は、「ニューパラダイム」をキーワードに、２０年前に出版された「パラダイムブック」と題する本等を参考して記述しています。<b></b>
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<item rdf:about="http://blog.livedoor.jp/hibiarata/archives/1304004.html">
<title>ニューパラダイム～意識編～多層的サイコセラピーと意識の深化　その１１</title>
<link>http://blog.livedoor.jp/hibiarata/archives/1304004.html</link>
<description>　超個的帯域のサイコセラピー～二つの神秘主義
　
　ウィルバーはここで、「より低次の」神秘主義と「真の」神秘主義と呼び、二つの神秘主義があることを語っている。
　超個的目撃の状態は、依然として微妙な形で原初の二元論、すなわち目撃するものとされるものという二元...</description>
<dc:creator>hibiarata</dc:creator>
<dc:date>2010-09-05T22:00:24+09:00</dc:date>
<dc:subject></dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[　超個的帯域のサイコセラピー～二つの神秘主義<br>
　<br>
　ウィルバーはここで、「より低次の」神秘主義と「真の」神秘主義と呼び、二つの神秘主義があることを語っている。<br>
　超個的目撃の状態は、依然として微妙な形で原初の二元論、すなわち目撃するものとされるものという二元論を含んでいる。このために、この帯域が「より低次の」神秘主義であるという。<br>
<br>
　そして「人が心に目覚めるのは、この最後の二元論の痕跡が最終的に木っ端微塵に粉砕されるときである」として、目撃するものとされるものが一つの同じものになる、心のレベルを、「真の」神秘主義と呼んでいる。<br>
<br>
　<a href="http://soundpochette.com/">山口修源氏</a>著「仏陀出現のメカニズム」の中に、「ニューパラダイム」と言う言葉が出てきます。記事は、「ニューパラダイム」をキーワードに、２０年前に出版された「パラダイムブック」と題する本等を参考して記述しています。<b></b>
<img src="http://counter2.blog.livedoor.com/c?ro=1&act=rss&output=no&id=2882079&name=hibiarata&pid=1304004" width="1" height="1" />
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<item rdf:about="http://blog.livedoor.jp/hibiarata/archives/1222297.html">
<title>ニューパラダイム～意識編～多層的サイコセラピーと意識の深化　その１０</title>
<link>http://blog.livedoor.jp/hibiarata/archives/1222297.html</link>
<description>　超個的帯域のサイコセラピー～二元論の停止

　ここに至って、初めて原初の二元論を除き、全ての二元論が停止する。仮面や影、精神対身体の二元論も当然停止する。

　この帯域では、世界があるがままの流れを、干渉、注釈、操作せずに観察する超個的目撃者として体験され...</description>
<dc:creator>hibiarata</dc:creator>
<dc:date>2010-08-26T22:00:21+09:00</dc:date>
<dc:subject></dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[　超個的帯域のサイコセラピー～二元論の停止<br>
<br>
　ここに至って、初めて原初の二元論を除き、全ての二元論が停止する。仮面や影、精神対身体の二元論も当然停止する。<br>
<br>
　この帯域では、世界があるがままの流れを、干渉、注釈、操作せずに観察する超個的目撃者として体験される。この目撃者は只管独創的な超然とした態度をもって、心身の内外双方の出来事を見守っている。この立場は、あらゆる仏教の初歩の実践（念）、サイコシンセシス、ジュニャーナ・ヨーガの基盤となっているものだ。<br>
<br>
　ところで、グロフの考察やアートマン・プロジェクトでもみたように、西欧的な現代文明が、文明規模で自我レベルの神経症的な様相を呈していることを思い出してもらいたい。この危機は、現代人が首まで浸っている二元論的な思考と行動様式がその根にある。<br>
<br>
　トランスパーソナルな帯域の体験は、この二元論を治癒することが出来る。だとすれば、この帯域の体験を通して、メンタル・エゴを超えた霊的次元に、人類の意識進化のステップを進めることが出来るかも知れない。<br>
<br>
　<a href="http://soundpochette.com/">山口修源氏</a>著「仏陀出現のメカニズム」の中に、「ニューパラダイム」と言う言葉が出てきます。記事は、「ニューパラダイム」をキーワードに、２０年前に出版された「パラダイムブック」と題する本等を参考して記述しています。<b></b>
<img src="http://counter2.blog.livedoor.com/c?ro=1&act=rss&output=no&id=2882079&name=hibiarata&pid=1222297" width="1" height="1" />
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<item rdf:about="http://blog.livedoor.jp/hibiarata/archives/1222296.html">
<title>ニューパラダイム～意識編～多層的サイコセラピーと意識の深化　その９</title>
<link>http://blog.livedoor.jp/hibiarata/archives/1222296.html</link>
<description>　超個的帯域のサイコセラピー～ユングの集合無意識

　だが、このトランスパーソナルな帯域に有益な側面を見たいのであれば、チベット密教の純粋な形に目を向けるか、西洋的伝統の流れのものとしては、ユングの分析心理学に注目すれば良いだろう。

　ユングは集合無意識の...</description>
<dc:creator>hibiarata</dc:creator>
<dc:date>2010-08-01T22:00:26+09:00</dc:date>
<dc:subject></dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[　超個的帯域のサイコセラピー～ユングの集合無意識<br>
<br>
　だが、このトランスパーソナルな帯域に有益な側面を見たいのであれば、チベット密教の純粋な形に目を向けるか、西洋的伝統の流れのものとしては、ユングの分析心理学に注目すれば良いだろう。<br>
<br>
　ユングは集合無意識のなかには、「常に人間の思考の基盤となってきた原初のイメージもあらかじめ形成されている」と述べている。この「原初のイメージ」とは神話等に物語られる元型のことである。<br>
<br>
　ユングのいうように、人類共通の元型や神話的イメージの目を通して人生を考えるようになれば、当人の自覚は、必ず普遍的な視点、超越的、脱個人的、超個的観点へと転換し始める。<br>
<br>
　こうして、個人はもはや分離した自己という自己感覚にだけ独占的に同一化しなくなり、恐怖、不安、憂鬱、執着といったものを手放し、空に浮かぶ雲よ小川を流れる水を見るときと同じように透明さと公平さをもって人生を眺め始める。<br>
<br>
　<a href="http://soundpochette.com/">山口修源氏</a>著「仏陀出現のメカニズム」の中に、「ニューパラダイム」と言う言葉が出てきます。記事は、「ニューパラダイム」をキーワードに、２０年前に出版された「パラダイムブック」と題する本等を参考して記述しています。<b></b>
<img src="http://counter2.blog.livedoor.com/c?ro=1&act=rss&output=no&id=2882079&name=hibiarata&pid=1222296" width="1" height="1" />
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<item rdf:about="http://blog.livedoor.jp/hibiarata/archives/1222294.html">
<title>ニューパラダイム～意識編～多層的サイコセラピーと意識の深化　その８</title>
<link>http://blog.livedoor.jp/hibiarata/archives/1222294.html</link>
<description>　超個的帯域のサイコセラピー～神秘と魔境

　このレベルは、個人の自伝的な範囲を超えた、実存のレベルと心のレベルの間に存在する、神秘的で誤解され易く、一般に他の意識の帯域ほど研究されてこなかった。

　この理由は、以下の点が挙げられる。
　第一に、大半の人が恐...</description>
<dc:creator>hibiarata</dc:creator>
<dc:date>2010-07-17T22:00:55+09:00</dc:date>
<dc:subject></dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[　超個的帯域のサイコセラピー～神秘と魔境<br>
<br>
　このレベルは、個人の自伝的な範囲を超えた、実存のレベルと心のレベルの間に存在する、神秘的で誤解され易く、一般に他の意識の帯域ほど研究されてこなかった。<br>
<br>
　この理由は、以下の点が挙げられる。<br>
　第一に、大半の人が恐怖と当惑の念を持って受け止める帯域であることが挙げられる。<br>
　第二に、正統的な精神医学が、それらを精神傷害の兆候と看做してきた。「精神的な疾患」と診断されている人の多くは、適切な案内人がいないために、この帯域の中で道を失っていることが多い。しかし、この帯域それ自体は、決して病理学的なものではない。<br>
　第三に、精神伝統の覚者達が、この帯域を魔境──最も欺瞞に満ちた性質の幻覚──と看做したこと。<br>
<br>
　<a href="http://soundpochette.com/">山口修源氏</a>著「仏陀出現のメカニズム」の中に、「ニューパラダイム」と言う言葉が出てきます。記事は、「ニューパラダイム」をキーワードに、２０年前に出版された「パラダイムブック」と題する本等を参考して記述しています。<b></b>
<img src="http://counter2.blog.livedoor.com/c?ro=1&act=rss&output=no&id=2882079&name=hibiarata&pid=1222294" width="1" height="1" />
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</item>
<item rdf:about="http://blog.livedoor.jp/hibiarata/archives/1222293.html">
<title>ニューパラダイム～意識編～多層的サイコセラピーと意識の深化　その７</title>
<link>http://blog.livedoor.jp/hibiarata/archives/1222293.html</link>
<description>　実存レベルのサイコセラピー～有機的パラダイム・シフト

　従って、このレベルのセラピーは日常生活において忘れ去られている身体感覚を取り戻し、身体に閉じ込められ、抑圧された衝動を徹底的に味わい尽くすことによって、自我と身体との間の障害を取り除くことを目標と...</description>
<dc:creator>hibiarata</dc:creator>
<dc:date>2010-07-08T22:00:59+09:00</dc:date>
<dc:subject></dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[　実存レベルのサイコセラピー～有機的パラダイム・シフト<br>
<br>
　従って、このレベルのセラピーは日常生活において忘れ去られている身体感覚を取り戻し、身体に閉じ込められ、抑圧された衝動を徹底的に味わい尽くすことによって、自我と身体との間の障害を取り除くことを目標とする。これには主として呼吸法が使われることが多い。<br>
<br>
　今日発達している実存レベルのセラピーには、心から働きかけて身体を統合するものと。身体から働きかけて心を統合するものが存在している。この違いは、デカルト・ニュートン的パラダイムから、より有機的なパラダイムに転換するに当たって、自身の存在感覚の転換にもつながる重要なポイントであると言えよう。<br>
<br>
　六十年代以降急速に瞑想が西洋社会の中で行なわれるようになったものの、大きな目で見れば、理性や知性偏重の社会的文化的方向性に対する有機体の全体性を回復しようとするパラダイム・シフトの一環だといえるだろう。人生全体を真に享受するうえでも、実存レベルに対する自覚は非常に重要な要素である。<br>
<br>
　<a href="http://soundpochette.com/">山口修源氏</a>著「仏陀出現のメカニズム」の中に、「ニューパラダイム」と言う言葉が出てきます。記事は、「ニューパラダイム」をキーワードに、２０年前に出版された「パラダイムブック」と題する本等を参考して記述しています。<b></b>
<img src="http://counter2.blog.livedoor.com/c?ro=1&act=rss&output=no&id=2882079&name=hibiarata&pid=1222293" width="1" height="1" />
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<item rdf:about="http://blog.livedoor.jp/hibiarata/archives/1222290.html">
<title>ニューパラダイム～意識編～多層的サイコセラピーと意識の深化　その６</title>
<link>http://blog.livedoor.jp/hibiarata/archives/1222290.html</link>
<description>　実存レベルのサイコセラピー～ケンタウロス

　「意識のスペクトル」では、このレベルはその直下に超個的帯域と心のレベルがある。有機体対環境、或いは自己対他者という原初の二元論と生対死、或いは存在対無という第二の二元論によってこのレベルはしるされている。この...</description>
<dc:creator>hibiarata</dc:creator>
<dc:date>2010-06-28T22:00:48+09:00</dc:date>
<dc:subject></dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[　実存レベルのサイコセラピー～ケンタウロス<br>
<br>
　「意識のスペクトル」では、このレベルはその直下に超個的帯域と心のレベルがある。有機体対環境、或いは自己対他者という原初の二元論と生対死、或いは存在対無という第二の二元論によってこのレベルはしるされている。このレベルは有機体全体のことである。<br>
　<br>
　実存レベルのセラピーは、精神と肉体の分離、ウィルバーの第三の二元論による自我と身体の分離の統合を目指すものだ。自我のレベルのセラピーにおいて、自己のあらゆる精神的側面とのアイデンティティの拡大を目標にしたのと同様に、実存レベルのセラピーは、全有機体のあらゆる面にアイデンティティを拡大することを目指す。ウィルバーは、自己の有機体全体とのアイデンティティを確立した存在をケンタウロスと呼んでいる。心身の統合されたケンタウロスこそ、このレベルのセラピーが目指すものである。<br>
<br>
　<a href="http://soundpochette.com/">山口修源氏</a>著「仏陀出現のメカニズム」の中に、「ニューパラダイム」と言う言葉が出てきます。記事は、「ニューパラダイム」をキーワードに、２０年前に出版された「パラダイムブック」と題する本等を参考して記述しています。<b></b>
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</item>
<item rdf:about="http://blog.livedoor.jp/hibiarata/archives/1222289.html">
<title>ニューパラダイム～意識編～多層的サイコセラピーと意識の深化　その５</title>
<link>http://blog.livedoor.jp/hibiarata/archives/1222289.html</link>
<description>　生物社会的帯域のサイコセラピー

　生物社会的帯域とは、社会生活のうえでの取り決めとか、文化様式の広大な見取り図のことである。これは人間の価値観や行動に強い影響をおよぼしている。特に、個人の自我の構造と、思考過程の様式を形成する基盤を提供するものである。
...</description>
<dc:creator>hibiarata</dc:creator>
<dc:date>2010-06-21T22:00:34+09:00</dc:date>
<dc:subject></dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[　生物社会的帯域のサイコセラピー<br>
<br>
　生物社会的帯域とは、社会生活のうえでの取り決めとか、文化様式の広大な見取り図のことである。これは人間の価値観や行動に強い影響をおよぼしている。特に、個人の自我の構造と、思考過程の様式を形成する基盤を提供するものである。<br>
<br>
　今日の現代社会のように競争が基本的な文化の行動規範である社会では、人々が互いに愛し合うことを学ぶのは、ほとんど不可能に近い。この生物社会的帯域の生地そのものに、神経症や精神病を生み出しうる二重拘束が、組み込まれているのである。<br>
<br>
　この領域に入るセラピーは、「生物社会的帯域の誤用」に着目したもので、個人的な歪みや抑圧よりも更に一段階深いレベル、つまり、言語や論理といった社会的パターンによって歪められた認識に関わっていくものである。従って、症状の社会的背景が、この帯域の治療にとって重要なものになる。<br>
<br>
　<a href="http://soundpochette.com/">山口修源氏</a>著「仏陀出現のメカニズム」の中に、「ニューパラダイム」と言う言葉が出てきます。記事は、「ニューパラダイム」をキーワードに、２０年前に出版された「パラダイムブック」と題する本等を参考して記述しています。<b></b>
<img src="http://counter2.blog.livedoor.com/c?ro=1&act=rss&output=no&id=2882079&name=hibiarata&pid=1222289" width="1" height="1" />
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<item rdf:about="http://blog.livedoor.jp/hibiarata/archives/1222288.html">
<title>ニューパラダイム～意識編～多層的サイコセラピーと意識の深化　その４</title>
<link>http://blog.livedoor.jp/hibiarata/archives/1222288.html</link>
<description>　自我レベルのサイコセラピー～健全な自我

　「無意識の意識化」、「自我の強化」、「正確な自己イメージの発展」を目指し、自らの影に直面し、後にその影を奪回し、「旧敵のなかに友を見出す」治療法が、自我レベルのセラピーである。

　影と仮面の分離に悩んでいる現代...</description>
<dc:creator>hibiarata</dc:creator>
<dc:date>2010-06-10T22:00:01+09:00</dc:date>
<dc:subject></dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[　自我レベルのサイコセラピー～健全な自我<br>
<br>
　「無意識の意識化」、「自我の強化」、「正確な自己イメージの発展」を目指し、自らの影に直面し、後にその影を奪回し、「旧敵のなかに友を見出す」治療法が、自我レベルのセラピーである。<br>
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　影と仮面の分離に悩んでいる現代人が、より深い精神的境地、心のレベルや超個的帯域に到達するためには、影を統合した「健全な自我」を育成することが、時代の要請でもあり、又、超個的帯域の不可思議なリアリティに出会った時に、我を忘れて、狂気に陥らないためにも非常に重要なポイントとなるのである。<br>
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　トランスパーソナル心理学が、「健全な自我」の育成を唱えていることは、精神伝統の諸潮流に対してもパラダイム・シフトを迫るものであるといえよう。<br>
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　<a href="http://soundpochette.com/">山口修源氏</a>著「仏陀出現のメカニズム」の中に、「ニューパラダイム」と言う言葉が出てきます。記事は、「ニューパラダイム」をキーワードに、２０年前に出版された「パラダイムブック」と題する本等を参考して記述しています。<b></b>
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<item rdf:about="http://blog.livedoor.jp/hibiarata/archives/1222286.html">
<title>ニューパラダイム～意識編～多層的サイコセラピーと意識の深化　その３</title>
<link>http://blog.livedoor.jp/hibiarata/archives/1222286.html</link>
<description>　自我レベルのサイコセラピー～仮面と影の統合

　このレベルのサイコセラピーの目的は、仮面と影の統合にある。自己イメージに合わず、自らが受け入れられないために疎外された自己の局面は、自分自身の外側や他人に投影される。この投影された自己の一側面を取り戻すこと...</description>
<dc:creator>hibiarata</dc:creator>
<dc:date>2010-05-24T22:00:30+09:00</dc:date>
<dc:subject></dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[　自我レベルのサイコセラピー～仮面と影の統合<br>
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　このレベルのサイコセラピーの目的は、仮面と影の統合にある。自己イメージに合わず、自らが受け入れられないために疎外された自己の局面は、自分自身の外側や他人に投影される。この投影された自己の一側面を取り戻すことが出来れば、自己のアイデンティティの感覚を広げることが出来るのだ。<br>
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　そのためには、我々が接触を失い、抑圧し、他人に投影したり、切捨て、疎外し、押しやって忘れ去ってしまった自我の潜在的可能性である影がいかにして発生したかを思い出し、もう一度接触を果たし、再所有しなければならない。<br>
　<br>
フロイトの精神分析、サイコドラマ、交流分析、リアリティ・セラピー、他の精神分析的自我の心理学等がこれに対応する心理療法のグループである。現在日本で行なわれている精神医学的療法は、このレベルに対応するものが多く、またそのほとんどが西洋で発達した心理療法である。<br>
<br>
　これは、自分の役割、自己イメージの意識的側面と無意識的側面を包括し、自我を強化し、保たせ、世の中で戦いが出来るようにするためのセラピーだともいえるだろう。<br>
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　<a href="http://soundpochette.com/">山口修源氏</a>著「仏陀出現のメカニズム」の中に、「ニューパラダイム」と言う言葉が出てきます。記事は、「ニューパラダイム」をキーワードに、２０年前に出版された「パラダイムブック」と題する本等を参考して記述しています。<b></b>
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<item rdf:about="http://blog.livedoor.jp/hibiarata/archives/1222279.html">
<title>ニューパラダイム～意識編～多層的サイコセラピーと意識の深化　その２</title>
<link>http://blog.livedoor.jp/hibiarata/archives/1222279.html</link>
<description>　影のレベルのサイコセラピー

　このレベルの精神病的症状は、人間精神の意識的側面と無意識的側面の間のコミュニケーションの断絶、あるいは仮面と影の間の亀裂にその原因がある。

　しかし、影の部分が強くなりすぎ、自己イメージが保てなくなると、社会的対応が出来な...</description>
<dc:creator>hibiarata</dc:creator>
<dc:date>2010-05-16T22:00:29+09:00</dc:date>
<dc:subject></dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[　影のレベルのサイコセラピー<br>
<br>
　このレベルの精神病的症状は、人間精神の意識的側面と無意識的側面の間のコミュニケーションの断絶、あるいは仮面と影の間の亀裂にその原因がある。<br>
<br>
　しかし、影の部分が強くなりすぎ、自己イメージが保てなくなると、社会的対応が出来なくなる場合がある。強度の二重拘束や精神分裂病等がその症状の例だといえよう。　　<br>
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　そのような人には、先ず受容可能な自己イメージの形成に力を注ぐことが必要になる。社会的に機能できる状態へと介助することが大切とされる。つまり、仮面と影の統合、すなわち、第四の二元論の統合による解決にはならないが、社会、あるいは日常生活に適応させるところまで、とりあえずもっていくセラピーがこのレベルに入る。カウンセリングとサポーティヴ・セラピーが、このレベルの療法である。<br>
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　このレベルでは、フロイトの精神力学を解釈する理論が、理想的な枠組みを提供してくれる。<br>
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　<a href="http://soundpochette.com/">山口修源氏</a>著「仏陀出現のメカニズム」の中に、「ニューパラダイム」と言う言葉が出てきます。記事は、「ニューパラダイム」をキーワードに、２０年前に出版された「パラダイムブック」と題する本等を参考して記述しています。<b></b>
<img src="http://counter2.blog.livedoor.com/c?ro=1&act=rss&output=no&id=2882079&name=hibiarata&pid=1222279" width="1" height="1" />
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<item rdf:about="http://blog.livedoor.jp/hibiarata/archives/1222266.html">
<title>ニューパラダイム～意識編～多層的サイコセラピーと意識の深化　その１</title>
<link>http://blog.livedoor.jp/hibiarata/archives/1222266.html</link>
<description>　サイコセラピーとは

　サイコセラピー（心理療法）と聞くと、精神的な不調や病気の治療が主な目的であると考えがちである。しかし、近年では人間性心理学やトランスパーソナル心理学から、意識の創造的な面を拡大しようとするサイコセラピーも生まれている。仏教の修行法...</description>
<dc:creator>hibiarata</dc:creator>
<dc:date>2010-05-08T22:00:35+09:00</dc:date>
<dc:subject></dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[　サイコセラピーとは<br>
<br>
　サイコセラピー（心理療法）と聞くと、精神的な不調や病気の治療が主な目的であると考えがちである。しかし、近年では人間性心理学やトランスパーソナル心理学から、意識の創造的な面を拡大しようとするサイコセラピーも生まれている。仏教の修行法も、「悟り」という非常に健全な意識状態を目指す精神技術の一つとみなせば、現代的な意味が浮かび上がってくるだろう。<br>
<br>
　つまり、精神的な不調や病気を治療することを目的としたサイコセラピーに加え、より創造的な方向にサイコセラピー自体がパラダイム・シフトしているといえるだろう。<br>
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　従って、ウィルバーが提唱した「意識のスペクトル」を一つのモデルとして、心の病から悟りというような健全な意識のレベルまでを、意識の全スペクトルとして多次元的の捉え、スペクトル・レベルに合った対応をすることが必要である。当然それは、サイコセラピーにおける多層的アプローチとして考えなければならないことになる。<br>
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　<a href="http://soundpochette.com/">山口修源氏</a>著「仏陀出現のメカニズム」の中に、「ニューパラダイム」と言う言葉が出てきます。記事は、「ニューパラダイム」をキーワードに、２０年前に出版された「パラダイムブック」と題する本等を参考して記述しています。<b></b>
<img src="http://counter2.blog.livedoor.com/c?ro=1&act=rss&output=no&id=2882079&name=hibiarata&pid=1222266" width="1" height="1" />
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<item rdf:about="http://blog.livedoor.jp/hibiarata/archives/1051769.html">
<title>ニューパラダイム～意識編～ガイアの目覚めとアートマン・プロジェクト　その４</title>
<link>http://blog.livedoor.jp/hibiarata/archives/1051769.html</link>
<description>　危機の超越

　グロフによると、ＢＰＭの力と直面し、うまく「死と再生」の体験を中和し、超個レベルとの体験的な結びつを獲得した人には大きな変化が観察されるという。これらの人は、誕生時の恐怖の記憶から脱け出し、出生前後の優しく育まれた記憶を呼び戻すことが出来...</description>
<dc:creator>hibiarata</dc:creator>
<dc:date>2010-04-30T22:00:08+09:00</dc:date>
<dc:subject></dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[　危機の超越<br>
<br>
　グロフによると、ＢＰＭの力と直面し、うまく「死と再生」の体験を中和し、超個レベルとの体験的な結びつを獲得した人には大きな変化が観察されるという。これらの人は、誕生時の恐怖の記憶から脱け出し、出生前後の優しく育まれた記憶を呼び戻すことが出来る。また、超個レベルを体験すると、身体や自我への同一化が拡大され、環境や宇宙とのアイデンティティを獲得し、全創造物との融合という視点を持つことが出来る。<br>
<br>
　この手がかりは、超個レベルの精神との体験的結びつきを獲得した人々を研究することによってもたらされる。その実例が、人間性心理学やトランスパーソナル心理学、さらには世界の偉大な霊的諸伝統によって開発された体験的ワークの中に見出すことができる。<br>
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　<a href="http://soundpochette.com/">山口修源氏</a>著「仏陀出現のメカニズム」の中に、「ニューパラダイム」と言う言葉が出てきます。記事は、「ニューパラダイム」をキーワードに、２０年前に出版された「パラダイムブック」と題する本等を参考して記述しています。<b></b>
<img src="http://counter2.blog.livedoor.com/c?ro=1&act=rss&output=no&id=2882079&name=hibiarata&pid=1051769" width="1" height="1" />
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