2006年01月

2006年の第1回目の例会は響の重鎮、小原さんが風邪でダウンとのことで私、児玉が急きょ今夜のトーストマスターを引き受けることになりました。

豊島会長の定刻どおりのオープニングに続き、堀さんによる「青春」という今夜の言葉が紹介されました。
ソーリーさんのトリノ・オリンピックに関するテーブルトッピックスで、例会は、和やかな雰囲気になりました。

この日のスピーチは大変な充実ぶりでした。石塚さんのアイスブレーカー・スピーチ「石塚多恵子です」、長屋さんの「双方の言い分」、角田さんの「美しい数学」、池田さんの「声の言葉」という豪華4本立てで、圧倒的な内容とバラエティーでした。

論評者は、それぞれのスピーチの目的を確認した上での適切なコメント・提案を提示してくれました。

紀副会長による森永さんの入会式で無事終了しました。
例会後の定例飲み会は、中華料理屋さんで行われました。


例会45-1_入会式例会45-2_受賞者.JPG例会45-3_2次会
(入会式)(受賞者)(2次会)

報告者:児玉(今夜のトーストマスター)

2006年の最初の例会は、とても刺激的な例会でした。
それは、新年早々にゲスト2名の参加があったからです。
通常例会の役割紹介、司会進行は、ゲストの参加、否かで
雰囲気が違います。一つ一つの説明が効果的になります。

最近のゲストが参加に至るまでの流れは2つあるようです。
1つは、ホームページの検索によるものです。
キーワードは、「スピーチ」、「ディベート」、「話方教室」
「プレゼンテーション」など、様々です。
トーストマスターズの名称は、日本では、まだまだ聞きなれない言葉です。
昔、宗教法人に間違われたこともあったそうです。
例会に参加して、初めて、この団体は、教育団体であることが明確になります。

響クラブのホームページ、ブログは、効果が高いと思われます。
また検索の上位に響のホームページがくるというこです。
広報担当の吉村さん、ブログ担当の小原さんには、感謝したいと
思います。

もう一つは、他の教育団体、ワークショップの参加者へのアプローチです。
コミュニケーションスキルを磨くためのこの手のものは、数多くあり、そして
お金がかかると聞いています。
会員担当の紀さんの活動は効果的です。
「コーチング」というワークショップの参加者へのアプローチでゲストが増えました。
メーリングリストへ紹介や、実際にご自信の参加中のお誘いです。

2006年は最初の例会はとてもいい予感がします。
益々ゲストが増え、クラブの会員が増えると思います。
幸先の良いスタートができました。


例会44-1_入会式例会44-2_受賞者
(入会式)(受賞者)

報告者:渡辺(今夜のトーストマスター)

大事な今夜のトーストマスターを仰せつかりながら、事前の準備、プログラム、事後報告など、すべてが不十分で皆さんにご迷惑をおかけしたことを深く反省、反省(許してね!)
しかし、当日のプログラムの変更が多かったにもかかわらず、例会がスムーズに行われたことには、びっくり!これはすべて会員の日頃のコミュニケーションスキルの研鑽の賜物と拝見。突然のスピーチ、論評なんのその。すばらしいできばえに拍手、拍手。
響クラブの魅力は一人一人のスキルの高さ、臨機応変なチームワーク。そしてやさしく見守ってくれる寛大な心。小心者の私も気後れせず、次はがんばろうって気にさせてくれる。そしてなんといっても直接肌で感じる手応えがうれしい。次回は打って変わって緻密な司会ぶりをごらんあれ!

例会43-1_入会式 例会43-2_スピーチ 例会43-3_受賞者

報告者:池田(今夜のトーストマスター)

昨年11月に入会しました堀です。

響TMCは会名の「ひびき」がいいこと、同時期に
新しく入会された方が他に4名いらして初心者に
とっては心強かったので、入会を決めました。

私は、10月9日生まれで、あのジョン・レノンと同じ誕生日です。
(同日生まれの日本人歌手では、水前寺清子がいます)

ラジオのFM放送で、毎年自分の誕生日にジョン・レノンの曲が
流れるのがきっかけで知りました。

いろいろ調べると、ジョンレノンの息子も10月9日生まれ、
私の結婚記念日は12月8日でジョンレノンが狙撃された日と
同じ。何か縁がありそうです。こじつけですが、私の住んでいる
埼玉県には、何故かジョン・レノンミュージアムがあります。

さて、第一回目のスピーチは、急遽ピンチヒッターで出番が
回ってきました。

タイトルは「ラジオと私」で、寝るときも風呂に入る時も
ラジオを聴くのが好きな自分の半生(実に半世紀です)を
ラジオとの関わりを通じて自己紹介するつもりでした。

メモ書き程度は用意してあったのですが、お正月休みに原稿を書いて練習しようと思っていたので正直戸惑いました。

途中でタイマーの方を見ると黄色いカードが見えたので
あわてて、話の内容を割愛しました。

終わったあと、メンバーの皆さんから暖かいコメントをいただき
励まされましたし、内容はともかく、初回を終えることが出来、
逆に、お正月は悩まなくてすみました。 

子供の頃から現在に至るまで、ラジオはあらゆる局面で
私の傍らにありました。 眠れない時、英語の習得、音楽との出会い、海外にいて日本を思う時、いろんな番組で、癒され、励まされ、新しいことを学んできました。

年末の紅白歌合戦で、司会のみのもんたさんが、会場の
ラジオ中継席から、同じ時間に仕事をしながら聞いている人
に向けて、「ラジオは現在の自分の原点」だと話していたのに、
大いに共感しました。

ラジオは、画像がない分創造力が広がるし、どこにいても
聞けるのがいい。今後ともラジオと私は離れられない関係
であり続ける。 ひょっとしたら、大地震が起きたとき
ラジオの情報が私の命を救ってくれるかもしれません。

スピーチで言いたかったのはこんなことです。
これからもよろしくお願いします。

(堀)

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