2005年12月11日

村上春樹著『意味がなければスイングはない』(文藝春秋、2005)

 音楽雑誌「ステレオサウンド」2003年春号〜2005年夏号に連載されたコラム10本を1冊にまとめたもの。

意味がなければスイングはない
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野村克也著『野村ノート』(小学館、2005)

 来季から楽天監督となる野村克也氏の著。これまでの経験が惜しげもなく披瀝されている。野球にも人生論がなくてはならない、というところがいかにも野村監督だ。

野村ノート


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2005年11月12日

ラップトップワープロは危険?

 「PLAYBOY」10月号の記事に、大腿部の上にラップトップワープロを載せて使用すると、男性生殖器官にとって危険だとあった。

 PCの熱が股間に伝わり、精子に影響を与えるというのだ。(精子は低温で活発化する)
月刊 PLAYBOY (プレイボーイ) 10月号 [雑誌]
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村上春樹著『東京奇譚集』(新潮社、2005)

 村上春樹による5つの不思議な話。

 彼が作家だからというわけではなく、人は誰しも不思議な出来事に遭遇する。人に語るか語らないか。上手く語ることが出来るかどうかだけだ。東京奇譚集
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2005年10月10日

時計も休む

 久しぶりに腕時計を買った。アナログではなくて、スポーティなデジタル液晶のもの。

 デザインと価格を別にすれば、ブランドや機能にはこだわらない性質なのだけど、今回購入のものはソーラーパワーで動く。

 取扱説明書を読むと、暗闇では節電のため液晶表示が「消える」とある。

 もちろん、それは表示上の問題であって、どれかのスイッチを押せば、瞬時に時刻が再表示される。

 しかし、夜にはこの腕時計も人間と同じように「休む」のだ。これには、小さな驚きを覚えた。

 世の中の人間がどういう生活形態を営もうと、時計はすべて正確に時を刻む。

 自分が夜寝ている間も私の腕時計は独りで時を刻み続け、朝の出勤に備えてくれる。いつ何時の緊急時にも私に要求に応えてくれる。

 そう思ってきた。しかし、時計も臨機応変に「休む」のだ。エネルギー(電池)の節約という面からみて合理的な話だ。

 「休息」は電池寿命を延ばす彼(時計)のためでもある。結果的に私のためにもなる。

 しかし、変な話だが、なんとなく寂しさを感じる。

 たわいもない身勝手な話だ、とつくづく思う。
   
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2005年10月04日

志ん喬2

 新そばを食べに志ん喬に3ヶ月ぶりに。

 店に置いてある新聞切抜記事によると、主人は銀座の某割烹で修行をしていたそうだ。

 今回は一品料理を2品頼んだ。「香油のお浸し」「黒豚の角煮」。どちらも絶品。道理でというわけである。

 店のある虹が浜ハイツ地下1階への降口には、なぜが噴水がある。マンションの地下1階に噴水。不釣合いだ。

 以前から不思議だとは思っていたが、今宵解明。地下水なのだそう。マンションの住民の飲み水にもなっているとのこと。

 海岸から数百メートルの地で、地下水が湧く。なんとも贅沢な話ではないか。

 もちろんそばもこの地下水を利用している。この地を選んだ主人の目に感服。
  
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2005年10月01日

米・ベガス

 ラスベガスに初めて行った。「ベガス」と人は略す。

 緑のネオンが煌々と照らすMGMに泊まり、1階のカジノでスロットに興じる。20ドル。

 金を浪費するために、人が集まっている。儲けようなんて思ってない。全米から集まる下腹部の醜く出た人々よ。

 もう少し真剣な勝負の場所かと思っていた。真剣な勝負の場所は、人目に触れない秘密の場所なんだろうな。きっと。   

米・「乾いた」「自由」

 アメリカ旅行の印象を、と聞かれたら。まず第一声は「乾いた」である。

 聞いてはいたが、日本でいう森がない。山がない。少し車でフリーウェー走っただけで砂漠がある。グランドキャニオンも赤茶けた大地をコロラド川が削った巨大な造形美に過ぎない。

 人々はミネラルウォーターを持ち運ぶ。

 僕らも、毎日カローラをガスで満タンにする際に、ボトル一本の水を買い込む。

 かつて吉本隆明が80年代に、超資本主義段階の象徴として「無料」であった水に「金」を出す消費行動を論じたことがあったことをかの地で思い出したが、ここでは水はもともと命を保持するために持ち運ぶもの、金銭に換わりうるものだったと納得する。

 吉本は海外旅行をしない評論家であるが(それ自体は彼の業績を減じるものではないが)、アメリカの乾いた大地にどういう印象を持っているのだろうか。

 聞いてみたいと思った。(あるいはすでに記述しているかもしれない)。

 第二声は「自由」である。ロスはほとんど雨が降らない。1年中半袖で暮らせる。生存に立ちはだかる自然の驚異、壁というべきものが見当たらない。

 人生をイーブンからスタートさせようと思えばできる。そういう感じがする。

 これが「自由」の基盤でなくてなんであろうか。こういう風土は人をどう形作るか。文化にどういう影響を与えるか。

 そんなことを思う。
  

米・「ボン」

 圧倒的にアメリカ人がだめなのが、「浪費」と「食」だ。

 映画「スーパーサイズ・ミー」を見なくても、体型とレストランの中を見れば一目瞭然。

 日米同盟の隣人として手を差し伸べるべきは、基地の提供ではなく、「日本食の輸出」だと心から思う。

 ゴミを分別せずにぼんぼんゴミ箱に捨てる。コーヒーが残っていようが、コークが残っていようがハンバーガーの切れ端と一緒くたに「ボン」。

 弟が7年間でそういう文化を身につけているのを目にするのは悲しい出来事だ。

 食べきれない量を持て余し自分が追随せざろうえないのも苦しい体験だった。

 マクドナルドよ。日本だけで分別処理させるなよ。アメリカでもやれよ。できないんなら、日本でも「ボン」にしろ。

 アメリカ人よ。「食い過ぎるなよ」。
  
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米・カート

成田カート 成田空港駅に小さめのカートが装備されていた。まさか当ブログで文句を書いたわけでもないであろうが。

 しかしデザインは醜悪であった。どうしたらあそこまで無味乾燥なデザインを施せるのかというくらいの形状だ(=写真参照)。

 スーパーマーケットのカートのほうがよほど実用にあっている。

 使ってはみたけど、気分が乗らない。使い回しがいまいち。不平を書けばきりがない。

 一歩前進くらいではだめなのだ。

 日本のカートのレベルを世界に誇れるレベルまで一足飛びに飛びぬけてもらわなくては。

 いっそTOYOTAに開発を任せようか。工学部の大学生に設計を、美大生にデザインを募集してもいい。

 海外旅行に行く時くらい、気分も乗せてよ。成田空港さん。
  

米・成田エキスプレス

成田エキスプレス 成田エキスプレスに久しぶりに乗った。

 高いくせに相変わらずまったく快適でない乗り物だった。

1)成田空港まで時間がかかり過ぎる。

 三里塚闘争や、騒音問題を持ち出すまでもなくこれはどうしたってしょうがない。だから、あきらめよう。

 であれば、そのかかる時間をどうやって乗客に快適に過ごしてもらうかであろう。

 なのに、

2)リクライニングがきかない。

 これからエコノミーの狭い席に縮こまって日本を出国し、自発的な民間外交に勤しむというのに、電車まで窮屈にするなよ。

 幅広の座席なのに、全然快適じゃない。リクライニングしない。こんなにすわり心地の悪い椅子も珍しい。

 別にいいじゃない。などと一般大衆の方は決していわないでください。こういう点を看過してはいけない。

特急料金を払う列車に「速さ」だけでなく、「快適さ」を要求するのは当然の権利なのだから。

この座席、絶対ユーザーの試乗テストしてないよ。

3)成田空港駅のキオスクを19時半に閉めるな

 帰国してびっくりした。久しぶりにスポーツ新聞を買って、飲み物を買って、旅で疲れた体を癒しながら、9月末の日本プロ野球のペナントレースの行方を確認するという至福の時間を迎えようというのに、駅のホームのキオスクが閉まっているではないか。

 はっきりいってあほですね。もう一回戻って改札の若い駅員に尋ねたら、「えっ、閉まってますか?」ときた。

 目の前の隣の京成スカイライナーのキオスクには煌々と明かりがともっているじゃねえか。

旅で疲れた外国人や、帰国した日本人を、てめえら歓待する気持ちがこれっぽっちもねえのか!

 もうできるだけ成田空港は使いたくない。一生懸命考えて、別の空港から脱出しよう!  

米・フリーウェイ

 アメリカのフリーウェイを初めて体験した。国際免許証も持参しカローラのレンタカーを運転した。米国居住中の弟が助手席でアドバイスしてくれたおかげだが。

 路肩にバーストしたタイヤの残骸や、ゴミが舞っているのには閉口した。路面も悪かった。

 信じられないことだが、2台前を走るトラックの後部扉が開き、クワが落っこちてきた。なんとか避けたが、後続車のどれかはひっかけてパンクしたはずだ。
 
 フリーウェーは都市部、農村部、砂漠地帯をとわずアメリカ全土に張り巡らされていえる。そして「無料」である。

 ロードムービーでしか知らなかった道路に自分が乗ってみると、言葉にはできないアメリカのいろんなことが体に染みてくるような気がした。

 1週間で2300キロほど移動した。「自由」と「移動」がアメリカの根幹をなすものだということは、実感できた。
  

米・大リーグ、大リーグ

大リーグフィールド 弟に連れられてロサンゼルスのドジャースタジアムに行ってきた。初の大リーグ観戦だ。
 
 9月後半のドジャース対パイレーツ。リーグ3位と4位でいわゆる消化試合。緊張感がないのは仕方がない。それでも楽しい。

 日本のプロ野球と応援方法など違うのは、TV放映でも分っていたが、実際にスタジアムで座って観戦すると、いくつもの違いが見えてきた。

○駐車場が圧倒的に広い。敷地のゆとりだろう。ゲーム後もそんなに渋滞にならないのが不思議。

大リーグ観客2○入場料が安い。バックネット裏の3階席で5ドル。家族6人で来ても30ドル。そんな家族連れがたくさんいた。こういうのはいい。

#安い席には、若い人やメキシコ系の人が多いような。いつもそんな感じだ、と弟。階層化というか、棲み分けというか。



×ビールは高い。7・5ドル。日本でもこんなものかもしれないけれど、場外との価格差が大きい。

大リーグ広告○内野席の1階席と2階席の間の部分に、1、3塁側とも横に細長くぐるっと電光掲示広告スペースがあった。これがことあるごとに変化する。例えば、ドジャースの投手が三振をとると、ベンチ裏のあたりからポール際まで「KKKKKKKK・・・・KRAFT」と広告が走る。これはクラフトチーズの広告。おそらく「K」を掛け合わせているのだろう。こういう見せ方は盛り上がりますね。日本でもそのうち楽天あたりがやるでしょう。すでにやってる?



大リーグ観客1○左翼外野席上部に設けられた大型スクリーンには、攻守交替の間には、絶えず場内の観客の様子が次々と映し出されていた。1試合で100人〜200人くらい。子どもたちが中心。観客も映し出されようと、タオルと振ったり、奇抜な衣装、ダンスをしたりとPR。僕たちの前の席のメキシコ系の家族連れの子ども5人組もようやく7回あたりに映し出されて喜んでいた。それから「KISS・TIME」というのがあって、キスしているカップルを映す。キスしてなくても、映し出されたカップルはそれぞれに熱烈なキスを演じて球場を和やかな雰囲気にしてくれる。攻守交替時には観客もだれる時間帯だけど、球場側が楽しませる術をよく知っている。子どもは映し出されるかもしれないと思うと、一生懸命応援するだろうね。

○聞かされていた様に、いわゆる鳴り物の応援というものはなかった。応援団というのもいない。盛り上がりは、球場のアナウンスが支配するのだ。そうか演出家は球場自身なのだ。この点が圧倒的に日本と異なる。音楽、アナウンス、拍手の演出、国歌斉唱、「私を野球に連れてって」の歌、1回から9回まで球場による演出が綿密に練られている。こういう応援の方法もあるのだ。私設応援団主導による日本の応援も、独特の雰囲気があっておもしろいが、やっぱり内輪受けで、子どもや女性や静かに応援したい人が楽しめるスタイルではない。そういう意味で見直しが必要だろう。特に「子ども」に楽しんでもらえるかどうかは、プロ野球界の将来を考える上で重要なポイントだ。

○家族連れ、子どもの入場者、お年寄りの入場者が多いような気がした。

×観客が勝手にビニール製のバレーボールを持ち込んで、3階席から2階席、2階席から1階席とゲームそっちのけでバレーボールにいそしんでいた。試合の内容とは関係ないところで、歓声があがる。これはいただけない。こういう「自由」はなしだ。

◎総合的にみて、日本の球場より楽しみ方が多い。

今度は他球場の試合を見てみたい。日本人の出場試合も。

念願の大リーグの試合を見れた。これだけでうれしい。弟に感謝!
  

米・リトルトーキョー

 ロサンゼルスのダウンタウンに行った。「リトルトウキョー」という日本人街がある。

 ラーメン屋やすし屋や、日本人形などを売っている店が固まっている。日本食材を専門に販売しているスーパーマーケットもある。紀伊国屋書店もある。

 日本製の「輸入品」はどれもこれも値段が高い。しかし、アメリカの食事には本当に辟易させられるので、九州ラーメンを食べたり、おにぎりやペットボトルのお茶を買ったりとずいぶんお世話になった。

 もちろん初めて行ったけれど、こんなところなんだなと思った。

 一角に立派な建物の日系人博物館があった。ちょうど太鼓の企画展を開催していた。日本のゲームセンターにあるような太鼓ゲームが展示の一つとなっていて、実際に興じることができる。

 こういう文化交流のあり方や歴史の学び方もある。

 別の展示では、壁にはめ込んだi-podからいくつかの音頭を聞くことが出来る。こういう音の伝え方も、展示の内容と関係なくそのうち標準になる。

 様々なものが交錯した場所に自分は立っているような気がした。
 
 学生の時に日系移民の問題をテーマにして研究をしていた。日本を飛び出る(飛び出ざろうをえない)日本人に興味があったのだ。

 つらい歴史も開放的な文化も、様々なものがミックスされて現在のこの場所があるのだと思った。  

2005年08月06日

椅子がない・長野駅編

長野駅4 今年は出張で2回長野を訪れた。数年前の東京駅と同じで、信州の玄関口である長野駅にも椅子がなかった。

 写真のとおりである。改札を出るとこんなに大きなスペースがあるのに、人々は階段に腰掛けたり、壁にもたれかかっている。

 田中康夫知事はホスピタリティという言葉を頻繁に使うが、他県からのお客様を迎える玄関口のホスピタリティにはもっと心を砕いていいはずだ。

 椅子を除けば、長野駅の改札外の観光案内所の方のホスピタリィティ度はかなり高かった。こちらの質問に過不足なく答えが返ってきた。

 50代くらいの女性だった。通常こういう案内所には若い女性を配置することが多い。

 若い女性である必要はほんと全くない。地元の知識としっかりした言葉遣い、礼儀を持ち合わせた人に会うと気持ちがいい。それだけで幸先いい旅のスタートが切れる。
長野駅3  
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2005年07月30日

ヘザー・プリングル著『ミイラはなぜ魅力的か』(早川書房、2002年、鈴木主税・東郷えりか訳)

 町の図書館で借りた。怪談にしろ、ホラー映画にしろ夏にはこの手の本がよく似合う。

ミイラはなぜ魅力的か―最前線の研究者たちが明かす人間の本質  続きを読む
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2005年07月18日

ゼロ磁場地帯・分杭峠

 諏訪に行ったついでに、分杭峠に行きたかったのだが、タイミングが合わず今回は断念した。

 フォッサマグナが影響しているといわれるが、定かではない。

「磁場がない」ということが、具体的に人体にどのような影響を与えるか分っていないが、人々が何かを求めて集まってくる。

 私の父はバスツアーで、親戚の伯父・伯母も自分たちで訪れた。

 実際に訪れて自分でその「気」を感じてみたい。何が得られるか。。。。

<長野県・長谷村> 
http://www.vill.hase.nagano.jp/hase/ki/#  
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諏訪にトミーあり

 パフェを食べたいのなら、諏訪に行くべし。過言ではありません。

 その店の名は「トミー」。店の感じといい、マスターの笑顔といい、喫茶店の王道がここにあります。

 先日7年ぶりの再訪を果たしました。

<トミー>
http://www.za9za9.com/dbs/shousai.phtml?no=10080  

片倉館

 夏の休暇で上諏訪にある「片倉館」という温泉に行ってきた。

 大浴場は千人風呂と呼ばれるほど広く、水深が1・1mと深く、下に玉砂利が敷き詰めてある。

 風呂の中で歩くと足裏に刺激があっていい。

 西洋建築が美しく、休憩室も趣があってよい。

 7年ぶりの再訪だったけれど満足した。こういう西洋建築と温泉の融合は、和風とはまた異なった癒しを醸し出しているような気がする。

 また行きたい。

<片倉館>
http://www.katakurakan.or.jp/  

藤井 青銅著『東洋一の本』(小学館、2005)

とにかく「東洋一」をしつこく探しつづける本。

東洋一の本  続きを読む
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