2012年06月01日

バーンアウト。

先週末はZERO1を離れ、九州へ。
ふる里プロレス、大分プロレスに参戦しました。

北九州から大分まではバトラーツ時代の後輩、田中純二とふたり車移動。
普段、助手席では決して寝ない私も思わず睡眠。15年以上の付き合いだからこそでしょうか。

遠征中、澤宗紀と親しい方に言われた言葉。


「澤くん復帰しないですかねぇ」

これまでも多くの方々に同じことを言われました。

「ダメです」

その度に僕は決まってそう答えてきました。


プロレスラーの引退がものすごく軽いものになっている昨今。復帰するなら、引退しなきゃいいんです。続けられない理由があるなあら休業すればいいだけ。

僕もそんな軽い気持ちでアイツの引退試合を引き受けた訳ではないのです。

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昨年夏、澤が引退を表明してからふたりで何度も話しました。
いま引退してもすぐにやりたくなるんじゃないか?

澤は決まって答えました。
「復帰はしません」

それ以前から小林聡さんが引退したときの話をふたりでよく話しました。

「オレも小林さんみたいに、もうリングに上がりたくないって、燃え尽きて辞めたいんだ」

「日高さん、そうなれたら最高ですよね」


昨年の天下一ジュニアの開幕戦。
試合中のふとした仕草に澤の真の姿が見えました。
僕は1回戦敗退となった帰り道、澤と話しました。

「あのとき、きつそうだったな?」

澤は何も言いませんでした。

トーナメント決勝直前。
今度は一瞬、弱音を吐きました。

だからあの試合はセコンドについて、澤の気持ちが途切れないように、前に前に出れるように後押しするのに精一杯でした。
僕の試合後の涙はその時間を澤と戦い抜いた、なんとも言葉にし難いものでした。

引退間際、澤は言いました。
「もう少しで『もうやりたくない』って領域に届きそうなんです」

当時、受けたオファーは断らないと決めていた澤は引退まで13日連続試合というハードなスケジュールをこなしていました。

引退3日前、相棒タッグでエプロンから見た澤は明らかに夏前までの相棒ではありませんでした。
疲労は隠しきれず、バーンアウト直前と感じました。

引退試合。
リングに上がりました。当日を迎え、僕は澤を送り出すと言う役目と至極冷静に向かい合うことが出来ていました。
対角線にいる澤は感極まっているように見えました。
初めて見る姿でした。
だからわざと右手を差し出しました。握手はせずに張り手をしてくるだろうとわかっていたから。
案の定思い切り張り手を喰らいました。
正直くらっときました。
僕はそれでいいんだ、と笑みを返しました。

それで振りきれたのか、澤は序盤から僕に重い打撃を打ち込んできました。
それらは僕の心を折りそうなくらいに強烈でした。

終盤、野良犬ハイキックが決まり、澤は何かが途切れたようにダウンしてゆきました。凄まじい足応え。もう立ってこないかと思いましたが、自らを燃やし尽くすために澤は立ってきました。

最後は彼自身が介錯してくれと言わんばかりに両手を広げてきました。

僕は最後の、渾身の野良犬ハイキックを打ち込みました。

試合後、僕はまだ立てないでいる澤に問いかけました。
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「もういい?」

澤は笑顔で答えました。

「もういい!もー、いい!やりすぎた!ありがとうございました!」

ああ、出し切らせてやることが出来たんだと安堵するとともに、自らの身体に感謝しました。
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そうして澤宗紀は笑顔で、周りに笑いを振り撒きながら、リングを降りてゆきました。


引退して数ヵ月、

「復帰はいつですか?」

と冗談めかして訊いてきた友人に澤は答えました。

「しませんよ。だって、もうやりたくないですから」

僕は相棒であり、後輩、友人である澤の引退試合の相手を務めたことを誇りに思っています。


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純二の運転する車は高速道路を降りていました。

「なあ、純二。プロレスラーってそうゆうもんだと思わないか?」

「え、えぇ…」

歯切れの悪い返事。

「なんだよ、違うかな?」

「いえ……」

「あ!君引退してるじゃん!」

「は、はい(苦笑)すみません…」

「君、何回引退したんだっけ?」

「一回だけですよ!」

「そうだっけ(笑)」

そろそろ車は会場に着こうかとしていた。

「ブラックモンブラン食べませんか?」

「いいね!」

純二の車はコンビニエンスストアのパーキングへと左折した―


hidacatch at 00:55│