2008年07月28日

恥の記憶

「上から目線」とか「あんた何様!」みたいなことを言われないように身の丈で物を考えてから書くようにしている。なるべく大風呂敷になることを避けて、自分がわかる範囲で書こうと思っている。
じゃばさんには「ネット人格がいい」と言われたこともあるけれど、もちろん、私は立派な人間とは言い難いので、現実にはいろいろなところでぶつかったりする、その場合でもぶつかり方だけは考えたいと思っている。

ここのところ、差別に関する言及について読むことが多い。そういうところを回っているからというのもあるけれど、意見の対立するところで出ることが多いというのはどうしてだろう?
元々、ネットでの衝突には差別というのは付きものだと思う。
ネトウヨという人たちの中には、中国や朝鮮半島の人たちに対する差別感情を隠さない人も多いし、特定のグループ分けを出来ない人の中にも様々な差別感情というのを目にすることがある。
私自身も様々な差別意識について克服しているとは言い難い人間なので、人様のことを偉そうにいうことは出来ないが普段立派なことを言ってる人にそういう差別感情を見つけると悲しい気持ちになる。

差別意識というのは本当は持っている人ほど自分では意識できないからこそ、問題としての根が深くて罪深い物なのだろう。


私自身にも差別意識はきっとあるだろうし、そこまで行かなくてもちょっと引っかかることはある。

近所に黒人の人が働いている工場があって、そこに通勤していく途中で出会うことがある。また(おそらくは)中国の女性が働いている工場もあって、自転車で通勤している姿を見かけることがある。
黒人の人はなかなかに愛想のいい兄ちゃんなんであるが、国際化していない私は、中国の女性に比べて、ギョッとしてしまう。私の中に、見た目で判断する部分があることの証だ。


あまり自分語りというのも良くはないのかもしれないが、差別に関するいろんな言及を読んで、思い出したことがあるので私の体験として書いておこう。また、恥の記憶ということになるけれど、その頃よりは成長しているはずなのでご容赦願いたい。

高校時代、下級生にちょっと「困った子」がいた。
おそらくは「知的障がい」だったのだろうが、特定の記憶力だけは天才的にすごくて、一度聞いた人の誕生日は忘れないとか、そういう特殊な能力を持っていた。
ただし、会話するとなると相当にこちらは苦労することになるし、何かのきっかけでパニックを起こして大騒動になったりもしていた。しかし、周囲のサポートもあって、ある程度平穏な高校生活を過ごせたようだ。

私は残念ながら、知的障がいについての知識に乏しいし、ダウン症や自閉症の子たちとどう違うのかすらもわからない。無理解だから、正しい呼び方があるのかもしれないが、それすらも知らない。無知が罪となるのはこう言うときだろうか。
もちろん、彼ら(とひとくくりにするのは問題があるのかもしれないが)に対する理解を深めなくてはならないはずなのだが、そのとっかかりもない。ただ、彼らとその時の自分で接するのみだった。

彼の同級生たちは「慣れ」からある程度対応を学んでいたようで、こうしてはダメ。ここまではいい。など、自然と覚えていったようだ。これは、理解を深めるためにはいいことだったろう。
でも、学年の違う私には、困ったことに「困った子」なのだ。

この困った子が時々、私にいたずらを仕掛けてくる。仏の顔も三度まで、三度もされれば黙っては居られない。彼のことを叱ることになる。いたずらを仕掛けてくるということは、彼に多少気に入られていたのかもしれないし、私も彼のことは困ったかわいいヤツだとは思っていた。

そのかわいいヤツが私になにやら悪口を言ってくる。
悪口と言っても「お前の母ちゃんでべそ」クラスのものだったが、しつこく続けてくれば、私は叱ることにしていた。「こらっ!」とはじめようとしたところ、彼の同級生が救援に入ってきた。彼の同級生だから対応を学んだいわば慣れた子だったのだろう。

発言を要約すると
・彼が言ったことくらいは許してあげるべきである。
なぜなら
・彼を追い詰めるとパニックを起こして騒動になる。
と言うものだった。

私は
・彼は高校生なのだ、言っていいこと悪いことの区別くらいつけなくてはいけない。
・彼を追い詰めようなどとは思っていないが、このまま、彼が言いたい放題が許されると思わせてはいけない。
と主張した。

彼の同級生は、彼を守っていると同時に庇護下に置いてしまった。
私は彼の事情に斟酌せずに、対等に(それが無理ならただの年上として)接しようと思った。

私の対応が正しいなどと主張するつもりはない。言いたいこともぼやけてしまった。
ただの恥の記憶だ。

hide_kakurega at 22:19コメント(10)トラックバック(0)日々之精進  

トラックバックURL

コメント一覧

1. Posted by 碧猫   2008年07月29日 12:37
わーん、ひでさんには何度トラックバック送っても通らない。ネームリンクに入れておきます。


…私も、差別意識がないはずはない、とは思いつつ。。。
ただ、このエントリに凄く似た局面に遭遇したことがありました。リアルタイムで読んでいただいてたかもしれないけど。
2. Posted by ひで   2008年07月29日 13:21
>碧猫さん

なんで出来ないのかは知りませんが、こちらから押すと開通するかもしれないので、こちらからしてみました(そんな訳あるか)

そう言えば、ご紹介の記事、読んだ記憶あるなぁ
もちろん、その時もこのことは思い出してたんでしょう。
私にとってこの経験は差別、また、人権に絡む問題全般に私が接するときの心の声になっている気がします。
3. Posted by north-pole   2008年07月29日 21:50
う〜ん・・・ちょっと難儀なテーマになりましたね・・・

つまり、彼のごく近くで生活してる人には、彼とどうつきあえば彼がパニックになることなくコミュニケーションがとれるか、が、経験的にか、知識として教えられたのか(でも、そうであるとしても実際その方法が有効だという経験があったのでしょうから結果的には同じなんですが)はともかく、「わかって」いたわけですよね。

でもひでさんはそれはわからない。だからふつうの高校生として対応しようとした。

そのことだけをとって、正しいとか正しくないとか、差別だとか差別でないとか、は、言えないと思うんですよね。そこでトラブルが起きたとして、それを、本人と周囲の人たちがどう片付けていくか、そこからしか関係は生まれない。

こういう対応をすればパニックになる、とわかっていて、なおも「これが常識だから」と同じように押し付け続けるのは愚かなことだし、それは「差別」になるんだと思います。逆に、マニュアルみたいに、「この子はこうするとパニックになるからこうしてね」と誰かが言い続けなければならないとしたら、それはその子を囲い込むことになり、やはり「差別」になるんだと思います。

ぶつかった場面で、どういうふうにお互いが調整していくのか、ということなのであり、そこで、固定観念とか偏見をちょっと見直す必要が出てくる、ということだと思うんです。

複雑な問題なんで、うまくまとめきれないんですが。


4. Posted by ひで   2008年07月29日 22:13
>north-poleさん
そう、うまくまとまらないんです。
そのまとまらない感、うまくいかない感が書きたかった主題かもしれないです。
それ以上の主張は私には書けない。

実は「パニックなると周りが迷惑なんだから」と言うニュアンスが彼の同級生の言葉には入っていたんですが、そうなるとまた、違う話になりますか?

一方的に被差別側に立ってみたり、逆に差別者として糾弾されたり、客観的になってるつもりになってみたり、いろいろしてるけど、そんなにキレイにすっぱりと切れるもんでもないですよね。
だから、ポイントポイントで自分に問いかけることが必要だなぁ。と
5. Posted by 柿の木   2008年07月29日 23:57
 パニックを起こすとかわいそうだから、という優しい気持ちでパニックの「原因」から守っているのだとしたら、そんなのぜんぜん優しくない! 本当に友だちのためを思うのなら、彼が一人のときでもパニックを起こさずにいられるよう、 「原因」への対処方法を一緒に考えてやれ、と思いますが、友だちがパニックを起こすと周りが迷惑だからという理由で彼を 「原因」から遠ざけてるのであれば、ヒドい見下しだなぁ、差別だよなぁ、と思いながらも、そういえば似たことを自分もリアルでやってるなぁと思い当たったり (近所に 「怒らせるとヤバイおっさん」が住んでまして、私を含め 近所中 が腫れ物に触るというか無視状態なんです) で、 うーん、難しいです・・・。

6. Posted by HANA   2008年07月30日 22:02
同級生として彼のパニッックを抑えようと心配する人。
(パニックを起こす彼が心配なのか周りの迷惑を考えての行動なのかはわかりません)
高校生として行き過ぎた行為を注意しようとしたひでさん。

どちらも彼やまわりを心配して起こそうとした善意からの行動ですが彼の為にどう行動したらいいのか?は彼をよく知らない私にはわかりません。

パニックを抑えその場を無難に越えても将来のことを考えれば彼にある程度の要求をする事も必要。しかしパニックを何度も起こす事によって彼の体や心の負担も考えなくてはいけません。
ひとつ思う事は障害がありパニックを起こすような彼でも高校生になれているという事。
今までも何回もハードルを越えて来たのではないか?と思います。
「彼はこういう人だからパニックを起こさないようにすることが彼の体と周囲の為」という思いと
「彼も少しずつパニックを抑える またはパニックに陥る事態を回避する方法を覚えることが彼にため」
という思い その違いは

「彼はこういう人(障害者)だから」とあきらめてしまうことは差別につながり
「彼はこういう人(健常者とは違うこともある)なんだ」と思う事は区別ではないでしょうか?
うまく言えなくてゴメンナサイ...
7. Posted by ひで   2008年07月30日 22:30
コメントありがとうございます。
皆さん、このエントリーで悩んでくださってるみたいで嬉しいです。
嬉しいっていうと、語弊があるのかな。

今の段階ではこれで、読んでくれた人がそれぞれ考えてくれると、それでいいのかなぁ
と思っております。
私自身がこれっていう解決方法というか、結論というのを持っていませんから、様々なこれまで、そして、これからの論考を読みつつ、これからも考えていきたいと思っています。
8. Posted by くりず   2008年07月31日 18:55
ひでさん、はじめまして。くりずと申します。
エントリの主題である差別の問題からは離れてしまうのですが、知的障害児の問題行動の対応について、少し具体的なお話をさせていただきます。

まず、障害児だろうが健常児だろうが、人の嫌がることをする「他害行動」は認められないというのははっきりさせておく必要があると思います。
もし、障害児から嫌なことをされたのならそれははっきり「嫌だ」ということを伝えるべきでしょう。

しかし、知的障害児の一般的な特性として、曖昧表現を理解できない場合があります。
また、融通のなさというのもよく見られる特徴です。

もし、ひでさんが「しつこい」ことを理由に怒ったのなら、怒られない場合と怒る場合の区別が理解できず混乱する可能性があるでしょう。
おそらく「しつこい」のもつ曖昧さは理解しにくいものではないかと思います。
3回までは良いといえば、きっちり3回悪口を言うほど、融通の利かないものなのです。

あるいは、他人の気持ちを推し量れないという障害特性のある可能性もありますから、やはり、はっきり「そういわれるのは嫌だ」と伝えた方が良いと思われます。

また、「こら!」と反応する場合、怒られたというよりも「かまってもらえた」と理解して問題行動を強化する場合もあります。
悪口を言わないときに褒めるというやり方が有効な場合もあります。

いずれにしても、1回の説教で行動が改善するということはあり得ません。それが出来るなら障害ではありません。
繰り返し繰り返し、根気よく教えて学習していくものです。
9. Posted by くりず   2008年07月31日 18:56
(すいません、コメントが長くなってしまったので分けました)

これらは一般的な話であり、ひでさんのケースに当てはまるものかどうかはわかりません。
とはいえ、障害についてある程度の特徴をつかんでいれば、周りの人間も対応しやすくなるということはあるでしょう。愛情や友情や、他の高校生と同じように接するんだといったところで、個人の試行錯誤に頼るだけでは限界があります。
「理解」を周囲のどこまでに求めるか、という問題はありますが、世間一般の理解が深まるならば、状況はちったぁマシになるだろうという思いはあります。
例えば、うつ病の人に「頑張れ」が禁句であるということ知っていれば、追いつめずにすむわけです。

差別の背景にあるのは、相手に対する無理解や無知である場合が多いです。
差別かどうかよりも、その子をまず知ってくれ、というのが基本なのでは。
10. Posted by ひで   2008年07月31日 21:08
>くりずさん
エントリーの主題から離れてしまうというよりはくりずさんの仰るような「一般的知識」を持たないが故にこのようなエントリーになってしまったというのが正直なところです。
ですので、こうしたご指摘は非常にありがたいと思います。
と言いますのは、もちろんくりずさんのブログも時々覗かせていただいているからこそ安心して言える台詞ではあります。これはnorth-poleさんにも同じようにお礼を言いたいと思います。

もし、そういう自信を持てる正しい知識が当時と言わず、今の私にあればこのエントリーもきちんとした反省と共に考察できたことでしょう。
無知が罪だと言う反省しかできないというのは、やはり恥なのです。
私としては相手側の差別感情を糾弾する気も、また、私自身の免責を訴える気持ちもありません。

その上で、本音というか、弱音を言わせてもらうならば、学校というある意味小さな世界の中であったからこそ、できた試行錯誤も(その理解がクラス、あるいは学年という枠が出来てしまったように)一歩外に出れば一体どうすればいいのかというのは悩ましいところだと感じています。

ネットのでのブログですので、調べれば「知識」自体は手に入るのですが、自分自身の身になる(実感のある?)「知恵」というものは、体験と体験に基づく示唆からしか得られないかもなぁと思っています。

>差別の背景にあるのは、相手に対する無理解や無知である場合が多いです。
>差別かどうかよりも、その子をまず知ってくれ、というのが基本なのでは。

その程度の理解しかない癖にとお叱りを受けるかもしれませんが、仰るとおりだと思います。
今後も理解を深めることを自らに課していきたいと思っておりますのでよろしくお願いします。

できれば、理解というのが周囲にも広がるほどのものになればいいのですが

コメントする

名前:
URL:
  情報を記憶: 評価:  顔   星
 
 
 
最新コメント
livedoor プロフィール

hide_kakurega

TagCloud
QRコード
QRコード
  • ライブドアブログ